第53話
「…だけどね…」
自然と手や指先に力が入るのを、彼女は自覚していた。目の色は日常のきらめきを霞ませ、視線は遠のき見えなくなった大きな壁を見続けていた。ここまで来ると、自分にはどのような考えがあって、どのような思いがあるのかも、分かってしまう。人の精神の中で形を持たぬまま、意思を鼓動の中に埋め込ませ、生き続ける。その大きな潮流は、やがて川の支流のように枝分かれし、支流は人の表面に形となって表れる。表に出てきそうな、そんなものを彼女はぐっとこらえた。自分の気持ちに対しても、形に対しても。
SFG内。辺境の惑星ラーミアの周辺宙域で起こった小規模な戦闘は、特にゲーム全体への影響があった訳ではない。戦術的な動向と、それに関わる当事者のことを考えれば、子の後影響が発生すると考えられたのは、名前さえ分かっていない第三の勢力であった。少なくとも、今この段階では…。
ゾレル少将率いる少数の帝国軍艦隊は、第三の勢力に楔を打ち込むことに成功した。残存艦艇の掃討を終えたところで、全艦帰投する。干上がった大地のうえに、ただぽつんと存在する大きな施設、軍港。白みがかった空から、クモの糸を引き連れるようにして白い尾を薄く伸ばしていく。そこにハッキリとした黒色が現れ、やがてそれは大きさを増してハッキリと見えるようになる。4隻中破、16隻無傷。得体のしれない者たちとの戦闘とはいえ、十分すぎるほどの戦果であった。
「今夜、会議の予定を伝達しております」
「すまないな、レムラ参謀長」
「い、いえいえそんな…!」
レムラ参謀長は、ゾレル少将が艦隊司令官を務めるようになってから、ずっと一緒に旗艦に搭乗している。彼をよく知る人物でもあり、お互いに協力関係は厚く結ばれている。階級は大尉で、出兵が決まった段階で少佐への昇進を行うことを、ゾレルに告げられている。
「どうだ。新しい船を受け取ったら、指揮でもしてみないか」
「私は生憎作戦指示能力に乏しいもので」
軍港に旗艦を停泊させ、すぐに整備に入る。無傷とは言っても、まったく内部を調整しない訳にはいかない。それに、太陽系方面司令長官として、この艦隊が今度太陽系方面へ出撃することになる。長旅に耐えられる万全の体制を整えなくてはならないためにも、準備は入念に行われる。その準備の点で話があるために、レムラには会議の時間を伝達してもらっていたのだ。
あくまで、レムラはゾレルの補佐役に過ぎなかった。
夜。辺境の惑星ラーミアの夜は、不気味なほど静かで、不気味なほど光がない。町があるとはいっても、干上がった大地にポツンと存在しているくらいなもので、威圧感もなければ存在感もないようなものであった。軍の施設に関してはそうとは言えないのだろうが、だからといって惑星の外から眺めて明らかに光と認識できるほど、目立つようなものではない。軍の上層部の人たちで会議を行っている間、戦闘に出ていた兵士たちには休息を与えている。常に戦っている訳にもいかない。そして、これから出兵することになるのだから、満足に休息をとることも出来なくなるのだ。
「予定では、あと三日もすれば周辺惑星基地から巡洋艦35隻がやってくる。まずは合流して計55隻で、アルファ星系中心部にある、都市惑星エルミアへ向かう」
「エルミアといえば…惑星全体が都市のような構造をしている場所でしたな」
「あぁ。我々が行くことになるとは、思わなかったがな」
ゾレルと本国の司令部との間で交わされた情報交換にて決められた内容を、ゾレルはこの場で発表していた。この会議には、旗艦に所属する高級士官や、それ以外の戦艦で艦長を務める人、戦闘班長などが呼び出された。
「そしてエルミアで老朽艦を70隻受け取り、奴らを叩きに行く。ここまで、約20日ほどの行程だ」
「長旅になりますな。それにしても、老朽艦ですか」
「それが本国からの差し入れって訳ですね」
「信用していいのやら…」
敵にどれほどの力量や物量があろうと、自分たちは持てる最大限の力を、持つ武器によって発揮する。もとよりこの考えに変わりはない。当然、司令官であるゾレルとしても同感であった。が、敵に対して優位に働きかけをしなかった帝国軍の首脳部に対して、そのような疑問が生まれることもある。これはあえてそういう形にしているのか。形式か、それとも…。
「上層部は今後どういう方針で…?」
「地球を捕るには、早すぎたのかもしれんな。だから、我々に声がかかった」
「こんな辺境でなくたって、良い兵士は沢山いるでしょうが…」
「…これは、閣下の期待に応えるだけ、というものではない。我々の実力を持って、奴らを玉砕する。それが目的でもある」
司令官が自分の手の内を明かす時、彼らは司令官の並々ならぬ覚悟を見た。NPCであっても、普通のプレイヤーであっても関係ない。純粋なる敵として、戦場で全力で戦う。その信念に、ついてくる者たちが多い人気の高さを理解することが出来た。そして自分たちも、いつの間にかその中へ入りたがっていたのだ。
