第64話
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9月4日。怒涛の試験ラッシュを過ぎた俺たちの学校は、つかの間の平和を楽しんでいた。別に試験期間だから、と言うほどでもないのかもしれないが、成績が下がると何かと面倒なことにもなる。居残り補習授業とか、ね。どうやら俺たちの周りではそんな人はいなかったが、学級の中では何人かそういう人もいる。この少ない生徒数の高校では、多くの人が顔見知りだ。特に友莉は…って、俺が言うのもおかしなもんだが、少なくともこの一学年で一番の美貌だ、なんて言われることがある。男だから俺もその点は噂を耳にする。学級の奴だって、そう話す時もある。そんなんで、友莉は校内中に知れ渡るある意味有名人みたいなもんだ。この学校の入試パンフレット製作と高校制服紹介の絵には、彼女が選ばれることが望ましいとして、既に事務は彼女にアタックし始めているという。
「結構ぐいぐい来るんだねちょっとびっくりっ」
「いやーまぁ普段はあんまりこんなことないかも?」
昼休みの時間が余った時。俺は教室で適当に小説を見ながら過ごしていた。ご飯を食べるのも早く終わったし…ってとこで、俺の右耳に友莉の声と他学級の男子の声が聞こえてくる。口説いてるみたいな感じになってるが、あの二人の話だと一応は知り合いみたいだな。
…って、何聞いてるんだろうか、俺は。
「有名人は大変ね~」
「ん?…あぁ重倉か」
深々と椅子に座り、けれど足は床に投げ出していた彼のもとに、重倉陽菜が来る。彼女は彼の隣の机に勝手に座り、零治と共にその光景を見てそう言った。重倉も思わず苦笑いするのだが、それでもあの二人は一応は知り合いなので、というところで大体の説明はついた。
「知り合いが多いのも、大変なんだろうね~」
「お前、結構ハルって名前で最初売ってただろう」
「いやいやいや、でも何もなく有名になる二人よりは健全だよ?」
「…???」
その話では、まるで俺も有名人のような扱いだが本人には中々分からない点もあるだろう。というか本当によく分からないことを言うな…重倉は。既にそのキャラクターで定着してるようなもんだが、こう…
「でも、零治あなた、随分変わったね」
「…何の話?」
「入学したての頃よりは、ってことかな」
優しさはあっても…余裕は無くなったって、感じかな。どうだろう?
零治は、少し返す言葉を失った。自分がそういう状態であることを自覚している訳ではない。しかし、何かこう重倉の言葉には突き刺さるものを感じた。彼女は零治のSFGでの生活を知るはずもない。彼にとって、先日の叛乱事件はあまりに大きすぎる影響を与えた。彼自身が気付かぬところで、それは常に作用し続けている。彼は自覚していないが、まるでSFGでの内部を知っているかのように、彼女は的確に彼に言った。
「前にも話したと思うけど…最近また怖い顔してる。それを気にする人たちだっているのよ」
「人たちって…」
「一応は、零治だって有名人なんだからね?そこそこに」
そこそこに、という表現が彼としては気になるところではあったが、自分が有名人であることを認めたくはなかった。だが、その彼女の言う怖い顔というのは、普段の自分の顔なのか、それともあの一件があったからなのか、というのが、彼としては悩みどころではあった。常に笑っているという訳にもいかない。だが、そのような表情をしていた時、重倉を含めてそれを心配することもある、ということを彼はこの時知った。
「零治…貴方何か隠してたり、する?」
「いやいや、そんなものは一切ないな」
「零治が言うから説得力?あるけど…これがテツなら、ちょっと違ったかもね」
そりゃまぁ…テツみたいに、気楽に生活が出来れば良いんだろうけどさ。奴だっていつもそういう顔してる訳じゃないだろうけど、でも…いいか。
「気を付けることにするよ。ありがとう」
「良いの良いさ良いんだよ」
「なーんか変な言い回し方だな…?」
背中をポンと優しく叩いた重倉は、そのまま友莉のほうへ向かって行った。恐らく傍に友達を入れることによって、友莉を少し安心させるのだろう。一対一のしかもあのような会話では、女性は不安に思う、というのが彼の考えであった。面白そうな話だね、と重倉が割り込むと、その男はしてやられた、というような表情を一瞬浮かべて、3人で話し始めた。
「…いいの、か?」
「いいの!」
それから、放課後のこと。いつも通り俺は下校しようと玄関まで行ったが、そこで玄関先で鞄を両手に持った友莉に会った。誰かを待っているんだろう、と彼がひと声かけたが、待っていたのは彼であった。流石に彼も驚きの声を挙げたが、恐らくいろいろな理由があるのだろう。詮索しようとは思わなかった。いつしか見た光景だが、二人の有名人が揃って下校する姿を見れば、彼らの噂を知る者は「あの二人は付き合っているのではないか」と新たな噂を作り出すものであった。
「見てたなら、来てくれても良かったのに…」
「なんだかんだ、楽しそうに話してたよね?」
「違うそれは…違う!」
「はは、意地の悪い言い方だったな」
自分の置かれた状況に戸惑っていた昼休みの彼女を見て、彼も友莉にはそういう一面もあるのか、とある意味で感心していた。彼にとって彼女は出来過ぎている存在に近いのだから、色々な意味で。あの場はとりあえず重倉に助けられていたようだが、彼女は彼が来てくれるものだとやや信じていたようだ。
