第55話
その場で見極めたことを、そのままダイレクトに話すということが、意外と刺激的なものであるほか、それに不満を持つ者がいるということを、俺は理解してなかった。もう少し、なんというか、気遣いも必要だったんだろうな。
第一艦隊の戦闘艇部隊で、模擬戦が行われた。実戦を想定したこの訓練で、敵を相手にどのようなフォーメーションを組むか、あるいはどのような飛行を行うか、などという内容が重視された。結果、アレン率いるAチームとエルガー率いるBチームは、Aチームが数に差をつけてBチームを全滅させた。その後帰投した部隊に、模擬戦の報告と今後の注意点改善点などを説明した。その時から、既に様子がおかしい人が幾人かいた。アレンはさほど気にしてはいなかったのだが、自由行動となった後で、それが目にうつった。
「味方の陣形が崩れたのはお前が一番の原因だぞ!」
「し、しかし曹長、あんな形で訓練するなんて思っていなくて…」
「言い訳は無用だ!!」
遠くから、怒号が聞こえてくる。無機質で狭くて喚起音が響くその複雑な通路を歩いているアレンは、何か異変のようなものに気付いた。その音の鳴る方向へ足音を消して歩き続ける。近くなった頃に、その声の正体が判明した。2人いる。一人は、ジム一等兵、もう一人は、エルガー曹長であった。彼はその場で止めにかかるのではなく、二人の「NPC」の会話を聞き取ることにした。ここで自分が止めにかかれば、怒号を鳴らしているエルガーが更に反発するかもしれない。
そして同時にこの時、エルガーが不満のはけ口を動きの鈍かったジムに向けているのと、その不満が自分の思った通りに動くことの出来なかった、部隊への苛立ちであることを、アレンは理解した。エルガーの固い拳が、彼の頬を攻撃する。思わずその場に倒れてしまうジム。彼も、必死になって模擬戦に参加していた。それなのにもかかわらず、上官は厳しかった。軍人としての世界であれば、と彼には受け入れることが出来なかったのだ。
「いいか!!お前…まだ模擬戦だったから良いものを、実戦になれば死んでいたかもしれないんだぞ!?」
「その時に、なってみないと分からない…!」
「甘い!!」
今度は倒れている相手の顔面に、容赦ない蹴りが入った。顔面を強打すると共に、後頭部を地面に叩きつけられる、二重の痛みを感じた。アレンは流石にその瞬間は目を逸らした。そして驚いた。エルガーが起伏の激しい人であるという再認識を、ここで得ることが出来た。相手を指摘することは、別に悪いことではない。むしろ上官としては正しい行動とも言える。しかし、今のエルガーにはそのような姿は一切見えなかった。私憤のようにしか。
「お前がそれ以上成長できないというのなら、俺は後ろからでもお前を撃つぞ。役に立たんNPCなど、仲間でも何でもない!」
激しい口調でそういうエルガー。この狭い通路の中に響き渡る怒号。その時、ジムは何も言い返すことが出来なかった。ただ、唇を思いっきり噛みしめて、そこから少量の血を流しているところを、アレンは確認している。それは、エルガーに殴られて出血したものとは、全く別のものであった。エルガーは、そう言い終わったあと、足音をハッキリと響かせながらその場を立ち去った。曹長という階級ではあっても、彼は他の兵士たちと比べれば断然高い階級にある。次に階級が上がれば、少尉も見えてくる。彼が兵士たちにどれほどの影響を与えることとなるのか、上官としては見届けなくてはならなかった。是正するのではなく。
ジムはヨロヨロと立ち上がり、アレンが隠れて見ていた方向の通路へと向かおうとした。それに勘付いた彼は、その場から立ち去った。
「…なるほどな。エルガーが…」
「どう思います…?」
その日、もう殆どの人がログアウトするだろう時間帯。彼とサイクスは、ワープを終えて次のワープに備えている艦内、暗くなった艦橋の隅で話をしていた。サイクスも、エルガーが起伏の激しい人であると言う認識はあった。第二艦隊に所属する空戦隊長、ドロワ中尉のような気質の持ち主であったが、ドロワは豪勇な男でも人相がとても良く、人柄に親しまれている。上層部からの評価でいうと、エルガーにはそういった、良さはあまり感じられなかった。
「よっぽど、あの模擬戦が上手くいかなかったと、本人が思っているんだろうな」
「ええ、恐らくは」
「勝ち負けにこだわるような男ではないと、俺は思ってたが…意外と違うかもしれないな。だが、エルガー曹長はこれからお前の下でバックアップをすることが多くなる。兵士たちの指揮にもならせておいた方が良い」
「まぁ、分かってはいるのですが…」
あの現状を見た後だと、アレンは上手く上官としてエルガーを導くことが出来るのかどうか、不安にもなった。そんな時、彼は思い出した。