「…出発は3日後だ」
「出発は3日後。予定通りに行けば、10日ほどで天王星を奪還できる」
「予定通り、か…」
一方。共和国軍側でも、今後のスケジュールについて話し合いが行われていた。平日の移動時間は当然NPCが主体となり、その夜や土日にかけて、宙域での戦闘を行うことを想定していた。結局彼らは政府の言うことに従わなければならず、NPCプレイヤーを問わず、軍人であれば基本は戦場へ送り出されるのだ。SFG内で政治家の役割を持っている人たちは、多くはNPCであるが一部にプレイヤーも混ざっており、それがNPC軍人たちの不満をさらに増長させる結果を生んでいた。
NPCたちにとって、プレイヤーがいなければ、そこは紛れもなく普通の現実世界、彼らと何ら変わりのない環境だったのだ。
旗艦 ダビーレ
「アレンは、どう思う?」
突然全軍の司令官であるユラからそういわれて、アレンはユラの方を見る。戦場に予定通りなどという言葉を用いて良いかどうかは、アレンが言わずともユラは知っている。何故なら、この言葉は政治家たちの引用なのだから。果たしてどのような戦闘が起こるのか、それとも戦闘は起こらないのか。シュミレーションをスクリーンに出しながら、アレンも答える。
「敵の動き方が、気になるところですね。前回のように、急に鈍くなるようなことでもあれば…」
「しかし大尉。次もあの時のように上手くいくとは限りませんが…」
「それが、問題だろうな」
旗艦の作戦司令室には、高級士官ほか、アレンと親しく戦闘艇部隊でも群を抜いた腕の持ち主であるNPCなどが会議に混ざっている。確かに前回は上手くいきすぎた。被害こそあったものの、戦況を分析すれば、間違いなくこちらが優勢であっただろう。
「あの時の…そうだな、妙に歯車がかみ合わない敵の動き方がもし、意図されたものであったとすれば…?」
「…どういうことだ?アレン」
周りの人たちも、そこまでは考え付いていなかったのか、サイクスがまずはじめに疑問符を投げた。この時アレンにはそこまで読み澄ましたような考えは一切なかったのだが、急にその可能性について考え始めていたのだ。
「ここのところ、帝国軍は負け続きです。特に木星での敗北は、彼らの士気を低下させたでしょう。敵はもしかしたら…一度戦術的にも勝利を得るために、備えているのかもしれません」
彼が自分の中で「大した考えを持たずに言った」ことであったが、この考えは帝国軍全体としてみれば見事に的中していた。現在、帝国軍は辺境からゾレル少将率いる艦隊を派遣しようとしている。ゾレルの思惑と帝国軍首脳部の思惑とが食い違うことがあったとしても、全体的にはやはり勝利しなければ、本来の目的を果たすことが出来ない。
更にアレンはこの時、既に帝国軍の狙いが地球占領であることを見抜いていた。もし、地球に小惑星を落下させた時点で帝国軍の目的が果たされていれば、今の状況は無かったのかもしれない。逆境に立たされ、最終的に木星を制圧することが出来た。共和国軍の本拠地地球を奪われるということが、SFGの運営としてどれほどの影響を与えるか。その心理的効果やゲームの運営全体のことを考えると、恐らく計り知れないものとなるだろう。アレンがここで言った内容が、後に正しいものであると生存者が知った時、この男は一体どこまでそれを知っていたのかと疑問に思う反面、その鋭い洞察力に感動さえする人が現れるのだ。
「なるほどな…その線はあり得そうだ」
「そうなれば、敵は無理な戦闘は仕掛けないで、次に備えるだろうね」
…そして、あえて我々に基地を奪還させて、後のために仕掛けを残しておく、ということも…と、ユラはその場ですぐに考え付いた。一度占領した場所を簡単に、それも何の「置き土産」も無く明け渡すとは思えない。その点は十分に注意する必要があるだろう。もし本当に、そうなれば、の話であったが。
「いずれにしても、決められたことには仕方がないけど従う。各員、万全の態勢で出撃できるように」
「はっ!」
司令室での会議が終わり、各プレイヤーやNPCたちは、それぞれの場所に戻る。特別何かがある訳ではないが、普段自分たちがいる場所にいる方が、落ち着くというケースもある。戦闘艇部隊の一人、アレンと親しいあの男が艦内の細い通路を通りながら、戦闘艇デッキへと向かって行く途中…。
「…プレイヤーどもが…関係ないんだよ、俺たちには…!」
たとえ天王星で戦闘が起ころうと、その先で起こることになろうとも、NPCにはそういった話は関係ない。戦争という概念にばかり飲み込まれていくと、NPCなど二の次になる。現状、彼らの目線ではそう見るしか他に無かったのだ。
Space Fantasy Game
第53話 ―疑惑と、焦燥―




