第60話
「俺に出来ること、か…」
目的を定めるだけでは、行動へは移せない。たとえ正しい道を選択していたとしても、それがある人にとっては罠である可能性だってある。万人が認める正義など、どこにもないのかもしれない。まして、このゲームの本質の渦中ではな。
プレイヤーやNPCの中には、この戦争を利用してゲーム権利や多額のコロンを手に入れた者もいるだろう。特にプレイヤーにしてみれば、失敗したところで精々ペナルティを課せられるだけだ。致命傷になったとしても、幾らでも復活は出来る。
…本物の人間に、勝てるはずがない。なのにも関わらず、奴らは戦おうとしている。それも、彼ら自身が示した道の上を、歩いている証拠なのだろうか。
8月の終わり。
基本がプレイヤーで構成される共和国海軍は、叛乱を起こしたNPC軍が占領していると思われる、冥王星宙域まで接近した。幾度かワープを行ったが、その間邪魔されることもなく、目立った動きも見られなかった。ここまでは無事に通ることが出来たが、既にNPC軍にも出征の情報は伝わっているだろう。間違いなく戦闘になる、その思いは両軍共通であった。また、この時期には既に帝国軍ゾレル艦隊から派遣された情報偵察艦が、太陽系内に突入している。
「前方、敵…、敵影確認。数およそ100隻」
その時、艦橋でレーダーなどの監視を行っていたNPCが、叛乱軍に対し躊躇って「敵」という言葉を用いたことを、後々までアレンは忘れることが無かった。思わず拳をその場で握り締めた。レーダーで敵を捉えると、ユラは座っていた椅子から立ち上がり、右手でマイクを取って話し始めた。
「皆、作業中でもいい。そのまま聞いてくれ。間もなく我々は、叛乱軍の艦隊100隻あまりと戦闘を開始する。この世界が始まってから、両国揃って初めての内戦となる。かつての僚友と殺し合うという、どうしようもない戦いだ。しかし、負ける理由を持つ必要はどこにもない。この戦いが終わったら、敵は帝国だけと国内外の整理をする必要があるだろう。あまり無理はせず、前を向いて戦ってくれ」
全艦に聞こえるように、マイクに向かって話したその言葉は、多くの人に声と言葉とを焼き付けた。ユラは既にこの戦い、それもNPC軍が何をしようとしているのか、自分たちの命とを引き替えに何を守ろうとしているのかを、洞察していた。それは後に現実のものとなって現れる。NPCたちが命を懸けた戦い、その意志にプレイヤーは全力で立ち向かう決意を固めた。
「敵、射程距離に入りました!」
「撃て!」
NPC軍 旗艦デニシュ 艦橋
「ドロワ司令官。臨戦態勢整いました」
「よし、撃てぃ!!」
艦橋は、全員がNPCで構成される。その中に、第一艦隊空戦隊でアレンを支え続けていた、エルガーの姿もある。これから戦闘が始まろうと言う時、彼は冷静に状況を眺め続けていた。一方他のNPCは戦闘に高揚し、艦橋の中でも大きな声が飛び交った。外を見れば、一瞬で周りの空間が照らされるように、ブラスター砲のエネルギー流が駆け抜けていく。わずか10秒も経たないうちに、旗艦デニシュの左側面やや離れた位置で、戦艦の爆発四散が発生した。ドロワもその光景を見ていたが、悔しくも苦い表情をするしかない。
「…思ったより、攻勢が激しいな。初めから短期決戦で挑むつもりか…」
はじめ、両艦隊は真っ向からの撃ち合いとなった。両艦隊とも艦隊戦における基本的な陣形を取り、その状態のままで射程距離からの砲撃を浴びせた。無論すべてが命中することなど絶対にありえない。が、今回の作戦で動員されたお互いの艦艇数は、ほぼ同数であった。消耗ばかりが連続する戦場を作り出してしまえば、補給が遠い共和国軍のほうが、NPC軍より劣勢となる。NPC軍としては、長期戦でお互いの頭脳から出る考えに頼ることなく、短期決戦で一気に優勢を勝ち取ってしまおうというのが、基本的な戦略であった。ユラは戦闘が開始されて5分後には、既にこの状況が発生したことを把握していた。