「そういえば、彼はNPCでしたよね…」
「あぁ。それがどうかしたのか?」
「これは、あくまで私の勝手な推測…いや憶測ですが、最近NPCの兵士たちの様子が妙だと、思うのです。どういうことか、と言うと…」
…NPCは、俺たちとは違って、一度死んだら二度と帰って来ることは出来ない。その事実を知る者は、以前にも増している。それを知っているプレイヤーが、NPCを犠牲に自分の利益を追求することなど、無かったはずだが…それも最近になって崩れ始めている。ゲーム側の運営が、戦闘による報酬を、死亡ペナルティよりも増幅させたことにより、行き過ぎた行動が起こっている。俺には、そう思える。要はプレイヤーは死ななければ、戦闘終了後に最低限の物資や報酬を受け取ることが出来る。更に、戦場で活躍すればそれに見合うだけの報酬、そしてゲーム権利を得ることが出来る。まだ100に達していない人は大多数なのだろうが、それを目指すのも不可能でない領域に達している。このゲームの本質が与えるプレイヤーへの魅力は、徐々にNPCを犠牲にするという方へ…。
アレンが現状考えられることをサイクスに説明すると、サイクスも確かにその可能性はあるかもしれない、と頷いた。サイクス自身も、NPCが復活しないという話はつい最近聞いた話だ。恐らく軍人と言う職業に就いてこのゲームをプレイしている人たちの多くは、その事実に触れることが出来ただろう。
「そう考えると、酷いもんだな、このゲームも。『新たな箱が開かれる』なんて言葉を、あの尾形は残していったが、一体奴は何を目指しているんだか…」
…?
そういえば、ゲーム開発者や運営側は、このゲームへログインして、実際に戦闘に混ざったり、NPCたちと交流をしているんだろうか。ここまで自立したNPCたちの行動を、彼らはどうやって操作しているんだろうか。今までの様子を見ても、NPCの動きが与えられたプログラムだとは思い難い。だけど、コンピュータが作り出した人の形であるなら、コンピュータが制御していて当然のはず…。
…NPCたちに一体、何をさせようとしているんだ?
このゲームを、一体どこから見ているんだ…。
それから共和国軍艦隊は、数日後に天王星宙域まで辿り着くことが出来た。アレンの言う、無理な戦闘は避けるかもしれない、という考えが的中したかのように、天王星宙域は静かであった。たまに戦闘配置を行うぐらいなもので、敵は攻撃を仕掛けてこなかった。この様子で行けば、恐らく海王星、冥王星も取り返すことが出来るだろう。もし、共和国軍が自分たちの本来の領地、太陽系をすべて制圧した時、共和国の政府はどう動くのか。帝国サイドは、既に予測済みであった。そして、殆どの人たちに推測されていた。
「艦影なし!」
「警戒解除。偵察部隊を帰投させる。それから、我々の艦隊は安全が確認されるまで、惑星表面にて待機」
旗艦ダビーレの艦橋で、サイクスが無線で指示を飛ばした。その後ろ、壁際でよしかかり腕を組みながら、幾つもあるスクリーンの中で最も端に映る、天王星の映像を見つめるアレン。本当に、ただ本当に去ってくれただけなのだろうか、と疑問を持つ彼。正直なところ、地球攻略が失敗して直後から、帝国軍の動きに妙な部分がある。今回の、惑星を守ろうとしなかった件についても、そうであった。彼は自分自身でその理由を推測したが、それが正しいとは思ってはいない。現実は正しかったのだが。
「読みが当たったか?」
「…かも、しれませんね。ですが、組織的な抵抗にも警戒しないと…」
「そうだな。油断は禁物だ」
それから数時間後。既にプレイヤーたちの多くがログアウトしている時間帯で、天王星の主要都市の安全が確認されたため、その郊外に地下基地として設けられた場所に、艦隊は順次入港していく。着艦を終え、補給を始めた各艦。旗艦ダビーレの中、狭い通路でのこと。
「あ、エルガー曹長!探しましたよ!」
「どうした」
「第二艦隊の空戦隊の人…かな、連絡入ってます。エルガー曹長にって」
この時間、既にアレンはログアウトしている。だとすれば、こういう諸連絡も自分に回ってくるようになるのか、と彼は思いながら、情報員の話を聞いた。通信室まで足を運び、連絡を受ける。
「エルガーだ。どなただろうか」
「…変わりました。エルガー曹長です」
「ん?何を話している?」
通信の奥でかすかに聞こえる別の声。恐らく電話主とは違う人がその応対をしていたのだろう。物音が通信機を通じて近く聞こえてくる。
「曹長、どこから通信を受けている?」
「通信室からだ。一体何の用だ」
「では、直通に変えていただきたい。重要な話がある。私の名は…」
…。
Space Fantasy Game
第54話 ―疑念に潜む、陰―




