第63話
8月下旬。もうすぐ9月になろうかというところ、まだまだ残暑は続く。むしろこれから夏本番を迎えるのではないか、というような印象もある、強烈な暑さであった。こういう時は、夏休み中に海へ行ったことを思い出す。とにかく涼しい環境で過ごしていたい、と思うのが普通なのだが、そうするにも中々限界がある。
土曜日のこと、彼は目覚めが悪く11時過ぎに、ようやく体を起こした。体中汗だらけで気持ち悪さから、起きて5分もしないうちに、シャワールームへと直行した。汗を流し、気持ちも整ったところで―
「…何しようか」
何をするかは、決めていなかった。ここ最近忙しいという訳でもなく、切羽詰まるようなことは現実世界では起こっていない。それゆえに、自分の時間を有効活用することができるのだが、正直彼はその時間を持て余していた。零治は、とりあえず冷やしてあったスポーツ飲料水を冷蔵庫から取り出し、外を見ながらそれを飲んだ。太陽の位置が高いため、日の光は当たらないが、それでも十分に暑い。
「…SFGの掲示板でも漁るか」
とりあえず適当にやることを見つけた彼は、ハイスペックなパソコンを起動させて、すぐに掲示板を閲覧し始めた。SFGはもはや世界的に知られた有名なゲームとなっているため、このような掲示板はおそらく無数に存在するだろう。さっそく、先日の件が取り上げられていた。
『共和国の内乱終結!!―勝負の決め手となった戦略とは?』
『司令官死亡―壮絶な自決を選んだNPC軍の目的は何だったのか』
『アレン、怒涛の連続キル―帝国軍も驚きのテクニックを披露』
新聞でいうところの1面には、内乱終結の話が持ち上がっていた。掲示板なので、話題ごとにページが変わるなどはよくあるのだが、今回に限ってはあらゆる方面でこの話題が取り上げられていた。その中で、アレンという言葉も多数見かけられた。中には同じ正規軍として戦ったプレイヤーからの書き込みもあった。荒れ果てた掲示板サイトもたくさんあるのだが、共通しているとすれば、NPCは再生しないということが、もはや公式的な見解として持ち上がっていたということであった。いち早く気づいたのは零治であったが、零治以外にもこのことに気づく人はいたであろう。NPC自身がこの話が持ち上がるまでは、打ち明けることはしなかった。しかし、一度世に知れ渡ると、隠し続けるわけにもいかない。これが公の事実となり、そしてこの話が原因で起こった共和国の内乱。終戦後もダメージは大きいだろう、というのがもっぱらの意見であった。
「…見る方は勝手だよな」
そう投げ捨て、彼はあらゆるサイトを見続けた。
…そろそろ、帝国からの動きもあっていいはずだ。俺たちが内乱をしていることは、当然知っているはず。だとすれば、その状況を探るために、小細工を仕込ませていた可能性だって捨てきれない。情報が筒抜けになっていなければいいが…難しいだろうか。
この時の零治の推察は、後に帝国軍ゾレル艦隊の手によって現実のものとなる。が、それが起こるのはまだ一週間以上も先の話であった。彼は引き続き掲示板などを見続けたが、その中でアレン自身気になる情報が出回っていた。
『そういえば、一時期話題になってた誘拐ってどうなったんだろな?』
『>>171 解決はしてないけどNPCだろ?』
『>>176 だけじゃないとさ。噂だけどなw』
このように悪く怪しく投稿している掲示板も数多くある。中にはウィルス感染の疑いの高いサイトも存在していたが、彼はウィルス検知除去ソフトを常に稼働させコンピュータに負荷をかけながら、閲覧を続けていた。
この手の情報は、テツやエナ、エコーズが協力して調査をし続けている。特に彼が興味を示しているのが、かつてゼウ商会で一緒に働いていた、チェーンの居所であった。コロッセオの下町にいたはずの彼女は、ある時姿を消して以降、しばらくの間目撃されていない。彼にとって、それがいつまでも気がかりであった。頭の中から断片でも抜け切れずにいる。
『帝国でも同じなのかな』
『それでもし共和国だけじゃねえってんなら、グルってことだろ?スクープだ』
…確かに。
もし本当にこの一件が両国側で発生していれば、普段現実世界でしか連絡を取り合えない両国間で、何らかの情報交換が行われている可能性だってある。グルか単独か…テツたちはどう考えてるんだろうな。
「ん…?」
《プログラムの改編は現状では不可。しかしながら、作られた機械に生み込まれた精神的な官能波を強制することは可能である。それによるメリットは…》
「…なんだこれ…!?」
そこに記されていたのは、題名がNPCの運用方法と書かれた書き込みであった。どこの誰がそのような書き込みをしたのかは、彼はその手の知識をさほど得ていないため、把握することは出来なかった。しかし、こちらの現実世界でいる以上、誰かが書き込んだことに違いはない。
