第83話
惑星ドーミア、極北地帯。
ここは、かつての帝国軍レーダー基地があった場所よりも、さらに北に位置する場所。地球でいうところの「永久凍土」の世界であり、決して融けることのない氷の世界が広がっている。SFGの世界観が現実の人間たちの世界を真似て作っていることは、かねてから有名である。この惑星の永久凍土は、よくロシアを真似して作られていると、帝国に所属する人たちからは言われていた。それも、この大陸そのものがロシアをモデルにしているだろう、と。大陸のほとんどの基地は、現在共和国軍の支配下にある。多大な犠牲を出しながらも、一部分は戦力を残しながら撤退した。帝国軍の戦闘記録の中に、全滅という言葉が書き記されたことは少ない。それが意図的に書かれたものでなければ。まるで大陸の上に上乗せするように、氷部分が存在する地方だが、このようなところに人は住み着かない。レーダー基地でさえ限りなく人が住むには厳しい環境であったのに、ここであれば尚更であった。共和国軍は、確かに基地を制圧することに成功した。だが、基地の機能を修復して完全なものとして使うには、まだ期間が必要である。
帝国軍にとっては、この基地が察知されなかったのが、幸いであった。
極北基地 潜水艦ドック
「大佐、お疲れ様です」
その永久凍土の一角を基地にして、密かにロンメル大佐がやってきた。レーダー基地での戦闘から逃れ、途中海に出ると潜水艦で回収され、そのまま永久凍土の世界へやってきた。息を吐けば白煙が立つ。そんなレベルの話ではない。息を吸えば肺が凍るレベルで、この地方は冷え込んでいる。もちろんドックも冷えているのだが、外に比べればそうでもない。外は常に風が強く吹き荒れ、雪も混じる。係留された小型潜水艦の甲板から通行道を引っ張り出し、そこを降りて基地の地面に足を踏み入れる。無表情のロンメル大佐は、その基地の警備司令官ドワッジ少佐と合流した。
「無事で何よりでした」
「逆だな。まだ死ねなかった」
「そんな。大佐が今前線から離れたら、共和国への楔はどうなります」
「…んまぁいい。計画は実行出来た。案内、頼む」
とにかく辺境の地にあるということで、敵に知られてはならない、ある意味で構造上の欠点を持つこの基地。しかし最大の特徴はそのステルス性にあり、自然界に偽装カムフラージュを流しながらも、その姿はレーダーではとらえることが出来ない。それを利用し、この基地では宇宙用ロケットの射出が可能なエリアがある。基地の端に存在し、この惑星と宇宙空間とを自由に行き来できる。しかし、帝国軍上層部にはこの基地を使うという構想は存在しなかっただろう。ロンメルは、この星でチェーンの状態調査をすると決めてから、この基地には既に連絡を取っていた。帝国軍が危惧する、共和国軍の存在、中心的人物。軍人という殻を持ちつつ、ロンメルは今回も勝つことは出来ないだろう、と考えていた。彼は前線で指揮をするような立場の人間ではない。プレイヤーとして戦闘に参加しているのにもかかわらず、珍しい立場にいる。しかし、それ故に上層部からは不審がられている。『ロンメルの手土産』が現実のものとなってからは、ロンメルの存在そのものを危険視する者も現れた。それは現実の人間でも、この世界の人間たるNPCでも、同じことである。
ロンメルはドワッジに案内され、彼の執務室の応接間にやってきた。
「一杯、飲みますか?」
「今は飲まん。落ち着いてからだ。それより、周りの動きはどうなっている」
彼がもし軍事的方面で、それも前線で活躍する側の人間だとしたら、多くの情報が彼のもとにやってきただろう。それをすべて掴んでいれば、今回の計画ももっと別の形で実現できたのかもしれない。だが、ロンメルは与えられた状況の中、それに屈することなく任務を続行した。冷徹な表情のまま。
ドワッジに合図されると、彼は黒の高級そうなソファーに深く腰かける。思わずため息が一つ、自然と出てしまうほどの心地よさであった。戦場にいると感じることが出来ないものの一つ。それでも表情を崩すことがなかったロンメルであった。考えることは多い。
「『ロンメルの手土産』というのが、結局分からず仕舞いってところです」
「…」
「一応、本国の首脳部もその正体を確かめようとしていたらしいですが、失敗に終わりましたね」
「…ほう」
ロンメルにとってはその方が都合が良かった。確かにこの作戦を実行するにあたって、彼の用意した手土産というのがどのような存在なのかは、三文字だけ明らかになっている。他の上層部の人たちからすれば、一体ロンメルがどのような工作をしているのかが、不気味に思えていた。ロンメルがそれを狙っていたかどうかは最後まで明らかではなかったが、それでもコロコロと状況が変化していく中で、彼が計画を操り続けていたのは確かでもある。
「同じ目的…のはずだが、幾つもルートがあるというのは、よくあることだ。そして、そのルートによっては、結末さえもな」
