第65話
「…私は、どのぐらい眠っていたのか」
「総計すれば、一ヶ月ほどだ。良い夢は見られたか?」
「…えぇ。おかげさまで。だが、良い快感に浸っていたところを、ロンメル司令官は起こした、…私の出番が来たのか」
「そうだ。先ほど、先遣艦隊がこのエルミアに到着した。2日後には地球圏へワープ航法を行う」
「“先遣艦隊”だと?…まぁ良い。詮索は要らぬ疑念の元だろうからな?」
「その通りだ。よく分かっているな」
周りの空間が暗い中に、幾つものベッドが置かれていた。機械だらけの部屋で、そのベッドは固い床の上に白いシーツをかぶせただけの、ベッドとも寝床とも呼べないようなものであった。そのベッドの枕元には、サンバイザーのように頭の抜ける帽子があり、そこからベッドの中に向かって何本も、色も太さも違う線が伸びている。このヘルメットは、ロンメル司令官がここに来て彼が自分の手で外したものである。まるでケースのように保管されていた中の人、彼女は、長い眠りから目覚めた。
「お前はただ、主の言うことに従えば良い。それだけだ」
「分かったよ、ロンメル大佐。それで、私はこれからどうすれば良い?まだリペアが必要なのか?」
「あんなにリペアを拒んで暴れていたお前がよく言う。…今回は、眠りの期間も長かったようだし、成功したようだな」
「…質問に答えていただきたい。リペアは必要なのか。それとも、まだ私はここで寝ていて良いのか?」
ロンメルはその場で溜息をついた。そして返答を出さぬまま、その広い空間の壁に掛けられていた、大きなスクリーンを表示した。このSFGで現在プレイヤーが生存しているすべての恒星系が映し出されていた。その中でも、帝国領と共和国領の星系を拡大表示したロンメルは、状況を説明し始めた。
「先日、共和国軍は大規模な内戦を終えたばかりだ。奴らが内輪もめしている間に、先遣艦隊の艦艇70隻の用意を万全に整えることも出来た。だが、お前の出る幕はもう少し後だ。先にゾレルの艦隊が冥王星付近へ近づき、共和国海軍をこちらの星系まで呼び寄せる」
「そんな単純に上手くいくものかしら。内戦のダメージの影響で、敵も迂闊に出て来られないんじゃない?」
「心配するな。手は打ってある。脆い部分を崩壊させるためのな。…そもそも、こんな話NPCであるお前に言う必要なんて、どこにもない。それ相応の働きはしてもらう」
「ええ、良いわ。どうせ私はやられ役。捨て駒らしく散れる戦場を与えて頂戴ね」
昔は、このような性格の持ち主ではなかった。このゲームの中で昔と呼べるほど、それが発生したのは前の出来事になる。情勢が一刻と変化していく中で発生した、ささやかな事件。カウントダウンの時限信管を起爆させるためのタイマーを動かすための、きっかけ。その材料となることを選ばされた、その者。もはやどうにもならないとNPC自身が思い込み、死ぬためにこれから戦おうとしている。
先日。自分たちの命を捨てて訴えかけた、彼らとは真逆の立場にいるNPCであった。
「さらに改良?」
「ええ。やはり前線で戦う者としては、お前が航空戦力として頼みだからな」
昼間、現実世界で友莉との一件があり、やや心が落ち着かないアレンであった。自分に直接かかわることではないだろうが、何か彼にとって放っておくと良くない気がする、という危機感から、彼女に何かしてあげられることはないだろうか、と考えていた。それだけの感情で動いていた訳ではないことを、彼は自分自身で知らない。
サイクス大佐から政府の意向を聞かされると、何かコメントを残す前に、彼はため息をついた。内心では、何のためにNPCたちが命をかけて戦ったのか、と思っていた。彼らの影響がこの世界に反映されるまでには、まだまだ時間が必要なのだということを、サイクスもアレンも共通の認識として理解した。
「それで、技術開発部には俺からサインしておいた」
「そんなまた勝手に…」
「良いだろう?性能が向上するんだからな」
「確かにそうですが、毎回のように操作感覚が変わるというのは…」
基本的に、SFGでは本人の力量が試される。あらゆるオンラインMMOゲームにあるようなスキル制度はこの世界には存在せず、自分の手足であらゆることをこなさなければならない。彼が「もう一人の自分」というのは、このゲームの世界観を除いては多くのことが現実世界と同じようなものであるからだ。しかし、そんなゲームにもある程度のシステム補正はある。戦闘艇の操縦なども、その一種だ。
「それで、今回はどのような…?」
「ノズル口を可変式にして推力の向上を行うのと、実弾バルカン砲のサイズを70㎜に変更する。さらにブラスター砲の単発連射機能に上乗せで、出力変更電気アシストを搭載する」
出力変更電気アシストとは、簡単に言えば今まで単発や連射式でほぼ自動調整されていたブラスターエネルギーを今度は手動で操作しようというものであった。この機能により、連射時でも高い出力を放出することが可能となる。そのかわり、連射によって放出されるエネルギー量は多く、長時間連射をすることが不可能となった。もちろん出力を抑えて連射すれば今まで通りである。だが、技術部は電気アシストを搭載することにより、機体運動時にかかる物理エネルギーを電気に変換して、充電式の駆動型出力調整装置の実用化をデルタアースに取り入れた。これにより、ブラスターエネルギーを電気エネルギーからも作り出すことに成功した。
