第66話
もし…この作戦が力量不足で終わったのだとしたら、ここまで時間をかけてリペアしてきた意味がない。必ず成功させる。特に…敵のNPCに対しては、絶対に負ける訳にはいかない。これ以上のリペアは必要ないが、戦いに備えてもらわねば。
「奴の調査中だったデータを見せろ」
「し、しかしまだまとめ終わっては…大佐」
「良いんだ、見せてくれ」
ロンメル大佐。この一件の主導者であり、あの女性のすべての全権を握っている男だ。真っ暗闇の広い空間で幾人かが白衣を着て、パソコンに何かを打ち込んだりディスクを挿入するなどしている。そこに大佐が訪れ、研究者の一人にそう言った。彼は言われた通りにデータアクセスし、それをすべてロンメルの管理するストレージに送信した。
「感謝する。続けて良いぞ」
「はぁ…」
研究者たちにとってロンメル大佐は、中々無茶の多い上官として有名で、手を焼くところも多い。それだけに彼の力量が今回は試される。自分のパソコンにデータが入ったことを知った彼は、その部屋を後にして自室へと戻る。
都市惑星エルミア。惑星のほぼ全域が都市で構成されるという、恐ろしく大都会な星である。帝国領を選んだ人たちがここでログインした人は圧倒的に多い。都市が多いとは言うが、都市の中でも地球にあるコロッセオのように一部廃れた町もあれば、完全に工業都市をイメージしたような場所もある。この都市衛星エルミアの最大の軍事拠点エルミア空軍基地は、町全体が軍事施設で構成されていて、あらゆる兵器廠が立ち並んでいるうえ、非常に面積が広い。ロンメル大佐のいる場所は、空軍管轄下の技術科学兵器廠であった。大佐自身戦場に行くこともある、と上層部には言われているが、いまだその機会を得ていない。その理由は、彼のプロジェクトが進行し、先日ようやく一部を完成させたからである。
「…地球、コロッセオか」
確か噂では…あの男もコロッセオのはず。まさかな。
一方。ロンメルのいう先遣艦隊、つまりゾレル少将率いる艦隊は惑星エルミアの空軍基地に到着していた。ここで老朽艦と称された戦艦を70隻受け取り、いよいよ太陽系方面へ進発することになる。それを明日に控えたというところであった。ゾレル自身は高級士官を集め、今後の打ち合わせを行っていた。
「ベテルギウスのもたらした情報の中でも、もっともアタリは内戦のことでしたな」
「あぁ。奴らはNPCを大量に失った。補充が出来ないほどにな」
辺境の惑星にいたゾレルがここまでやってきて、それも上層部が作戦や兵力に一切の口を出さないところを見ても、既に太陽系で快進撃を続けていた共和国軍艦隊を殲滅する役割は、彼らに一任されたと考えられている。ゾレルを含め、この艦隊はNPC軍で構成される。先日の共和国軍内戦で、ややゾレル達にも疑問の念を投げかけられたが、彼らは造反するような意志は一切持ち合わせていなかった。その理由として、司令官ゾレルへの忠誠心が絶対的に強いということが挙げられる。
情報艦ベテルギウスを先行偵察に宛てていたことにより、彼らはより詳しい内容を把握することが出来た。現在主力艦隊は冥王星が最前線基地であること、戦艦も人員の補充も現状では厳しいということ、そして何より政府が出撃をするよう押し付けていること、などが情報としてもたらされた。もう一つの世界へアクセスすることが出来ない彼らにとって、ベテルギウスの情報は欠かせないものであった。
「だが、こちらにとっては好都合だ。移動中にも説明したように、我々はまず全艦をもって星系回廊を抜け、太陽系に入る。そこで複数に分かれて威力偵察を実行して、敵艦隊の主力を引きずり込む。奴らが回廊内へ入ってきたところを、袋叩きにする。…各員、明日の為に出撃の用意を」
ゾレルの敵主力殲滅作戦の概要は、第一に敵を引きずり込むことであった。ゾレルは既に共和国軍の主力艦隊に有能な指揮官がいることを察していた。だが、彼らにとって今の最大の弱点は、政府であった。政府が命令すれば軍人はそれに従わなければならない、という最悪の民主政治をゾレルたちは知っていたので、この手を利用した。そして、少数で何度も接近を試みながら敵を揺さぶり、回廊内へ引き込んだところで包囲殲滅する、というのが特徴であった。長距離による攻撃を続けながら撤退もする、というのは敵にこの作戦を悟らせないための工夫でもある。
有能なNPCは、先の内戦で戦死しているはず。生き残った兵士たちの間で高級士官を叩き上げ、それを今度は自分たちが潰せば大いに勝機はある。だが逆に失敗すれば、自分たちは宇宙の藻屑となる。失敗は許されなかった。共和国軍に致命的打撃を与えるために、一任されたこの討伐作戦を遂行しなくてはならなかった。
「…マッチングシステム、か」
一方。ゾレル艦隊の存在も知らず、彼らが向かってくることも把握していない共和国軍は、当面の間主力を冥王星基地に置くことを決めた。冥王星の生産能力は決して高い訳ではなく、惑星そのものが狭い面積であること、その面積のうち8割は地球で言うところの永久凍土の土地であり、地下都市建設でもしなければ生産機能は充実しない、という関係で、失った分の補給を出来ずにいた。物資に苦しんでいた訳ではないが、先の戦いにおける影響は、ほぼすべての太陽系惑星に行きわたっていた。
