第75話
ただ、一言で表すのは不可能であっただろう。この世界を生きる人たちは、たとえ二つの世界を行き来出来る存在が目の前にいたとしても、この世界に生きる人たちと友達になることが出来た。敵も味方も同じように、同じひとつの種である単体同士、関わり合いを深めることが出来た。彼らの最大の相違点と言えば、一つには現実が存在すること。もう一つには、仮想の中でしか生きられないことであった。機械によって作られたなどという概念は、この世界には似合わないものとして、認識が広まりつつあった頃。自分たちとは違う生活をしながら、もう一つの自分たちに必死に伝えようとしてきた、この日常にカウントダウンは訪れた。彼らの取る行動が、カウントダウンのすべての足枷を解き放ち、目覚めさせた。
…そして今。混沌とした中で、もう一つの現実に直面していた。
「何故お前がそこにいるんだ…!?」
「…」
戦いながら、無線機を通して聞こえてくる声。一瞬の隙も見せられない状況下で、その声はオープン回線で伝わってくる。周囲の人々は何が起こっているのか、状況を掴むことが出来なかった。ただしかし、アレンが強敵と話をしようとしていることだけは、確かな事実であった。
「…何?アレンが?」
旗艦の艦橋の中で、ケーンバークの報告を受けたサイクスは、その場にあったヘッドホンを手に取り、頭に装着した。無線のやり取りをする時には、ヘッドホンに装着されているマイクを使用する。マイクの先を手で握って音を出さないようにし、サイクスは戦闘の音と共に聞こえてくる大きな声に耳を傾けた。ケーンバークの言うように、アレンがオープン回線で声を発している。何かの間違いか、とも考えたがどう考えても相手の名前を呼んでいるようにしか聞こえてこなかった。
「…チェーン。誰だ、この者は」
「今該当者を検索中です。数が多過ぎます…」
「チェーン…アレン…」
サイクスには、心当たりがない訳ではなかった。その時、ケーンバークが検索をしている間にずっと頭の中に残っていたのは、かつて自分がアレンを軍に引き入れようと接触を試みた時のことであった。まだ大した時間は経っていないだろうに、まるで何年も昔のことだと思えてしまう。あの時、ゼウ商会がPK集団に襲撃された時、たった一人で集団をすべて排除してしまうという、ゲーム史上でも前代未聞の出来事が発生した。すぐにゼウ商会襲撃事件はネット上でも噂になり、その頃からアレンという名は、そういったプレイヤーやNPCを狙う集団からは脅威として恐れられていた。同時に、倒すべき存在としても知られていた。
自分が殺されるのは一向に構わない。だけど、自分の目の前で人は殺させない。
その瞬間。彼の勘が確証へと変化する。
「…そうか!アレンのいた商会のメンバーの名前だ!」
「何ですって…?」
「あの時、俺たち二人で話を聞いただろう。あの事件のことを。間違いない、すぐに調べてくれ」
サイクスに言われた通り、ケーンバークはゼウ商会の情報を探し始めた。最近ではその名前も聞かれなくなってきたが、一時期有名になったこともありその頃の情報を探し出すのは、難しいことではなかった。メンバーの名前が表示されると、確かにそこにはチェーンの名前があった。そこから、すぐにチェーンの身元情報を探し出し、プロフィールのように表示した。
「…行方不明…?」
「ではまさか、今彼と戦っているのがその…!」
チェーンのプロフィール。顔写真の横に、まるで押印されたかのように「Lost」と表示されていた。この情報は誰もが見るということは出来ないものとなっているが、Lostという表示は普通にこの世界で生活している人が付けられるようなものではない。文字通り消えた、という意味になるが、その原因を具体的に探るのには無理があった。しかしチェーンという女性の仲間が、Lost表示で行方不明になっていることだけは、確かであった。
そこでサイクスは思い出した。共和国と帝国との戦争の中で隠れていた、闇に包まれた事件のことを。謎めいた集団か、あるいはPK集団が、プレイヤーやNPCたちを誘拐する、というもの。プレイヤー誘拐に関しては、その後ログアウトさせなくすることが可能のため、現実での刑事事件に発展する可能性もあり危険視されていた。しかし、その頃特に流行っていたのはNPCの誘拐であった。プレイヤーが意のままに操れる存在として、NPCを選択する。まるで現実世界の奴隷のようなことが出来る。今アレンが呼んでいるチェーンという女性も、もしかしてその集団に誘拐されたのではないか、とサイクスはすぐに頭の中に考えが浮かんだ。
それにしては、疑問も残る。なぜ共和国の地球、コロッセオにいた女性が、帝国軍の兵士として目の前に現れたのか、と。
「聞こえているだろう…!?返事をしてくれ!」
「た、大尉…!!」
今のアレンには、周りの声はほぼ聞こえていなかった。いつもの鋭い洞察力は抜け、目の前で飛び続ける対象に声を出しながら呼びかけることしか出来ていなかった。操縦桿についている射撃用のボタンも、今は手さえ触れていない。だがアレンが呼びかける相手は攻撃をしながら迫ってくる。