ユラは、前線の後退を命じた。敵の攻勢が陣形の中央に集まり、中央線の圧迫にかかっていたところで、お互いの距離を取って出方を見た。ユラとしては、ここで中央線の陣形に向かってNPC軍が突撃してくることを予想した。予想は的中し、NPC軍はそのまま突進してきた。が、それは全体兵力の半分以下での数であった。残りの戦艦は既にレーダーで捉えているが、共和国軍に対し右方向に急速移動をはじめた。
「…なるほど。中々どうして…」
NPC軍の艦隊運用に、思わずユラは感心した。戦闘中ではあったが、常に自分たちの艦隊の隙、あるいは弱点を狙い澄ませて、そのポイントへの攻撃を目指す。自分たちも帝国軍に対して同じように攻撃してきた訳だが、それを逆にやられるというのは、ある意味新鮮でもあった。中央部の突進に使った約30隻あまりの戦艦に砲火を浴びせ続けると、次は右側面から突撃してくる艦隊に対応しなくてはならなくなる。
「右翼に攻撃が集中します!このままでは側面に割り込まれます!」
「やむを得ない。更に後退して、中央部と右翼に展開する敵艦隊を、更に包囲するよう陣形を再編する。中央部は急速後退、左右艦隊は陣形を広げるんだ」
現在までの状況を他人が見れば、恐らく共和国軍が劣勢な立ち位置にいることは明らかだと、言い切れるだろう。ユラが陣形を左右に広げたことにより、左翼と中央部で突撃してきた艦隊に対して、包囲網を敷くことは成功した。右側面に集中する敵の右翼艦隊も包囲しようとしたが、予想以上の突撃に全艦の統制がとれず、逆に右翼艦隊を分断させる結果を招いた。
「いかん!!」
「突破されるぞ!?」
各艦隊の司令官たちは力闘した。今の戦線を維持しなければ、間違いなく本隊に大きな影響が出る。戦艦の形状が大きく、更に前方以外の攻撃手段は少ないため、戦艦は側面からの攻撃に弱い。本隊が側面攻撃を受ければ、司令部が危険となる。そこでユラは、その危険性を承知の上で、現在攻撃を受けている右翼艦隊の中央部をあえて開け、左右に展開した。
「ドロワ司令官!今です!!」
「進めええぇぃ!!!」
NPC軍は、共和国軍の右翼艦隊を分断することに成功した。しかし、これは既にユラが構築した罠であり、それにはまったことなど、彼らは知りようはずもない。分断されたことを本隊が知ると、中央部を包囲していた左翼の艦隊と本隊は急速後退して、右から来る砲火に備えた。戦闘があまりに激しく、視界が揺らぐほどであった。アレンは、ただじっと、周りの空を見続けていた。
突破されたと思わせた右翼艦隊は、NPC軍の艦艇が中央部を通過中に、あえて逆心し、その後背についた。その間、わずかに3分。ここぞという時に、艦隊の連携がうまく作用した。
「何…?」
「先程突破したと思われる艦隊は、大した数を撃ち減らせてはいなかったのです」
「…つまりこれは、奴らがあえて俺たちを中央突破させたっていうことか…!」
気付いた時には、戦況は一気に変化しようとしていた。急速後退した左翼艦隊と中央部が再統合し、一つの陣形を作り出す。その状態から本隊はやや右へ艦隊を流し、右から殺到する敵に対して真っ向から攻撃する。その後背を、右翼艦隊が攻撃をする。ユラは後退し続けながら、敵が短期決戦で挑むその心理を突き、ようやく包囲することに成功した。短い間だが、双方の牙が折れ砕けるほどの激闘が交えられた。しかし、完全に罠に落ち劣勢へ急落したのは、NPC軍であった。
「よし、今だ。戦闘艇発進用意」
その命令が下った時、アレンは重たい腰を動かし、出来るだけ急いで戦闘艇デッキへと向かった。彼が艦橋の自動ドアを超えたあたりで、艦内に近距離戦闘配置の一報が鳴り響いた。同時に配置警報が鳴り響き、パイロットたちはすぐにデッキへと走って移動する。