プレイヤーの間では既に話題浸透のマッチングシステム。定期的に大規模な大会が行われるようで、優勝をかけた戦いからも目を離せない。アレンも、全く興味がないと言えばそれは嘘になる。だが今目の前にあるのは、そんなゲームではなく本質的な意味での戦争であった。
アレンは今、冥王星基地からは離れた惑星都市、その中にある小さな店でテレビを見ながらコーヒーを飲んでいた。戦いをしていない時は、自由度の高い生活が出来る。
その時。彼の所持するシステムにコールが来る。
「お、フューリーか」
「あぁそうだ。こうして声を聞くのは久々か?」
「かもね」
第三艦隊戦闘艇部隊所属、部隊長フューリー大尉。彼とは軍人になり立ての頃からの付き合いで、アレンに次ぐ腕の持ち主であった。普段は彼から連絡はあまり来ないので、もしかしたら何かあったのかとアレンはコールがあった時にすぐ思った。
はじめは次回アップデートの話だった。フューリーとしても、マッチングシステムは賛同できるもので、機会があれば自分も参加したいということであった。だが、話題は徐々にそこから離れて行った。
「再統合計画?またか」
「まぁ当然と言えるだろうな。先日の内戦の影響でな。それでも政府が戦争を縮小しないって言うんだからな」
…考えてみれば、俺は確かにダイスって人に交戦を控えるようお願いした。だがそれはこのゲームの本質から逸れることになる。おまけに、軍人である俺がそういうことを言うのは、本来間違っている。それでもここに軍人としていられるのは、ある程度実績があるからだろうが…。
…俺たちプレイやーやNPCの手によって、この本質を変えることも出来るのか。でも政府の連中はそれを嫌う。いやむしろ阻止するかのように、毎回俺たちに出撃を命じる。それに反発したNPC兵士たち…。
…もし、政府の連中が、何かしらこのゲームの運営と関わっているとしたら?
「近日中に発表だ。それから俺は第一艦隊に所属することになりそうだ」
「え?フューリーが?だけど…その間第三艦隊はどうなる?」
「第三艦隊は消滅するって噂さ。第一、第二艦隊で統合して帝国に備える、というのが基本戦略らしい」
「八個艦隊あった頃が懐かしいな」
フューリーからの知らせは、外出していないアレンに再統合計画の話を打ち明けるものであった。アレンとしては再統合によって何かが変化する、と言えばそうでないだろうという、期待しない考えしか浮かんでこない。現状、第一艦隊は精鋭揃いで困ることは無い。NPCとプレイヤーとの関係は継続的に注視する必要はあるが、それもすべて政府が介入すれば崩壊する。いまだあの戦いでの影響は大きいと言っても、本腰への決定的打撃は無かった。
「お前はきっと、第一艦隊の戦闘艇部隊長のままだろうな」
「降りたいよ。命令するよりされている方が気楽だから」
「確かに」
彼自身のことはまだ何も伝えられていなかったが、フューリーの話した予想と、アレンの当然だろうという考えとは異なる回答が、後に得られた。統合計画が発表された後、アレンは流石に驚きそれをサイクス大佐に伝えた。
「ん?あぁ今回の人事か」
「えぇ。期限付きの戦闘隊長というのは…」
「帝国へ侵攻することになれば、今までのようにただ空戦をしていればいい、という訳ではないからな。期限、というのは俺たちが帝国領へ入ることが出来たらということだ」
「ではそれ以降は…」
「…あんまりこういうこと言いたくないがな。これも俺たちの上からの口出しなんだ」
彼に任されたのは、彼の戦闘能力と洞察力の高さを評価したうえでの、単独偵察任務であった。
「もしもだ、仮に前に俺たちがやられていたことを逆にやり返すんだったら、惑星の探査は絶対に必要だ。それも、奴らの軸となる物を探すために。それにはあらゆる能力に特化した人物が必要なんだ」
「…正体がばれたら、自決ものですね」
アレンとしては、現状よりも更に高い負荷のかかる任務を任せられることで、もはや呆れに近いものを感じていた。だが、全く否定的に捉えていた訳ではない。確かに強硬的に攻撃を仕掛けない限り、相手の惑星の情報などを知らなければこちらが逆激される恐れもある。情報偵察艦だけではすべてを把握することは出来ない。そう考えれば、アレンは重要な任務を任されたと言うことが出来る。負担は大きいものではあるが。
「…ほう、そうか。彼は引き受けたか。…ご苦労」
夕暮れ時のオフィス。現実世界と大して変わらない環境下で、通信を終えたスーツ姿のその男は、そっと受信機のボタンを押して机の上の書類を眺める。
「しかし、よろしかったのですか?…長官?」
「…上手くいけばいいだけのことだ」
「彼は、中々に恐ろしく鋭い男だ、とお聞きしますが…?」
「…何も知らない、まだ高校生ほどの男だろう」
これに気付いた時には、もう引き返せなくなっているさ。自分が、とんでもない相手を殺さなければならない、ということにな…。
Space Fantasy Game
第66話 ―複数の、戦い―




