第56話
「まだ到着には時間が掛かる。だが、躊躇う必要はない。確か差し入れの中に、優秀な分析や解析能力を持つ船がいたな」
「通信情報艦ベテルギウスのことですな?」
ゾレル少将の率いる艦隊は、数度のワープを重ね、途中に立ち寄る予定の都市惑星エルミアを目指していた。既にラーミアからは遠く離れた場所にいるのだが、帝国領のアルファ星系全体から見れば、大した距離を移動した訳ではなかった。それだけ銀河系が広大であるという証拠にもなる。ワープは十数回も行われ、彼らが太陽系へ接近するのは、都市惑星エルミアを中継せずとも、最低14日ほどはかかる。そこでゾレルは、惑星ラーミアの近隣から招集した艦隊の中から、情報能力に優れている通信情報艦ベテルギウスを先行させ、太陽系での共和国軍に関する情報を先に得ようと考えた。戦略上、相手の情報を知ることは非常に重要なことでもある。それはゾレルだけでなく、他の人たちにも分かっていた。情報艦をただ一隻で航行させるのは、海軍としてあまり好ましくはない。情報艦には武装が無いに等しく、戦闘能力に著しく乏しい。だが、元々諜報活動を主体として行われる情報艦であるなら、先行任務も任せられるだろう、というのがゾレルの判断であった。
その後押しとなったのが、帝国軍の技術であった。
「なるほど…レーダーステルス機能か」
「はい。こいつ、ベテルギウスの弱点というか、これは殆どのステルス搭載艦に言えることですが、ワープ直前と直後だけ、幅広い範囲に居場所が知れ渡ります。ですが、その時間はわずかなもの。空間の歪みや宙域にもよりますが、長くとも3分程度でしょう。やりますか?」
「なおのこと、適任という訳だな。すぐにベテルギウスの艦長を呼び出せ」
こうしてゾレルは、ベテルギウスの艦長を旗艦に呼び出し、諜報活動の概要を伝えた。高度な通信技術と情報分析能力があれば、どれだけ離れていても、何かしらの手段で情報を伝えることは出来るだろう。そんな時、恐らく共和国軍にも存在しているだろうが、独自の通信手段が役に立つ。要は、共和国軍が分からないような暗号電文でも、宙域から本隊に向けて送り出せばそれで良いのだ。
「それにしても…やはり私のような脳の持ち主には、本国の企みがよう分かりませんな」
「そう思うのは貴様だけではない。本国は、この共和国軍の快進撃を止める術を我々に向けた。この戦いを一任されたといっても、過言ではないだろう」
「となれば、我々のやり方で出来るという訳ですな」
すでに、通信情報艦ベテルギウスを派遣決定済みである。その戦略構想そのものが、恐らく帝国海軍の中では珍しい方ということが出来ただろう。すぐにベテルギウスは長距離移動のための補給を受けることになった。その間全艦隊が一時停止することになったが、日程に支障はない。
「あれです、閣下」
「ほう…見た目は普通の巡洋艦だがな」
比較的大きな推進装置を搭載するベテルギウスが、艦隊の一歩前に出て加速し始める。大きな音と強化ガラス越しに僅かながらの振動が伝わってくる。ゆっくりと艦隊の前へ出て、そして数十秒後にはその姿が段々とフェードアウトし始めていく。ほかの艦よりも先に、別方面へのワープ航法を実行したのである。そしてベテルギウスが消えていくと、それを見たゾレル少将が無線を取り出し、全艦に通達した。
「我々もワープに入る」
一方。天王星の無事が確認され、共和国海軍の艦隊は総出で補給に入った。この進行がどこまで進むのかは、定かではない。それは政府が決めることであって、彼らには決める権限などどこにもない。ゲームの中の不自由に触れる瞬間であった。
彼は、自由行動となった時に、地元で空を飛べるオートバイをレンタルし、とある場所まで移動した。
「お…貴方、見たことあるな」
「お久しぶりです、カフェのおじさん」
そこは、都市部からは離れた位置にある場所。まるで倉庫のような見た目の建物が並ぶ地域であった。アレンはかつて、ゲームを始めたときからそう時間が経っていない時に、天王星を訪れた。海王星方面からの撤退という形ではあったが、そのときにこのカフェに訪れたのである。アレンが天王星の安全が確認されたとき、そういえばと思い出したのがこの場所であった。時間があったら、またあのお店に寄ろうという考えであった。前回は予定着陸コースが外れた結果、この場所が近かったが、今回はオートバイという便利な乗り物を使ってきた。もちろんコロンが発生する。だが、今のアレンは数々の戦闘と高すぎるゲーム権利のおかげで、そんな出費をまったく気にしなくて済むようになってしまった。
「おーそうだそうだあの時の!元気そうで何よりだ。貴方の噂はよく耳にしているよ」
「あまり耳を傾けないでいただきたいですな。恥ずかしいので」
「何を言う。有名になるのは悪いことばかりではないさ。たとえば、わしのような人が……コーヒーをいっぱい奢ってくれる、とかな」
カウンター席に座った直後に、早々と目の前に出されたいっぱいのコーヒー。有名になるとこのようなことも起こる、とアレンはカフェの店長おじさんから言われたが、実際彼は店に行くようなことはほとんどなかった。
