第88話
『さっきは、お話聞いてくれてありがとう。助かりました』
その日の夜遅くであった。真っ暗闇の空を見上げながら、自分の顔を照らしている明かりの正体、携帯画面を見ていた重倉。その画面に書かれていた内容は、重倉自身がテツに対して送ったものであった。最近流行りのチャットアプリケーションを使用したやり取り。メールと原理は同じなのだろうが、手軽なことを考えればそういったアプリケーションを使用することが常である、と考えられるようになっていた。自宅の自室、寝間着に着替えて外を眺める重倉の表情は、どこか遠くを眺めるような、何とも言い難いものであった。無論、この表情を見ている人はいない。
『なーんてこたぁねえよ!俺たちらしくいようぜ!!』
本当に、ポジティブなんだから。重倉は、そう自分に言い聞かせるように、心の中で言葉を発した。彼女にとって、彼のそんな態度が自分にとっての励みにもなっていた。あとは、その言葉があの二人にも伝われば良い、そう思っていた。高校の中では、群を抜いて人気度の高い二人。零治は、冷静沈着なイメージを保ちながら、とても優しく親切にしてくれる、と評判。友莉は、明るく元気なイメージを定着させ、そして見た目も綺麗である、と評判。そんな二人にも、意識していなかったことだが確かに存在する、深い暗い空間。今はそれが何なのか、自分にも周りの人たちにも分からないだろう。でも、だからこそ、そんな二人を支えてあげたい。もちろん、自分まで深い闇の底に陥ることのないように。
それが、友達としての支えであった。
「来たか、アレン」
「はい」
共和国軍艦隊旗艦を筆頭に、一行は帝国領内を深く侵攻し続けている。既にその位置は、アルファ星系回廊から遠く離れた位置にあり、共和国領に戻るには数日間を必要とする宙域であった。途中、幾度か帝国軍の小規模艦隊との交戦があったが、あるケースでは殲滅し、あるケースでは急速撤退をしていた。艦隊の規模を確認すれば、普通勝負を挑んでくることはないだろう。しかし、これがまたいつ大規模な艦隊と遭遇するかは分からない。その時のために、準備は万全にしていた。
「今まで紹介しようと思っていて遅れてしまったが…フェルナー大尉だ」
「よろしく!」
「あ、あぁ…よろしく」
少し困惑した表情で、アレンは人材などの収集も行っているサイクス大佐と、紹介されたフェルナー大尉のほうを見た。惑星ドーミアでの戦闘から最前線に参加するようになった、アレンと同じ階級のNPCである。経緯としては、かつて木星方面での警備艦隊に所属していた陸戦兵であり、空戦兵。だが、その力と才能が高く評価されたことにより、最前線まで足を運ぶことになった。アルファ星系回廊は危険宙域ではあるが、既に通過している共和国軍艦隊には衝撃波面などの位置情報を知っているので、航行には支障がない。艦隊戦を続けていけば、当然戦艦の数や兵士は減っていく。プレイヤーであれば、再出撃するまでにそう時間はかからないのだが、既に分かっている通りNPCは一度死ぬと二度と還っては来られない。帝国領深く侵攻することが、政治家たちの望みであるとすれば、増員も考えなければならず、その結果フェルナーもこちらに来た。幾つもの理由が存在しながら、彼はここまでやってきた。アレンとしては、またNPCなのかと思わずにはいられない。それも、幾つもの理由が存在している。
アレンの存在は、今や共和国軍にとっては特別であった。もちろん、あの一件があったからと言うことも出来るだろう。
「アレン大尉の活躍はよく耳にしてたぜ!太陽系でもな」
「そうですか」
アレンは、本当に一瞬だけ笑みを浮かべて、あっさりとそう返答した。それでも、目の前にいるフェルナーは笑顔を絶やさないで力強く話していた。戦闘指揮を執る立場にあるアレンとしては、自分と同じ階級の兵士がどのような人なのか、というのを確かめるのも一つの手段ではあったが、彼は既にそれをし終えていた。
「アレン、お前が持ち帰った情報が正しければ、この後…それも数日後に敵と遭遇するんだよな」
「えぇ。回廊で遭遇した、あの艦隊です」
「あまり、戦いたくない相手だな」
回廊での戦いは、両軍ともに激戦であった。今まで数多く行われてきた戦闘の中でも、トップ5に入るだろうと兵士たちの間では話題になっていたほどでもあった。そんな相手が今、再び自分たちの目の前に現れようとしている。彼らにはそれが分かっていた。共和国軍が今目指しているのは、都市惑星エルミア。その惑星を奪取することが出来れば、帝国全域の侵攻へ大きな足掛かりとなる。政府のお偉いさん方が行けと言ったこともあるが、戦術的にそれが有効であることを彼らは分析し終えていた。