「なぜ戦う!?どうして俺たちと一緒にいたお前が、どうして!?」
…戦う理由など、ない。
「…何っ…!?」
…私はただ、マスターの指示に従うだけ。
かつて、自分が関わっていたあの女性とは、全く違う。あの優しさの中にも強さを見出すことの出来た存在は、もうそこには見えなかった。無線越しに聞こえる声はただ冷徹なものであった。何がどうなっているのか、彼自身にも、周りの兵士たちにも分からない。特に共和国軍の兵士たちには困惑する事態であった。彼らがチェーンという女性の存在を知るはずがない。しかし、サイクスはその事実を確認した時、疑問と同時にゲームの想像を遥かに超える事態に発展する、と危惧した。
「お前が戦う必要なんて無い!利用されるだけだぞ!?」
「構わない。お前たちを倒すのが私の役目だからだ」
「そんなのチェーンじゃない!今すぐその機体を下ろしてこちらへ来るんだ!!」
戦闘も過激になりながら、お互いの会話も徐々にエスカレートしているように、サイクスには感じられた。ケーンバークが無線ですぐにアレンに呼びかける。彼自身なぜ彼女が敵側で、しかもこのタイミングでアレンと出会ってしまったのか、サイクスより後ではあったが疑問に感じていた。
「アレン大尉!敵に乗せられている。今すぐ後退して下さい!」
「まだ行けます!」
「我々の目的は、陸戦部隊の掩護です!敵と会話することではない…!!」
「チェーン!!!」
空を飛ぶ者同士、それを止めることは出来なかった。あまりに突然すぎたカウントダウンの実行は、お互いの亀裂を確かめるというよりも、この事態に対する疑問と悲哀のほうが強くのしかかった。まるで感情を失った人形のように動き続ける彼女に対し、彼は何もすることが出来なかった。その後、帝国軍は被害が拡大しないうちに撤退を開始し、まだ共和国軍の手の届いていないレーダー基地を目指していった。彼女も同じように。陸戦部隊は被害を出しながらも、強固な守りであった本拠点を制圧し、事実上共和国軍はドーミア星に帝国領侵攻のための中継ポイントを作ることに成功した。当然、すぐに回廊の戦いで遭遇した敵艦隊がこちらへ来るだろう。それまでに、更に艦隊の規模を拡大し、兵を増員し、物資を集めなければならない。
「少々無茶なやり方だったかもしれない」
後々、司令官であるユラは自身にそう言い聞かせたが、これも恐らく本当の戦いの現場を知らない者たちにとっては、喜ばしい成功なのだろう。あとは、別働隊が奪取した生産基地でどれほどの能力を発揮できるか、に期待することにした。
この戦いで得るものもあれば、失うものもあった。知る必要のないこともあった。
「アレンは、どうした?」
「はい。部隊に指示をした後は、どこへ行ったか…」
「そうか」
街は静けさを手に入れた。普段そこにあったはずの生活が、たった一日で無くなってしまった。すべては、共和国軍がこの基地を制圧しに襲いにかかったから。帝国市民の多くは街に残っているが、逆に街を離れた市民も数多くいた。これからこの街は共和国軍が実権を握る。政府関係のあらゆる施設や報道局などは、すべて軍の管制下に置かれた。だが、共和国軍は一つの街に圧政を強いるような真似は決してしなかった。むしろこの時点で、ユラは自由を約束させようとしていたのだから。
夜。街の郊外。基地を遠くから見渡せる大地の上。もうすぐログアウトしようとしていた彼は、システムから友人をコールした。
「…俺だ、テツ」
「…よう。お疲れさん」
アレンの第一声を聞いた時、すぐにテツはアレンの様子がいつもとは違うことを察した。あるいは、いつも通りであるのかもしれない。最近のアレン、いや零治の真剣で深刻な表情が、彼の頭の中に浮かび上がってくる。そしておそらくは、これから何の話をしてくるのかも、彼にはほぼ分かっていた。
「例の件、だが…どこまで調べは進んだ?」
「あ、あぁそのことだが…」
「…今日。チェーンを見た」
…。
「…テツ、知っていたのか?」
「お前さんに言わなかったの、悪いと思ってる。俺たちも情報を得たのは、つい最近でよ。…エナもエコーズも、驚いていた」
「…だろうね」
あの二人も、かつて同じ商会で働いた仲間同士である。アレンがあれほど驚いたことをこの三人は知らないが、テツの中では何となく予想は出来ていた。直接関わりのない自分でさえ、その正体を知って驚いたのだから。そしてますます、彼らの中でこの一件は疑問となっていた。NPCをどのようにして帝国領まで連れて行ったのか。疑問は深まるばかりであった。
「何で、こうなったんだろうな」
「零治…?」
その一言に、思わずもう一つの世界でもう一つの現実の名前を口にしたテツ。
「味方を殺させたくはない。守れるものは守りたい。だが…」
…守るべき者を、殺さなくてはならないのか。
…。
Space Fantasy Game
第75話 ―色褪せた、眼―




