ルーゼット視点 8
ユーリック公爵家には眩いばかりの美少女がいる。
どうやらその方はずっと秘匿にされていた、ユーリック公爵の手中の玉らしい。
そして彼女はすでに第一王子の婚約者。
長年、王子の婚約者の席が空白だったのは、彼女の為だったらしい。
「まことしやかに流れるこの噂は、どういう事でしょうか、レオン様」
ここは馴染みの生徒会室。僕はレオンの前に書類を置いて聞いてみた。
「リリの誕生日会の次の日に流してみた。お披露目をしてしまった以上、リリの周りには色々な輩が集まるだろう。リリを守る為の防御と牽制だよ」
書類に目を通し、カリカリと書き進めるレオン。
「男除けという名の〔防御〕と既に俺のものという〔牽制〕ですね。理解しました」
僕も自分の机に戻って書類を片付け始める。
「効果はあっただろう」
ニヤリと笑うレオン。カリカリカリカリ。
「てきめんです。次の日に一気にきたリリへのお誘いは、その噂が広まるほど減っていきましたよ」
カリカリカリカリ。
「噂が流れ切ると次は違う誘いが増えるだろうから、それについても牽制しとく」
カリカリカリカリ。
「お願いします」
カリカリカリカリ。
最初はリリという、いきなり現れた美少女への関心。続いてあわよくばお近づきになれるかもという下心。今はこの手紙ばかり。
そうしてレオンの言う噂が流れ切る後に来るのは、王子の婚約者としての好奇心と媚びを売る為のお誘い。若しくは王子に近づかせない為の恐喝。
本当に貴族という者は、露骨すぎるよな。
「ああ、そう言えばこの噂にはお前達の婚約者も協力してくれたぞ」
「「「「はい?」」」」
カリカリカリカリ。ちょっと驚きながらも、手は休めない。
そう言えばミリアル達、女性だけのお茶会にすごい勢いで行きまくっていたな。
この噂を流す為だったのか。皆リリを気に入ってくれて庇護対象として扱ってくれているからな。頼もしい。
「女性の素晴らしさに、初めて感銘したよ」
レオンが女性を見直すのは良い事なんだけれど、それが噂話って……いや、女性の情報網を馬鹿にしてはいけないんだけれどね。それで社交界から追い出された貴族、滅茶苦茶いるからね。
ドサッ。
「ふー、今日の分はこんなものかな」
「「「「早っ!」」」」
僕達もずっと話しながら仕事してたのに、流石のレオン様。もう終わったのか?
「手伝うか?」
「いや、大丈夫。時間があるならちょっと早いけど、文化祭の資料でも確認しててよ」
「ああ、そうか。そろそろ手を付けないと後で時間がなくなるか」
パラリと書類をめくる音がする。
「今日はリリ、何してる?」
「毎日聞くね。別にいいけど。ん~と、今日は貴族名鑑覚えてるよ。誰も知らないから当主の方ぐらいは覚えていないと、何かあった時に失礼に当たるからって」
「そんなのしなくてもいいのに。本当にリリは真面目で頑張り屋だなあ。それって王妃教育の一環何だけれど、少しは意識してくれているのかな?」
最後はチラリと僕に尋ねてくる。ああ、ああ、もう。分かって言ってるな。そうだよ、リリは意識しまくりだよ。誰がそんな風にもっていってるのさ。
「……レオンと会ってから、リリの体の調子が凄く良くなっていってるんだ」
「! そうなのか?」
「うん、ここ最近は息切れもしなくなって、毎日庭に出て花を摘んでる。屋敷中が花だらけになってるよ」
花を見るとレオンを思い出すからって、頬を染めながら言ってたことは内緒だ。絶対に図に乗る。
「リリは……やっぱり闇の魔法が使えるのかもしれないな」
「は?」
今、さらりと何か仰いました、レオン様?
