第52話
もしこれが、与えられたプログラムなのだとしたら-
そんなことを考えたところで、真実は知りようもない。プレイヤーにとってはこの世界が自分たちにとって二つ目であることを理解している。だが、NPCからすれば、現実と仮想とを区別出来るプレイヤーが羨ましかった。NPCにとってはここが現実世界であった。
なんとも言うことができない、この感覚。ゲーム権利やイベントを進めていくことによって、このようなものが人に与えられているのだとしたら、それはゲーム側から何らかのコンタクトを試みているのではないだろうか。
8月も下旬に入る。遂に長かった夏休みも終わり、月曜から高校が始まる。行きたくないと言う人が多い中、彼はいつも通りに、内心ではやっと学校か、と少し嬉しいような気持ちを持ちながら、いつもの通学路を今日は歩いて登校した。学校近くなり、生徒が増え始める。駅の方向から来る人の数が圧倒的に多い。
学校の正門へ入ると…
「おいすー零治っ」
「なんだ、なんだかんだ来てるじゃん」
彼はいつも通り教室の窓から手を振ってくるテツに対し、これもいつも通りに手を振り返した。学校に行きたくなさそうなキャラの一人だが、いつも彼よりも先に教室に入っている。彼としては不思議なものであった。他の人から見れば、自分は不真面目に見えることがあるのだろうか。彼としては気になるところではあったが、そんなこと心配する必要もなく、表面上は優等生気質に思われていたのだった。
「今日からゲームとの両立がまた面倒になるなー零治よ」
「だからといって、どちらかを捨てる訳にもいかないしな」
この時、テツはゲームの枠を完全に超えた、零治として、いやアレンとしての責任感があることを、ハッキリと感じ取ることが出来た。果たしてこれは零治にとって良き影響の源となり得るのだろうか。それとも、「あの人たち」が話すような展開をもたらすのか。テツにも分からないことだらけである。
「おーっはよ」
「おー、二人ともおはようっす!」
「おはよう」
零治が到着した後、すぐに教室へ入って来たのは、重倉と永倉の二人であった。先程二人は玄関先で合流したばかりだ。仲良く話しながら廊下を歩く二人の姿に、何人の人が目線を向けただろうか。特に永倉に関しては、年次を通じてその顔が広まりつつある。特に、男性の間で。理由は明白である。
その日は始業式と明日からの授業に向けた案内、各種提出物の配布などが行われただけで、昼前には解散となった。近くに住んでいる零治にとっては、大したありがたみを感じないが、テツのように電車を使って通学するような人たちにとっては、嬉しい限りであった。今日はとにかく色々な人に挨拶をする日だった。久々に会う仲間たちが殆どであったこともある。
「あっ零治」
「友莉か、お疲れ様」
「おつかれー」
…なんか、眠そう。夜更かしでもしたのだろうか。
「良かったら一緒に帰らない?寄る場所ある?」
普通聞く順番は逆なんだろうけど、俺には断るような理由が一つも無かったから、そうすることにした。だけどさ、一つ聞きたいことがあるんだが。
「ん?」
「良いのかな、俺といるって周りが知ってどう反応することか」
「逆のこと言えるかもしれないよ?」
「…?」
とにかくも二人は早めに終わった学校から、歩いて帰ることにした。零治が予想した通り、その光景に目線を向ける生徒たちがよく見えた。何か嫌な予感がする、と心の中で思いながらも、そのまま会話を続けた。周りにも交際中の男女の歩く姿があったが、目も向けられていなかった。いつの間にか彼は、中身はよく分からないが、冷静で中々に格好良い男として、
彼女は一年次のトップクラス、5本指には入るだろう美貌の持ち主として、語られるようになっていたのだ。
彼女は、それを知っていた。自分のことは知らずに。
彼は、それを理解していた。自分のことは知らずに。
「どこか寄るんだった?」
「友莉の家に寄る」
「私を送るためにっ」
本当に他愛ない会話を続けながら、次第に生徒など見えなくなるような道へ入っていき、そして彼女の家に近付く。途中の分岐点まででも良かったとは思うが、ここでは彼の意思が行動に反映された。つい数ヶ月前には考えられなかったことだ。
家の前に辿り着く。
「ね、零治。この後暇かな?」
「あぁ」
「じゃあさ!荷物置いてからで良いから、手伝って欲しいことがあるの!」
同時刻。SFG内部。
首都圏の高校の殆どが夏休みを終え、日中プレイヤーのログイン者数が減った。大学生世代のログイン者数は依然として多いのだが、夏休み中は高校生も負けないくらいに多かった。
プレイヤーの時間別ログイン統計が変動したため、NPCが主導でゲームを動かす時間帯が増えた。
帝国領アルファ星系最外縁部
惑星ラーミア 近海潮流地帯
