ルーゼット視点 6
「マリア、マリア、パイ好きだったでしょう。いっぱい用意したのよ。アップルにチェリー・ブルーベリーにストロベリー、たあ~くさん召し上がれ」
「リリ、タルトは好きかな? マフィンは? マドレーヌは? 甘みを抑えたケーキも用意しているよ」
……この二人は本当に親子だ。
僕とリリと母上は、何故かまた王妃様のサロンに呼ばれていた。
あれから三か月程経ったが、、既に四回はこうしてお茶をしている。
母が慣れたようにあっさりと王妃様の攻撃をかわしているが、リリは何というか……嫌がっているわけでも受け入れているわけでもなく、不思議そうにレオンを見ている。
年齢よりしっかりしている子だと思っていたけれど、やっぱり恋愛ごとには疎いのかもしれないな。
「ああ、パイ生地はこぼれやすくて、ドレスを汚したら大変だ。私が食べさせてあげるよ。はい、リリ、あ~ん」
レオンがアップルパイをフォークに刺して、リリの口元に持っていく。
え? 何? 誰? この甘甘男?
びっくりして目を向いていると(ぱくり)。
…………………………。
「リ・リ・リ・リリ?」
もくもくもく、こくん。
リリは何の躊躇いもせずに、あっさりとレオンのフォークのアップルパイを食べた。
そうだったあぁぁぁ~。
リリはほとんど寝たきりだったから、侍女だけでなく僕や父上にも食べさせてもらってて、人に食べさせられる事に慣れているんだ。
これはリリに注意するよりも、レオンに一言言わないと……そう思ってレオンを見ると、真っ赤な顔をして口をパクパクさせている、あどけない少年がいた。
え? 絶世の美形、どこ行った?
「あ、いや、ごめ……ちょっと、待って」
右手でフォークを持ったまま、左手で顔を隠して背けるレオン。
……数秒後……
「うん、ごめん。余りにもリリが素直で、ちょっと驚いただけ。もう大丈夫」
リリはコテンと首を傾げている。
「いや~ん、りりちゃん可愛い♡ 私も、私も餌付け……食べさせたいわあ」
王妃様、今餌付けって言った。
「駄目ですよ、母上。リリに食べさせられるのは私だけの特権です。母上にはユーリック公爵夫人がおられるでしょう」
キラン☆
王妃様が満面の笑みで母上を見る。
「無理、無理よ、バネッサ。流石に子供じゃないのだから」
じりじりじり……。
王妃様が母上を追い詰めていっている。
この二人には子供の僕からは何も言えない。とりあえずはエールだけは送ろう。
母上、ファイト!
僕は改めてレオンに向かう。
「レオン、リリは昔から寝台で過ごしていたから、人に食べさせてもらう行為は慣れているんだ。だから勘違いはしないように」
「ああ、そうだったな。リリは体が弱かったんだ」
ガタンッ。
颯爽と立ち上がった王子様はお姫様を抱き上げた。
「少し休憩を取った方がいいね。皆様、失礼します。リリ、私の部屋で休もうね」
スパーンッッッ!
「アウトオォォォ! それ絶対アウトだから」
僕は王城で、王妃様のサロンで、王子の頭を張ったおす。
だってこれは仕方ないんだよ。うん、仕方がないんだ。
使用人は唖然、母は慌て、王妃様は爆笑中。何だ、このカオス? あ、僕の所為か。
当のレオンは頭を擦りながら、ムスッとしてぼやく。
「リリが疲れているだろうから、俺の寝台を貸そうとしただけじゃないか」
口を尖らせても可愛くないんだよ。いや、その美貌ならちょっと可愛いか。いやいや。
「先日、誰かに『秩序を忘れるな』と仰っていたのは、王子自らだったように記憶しておりますが……」
僕は口元を引き攣らせながら、笑顔で言った。あ、自分で言っといて嫌な事思い出しちゃった。
レオンも同じだったのか、不機嫌な顔する。
まあ、仕方がないよね。その言葉を投げつけた相手を思い出すと、ここ最近の僕達生徒会のメンバーは無口で不機嫌になるのが常だ。
だってあのヒロイン、空気読めなさ過ぎて殴りたくなったのは、一度や二度じゃない。
食堂にいると必ず寄ってきて、何故か同じ机で食事をしようとする。
そりゃあ、食堂は皆のものだから、生徒会メンバーの席には座るな。とは言えないよ。だけど王子の机だよ。トップが座っているんだから忖度はするよね。周りの生徒も来たそうにはしているけど、そこは空気読んでるよね。それなのに彼女は無視。
「王子様~、昨日はごめんなさ~い」
毎回しなを作って謝りながら、当たり前のように座る。謝るのもいい加減「ごめんなさい」じゃなくて「申し訳ありません」と親しい者じゃないんだから、距離を取った言葉で言って欲しいもんだ。
