レオドラン視点 3
リリは驚いた顔も可愛いな。
生徒会の仕事が終わり、ルーとともに公爵邸に訪れた俺を迎えてくれたのは、頬を桃色に染めたリリだった。
「あ・あの、ようこそいらっしゃいました。レオン様。失礼ですが、もしかして私がお兄様に頼んだから来て下さったのでしょうか?」
「もちろんです。貴方がお呼び下されば、私は何を置いてもいの一番で駆け付けますよ」
ポッ♡
リリの顔がますます赤くなる。
「う・嬉しい……です」
真っ赤になった顔を両手で隠しながら、リリが小さな声で言う。ああ、本当に天使だな。
俺とリリがほんわかといい雰囲気を醸し出していると、ルーが「はいはい、お兄様も帰ってきてるからね」と邪魔をした。ルー、協力すると言ってたのはどうなった?
「お・お帰りなさいませ、お兄様」
慌てて礼を取るリリに「はい、ただいま」と言って、ルーが破顔しながらリリの頭をくしゃくしゃと撫でる。
……羨ましくなんかないからな、くそう……。
「あの、レオン様にお渡ししたいものがありまして、その、部屋に置いてありますので取ってきますね。談話室でお待ちいただけますか。ラン、お茶の用意をお願いね」
「わざわざ往復させるなんて出来ません。私も一緒に行きますよ」
すかさず言うとルーが「ぼ・僕も行くよ」と入ってきた。まあ、そうなるだろうな。
「あら、お兄様。ミリアルお姉様がおいでよ。約束されていたのではなくて?」
「え? そうだったかな。あれ?」
まさかのリリからの援護射撃。
「お待たせしたら申し訳ないわ。早く行って差し上げて下さい。ね、お兄様」
「あ・ああ、い・いいかい、リリ。部屋の鍵は絶対開けておく事。何かあったら頑張って大きな声を上げて、すぐに誰かが駆け付けるからね」
「くすくす、何を言っているの? 変なお兄様」
ルーが不安そうにこちらを見る。
『分かっている。安心してくれ。俺は紳士だ』そんな気持ちを込めて満面の笑みで頷くとルーは、はあ~と項垂れてミリアル嬢の待つ部屋に向かった。何でそんなに不安がるんだ?
「どうぞ、レオン様。お入りになって」
部屋に着くとリリは自ら扉を開けて、俺を招きいれてくれた。
薄いクリーム色の壁に白い家具がこじんまりと並んでいる。
そして部屋の真ん中には、大きな天蓋付きの寝台。
一日のほとんどをそこで過ごすリリの為に、公爵が用意したのだろう。
でも、待てよ。十代の少女の部屋の天蓋にしては、不思議な色合いだ。
薄い紗のかかった黒地に黄色の点がある。まるで夜の星のような……。
扉の前で立ち尽くす俺に、リリが「どうぞ」と再度声をかける。
俺は少し躊躇ったが、天蓋が気になり部屋に入る事にした。そのまま、天蓋のそばまで行き、眺めているとリリの声がした。
「ラン、お茶をこちらにお願いね」
ついてきた侍女にお茶の用意を頼み、俺のそばに寄る。
「何か気になりますか?」
余りにも俺が天蓋を見つめ過ぎたからか、リリが不思議そうにたずねてきた。
「あの、気を悪くなされたら申し訳ない。私は以前にこの部屋に入った事がありますか?」
「……え?」
心に浮かんだ疑問をそのまま口にしてみた。
後悔した。
リリが大きな目をこぞれそうなほど開き、驚いたような、今にも泣きそうな顔をしたから。
辱めてしまったか?
そうだよな、未婚の淑女の部屋に無断で入ったかもしれないなんて、ただの変態だ。
俺は慌てて弁明する。
「はは、すみません。この屋敷には幼い頃から通っていたものだから、別の部屋と勘違いしてしまったようです」
「レオン様は、やはり……あの時の……花弁の、方……」
「え?」
とうとうリリの大きな瞳からは、真珠の雫が零れ落ちた。
リリが泣いてる?!?