「闇の魔法……もしかして、とは思っていたんだけれど……」
「なんで? なんで? なんで?」
僕は椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで、レオンに詰め寄った。
「落ち着け。まだはっきりとそうだとは言ってない」
フーフーフー。
マルロスが鼻息荒い僕の背を「どうどうどう」と言って擦ってくれる。
僕、猛獣じゃないから。
「どういう事です? レオン、闇の魔法って……」
今まで黙々と仕事をこなしていたセルが、魔法と聞いて乗り出してきた。
トーマスも「何、何?」と好奇心旺盛の顔で寄ってきた。
「先日、改めてリリの病気を見てきた医師に過去の情報を見せてもらった。小さな頃のリリの様子も書かれてあって、あれは永久保存だな。一生の宝物だ」
フフフと笑うレオンを四人はジト目で見る。
リリ、ここに完全無欠の王子様の仮面を被ったストーカーがいますよ~。
「まあ、そこで考えたのが闇魔法は基本〔結界と防御〕の二種類。産まれた時から持っていた闇魔法が結界の力で外に出る事が叶わず、体内にたまった魔力で仮死状態にあったのかもしれない。何かの拍子でそれは解除できたが、闇魔法は制御出来ず、体内で蓄積されて体を蝕んでいった。その証拠の一つとして、光魔法の治癒能力を使うと一時的にではあるが、症状は落ち着いていたようだ」
僕は息を飲む。
今まで全く分からなかったリリの病気の理由がそれって……。
「後、リリはたまに音を遮断しているような状態になっていた事があったそうだ。寝ていたり意識を飛ばしていたとかそういうのではなく、本当に音が聞こえなていない状態。当時の医師は耳も悪くなったのかと慌てたそうだ。けれど考えると余りの苦しさから雑音が耳障りになり、無意識に音を避けていたのかもしれない。闇魔法の防御を使って。ルー、心当たりないか?」
心当たり……あるよ、そんなの。どんなに語りかけても反応のないリリに、僕も両親も何度泣いたか……。
僕が何も言えずうつむいてしまうと、レオンは分かっているという風に肩を叩く。
「……でも、レオン。闇魔法って光魔法より珍しいよ。光魔法を使える者でさえ何百人に一人しかいないのに、闇魔法に関しては現在保持している者なんていなかったんじゃないですか?」
セルが過去魔法保持者の情報を思い出す。
「その通りだよ、セル」
レオンはもう一度全員を見回す。
「お前達も知っているように光魔法を使える者は、治癒能力が主だ。やかましい女が精神系の光魔法を持っているようだが、あれもかなり珍しい。あいつがまともな奴だったら魔法の研究に協力してもらいたいが、今の状態じゃあ無理だ。まあ、魔力自体が少ないからそんなに大したものは使えないと思うが」
まあ、安心は出来ないがな。と付け加える。
「そして俺の光魔法は治癒能力も使えるし精神系も使える。魔力が多い分結構何でも使えそうだ。リリが闇魔法保持者かもしれないというのは、先程の話からだが、もう一つ考えられる要素がある。ルーからの発言でリリが俺と会うようになってから、元気になっているという事だが、もちろん気持ちの問題やら成長的なものも考えられる。けれど光魔法と闇魔法がとけ合って中和された。と考える方が自然な気がするんだ」
「だったら医師が使っていた治癒では駄目だったの?」
トーマスが不思議そうに尋ねる。
「魔力が弱いからな。多分リリは思った以上に魔力があるのかもしれない。けれどその力は闇魔法に全て持っていかれて、結界で魔力を調べる事も出来なかったんじゃないかと思う。俺との中和が可能という事ならリリの魔力は俺に近いくらいはあるのかも?」
「レオンに近いって……それ神の領域?」
セルが身震いした。
「いや、そこまではって俺を何だと……まあ、これはあくまで仮説だ。色々と調べないといけないし、リリからも話を聞いてみないとな」
……いや、多分レオンの言ってる事は正しい。
王室の名医がどんなに調べても分からなったリリの病。
そっかあ、レオンと会わせてあげれば、あんなに苦しい思いをさせずにすんだのかあ。
僕達がリリを隠さなければ……僕が前世の記憶に振り回されて悪役令嬢と思い込まなければ……。
レオンが気遣わし気に「大丈夫か?」と肩に手を置く。
「あ、忘れてた」
いきなり顔をが上げた僕に、四人はビクッとした。
「ど・うした、ルー?」
マルロスが僕の顔を覗き込んでくる。
「ああ、リリに頼まれていたのを思い出した。レオンに何か渡したい物があるから、時間があいた時にでも屋敷に来てもらえたらって……」
「よし、すぐ行こう」
そう言って扉に向かうレオン。待て、待て。
「別に今日じゃなくても、昨日頼まれたところだから。レオンだってこの後、公務だってあるでしょ」
「時間は作るものだ。そして俺にとって最も最優先されるのはリリだ!」
はい、分かってます。分かってましたよ。
クスッ。
確かに僕はレオンとリリが会うのを、長年にわたって邪魔をした。
けれど、今それに対して後悔したって謝ったって二人は意にも介さないだろう。
僕の後悔は僕の中だけで持ち続ける。そしてこれからは、どんなことをしてでも二人を応援する側に回る。それが僕の懺悔の仕方だ。
「少し待ってて。僕も後一枚で終わるから。一緒に行こう」
「急いでくれ。リリが待ってる」
いや。待ってないから。リリだって昨日の今日で忙しい王子様が来るとは思ってないから。
僕は今までの中で一番、最速で書類を仕上げた。