流石にレオンの横は僕達が固めているから座れないが、空いている他のメンバーの隣に座る。
余りのうざさに一度、最初から椅子を除けてしまった事があるのだが、ヒロインは強い。他の場所から椅子を持ってきて座る。奴は鋼のメンタルだ。
流石に皆、唖然として何も言う事が出来なかった。
そして計算づくなのか何なのか、謝罪なので怒るわけにもいかず、何だが馬鹿にされているような気になってくる。
僕達の出来る事は一言もしゃべらず、ただ黙々と口を動かして、さっさと出ていく事だけ。
その間、空気の読めないヒロインは、一人で話している。それもメンバー一人ずつに。
例えばこんな事……。
「マルロス様、昨日は転びそうになった所を助けていただき、ありがとうございました♡」
「は?」
「グロッセル様に勉強を見ていただいたお蔭で、小テスト八十点も取れましよ。ありがとうございました♡」
「は?」
「トーマス様、忘れ物をわざわざ寮まで届けて下さってありがとうございました♡」
「は?」
「ルーゼット様、お菓子のお土産ありがとうございました。とっても美味しかったです♡」
「は?」
「王子様、私がいじめられている所を助けて下さってありがとうございました……けど、あれって偶然ですか? 本当は私の事を守ろうと見守っててくれてたんじゃ……♡」
「……………………」
ヒロインがクネクネしている間に、僕達は全員ダッシュで逃げた。
マジ、こえぇぇぇぇぇ~。
しかし、これでハッキリした。
ヒロインは前世の記憶持ちだ。しかも〔聖悪〕をプレイした事がある人間。
一人でひたすら会話をしている内容は、イベントの話なんだ。
僕は前世の妹に話を聞いただけだから、イベントの詳しい設定なんか知らなかったけれど、本来なら有りえた話でヒロインは忠実に再現しようとしている。
でも、全員のイベントの話をするという事は、やっぱり逆ハー狙いか?
気付いた時、僕は心の底からおぞましく思った。
僕達は友達なんだぞ。その僕達全員と関係をもちたいだなんて、気持ちが悪い。
とにかく僕達五人は話し合い、昼食は食堂には行かずに生徒会室で食べる事。余り一人にはならずに常に二人以上で行動をとり、彼女を見つけたら耳を貸さずに全速力で逃げる。そう決めた。
だって下手に拘わったら訳の分からない話をされて、あたかも自分達は付き合いがあり、下手したら好意を寄せあっているかのような発言をされる。
学園内では余り接しないようにしているが、僕達の婚約者もこの学園に通っている。誤解されたらどうするんだ。
余りに露骨な注意をすると、他の生徒達からいじめられる恐れがある。流石にそれは困る。僕達生徒会の問題にもなってしまう。
もしかして僕達が知らないだけで水面下であるのかもしれない(ヒロインもレオンにイベント内のセリフでいじめられている。と発言していた)が、今の所はそれらしい報告は受けていない。それにあのヒロインならいじめが本当にあれば事細かに泣いて訴えてくるだろう。
多分、僕達が相手にしていないから、他の生徒達も見て見ぬふりをしているのかもしれない。だって明らかに怪しすぎる行動だもんね。変に関わって仲間だと思われたくないんじゃないかな。
そうして僕とレオンが、最近の学園生活に魂を飛ばしていたら、耳に心地の良い音が聞こえてきた。
「ねえ、ねえ、殿下。降ろして下さいな」
はあ~、一気に癒された。
レオンも僕と同じようで、腕の中のリリを見る。て君まだお姫様抱っこしてたの?
「リリ、やっぱり俺の部屋へ……」
「喉が渇いたので、お茶が飲みたいです」
…………………………。
レオンの誘いをバッサリ断るリリ。カッコイイ♡
「分かった。温かいのを入れなおしてもらおうね」
ガタンッ。
……どうして君の膝の上に乗せるのかな?
「あの……重いですよ」
「リリは羽のように軽いから大丈夫だよ」
「貧相って事でしょうか?」
「ん?」
……全員そこで固まった。
先程まで、僕達の行動をニヨニヨ見ていた王妃様も、ハラハラしていた母上も、ほんわかとして見守っていた侍女達も全員が一時停止した。
いち早く解凍したのは、流石のレオン。
「えっと、貧相って……誰が?」
「私です」
「……何でそう思うの? リリは華奢だからとても儚げには見えるけれど、貧相とは全然違うよ。むしろ夜の月のような、穏やかで温かい、輝きのある洗練された美しさをもっている。ただ私からしたらそういう所、全てが可愛いと感じてしまうけれどね」
「え?」
…………………………ポッ♡
リリが赤くなる。ってちょっと待って!