「ありがとうございます…ただ、私はお店は、苦手です」
「ん?なぜ?」
「有名人になると、そういう気質が芽生えるようです」
「なるほどなぁ…分からなくは、ない。目立つような格好とは別で、貴方は戦争における共和国軍の功労者、だからな。噂、というのは共和国に限らないが、少なくともこの町、いや町ではないか。わしの周りの人たちは、期待している人が多い」
…そうですか、とアレンは一言残し、熱々のコーヒーに口をつけた。苦すぎるほどの味と風味がよく伝わってくる。が、アレンはそれが好きな味でもあった。落ち着きを見せると、目的もなくやってきたこのカフェに、目的を見出した。カフェにではなく、このおじさん、いやこの星に生きる人に。
「何?…NPCからの反応を聞きたい、だと?」
「はい。こんなこと言うのは、失礼だと思っています。でも、知りたいんです」
「ははは、いや良いんだよ。正直者ってことに、しておいてやろう」
そうして、店長おじさんは話し始める。彼の目の前で、彼のことを。
「ちょうど地球権での戦闘が、活発になった頃だな。貴方が有名になったのは。SFGの報道や情報技術は中々に優れているものでな、貴方の顔も乗っている機体も、既に敵には明らかなのだよ」
「…デルタアースを知っている…?」
貴方も既に知っているだろうが、このSFGでの戦闘での重要戦略の一つに、諜報活動というものがある。どのような手段を用いて、どう相手に気づかれずに情報を盗み出すか。聞き出すか。恐らく、この天王星を支配しようとしていた帝国のNPCたちも、そういった形で貴方の存在にたどり着いたのだろう。
店長おじさんは、まずそのように説明した。今までの戦闘からしても、既にアレン自身も敵に顔が知られていることを、予測していた。デルタアースという特殊な機体形状も、その力量や性能も既に相手には分かっているだろう。はじめに彼が有名になったのは、PK集団によるゼウ商会の襲撃時、相手全員をたった一人で玉砕してしまったときであった。それから彼の消息はほとんど消えたに等しかったが、やはり広大なネット環境ではそれを隠すことも出来ず、また隠すこともしていなかったために、彼が軍に入ったことは両陣営の多くの人に知れ渡った。彼が軍に入ることで、高揚感を得る味方や敵が数多くいたというのも、既に彼が知っていることだった。
彼が気にしたのは、そのおじさんが次に発した内容であった。
「共和国陣営の人は、歓喜して期待した。だが、占領した帝国サイドの人間…特にNPCは、貴方を恐れている」
「…俺を?」
「彼らは生き返ることが出来ない。つい先日、この星から帝国軍が撤退する時だがな…たぶん、パイロットだったんだろう。友人だった人、NPCを殺されて泣いていた。それが、貴方の機体だったのだ」
…。
「何を、そんなに泣いておる」
つい先日。土星宙域での激しい戦闘が起こった後の話であった。ここ最近の帝国軍の連鎖的な敗北は、下級兵士たちに大きな影響を与えていた。ここの町外れのカフェは、占領後も帝国兵士たちに人気で、下級兵士たちがよくお邪魔しに来ていた。ある時のこと。カウンターの前でコーヒーを飲む男と話していたおじさんだったが、彼が悲観的な表情をしていたもので、理由を聞いたのだ。
「仲間が大勢殺された。俺の友人も、皆あいつに…」
「あいつ…?」
「アレン、という男だ。あいつは俺たちNPCからすれば、悪魔なんだ…!」
小さなこぶしをテーブルに弱く叩き付けて、こぶしを強く握り血が滲む姿を見て、そのおじさんは思った。これが、戦争の本質へ踏み入った者たちの、姿であるのだと。
「強いようだね」
「そんな生温い言葉では説明しきれない。悪魔か、それ以上か。たった一人で戦況をひっくり返せるほどの男なんだ、あいつは」
あいつが来たら…今度は俺が殺される。
俺の番だ。友人たちの後を追って…。
…。
「あまり気を落とすでない。確かに彼らにとって、貴方は人殺しだ。だが、それは貴方の友人たちのNPCにも、言えることなのだ」
…俺は大事なことを忘れていた。前にもこんなことがあったと思うが、俺がNPCを守るために戦えば、相手のNPCが死ぬ。NPCのために、俺はNPCを殺しているんだ。だが、それは当の昔に克服したんだ。
…俺が背負うべきもの、として。
「NPCを利用した戦争は、絶えず起こる。SFGの本質が戦争である限りはな」
「もし、ほかのヴァーチャルワールドが誕生したら、そんな深い設定のない世界へ潜りたいですね」
「ほかの世界、か…わしらからすれば、ずいぶんとメタな発言じゃな」
「はは…すいません」
NPCを利用した、戦争。確かにそうだ。今までも、そしてこれからも…俺たちは結局国のために、あるいは身近な友人のため、あるいは自分への報酬のために、NPCという作られた人間を利用する。戦争のために作られた人間を酷使し、自分の良いように扱う。
…?
「…まさか…」
そのとき、アレンはあるひとつの核心に触れた。
それが、ある事への解決となることを、彼はまだ知らない。
そして、悲惨な事実の誕生へのカウントダウンが、始まる。
Space Fantasy Game
第56話 ―噂の、漏洩―