余りの事に俺はパニックになってリリを抱きしめた。
「リリ、どうしたのですか? 私が不躾な事を言ったから? リリ、泣かないで。君に泣かれると、俺はどうしたらいいのか……」
「ちが・の……う……で……」
嗚咽の中、小さな声が聞こえる。
「違うの、嬉しいの。貴方が花弁の人で」
「花……び・ら?」
「私本当に嬉しいんです。レオン様、貴方にずっと会いたかった」
そう言って泣きながら笑った。その表情は、何と言うか……表現しきれない。けれど、とっても綺麗だと思った。
暫くして侍女がお茶を入れたワゴンを押して戻って来た。
「ありがとう、ラン。後は私がするわ。貴方は他の仕事に戻って」
侍女はチラリとリリと俺を見てためらっていたが、すぐに頭を下げた。
「では隣の控えの間にいます。何かあればすぐにお申し付け下さい」
リリは侍女が出て行くと扉を閉めて、ワゴンのお茶を入れ始めた。
「少しお時間を頂けますか? お話がしたいです」
「貴方のためなら何時間でも」
「ありがとうございます」
二人掛けのソファに腰掛ける俺の前にお茶を置き、自身も横に座る。軽く息を吐き、ぽつりぽつりと話始める。
「私の最初の記憶は、暗闇でした。体は全く動かなくて、でもそこに光があったのです。見えてるわけでも何でもないのですが、ただ感じるのです。そこに光があるのだと。その光に向かって動かない体を必死に向かわせようとしました。何度も何度も。そうしていると唇が動いて声が出たのです」
握り合わせている両手に、俺は左手を重ねる。俯く彼女に力を与えるように。
「それからの記憶は暗闇と激痛だけでした。たまに光は来るのですが、それは小さくて薄いものですぐに消えてなくなりました。そんな中、真っ暗闇でもう動けない。そう思った時、強烈な光と花の香りがしたのです。そうして思い切って目を開けると、色とりどりの花弁が散っていたのです。暫くその光景を眺めていると、周りの大人の歓声が聞こえました。三歳の峠を越えたともう大丈夫だと。私は意味が分からなかったのですが、妙に納得してしまって、初めて痛みを感じない穏やかな眠りを味わう事が出来たのです」
三歳……その頃、俺は九歳か……待て、それはあの時の……まさか……。
「それからは、本当に少しずつですけれど、痛みが引いていって、私も食事などを見直したりして、健康を取り戻していきました。けれど、まだごくたまにですが、熱が出てしまったりしていました。八歳のその日も、熱を出して寝込んでいました。その時、天蓋の向こうに誰かが来たんです。ミリアルお姉様のお友達から隠れてるって言って。少しここに居させてくれって仰いました。私は初めて知らない人の声を聞いて驚いてしまって、声が出せませんでしたが、その方は謝りながらもお見舞いだと言って魔法で花弁を出してくれました。私はその花弁に見覚えがあって……三歳の時見た、あの眩い光とともに現れた花弁を……レオン様、何か心当たり、ありますか?」
俺は喉がカラカラになった。だって、まさか、そんな……。
俺は少し冷えたお茶をグイッと飲み干し、一呼吸してからリリに頼んだ。
「……リリ、俺は一つの仮説を立てていた。もしかしたらと。今のリリの話はそれに裏付けするような内容だった。思い切って確かめたい。リリの体の負担になるようなら、すぐにやめる。けれど、試してみてもいいだろうか?」
そう言ってリリの目を見る。俺の惚れた翡翠の瞳。彼女はニッコリ笑ってお願いしますと言った。
俺は自分の右手とリリの右手を合わせ、彼女の華奢な左肩を左手で抱き寄せた。
そうして彼女の中の魔力を探る。
魔力酔いをしない程度に少しずつ軽く……奥底で、引っかかった。
やはり、これは……。
俺は改めてリリの顔を見る。
「リリ、落ち着いて聞いてね。リリには闇の魔法がある。それには〔防御や結界〕などの空間を閉じ込める力がある。リリは産まれた時から闇の魔法を持っていて、その力が体の内部で安定せずに燻っていて、体に異変をきたしていたんだ。そして俺は光の魔法を持っている。光の魔法は唯一、闇の魔法と中和する事が出来るんだ」