レオンの流石の王子様のセリフを聞いて、王妃様の教育の行き届いた侍女達までが腰を抜かしかけているけれど、それよりも何よりも確認しなきゃ。
「リリ、貧相って誰かが言ったの?」
「え? いえ、あの、誰もそんな……皆は可愛いとしか……ただそれは家族だから、欲目っていうか、皆優しいから言ってくれてるんだと思ってて、それに昔から私は屋敷の者以外には会った事がなくて、その、皆に隠されているような気がしてて……それは病弱な私が貧相で人前に出せる娘じゃないから、恥ずかしいから隠されているのかなって……その……」
「……嘘だろう、リリ」
ガクウッ。
「も・申し訳ありません。お兄様」
つい愕然としてしまって膝をついた僕に、リリは慌てて謝罪した。
「いや、ごめん。謝らなければいけないのは僕の方だよ」
「いいえ、全ては親である私の責任よ。ごめんなさいね、リリ。貴方にそんな思いをさせていたなんて」
僕と母上がリリの傍に寄ろうとした時、ガシッと自分の膝の上に座らせていたリリを抱きしめるレオン。
「ああ、リリ。心配しなくても君は本当に可愛い。私には世界一美しい女性だよ」
ぎゅうぅぅぅぅ。
…………おい、そこ家族に譲れよ…………。
「で・殿下。困ります」
焦りながらレオンの腕から抜け出そうとするリリ。
「愛称で呼んでくれないか」
「え?」
「どうかレオンと……」
「あ、あの……」
「レオンと呼んでくれたら、離してあげる」
「そ・そんなあ~」
「さあ」
「……………………」
「ん?」
「……レオ…ドラン…殿下」
「ん?」
「レ…オン……殿下」
「ん?」
「レオ…ン……様」
「……うん、今の所はそれで我慢してあげる」
僕達は何を見せられているんだろう。
これ以上にはないというほど甘い笑みでリリを見つめながら、腕の戒めを解くレオン。
真っ赤になりながら少し距離を取るリリ。
膝から降ろさんのかい!!
「こほん、とにかくそんな勘違いをさせて気付かなかったお母様を許してね。リリ」
母が場をとりなすように会話を戻す。
「い・いいえ、私が勝手にそう思っていただけで、それにそんな私に惜しげもなく、沢山の愛情を注いでくれた家族や屋敷の者には、とっても感謝していたのよ。だからそんな風に仰らないで、お母様。お兄様も。リリはユーリック家に産まれて幸せです」
なんっていい子なんだ!!!
抱きつきたいけれど、レオンが邪魔だ。と思っていたら、レオンの手がワキワキしている。多分レオンも抱きしめたくて仕方がないんだろうなあ。
「あー、でもそれで合点が言ったわ。リリちゃんの態度」
それまで傍観していた王妃が、ホッと一息ついて言う。
「最初から不思議だったのよね。レオンがどんなに甘い言葉を吐こうとシレッと躱していたから。親の私が言うのもなんだけれど、レオンに構われて流せるなんて、どれだけお子様か百戦錬磨の熟女かと感心していたのよ。けど、そうね。自分に自信がなかったのね。それにレオンを兄の友達、身内と思っていたから社交辞令に聞こえていたのね。その証拠に今レオンが本当に可愛いと、社交辞令じゃないと分かったら、ちゃんと照れてくれたものね」
ニコニコとリリを見る。リリはますます赤くなって下を向いてしまった。
「フフ、正直に言うと三か月以上もかけて本気だと気づかせなかったレオンには不甲斐なさを感じるけれど、まあ今回は仕方がないわ。何しろ相手は十年もの間、真実を知らなかった天使なんだもの。でもレオン、これでやっと意識してもらえたわ。遠慮しないでそのまま最後まで突っ走りなさい」
「承知しました、母上」
「承知しないで、レオン!」
王妃とレオンのコラボが心底怖い……。
母上が遠い目をしている。
「リリはやっと自分が理解出来た所なんだから、突っ走らないでちゃんと手加減してよね。レオンが全力何て出したらリリが持たないよ。リリ(の心)が壊れちゃう」
「壊れるほど激しくしないさ。真綿で包むように優しく時間をかけて、ゆっくり慣らしてからするに決まってるだろう」
「なにを?!?」
怖い、本気で怖い、この王子様。
十歳ですから。どんなに発育良くても十歳ですから。そこお忘れなきように。
リリはオロオロと皆の顔を交互に見ていたが、レオンが微笑むとレオンの胸に顔を埋めてしまった。するとますます甘~い顔のレオンが出来上がる。
父上、最早僕の手には負えません。