だが、彼女はそれを思った瞬間に、自分のしようとしていること、望んでいることに疑問を持った。別に彼女と彼とは、そういう交友関係にはない。親しい友人ではあっても、交際に発展するような仲ではなかった。そんな人を相手に自分は何か求めすぎているのではないか、という疑念が、逆に彼女の心の内を濁らせた。純粋過ぎるが故に。
しかしその時。町中を歩いて自宅方面へ抜ける途中だった彼ら、そんな意地の悪い話とは裏腹の事が発生した。
彼女の表情が、一瞬にして変わる。
「…!?」
「ん?どうした?」
明らかに強張った、恐怖を絵に描いたかのような表情へ、まるで豹変していた友莉。先ほどまでの明るくも少し怒ったような表情はどこにも見られなく、感じることも無かった。彼女はその場で足を止め、視線の先をその表情のまま一点に見続けていた。彼も、そこで様子がおかしいことを察した。そして彼女の視線の先をすぐ見る。
ジーンズ姿にジャケット、そして黒いニット帽。この時期には明らかに場違いな格好をしている男が一人、その隣にはシルバーのジャンパーを着た、恐らく女性が一人、駅の方面へ歩いていた。一瞬見えた横顔が、今度は後ろ姿へと変わった。
「…あの二人に、何かあるのか?」
「…」
既に友莉は何も話せる状態になかった。表情が硬直し、それでも小刻みに体は震えている。明らかに様子がおかしいと確信した彼は、彼女の両肩を掴んでその場から移動させた。すぐ傍にあったコンビニエンスストアの物陰に彼女を立たせる。
「ここで待っていて。動かないこと」
その時、彼にはある一つの考えが芽生えていた。かつて、彼は8月の中旬頃に、友莉の相談を受けたことがある。自分の身体は幾度も何人もの親に売られ、良いように利用され続けてきたということを。今は高校生の生活に入り、一人暮らしを始めることによってその状況を抜け出すことに成功した。彼と似たような事案だが、彼女のそういった過去は捨て去ることは出来ない。根強く粘っこく残り続けている。
もしかしたら、あの表情はそれに当たる、もしくは匹敵する恐怖心ではないだろうか、と彼は考えていた。
「…あの二人か」
距離にしておよそ300m…声など聞き取れるはずがない。だが話しているのは間違いない。せめて口元さえ分かれば多少は…無理だな、見ることも難しい。あのまま電車に乗ってどこかへ行くんだろうか。なら、せめて…。
友莉にとってはもしかしたら、というような存在だが、彼としては知るはずもない普通の二人組であった。確かに怪しいかもしれないが、せめて彼はあの二人がどこへ向かうのかを調べた。駅には近づかず、そのすぐ近くの鉄の柵から乗り場を確かめた。
「…テツと同じ方面か」
…誰かも分からない連中の後をつけるだなんて、俺も汚れたもんだな。しかし…もし本当のことなら、放っておく訳にもいかない。
その後、零治は急いで友莉を置いてきた場所まで戻った。総計して20分ほどは彼はいなかった。だが、友莉はその場を一歩も動いていなかった。彼はコンビニエンスストアから水を買ってきて、それを彼女に手渡した。そしてゆっくりと歩くように言った。彼女は、少量の飲料水を口に含みながら、ようやく歩き出す。少し落ち着いた表情を見せて。
「…ごめんなさい」
どれだけの時間が経っていただろうか。そう思わせるほど久々に聞いた彼女の第一声は、その言葉であった。彼は笑顔で言う。
「そんな顔するな」
「似ていたの…びっくりするくらい」
「友莉の、昔の知人にか」
その時の彼の声は、優しくも冷たい声であった。それは彼が意図していたものではない。もし彼女の言う昔の知人が現実のものであったとしたら、なぜ既に関係を断ち切ったはずの彼女のいる場所に来る必要があるのか。現実であるのなら、何か意図して向こうはこの町へ来たはず。その目的は恐らく彼女にあるだろう。それを彼はすぐに洞察した。そのうえで、これはただ事で済ませて良いことではない、と彼は判断したのである。
「奴らは電車に乗って去った。とりあえず、安心して」
「え、えぇ…」
恐らく、彼女のような境遇の持ち主は、そういないであろう。小さな頃から人身売買を受け、重労働や奉仕を強要させられた彼女にとって、過去の出来事はトラウマと同じである。彼に打ち明けそれでも頼れる人がいると言うことを実感した彼女ではあったが、苦い思い出であることは変わりは無い。本人かどうかも分からない、世の中には似ている顔の人も姿の人も多くいるだろうが、それでも彼女は時に過敏に反応してしまう。
その点は、彼とは違った。意志の持ち方が。
「あまり気にするな。本人だったかどうかなんて分からないんだから」
「そう、だね…ありがと。それにまた、家まで来てもらっちゃって…」
「休める時に休めよ?友莉は無理しがちな性格だから」
彼はそういうと、静かに扉を閉めてその場を去った。一方の彼女は、暗い壁に目の前を覆われ、玄関先で腰を落とした。息を整える。まさか本当に、かつて自分を育ててくれた…いや、自分を良いように扱ってきた大人たちなんだろうか、という疑問を持ちながら、思わずその場に横たわった。
「…何かしてやれないものかな」
無力な自分を呪いたくなる。もう一人の自分がそう言ったように、現実の彼も、同じ思いであった。
Space Fantasy Game
第64話 ―境遇の、板挟み―




