ルーゼット視点 9
談話室にて、僕はやきもきしていた。
リリとレオンが二人きりで部屋に閉じこもってから、一時間以上は経過している。
イライラ、ウロウロしているとミリアルが呆れた声をかけてきた。
「ルー、少し落ち着いたらどう? ランも言っていたでしょう。そんな心配するような雰囲気じゃなかったって」
「そ・そうだけど、あのレオンだよ。完全無欠の王子様のレオンだよ」
「貴方の親友のレオドラン殿下でしょ。信じられないの?」
「それとこれとは話が違うんだよ~」
「そうだよね。違うよね」
僕とミリアルの会話に、ニュッと入って来たのは帰宅した父上だった。いつの間にか母上もリクルも談話室に入ってきている。心配する父と僕、不機嫌な弟に母と婚約者は溜息をついた。
トントンと扉のノック音がした。
「レオドラン殿下とリリアナ様がおいでになられました」
僕と父、弟は勢いよく扉を見る。
入ってきた二人はお互いに寄り添いあい、リリはレオンの腕に抱きついている。顔を見ると二人とも幸せそうに微笑んでいる。
一目瞭然。
うん、一気に進展しましたね。
プルプルしている男性陣を放っておいて、母が二人に席を進める。
「レオドラン殿下、私どもにお言葉はありますか?」
「そうですね……少し長い話になりますが、よろしいでしょうか?」
「それでしたら、先にお食事にしませんか?」
「もうそのような時間ですか?」
「フフ、余程真剣に話し込まれていたのですね。夕食には少し早いかもしれませんが、落ち着いてお話を伺いたいので、食後の方がよろしいかと」
「そうですね。それでしたら夫人にお任せ致します」
「では、食堂の方へ。準備は出来ておりますので」
呆然といている男性陣をおいて、キビキビと話を進めるのは母上。頼もしいなあ。
「これは凄い。美味しいですね」
リリ考案、ブイヤベースを食べながらレオンが絶賛の声を上げる。
「フフ、リリが考えましたのよ。この他にもいろいろありまして、主に食の細い病人が如何にして色々な食材を美味しく口にできるか。我が娘ながら感心です」
「君は本当に凄いね。先程のお茶も美味しかったし、お礼だと言ってくれた刺繍のハンカチもとても上手に出来ていた。病気の間もくじけずに努力し続ける。その姿勢に惚れ惚れするよ」
「や・やめて下さい、レオン様。ただ自分が食べたかっただけですわ。でも……レオン様のお口にあって良かったです」
「ああ、とっても美味しいよ。リリの考えた料理だから、リリと同じで優しい味がするのかな?」
ポッ♡
「ハ・ハンカチは、どうしてもドレスのお返しがしたくて、私にできる事あれぐらいしか思いつかず、とても拙くて恥ずかしいですわ」
「一生の宝物にするね」
ポッ♡
隙あらばイチャつこうとするのやめて下さい、貴方達。父上が砂吐いてますよ。
最早、食事の後の話は何なのか、疑う余地もないよ。
僕は遠い目で食事を続けた。
再び談話室に戻った僕達は、レオンの第一声に驚いた。
「まず人払いをお願いできないでしょうか」
は? なんで? 婚約の話をするだけじゃなかったの?
父上はレオンの気配に何かを感じ取ったのが、先程の空気を一片、侍女達を下がらせ、僕達家族だけの席となった。一気に緊張が高まる。
「まず、今から話す事は他言無用に願えますか? 私とリリ、総じて両家にも関わる問題になります。どうか約束して頂きたい」
「……では、私も席を外した方がよろしいでしょうか?」
ミリアルがチラリと僕を見る。
「家の事にも関わってくる問題ならば、いずれ僕の伴侶となるミリアルには同席してもらいたい。何より口の堅さには信頼できるよ。何せリリの存在を僕達家族とともにずっと隠してくれていたのだから」
僕はミリアルの目をじっと見ながら答えた。
ミリアルは頬を染めて小さくありがとうと言った。
そんな僕達を見てレオンは頷く。
「では、ミリアル嬢も他言無用の約束を胸に、一緒に聞いてもらいたい」
「仰せのままに、殿下」
「単刀直入に言わせていただく。ユーリック公爵家長女リリアナは、闇の魔法を持って産まれている」
「!」
母上がヒュッと息をのんだ。僕も一時、呼吸を忘れた。全員が無言。リクルはキョトンとしていたが、周りの雰囲気に圧倒されて大人しくしている。
「待って、レオン。それはあくまで仮説だって……」
「先程、リリの協力のもと確信した。体の奥底に秘められた力だ」
レオンの仮説は、こんなにも早く現実のものとなった。
「闇の魔法とは、ほとんど幻の力だと思いますが、具体的にはどのようなものなのでしょうか?」
母上が恐る恐るたずねる。
「怖がらないで下さい。大丈夫。リリの闇魔法は主に〔防御や結界〕というような守る力に特化しています。ただ産まれた時から持ち合わせてしまった為、力をコントロールする事が出来ず、体内に滞ってしまい、それがリリの病の原因となっていました」
全員が驚愕に震える。
そうだよね、、己の魔法の力で死の危険にさらされていたなんて、恐怖でしかない。
「皆様もご存知のように、この国の魔法は個人の特徴によって決まります。火・水・土・風・光・闇との六つに分かれますが、大抵の人間は成長過程において、それらに分かれます。ただ闇魔法だけは、産まれた時点で発動してしまう者が多く、幼いうちに亡くなってしまい、感知されずに幻の力となってしまっていたのでしょう」