彼もデッキへ辿り着くと、半無重力状態のデッキの壁を蹴り、一気にデルタアースのコックピットまで辿り着いた。既に整備兵がエンジンを始動させており、管制準備のみが行われた。
「アレン、頼むぞ」
「了解。…準備出来た者から、発進しろ」
デッキ内に轟音が鳴り響く。次々と戦闘艇が出撃していき、圧迫された空間にも少し余裕が生まれ始めてきた。武器制御管制をすべて解除した後、彼もエアロック封鎖をして発進位置まで誘導される。ようやく宇宙が見えてきた時、既に戦況は優位に立っていた。
「101…アレン機出ます!!」
最近、ようやくこの浮き上がる感じに笑みをこぼすようにもなった彼が、今日は一切表情を変えることはしなかった。ただひたすら前と周りを見続け、硬い表情を崩さずに母艦を離れていく。そう遠くない距離に、敵艦が見えた。まだNPC軍は戦闘艇部隊を発進させておらず、アレンは高速で相手の戦艦へと向かっていく。
「戦闘艇急速接近!」
「こちらも戦闘艇を出せ。近距離戦闘だ」
「敵影確認…ナンバー101!」
「アレンか…撃て!なんとしてでも落とせ!!」
本当は彼もこのようなことはしたくはなかった。しかし、これが今彼に出来ること、いや彼がしなくてはならないことの、一つであった。戦艦にとって小さい戦闘艇は意外と弱点とも言える。艦砲射撃が当たらず、迎撃用機銃ブラスターを斉射しても当たらない。そうなれば、戦艦としてはほぼ成す術がない。同型の戦闘艇を展開させて、ドッグファイトなどに持ち込めれば、少なくとも戦艦が一方的に狙われることは無い。アレンは高速で駆け抜け、そして戦艦の艦橋付近に近づいたところで急減速し、そして目標にロックオンした。
「くっ…!!」
そして、操縦桿のボタンを押す。赤色のボタンから、命令された機体は薄青い色の高性能ブラスターを放ち、一瞬で艦橋付近に命中し、爆発を発生させる。たった一撃で船を航行不能にさせることが出来る。戦艦の制御はすべて艦橋で管制していて、それを失うと機関部などの手動制御に切り替える必要がある。しかし、機関室にはレーダー装置などは一切搭載されていない。艦橋を失った戦艦は、宇宙をただ漂流する大きな鉄の塊でしかないのだ。それを狙って、海軍がブラスター砲で撃ち抜き、爆散する。
彼は戦いながら、気分が優れなくなっていくのを自覚していた。ゲームの中で人殺しをしている、その事実は変わらない。
「敵は…戦闘艇による近距離戦闘を仕掛けてきます」
「やはりな…艦隊戦で一歩先んじたとは言っても、立ち直りは早いものだ。こちらも、戦闘艇を出す。エルガーを呼び出せ!」
そうしている間にも、アレンは更に次の戦艦の撃沈攻撃に入った。叛乱が起こるずっと前から、デルタアースは専門NPCスタッフによる調整を受け続けていた。毎回操作する感覚が変わるのは考え物だが、それでも性能がアレンの腕にマッチングするように上昇していることに変わりはなかった。彼はブラスターの出力を高レベルに上げ、戦艦の底部から一発近距離で撃ち込んだ。太いブラスターのエネルギーは戦艦を貫き、5秒後には激しく爆沈した。
戦艦は、小型戦闘艇への攻撃が弱点とも言える。主砲で狙い撃ちすれば良いだけの話だが、戦闘艇はターゲットとしては小さく、また小刻みな動きをするうえ移動が速いので、主砲などでは到底狙えるものではない。接近時は副砲や機関砲で対応するのが、このゲームの主な手段であった。
「やっぱりきやがったか、アレン」
エルガーは旗艦の戦闘艇デッキに、すぐパイロットを招集して、整列させる。自分たちの戦況が逆転しつつあることを、エルガーは知っている。窮地に立たされる前に排除しなくてはならなかった。
「…恐らく、帝国と戦うよりも厄介な連中だ。いいか、この戦いは意地を見せるものだ。俺たちが何を伝えたかったのか、何を示したかったのか…お前たち自身で証明して見せろ!」
戦いは、更に変化を迎える。
Space Fantasy Game
第60話 ―意地の、攻防戦―