リリは表情を変えずに、黙って俺の話を聞いている。
「リリが産まれた日、俺はルーに上げた造花に光の魔法を注いでいた。初めて出来た友達が幸せでいられますように。そんな願いを込めた光の魔法を……。ルーはそれを知らずに所持したまま、産まれたばかりのリリに触れたんだと思う。その力で中和されて闇の力が少し外に解放されたんじゃないかな」
俺の手は知らずに力が入っていたのかもしれない。リリがそっと握り返してくれた。
「それから君が三歳の時、俺はちょうどその日、嫌な事があって城にはいたくなかった。そうして逃げてきたルーの屋敷からは、負のオーラが満ち溢れていた。ここはどの屋敷よりも明るくて優しい場所で、大好きだったその場所がひっそりと闇にみちてるかのようなのが嫌でたまらなかった。今思えばリリがそんな状態なんだ。当たり前だよね。けれど俺は嫌だと思った。それだけで光の魔法を使ったんだ。いつもの明るく優しい場所に戻ってくれと、今閉じこもっている源を光で包んで欲しいと。それがリリの前に花弁として具現化したんだと思う」
リリの瞳が潤んでいくのが分かった。
「そしてリリが八歳の時、うん、覚えているよ。俺はリリをリクルと勘違いして、元気になって欲しいと思って力を使った。光の魔法で。結果こんなに素晴らしい成果を出せていたなんて。俺はこれほど自分の力に、神に感謝した事はない。リリ、間接的にとはいえ、君のそばにいれて良かった」
涙が出そうになる。リリは涙に濡れていた。
俺の力は無駄じゃなかった。俺の力はリリの、最愛の人の為の力なんだ。
たまらず俺はリリを抱きしめる。
「リリ、好きだ。愛してる。どうか俺と結婚してくれないか」
「え?」
「はっ!?!」
驚いたリリの顔を見て、俺も我に返った。
何を興奮しているんだ、俺? 何が〔完全無欠の王子様〕だ。こんな勢いに任せた子供みたいなプロポーズ。
「い・いや、その……」
謝ろうとした俺の背に、リリの手が回る。
「はい」
きゅっと服を握りながら答えるリリ。
「……すみません、リリ。こんな勢いに任せたプロポーズ、恥ずかしい。改めてちゃんとした……」
俺がすぐさま言い直そうとすると、リリが俺の服に顔を埋めながら、信じられない言葉を口にする。
「私、八歳の時にお会いした花弁の方に……恋……していました」
「え?」
ちらりと顔を真っ赤にしながら、上目遣いで見てくるリリ。
「私……馬鹿みたいでしょ。顔も名前も知らない人に恋したんです。優しい口調と思いやりに。私をリクルと思ってして下さった行動なのかもしれませんが、怖がらせないように、元気になるようにと向けてくれた気持ちが嬉しくて、温かくて涙が出ました」
リリが俺を? 顔も名前も知らない俺を……?
それは今まで生きてきた中で、必ず人目に触れるこの顔に、造形の美などと馬鹿な事を言われ続け、散々狙われてきたこの顔を知らず、第一王子という肩書を、絶対的なこの地位も知らずに、俺の中身だけに恋をしてくれたと言ってくれているのか?
そんな女がいるのか……いたのか。
「私、今のレオン様の言葉が嬉しいです。形にとらわれずレオン様の言葉で、心で言って下さったんですよね。凄く嬉しいです。私……こんな体で、レオン様に迷惑かけるかもしれませんが、、こんな身で……こんな私で、いいですか?」
!
「当り前だ。リリがいい。リリじゃないと駄目だ。リリしかいない」
つい興奮して必死で言うと、一瞬驚いたもののすぐにクスクス笑うリリ。
「はい、私もレオン様がいいです」
俺とリリは顔を見合わせる。どちらからともなく笑いが込み上げる。
クスクスクス
そのまま顔を近づけて……彼女の額に唇を軽くあてる。
クスクスクス
この日改めて彼女の笑顔を守り続けたいと、俺は心の底から思ったんだ。