ああ、生存者がいない為、確認ができなったという事か……それで幻の力。
リリもその内の一人になるかもしれなかったんだ……。
「ただ闇魔法は光魔法と中和する事が出来ます。体内で燻っている闇魔法は光魔法と合わせる事で中和され、消す事が出来ます」
突然、レオンが僕に視線を向ける。
「ルー、私と初めて会って暫くした後、造花を渡したのを覚えているか?」
「え? えっと……ああ、造花。うん、友達の証だって言ってくれたね。そういえばあれ、どうしたんだっけ?」
「リリに使ってくれたんだよ」
「え?」
「あれには私の光魔法が込められていたんだ。初めて出来た友の幸せを願って。それをルーは知らずにリリが産まれた日、お祝いとして持っていったんじゃないかな? その光の魔法に反応したとリリは言っているよ。産まれた時の記憶としてね。ああ、そうそう。リリの闇魔法は〔記憶〕の力も強かったね」
…………………………。
全員無言の中、ミリアルがそっと手を上げる。
「あの、殿下の話を遮るご無礼をお許し下さい。殿下はその……光魔法保持者でいらっしゃるのですか?」
「ああ、知っているのは両親と悪友四人。つい最近話したんだけれど、宰相も知っているよね」
父上は無言で頷く。
「え? え? 殿下。それでは神殿の方には……」
「やめてくれ。面倒くさい。私は王太子なのだから、それ以上の付加価値はいらないよ」
「あ、失礼いたしました」
ミリアルが慌てて頭を下げる。
「ああ、すまない。そういうつもりじゃなかったのだが。まあ、現実、王太子の私が治癒魔法を使って人々を癒すわけでもないし、神殿に利用される訳にもいかないし、あっても別に必要ないと思っていたんでね。特に表ざたにする事はないと考えている。ただリリは、リリの事だけは私が光魔法を持っていて良かったと思っているよ」
「私、レオン様に何度も助けられているのです」
それまでレオンの横でピッタリくっついて黙っていたリリが言った。
「私が生きているのは、レオン様のお蔭なんです」
「そんな事はないよ、リリ。君が一生懸命頑張ったからだ。私は少しだけ力を貸したに過ぎない」
レオンはそっとリリの手を握り、皆に視線を戻して話始める。
「リリが三歳の時、普段以上に苦しんだ事がありましたよね。その時偶然こちらに来ていた私が光魔法を使ったのです。理由は分からなかったのですが、公爵家の負の雰囲気に思わず発動してしまいました。それがリリの元に届いた。私が公爵家に遊びに来る事で、少しずつではありますが、光魔法が届いていたようなのです」
「……何て事だ……」
レオンの話を聞いた父上がガクッと膝を折る。
「そんな事なら最初からレオドラン殿下に会わせていたら、リリはこんなに辛い思いを十年も味わわなくてすんだのに。私がリリを隠したばかりに……」
真実を知った父上は僕と同様、自己嫌悪に陥る。そう、隠していたんだ。唯一リリを元気にしてくれる人から。僕は悪役令嬢という肩書に囚われ、父上は愛娘可愛さに。全ては自己満足だったんだ。リリの為に何かをしていると思いたかっただけなんだ。結果、それ程邪魔な事はなかったというのに……。
リリが慌てて父に駆け寄る。
「駄目。駄目ですわ、お父様。そんな風に仰らないで。私はお父様、お母様、お兄様とリクルも、家族に、皆に守られて幸せでしたもの。それに隠してくれていたお蔭で、本当のレオン様に恋する事が出来たのですわ」
「はい?」
己の不甲斐なさに項垂れていた父上を、リリは庇ってくれた。全員に落ち込まないで欲しいと。その言葉に一瞬感動しかけた皆が「レオン様に恋する」発言に固まった。
えっと、いや、二人の様子からそうだとは思うのですが……リリ様?
「一度だけ、私が寝込んでいた時にレオン様が来て下さったのです。リクルと間違えて」
え、ボク? と急に出てきた己の名前にビクッとするリクル。
「レオン様は天蓋の向こうから一生懸命病気のリクルを励まして下さったのです。私だと知らずに優しい言葉を沢山かけて下さいました。その紳士なお姿に、顔も名前も分からないのに、私恋してしまったんです」
ポッと赤くなった顔を両手で挟む。
リリ……あ、固まっていた父上が粉々になった。
「え? リリアナ様、殿下が初恋の相手だったのですか? しかも顔も名前も知らなくて、キャー、素敵。それはもう運命ですわね」
ミリアルがすごく興奮している。リリと手を取り合ってキャッ、キャッと浮かれている。
いや、その前にもの凄く深い運命的な事、あったよね。闇魔法うんたらとか……うん、そんなミリアルも僕は大好きですよ。
隣で母が「バネッサの執念恐るべし」と呟いていたが、全力で聞こえなかった事にしておこう。
ずっと大人しかったリクルは、何だが遠い目をしている。五歳児ってあんな表情出来るんだ。
何だが衝撃的な事をこれでもかと聞いて、もう一つ頭が働いていないけれど、とりあえずは……レオンの肩を叩く。ポンッ。
「婚約の承諾、もらったんだろう。おめでとう」
悪友の幸せを祝っておこう。
レオンは今までに見た事もない笑顔で「ありがとう」と言った。