既に計画は進行しており、それもほぼカウントダウンを終えるところまで来ている。ここまで来れば、脅威を排除するのも時間の問題か、と思われたが、油断は出来なかった。この後のスケジュールを確認するために、ボードを眺めていたときに、室内に呼び出し音が鳴った。
「誰からだ?」
「ギニアス大佐です。…しかし、この場所を直通で…?」
ロンメルは、ギニアスという呼び出し主の名前を聞いた瞬間には、表情をやや険しくした。ドワッジが気付かないレベルの変化ではあったが、勘が鋭く大佐でありながら最精鋭の兵士でもあるギニアスの今回の呼び出しを、何か不審に思った。証拠があった訳ではない。ただ、彼の人間としての直感が働いたのだろう。
まずは警備司令官のドワッジがその電話に出た。『グラーバクのお膝元』にいるギニアスが、ここに直通電話をかけてくること自体、この基地始まって以来初めてである。何せ、この基地は通常使用されることがない、極北地域の隠密基地であるからだ。
「…はい。分かりました、少々お待ち下さい。…大佐、お呼びです」
「…」
ロンメルの予想した通り、ギニアスは彼の居場所がここであると確信しているようであった。無理もない、惑星の基地が奪取された以上、脱出するための手段はこの極北地域にしかない。たとえどのような兵士であっても、それは調べればすぐに分かることだろう。しかし、それだけが理由とは思えなかった。それも人間としての直感であろう。
「私だ」
冷徹な瞳に映る黒と白の色。表情を変化させず、冷酷さを身にまとったその体から同じ兵士に向けられる言葉。そしてギニアスの言葉が返ってくる。
「調子はどうだ」
まるで心の中の探り合いをするかのような、会話の始め方。しかし、それでさえロンメルにはギニアスの内情を予想し辛い。ただ、何度も言う直感が働き、別の要因を引き出しているようにも思える。
「事は既に知れたことだ」
「奴らの動きは分かったか?」
「こちらでも調査中だ。ギニアスともなれば、既に予測はついているのだろう…?」
「既にゾレル艦隊が配置についている。帝国領の全土を手中に収めるのなら、間違いなくエルミアへと向かう」
これは既にアレンも手に入れている情報ではあるが、前に帝国と共和国との間に広がる回廊内で戦闘した際に相手だったゾレル少将が、既に共和国軍艦隊を迎え撃つために準備をしている。彼は施設内に潜入している際に、その情報を帝国兵士たちから盗み聞きしている。ギニアスも既にゾレル艦隊の動きは把握していた。次に共和国軍と帝国軍が衝突する大きな戦闘となり得るのが、恐らくはゾレル艦隊との戦闘だと考えられていた。ロンメルの考えとしては、恐らくこの戦闘にギニアスが介入することはないだろうと考えていた。何せ、ゾレル艦隊は帝国軍内でも有数の精鋭部隊でもあり、そして何よりの理由が、彼らはNPCのみで構成された艦隊であるからだ。
「エルミアは帝国の中枢だからな」
「その通りだ。それで…ロンメル、お前はどうするつもりだ。その手土産を」
「ほかの兵士たちの言う、私の『手土産』か」
ロンメルの眉間にしわが寄る。目線は遠くの星々をつなぐ電話機を向いていた。冷徹な瞳に映る漆黒の色が変化することはない。ただ変化することと言えば、それを表現するその人自身の心の内であった。『ロンメルの手土産』、チェーンという存在。そしてその女性を利用した計画。幾つもルートを構築することが出来る、ロンメルの現状。そこに、ギニアスは食いついた。
「計画に変更はない。閣下も承知している。お前も、知っているだろう…?」
「あぁ。既に最終局面だ、と閣下には聞いている。その様子を、ロンメルの口から聞きたいと思ってな」
「なら、尚更だ。心配する必要はない。話はそれだけか?」
「了解した。では、エルミアで待っている」
ギニアスがそう言い終わると、その瞬間には通話が途切れた。発信元が通話を終了した合図が表示される。それを確認すると、ロンメルはため息を一つ付き、視線をドワッジに戻す。ドワッジの顔がやや不安を抱えたような表情であったが、ロンメルもいつもの顔でいるのを見て、彼も様子を取り戻す。ロンメルの手土産と呼ばれた存在と、この計画。すべての人が真相を知っている訳ではない。そして、その目的の達成を前に、幾つものルートが待ち受けていることを、プレイヤーでさえ知らない人もいる。
「いよいよ、ですか」
「あぁ。状況は整った。後は…」
雪原を綺麗に映すその光景の中に、黒い煙が幾つも昇る。何事もなければ、この一帯も開発されることなく、この惑星のこの地域特有の美しい景色が堪能できたことだろう。それは、現実世界の人間がそう簡単に見に行くことが出来ない、とても優雅で綺麗なものであっただろう。SFGでの特徴は、現実世界に似せている部分があり、一種の旅行のようなものを楽しめるところにもある。これは、このゲームが始まってからすぐにほとんどの人が理解していたことであった。