「お前さん、実際バルカンは使うのか?邪魔じゃないのか?」
「重たいですが、牽制には有効です」
「このゲームじゃ恐ろしいほど射線はよく見えるしな」
サイクスは、毎回発生する戦闘における記録をこのゲームのサーバに残し続けている。その中にはアレンの操るデルタアースもよく映っている。特に、先日のNPCとの戦いで彼が立て続けに撃墜した姿は、プレイヤーであるサイクス自身も敵に回したくない、と思うほど恐ろしい動きであった。単にデルタアースが性能アップしているということが要因ではない。
サービスが開始されてから、数ヶ月も経過している。NPCたちの生産能力にも関係するが、徐々に戦闘における便利さは向上し始めていた。そんな時に、彼らに驚きの情報が入ってくる。
「そういやお前さん、来週実行のアップデート情報見たか?」
「ええもちろん。なんでも生放送機能が実装されるとか…」
SFGは今まで未知なる世界のゲーム、とまで言われてきた。そのゲームの中が一体どのような世界になっているのかが分からず、今までプレイする人やそれを心待ちにする人たちは、運営会社の提供するゲーム内プレイ映像を編集したものを見るしかなかった。しかし、次週のアップデート先行情報がメンバーズページに現れると、そこには生放送機能の実装と書かれていた。つまり、この世界にログインせずともゲーム内の映像が見られるようになる。普通のゲームであれば当たり前のものだが、多くのプレイヤーやまだプレイしていない人たちにとっては、待ちに待ったアップデート内容であった。
主に放送されるのは、やはりSFGの醍醐味でもある戦闘であった。宇宙戦と呼べるものは現在、帝国と共和国との戦いであり、必然的に人の目線はそちらへ集中する。その中に映るのは、当然アレンたちも含まれる。この機能の実装によって、ゲーム内の記録映像以外に、現実世界でお互いの戦況を分析することが可能になる。生放送には運営会社のスタッフが司会進行を含めて携わることが決定している。
「おかげでお前はまた人気者になるな」
「勘弁してほしいです。これ以上は」
「まぁいうな。ネットで強くて人気になれる奴なんて限られてるからな。あと、普段戦闘が起こらない時用のためなんだろうが、戦争とは全く関係無しの戦闘マッチングシステムも実装されるみたいだな」
「えぇ。見ました」
戦闘マッチングシステム。SFGの本質は戦争であるが、常日頃絶えず戦闘が行われているとは言えない。先日のようにNPCたちが叛乱を起こして戦闘状態になることもあれば、ゾレル艦隊が以前任されていた第三勢力に対しての戦闘もある。すべてを総計すれば、あらゆる星系で戦闘が繰り広げられているのだろうが、この戦闘マッチングシステムというのは全く別物であった。共和国、帝国の壁を越えて、すべての相手が敵となるサバイバルゲーム仕様、両国陣営関係無しにチーム編成を行うチームデスマッチ仕様、そしてプレイヤーたちが最も注目するのが、SFGのストーリー上で展開される戦争を、完全なるゲーム感覚で楽しんでもらうための、トライアスロンゲーム仕様の三つが実装される。既に戦争に関与しているアレンたちからすれば、これらの「本当の意味でのゲーム」仕様は、今回のアップデートに合わせたものとして作られたのだろう、という感想であった。しかしながら、現在のSFGでの戦争へは職業を軍人にしなければならず、他の職業との兼任が不可能である。不自由さが本質を侵しているとも言えるので、中々本質に関わる人は少ない現状であった。そのため、これらのマッチング仕様は誰でも手軽に参加できるようにするための、新たな試みであった。
「良いんじゃないか?こっちの戦闘が起こってない間にコロシアムに参加するのも」
「両国陣営関係無しでも、ゲーム権利や報酬は受け取れるようですからね。悪くないアップデートだとは思いますよ」
職業が軍人でない人は、大体は自分の戦闘機体など所持している訳がない。アレンのようにこの仕様にデルタアースを持っていける人もいる。だが、そうでない人たちはゲームサーバからレンタル用として機体や武装を受け取ることが出来る。これらはゲーム権利の数値によって種類が変わってくるが、多くはバランス良くなるための工夫が施されている、という。
「なんでも、このトライアスロン仕様ってのは面白そうだな。無作為にチーム編成して、自動でマップも決められて相手の拠点を制圧したりするみたいだ。しかもこいつは空戦だけじゃない。戦艦も出てくるし、俺たちが歩兵となって拠点を制圧する必要もある。まるでゲームの中でゲームをするみたいだな」
「本当ですね」
「しかも、レンタル用としてこのマッチで使用した機体とか武装とかは、一定の条件をクリアして職業を軍人に改めることで、俺たちの戦争にもそいつらが使えるようになるみたいだ。これなら、両陣営とも職業軍人が増えそうだな」
…だが、その人たちは知っているだろうか。確かにマッチングシステムでは、プレイヤーのみしか登場しない、という。だがこっちの戦争ではNPCもいるし、NPCは殺害することが出来る。もしこっちの世界に入ってきて戦闘しようものなら、人殺しをしているのと、何ら変わりないことをすることになるんだ。
アレンもこのアップデートは楽しみにしていたが、心の底から無邪気な笑顔を見せられるほど、喜ぶことは出来なかった。
Space Fantasy Game
第65話 ―新たな、仕様―