その中身を見て、彼は思わず立ち上がった。そして、頭の中である一つの考えが生まれた。ハッキリとした考えが。
カウントダウンは、彼の意志に反して、時を刻み続ける。普段とは逆転し、0へと向かっていく時。その時は、もう既に目の前にまで来ていた…。
SFGの中、ユラとサイクスはアレン不在の間に、政府への報告を済ませた。アレンがちょうど掲示板で漁っていた時間帯である。偶然にも昼間からダイス長官がいたために、二人は報告することができた。当初の予定通り、冥王星に駐留していた叛乱軍を制圧し、冥王星を再び共和国領として奪還することに成功した、と。そして、NPCたちが大量に亡くなったことも、同時に告げた。
「それで、兵士の補充はどうなんだ」
「…お言葉ですが閣下、今回の叛乱はNPC兵士たちの過剰なストレスが作用しています。早急に済む問題ではありません」
「君たちが選りすぐりのNPCを集めれば良い。危険な叛乱分子となりそうもないような奴を。…まぁいい、その件は後だ。この戦いが終わったら次何をするか、もう分かっているだろうな?」
共和国領の内戦により、各地でNPCたちが武装蜂起した例が多く報告されている。各衛星や惑星ごとの治安の回復を行うのが先決である、と二人は考えていた。特に話し合った訳ではない。だが、ダイスはそれとは違う答えを言い放った。
「決まっている。帝国を放っておく訳にはいかないだろう」
「…しかし、あの件はアレンが…!!」
「関係ない。今この場にいない者の言うことを聞いてどうする?話せるのは君たち二人だ。私は二人に話をしている。…それに、アレン君は今回の戦いで相当な戦果を挙げた。その反動が来ているそうじゃないか。休ませることはしないが…政治に口をはさむほど、余裕などあるまい」
それはアレンに限った話ではなかった。誰でも、あのような地獄さながらの光景を見れば、精神的に来るものがあるだろう。アレン、零治の寝起きがいつもより悪かったのは、そういった原因が含まされているが、この場にいる人は知るはずもない。彼でさえ知らないのだから。特に、残存する4隻の戦艦を調査した時、いずれの戦艦もほぼ全員が自決していた。そのような光景を見れば、誰もが平然といられなくなるだろう。
しかし、それを政治家たちは知らない。
「我々から出向けとは言わん。だが、当面の間は冥王星基地が、最前線基地になることを忘れるな」
ガチャ、と激しい音を立てて、映像が途絶えた。砂嵐が巻き起こる。スクリーンにはもはや何も見る影もない。この光景を見ると、つい先日のドロワのことを思い出す。彼もまた、自らモニターで映して自決の道を選んだ。NPCたちが死を持って伝えようとしたことは、まだ即座に浸透してはいなかった。そして、結局はプレイヤーたちもまだ無力であることが、政治家の前で証明されている。苦い思いをしながらも、彼らは成す術がなかった。
「…自分は思います。もし彼らが蜂起して、クーデターでも起こしたら、と…」
「もしそうなれば、この国は民主国家としての責務を失うね。私は、どれだけ最悪な民主政治であっても、これに勝るものはないと考えているよ」
「…そう、信じたいものですな」
このような立場に立たされて、ようやくNPCたちが命をかけて伝えようとしたことが、理解できるような気がしてきた。自分たちがどれほど彼らに厳しく、自分に甘く接していたかを思い知らされる。
共和国にとって、民主政治は絶対であった。民主共和政治こそが、この共和国の支柱となる大原則であった。それを侵すことは何人にも許されない。ゲームであればそれも自由なのだろうが、現実にはそれを超えて自己の利益を追求してはならない。もし、今この状況が政治家たちによる事故の欲求利益を満たすためのものであったとすれば、政治体制は根底から覆される危険性がある。軍人である彼らとしては、NPCによる叛乱もあって、これ以上国内での混乱を作る種を見過ごす訳にはいかなかった。軍事政権を作ることが絶対にできない以上、不満のはけ口がやがて実行に移らないよう、彼らも協力しなくてはならなかった。そうすると、今までと同じようにして、政治家たちの要求を彼らは受け入れるばかりになってしまう。その二つの立場が彼らを困惑させ、判断を難しくさせていた。歯痒ささえ感じる。
現体制支配からNPCたちを救済する。その意味を彼らが理解したとき、改めて、この戦いがどれほど自分たちに、そして市民に影響があったのかを、実感する。
戦争の本質は、失敗の連続による行動の連鎖であった。
そして、NPCたちの戦いは、まだ終わらない。
Space Fantasy Game
第四章 NPCたちの戦い
…。