星の光さえ美しく見ることが出来ないこの辺りの宙域に、遠くの星々よりも断然輝いて見えるものが、宙域を引き裂くようにして長い一本の線が貫く。近くに見えたものが遠くへ向かっていく。そして時間差を経て、突然爆発の光を目視する。光は一瞬のうちに辺りに広がり、こんな役目でなければそれは綺麗な光景と言うことが出来ただろう。
帝国軍太陽系銀河方面司令長官、ゾレル少将。地球圏にいるプレイヤーやNPCたちと戦わず、ここまで階級を上げ続けた叩き上げの代表。一兵卒からの設定で現階級にまで上り詰めた例は非常に少なく、それはある意味異質な存在と言われても不思議ではなかった。それ故に、上層部の人たちからは受けが悪い。現場を経験する者たちとしては、ゾレル少将率いる艦隊勤務を希望する人も多い。彼には兵士からの人気はあったのだ。
「敵艦隊左翼に命中。主力の分断に成功しました」
「誘爆範囲測定終了。データ入力行います」
「全艦、進路進行9時方向。分断した左翼を全力で攻撃し、全体の混乱を起こす!」
僅か20隻しかないゾレル少将の率いる艦隊が、一度の先制攻撃だけで、2倍の数いる敵艦隊に最初の楔を打つことに成功した。基本的に戦場において2倍の兵力差が生まれると、大体は数において不利な軍勢が撤退を先に行う。が、ゾレルは一歩として引き際など見せなかった。左翼艦隊を分断すると、一度付いた傷を抉るようにして、ゾレル艦隊が殺到する。初撃、長距離誘爆ミサイルによる攻撃であっという間に7隻が轟沈、3隻が中破させられた「名も無き勢力」は、すぐに反撃態勢を整える。が、その頃にはゾレル艦隊が近距離に迫っていた。
反撃を開始したは良いものの、艦隊の主力と他の陣営とが分断されているため、精彩を欠く動きが目立つ名も無き勢力。その無秩序な攻撃を前に、ゾレル艦隊は無敵のようなものであった。次々と各艦が主砲を斉射し、光り輝くエネルギーの束が敵艦を貫いていく。
「報告します。敵艦隊、全体の8割ほどが消滅」
「了解した。右翼部隊は残存する敵艦の掃討にあたれ」
結局、この小規模な戦闘が戦況を決定づけたのは、戦闘が始まってからわずか30分ほどであった。昼間のNPCが主導で動く戦闘。ゾレルは一つの勝ちにこだわる男ではなかった。
「これで、奴ら少しは黙りますかな」
「そう信じたいものだな。殲滅にかかる時間はどのくらいだ」
「敵艦は敗走しつつあります。追撃すれば時間はかかりませんが、その分…」
「危険は高まるか、了解だ。レムラ参謀長、士官に作戦終了の伝達を頼む」
「はっ」
この小規模な戦いにもしこだわる点があるとすれば、自分が留守の間に、惑星ラーミア周辺の波がおだやかであり続けてほしい、というものであっただろう。既にゾレルの獲物は、ここではなく、もっと遠くにある、それももっと高い波にあると自覚していた。どんな敵かは分からない。だが、圧倒的な劣勢を覆し、そして今共和国と帝国との戦争における戦況をひっくり返そうとしている手腕は、侮ることができない。彼としては、そんな相手と戦えることが嬉しいとも思えたし、その相手の力量や素顔を見てみたいとも思っていた。
しかし、それもこれもすべては、戦場でぶつかり合えば分かる話だ。ゾレルはそう自分に言い聞かせて、一度ラーミアまでの帰路につく。
彼らに、新たな艦隊が与えられる。
一方。こちらは現実世界。
「そういえば!…今日は、眠そうだったな」
「あれれ、そう見えた?」
彼女の言う手伝って欲しい、ということは、またしても力のいる作業であった。確かこの間もそんなことをしなかっただろうか、と思いながらも彼は作業を続けていたが、苦ではなかった。エアコンがあるとは言っても、真夏の暑い中での作業は体的にはやや荷が重い点もあった。だが、一緒に作業をしていたため、それもまた苦とは思えなかった。作業はおよそ30分ほどで終了してしまったのだが、二人とも運動している訳でもないのに、よく汗をかいた。
「ふぅ。夜更かしでも、してた?」
「んーまぁそんなとこ、かなっ」
恐らく何か他の理由があるのだろうが、その時の彼は聞かなかった。彼女は笑顔でそう答えていた。それからのこと、二人は1時間以上も部屋でテレビを見ながら話し続けていた。贅沢な時間の使い方であった。そして、これから学校が始まると、中々こうもしていられない。
そもそも、多くの人が考えるだろうことは、二人は別に交際している訳ではない。だが、まるでそうであるかのように、二人は仲が良かった。
「さて、俺はそろそろ帰るよ」
「うん。いつも色々ありがと」
「いやいや全然。また呼んで良いから」
そう彼が言うと、玄関から出て笑顔で手を振った。彼女も手を振る。そしてまた、玄関先から見えなくなるところまで、その姿を見続けた。やがてその姿が背景にフェードアウトしていくと、彼女は自分の右手で、自分の胸のあたりに触れた。
熱い。
「…分かっては、いるんだけど…」
Space Fantasy Game
第52話 ―日常の、再開―