「かといって、外周を行っては敵ばかり遭遇するだろうしな」
「…ですね。いつまでも勝ち続けられるかどうかは、保障も無いですし」
そう、確かに共和国軍は幾度となく帝国に対し勝ち続けている。ゲームが登場してから、はじめは帝国軍が圧倒的に有利で、勢力ゲージも極端に帝国よりであった。しかし、それが今や共和国軍が逆転し、共和国軍が帝国領に侵攻するという状態にまでなっている。あの頃、帝国優遇とされていたこのゲームでは、とにかくも勝ってゲーム権利や報酬を得たいと考えるプレイヤーが、帝国へ揃って流れていったこともある。しかし、共和国陣営はそれに屈することがなかった。強いプレイヤーと強いNPCたち、強い指揮官がそのような状況を覆し続けてきたのだ。
都市惑星エルミアに行く目的。共和国としては、帝国全土の侵攻の足掛かりとして。だが、アレン、彼にとってはそれだけが目的ではなかった。
「とにかくも、数日は動きが無いだろう。今のうちに、出来ることはしておいた方がいい」
「ですね…」
一方、その頃。軍隊が侵攻を続けている間に、まるで忘れ去られたかのように存在する太陽系の、地球。それでも共和国軍の中枢がここに存在するということもあって、戦闘開始前には慌ただしくもなる。しかし、かつて帝国軍が地球圏にまで進出してきた時には、多くの騒ぎが発生した。ここ、コロッセオも同様である。中立都市としての機能を維持しながら、この街には実に様々な人たちが住み着いている。戦争が主体と考えられているSFGでも、軍人ではなく一般人の生活として過ごす者も数多くいた。
生き方は多種多様。自分のしたいことが出来る。ゲームだからこそ、なのかもしれない。この世界で自由を手に入れた人間たちは、その羽を伸ばし活動を広げていく。しかし一方で、自由を奪われた人間たちも、確かに存在していた。
「戻った」
「おかえり」
コロッセオから少し離れた位置にある、テツの隠れ家。単に普通の一軒家とも言えるが、情報収集を専門とするテツにとっては環境の良い場所であった。コロッセオを郊外に進んでいくと、気候の変動により荒れ果てた土地が広がっている部分もある。その喉元に差し掛かるか否か、というところであった。元ゼウ商会所属の情報係、エナが彼の家に戻ってきた。ゼウ商会が事実上解体して以来、エナとエコーズはアレンの紹介で、テツの家に世話になっていた。情報収集の拠点とも言える。特にエナとテツに関してはその能力に秀でており、情報屋としての稼ぎからゲーム権利を高い数値に上げていた。初期からゲームをしているプレイヤーたちは、既にゲーム権利が3桁を超えている人が多い。ゲーム権利が超えていけばあらゆる製作物や購入物の解除や、限定装備などが手に入るので、目標を定めつつ権利数を伸ばしていくことが出来る。無論、高くなればなるほど上がりにくいという、ゲーム上の不変の特性があるのだが。
テツは、エナが帰宅したところで、エコーズも交えて映像を見せた。生放送機能を実装した後に映し出された、レーダー基地での戦闘。その最後の瞬間を。
「…」
「…アレン…」
エナとエコーズは、その事実をようやく知って驚くと共に、仲間を心配した。テツにとっては、本当はあまり見せるべきではないのだろうと考えていたものであった。彼らは、元々同じ仲間で働いていた間柄。そんな仲間たちが分散し、その関係に亀裂が生じ、仕舞にはその友人を消滅させてしまったのだから。複雑な心境を持っていることが、表情からも伺える。堂々たる風格を持つエコーズでさえも、顔をしかめた。あまりに酷過ぎる「現実」が、彼を襲ったのだから。
「アレンに非があった、とは思いたくねえんだ。すべては、チェーンを誘拐したこの事件の首謀者のせい…絶対に見つけてやる…!!」
「…そうだね。それが、チェーンのためだね…」
「…あぁ」
テツも、この二人も感じていた。SFGというゲームの中に紛れ込む、いや本質の渦中で暗躍する謎に包まれた者の存在。既に犯罪の域に達していることだろうと考える彼らだが、事はそれ以上に進行を続けている。確実に、あの時を迎えさせるために。
共和国軍旗艦内部、情報資料室。様々な軍事的情報を一括で管理するシステムが存在するこの部屋は、誰もが使えるという訳ではなく、軍の規定によってゲーム権利数が高く、更に上層部に認められた者のみ使うことが出来る。このシステムの中には国家が関連する重要な情報も含まれているからである。ただ単に軍事に関する国力を示したものではない。
彼は、今そこにいた。真っ暗闇の空間の中で、ただ一人。画面から照らし出される光を全面に受けながら、マウスやキーボードを使って操作する。
「…」
…必ず。
Space Fantasy Game
第88話 ―謎への、追求―