そんな光景に一つ、大きな光が消えていった。一発の弾丸によって。
「…対象の撃墜を確認。周辺空域、オールクリアです」
「…」
レーダーを監視するNPCの声が、妙に反響したように艦橋内に響き渡る。彼が間違ったことを言ったわけではなく、むしろこの状況を救った正しい報告の仕方であったのだが、それとは関係なしに静寂がその空間をいっぱいに包み込んだ。中には、この状況が一体何を意味するのか、理解に遅れる人もいた。しかし、ほとんどの人はこの意図するところが何なのか、分かっている。先日の、『彼』のあの様子を、艦橋の人たちも、兵士たちも知っている。
彼女を救いたい。もし心の底まで囚われてしまったのなら、それを解き放ちたい。恐らくは、それが彼の希望だと理解する人は多かった。
…しかし、今。目の前で、彼自身の手で、その希望は永遠に失われた。鮮明に映し出された光景の中、光と、懐かしい時と共に。
「…」
その光景は、新しくアップデートで実装された生放送機能から、彼女も見ていた。画面いっぱいに広がる光が消えた時、攻撃を続けていた対象は姿を消していた。ただ一機で突入し、それを追う彼は中々攻撃することが出来ないでいた。彼女には分かった。あの機体が彼の操るものであることを察した。彼女でなくても、その光景は何か頭の中に残り続ける映像であっただろう。その世界の中にいる人にとっても、現実世界で見ていた人にとっても、そして彼にとっても。彼女は思わず両手で口を押え、声を殺した。目が点になるような表情を無意識で作り出し、驚きの色を隠せなかった。
彼の機体、デルタアースが帰投する。無機質な鉄の塊が何か感情を抱いて、それを見る人たちに伝えているのではないか、という錯覚さえも感じられる、この時。慎重すぎず、かといって強引にでもなく、良く言っていつも通りに彼の機体は旗艦に格納された。空に残り続けていた彼の機体のために、整備班たちが映像を確認しながら帰投するのを確かめていた。その事情は、旗艦にいるほぼすべての人たちの知るところである。兵士たち、NPCたちの表情は曇りを見せるようであった。コックピットが開く瞬間が、この時は恐怖であった。普段は、生存者が帰還するのは一方で喜ばしいことでもある。この時ほどアレンの顔を見るのが嫌なときは無かった。自分の精神さえ、犯されてしまうような思い。しかし、コックピットから出てきた彼は無表情で、強いて言えばそれ以上の何も感じなかった。
「整備、頼みます」
「あ…お、おう…」
中々勇気を出して彼の前に立つ人がいなかった現状に、機体整備長のおじさんが前に出て彼に話した。彼の一言は重く、低く、重圧のごとくのしかかった。あのおじさんが、一歩後ろに下がった。彼はヘルメットをおじさんに渡すと、そのままデッキから狭い通路の方へと抜けていった。
広い戦闘デッキの中。その様子を上の階から見ていた、サイクス。彼の姿が自分から見えなくなると、サイクス自身もデッキを後にした。
…そして、誰も見ていない通路の途中で、拳を壁に思いきり叩き付ける。
…。
人は元々、テリトリー争いをする習性のある生き物である。常に何らかのものに「所有欲」をぶつけて、それを求めて戦いを起こす。過去の歴史がそれを証明している。今を生きる我々の生活にさえ、その気質は確かに存在している。そして、このゲームの中でも、それは確かに存在していた…。
「閣下、いよいよですな…」
「…ああ。…全乗組員に告げる」
―覚悟を示せ…!
人は常に限界まで求め続ける。多大な犠牲を払いながら、それを踏みにじりながら、一歩でも先へと進むために。良くも悪くも、それが人間という生き物が生涯を輝かせる物を、得るために。
「…お前が生きていることを、後悔させる」
「…殺せば良いじゃない…早く…」
一つには争いによる勝利を、もう一つには戦いの結果で知る敗戦を。やがてそれは、歴史上で人々の死を左右するものとして、確立していった。仮想世界の中でも、現実世界の中でも、そのような場面が数多く発生し、そしてその中で人々の心は荒んでいった。
「…一人の人間として、この世界で生まれ、この世界にしか生きられない境遇を受け入れた。だが私は、それを悔いてはいない」
―さらばだ。立派な志を持つ、人間たちよ。
生きる希望。失う絶望。
それでも、私たちが私たちとして、確かに存在していくために…。
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第六章 「追憶の人間たち」
第83話 ―示される、幾つもの道―
…。
最近更新頻度が極端に低く申し訳ないです汗(学内が忙しく…)
それでもまだ、この作品が続く限り更新も続いていきますので、どうか長い目で見てやってください。
今後ともよろしくお願いします。




