第51話
「なあ零治。もう学校週明けからだぜい?嫌になっちまうなあ」
「散々、休んできたじゃないか」
ゲーム内。静かで暗い空間の中、一人アレンは地球にいるテツと連絡を取っていた。時間が空くと、彼は現在のテツたちの調査状況を聞いたりするのだ。テツとしても情報の共有はしておきたいと考えている。が、今のところは有力な手掛かりは見つかっていない。共和国軍が勝ち続けているということもあり、地球圏の各都市は盛況している。誘拐同然だが、情報はその盛況の中で沈み込まれている。引き出すのは容易ではない。
そんな中。彼らの通う学校は、もう間もなく長い夏休みを終え、再び勉学の季節を叩きつけようとしていた。1ヶ月ほどの休み、様々なことがあった。
「俺としては、学校に行きたいくらいだ」
「まー分からなくはねぇけどよ?でも休んでた方が楽でいいしなあー」
「…テツらしいな」
…そうだな。確かに、休んでた方が考えることは少ない。勉強は別に苦じゃないが。
それでも彼は長く休み続けることには、抵抗があった。8月10日、重倉、永倉、そしてテツと4名で遊んで以来、特に永倉友莉とはよく会うようになった。住まいが近く、更に自分たちの過去を打ち明けたあの日の出来事もあり、それ以来はよく連絡を取ったりしている。少なくとも、彼らがかつて経験してきた激動の一時と、何も起きない普通の毎日では、無かったのかもしれない。両極端を経験している身としては、どちらの方がバランスが保たれているか、どちらの方が良いのか、などは判断しづらかった。
「どうすんだ?この週末。なんかすっか?」
「したいところだけど、SFGでは無理だし天気悪いし…どうする」
「っかーあっ!肝心な時に運がねぇな俺ら」
SFGにおける土星宙域の衛星タイタンでは、帝国カラーに染まった町を再び共和国カラーに塗り替える作業が続けられている。木星からの出兵からそう時間が経っておらず、またこれから先の出兵がいつになるのかが分かっていない状況なので、彼はこうして時間を持て余している。軍の施設に行けばやることはあるのだろうが、今はこうして与えられたホテルの一室でくつろいでいた。現実の体と同じような感覚なので、本当にホテルにいる気分となるのも、このゲームの特徴ではある。彼は再び部屋の中でラヴェルのボレロを流しながら話を続けていた。
「まぁ、しゃーねえわな。学校始まったらまたなんか企画しようぜ?」
「そうしようか。またテツしてくれる?」
「おうよ。任せとけ!」
などという、ゲームの中でリアルの話をしながら、十分ほど話をして、通話を終えた。こんな時もテツは元気に振舞っていて、それが彼には羨ましくも思えた。アレンは軍の状況の一端をテツに話すことはあっても、詳しいところまでは話すことがない。軍の情報という制約もあるし、彼が高級士官の一員となっていることも理由としてあげられる。更に、テツ、エコーズ、エナの三人は現在情報屋としての活動を続けている。情報を配るなどはしていないが、それだけの技術があれば、ある程度の情報は掴むことが出来るからだ。
ボレロが、何となく寂しさを募らせる。
「天王星こそ、策を入れることは難しいか…少佐、帝国軍の動向は分かりそうか」
「現状では厳しいですね。ただ…先日の戦闘分析で妙な点は確認出来ます」
「艦艇数、の減少か」
原因は分からない。だが、帝国軍の動きが微妙に鈍くなった感覚を、ユラは先日の戦いで感じ取った。確証と言えることではないが、土星での戦闘前に予想されていた敵艦隊の総数は、実際には少ない数であった。土星は木星ほどゲーム設定による資源が豊富という訳では無いが、それでもあらゆる生産ラインの確保には役に立つ。ケーンバークもサイクスもユラも、この時帝国軍に何かあったのではないか、と確証のないまま分析結果を出している。おかげで土星宙域は解放することが出来たが、彼らとしては今後の動向が気になるところであった。
実際はこの時、サイクス大佐率いる帝国軍の主力部隊が本国領まで撤退していた。彼らはこれを知らなかったが、これが事実であった。
「こんなこと言って良いかどうか分かりませんが、上の人たちは仮に太陽系を取り戻すことが出来たら、どう指示を出すんでしょうね」
「恐らく更なる侵攻を要求するだろうね」
「そうですよね…」
彼ら三人とも、現在の政治体制を信用していない。確かに帝国軍によって奪い取られた領地を取り返すことは必要であると考えている。しかし、現行政府は軍人をまるで道具のように使い回し、使い尽くしたり、使えなくなった物は即時に切り捨てる、といった対応をしている。それが特にNPCの下級兵士などに要求しているので、良いように利用しているだけ、とハッキリ見て分かる。それでもなお、政府の命令に従う兵士たちは、一体何を思っているのだろうか、と上級階級者は思わざるを得ない。
その日はただ私的に偶然集まっただけであり、他の随員は招集していない。
「もし今回と同じような規模なら、いけるでしょうか」
「相手の指揮官にもよるね。いずれにしても、艦隊戦と空中戦がメインになるはずさ」
「とすれば、キーマンは、やはりアレン、ドロワ、フューリーの三名ですか」
この三人に共通しているのは、各艦隊の空戦部隊を現場統括しているということであった。ユラも認めているように、戦闘のはじめは平凡な艦隊戦であるが、いざ戦況の変化をもたらそうというときには、よく戦闘艇を使用するものである。それはユラの戦略の一部にもなっているため、彼のみならずあらゆる軍人が既に認知していることでもあった。
三人とも指揮官としての任期は短いが、この中ではアレンが最も長い。ドロワ中尉に関しては、土星宙域を奪還することが決定された際に、第二艦隊空戦部隊長に就任した。骨太い性格の持ち主である。彼はNPCであった。
「彼らに頼りっぱなしなのも、なんだか申し訳ないけどね」
「閣下…!」
「分かっているよ。艦隊戦でも、良いところを見せないとね」
「確かアレンは、陸戦勤務であった気がするな…」
…といったのはサイクス大佐であったが、他の人には聞き取れない音量での呟きであった。アレンは戦闘艇においても、陸戦においても高い能力を示している。元々彼に目を付けたサイクスですら、想像を超えるほどの適応力であった。かつて、ゼウ商会がPK集団による襲撃を受けた時、結果的に彼はほぼ一人であの状況を打開した。一つの武器と共に。
そこまでをサイクスが要求していたかと言うと、ハッキリはいと言い切ることはできない。自分が思う以上に共和国軍の中軸を担う彼に、最近のサイクスは何か言葉には表せないような、そういった不思議な感覚を覚える。何かが分かれば苦労はしないが、もしこれもこのゲームに与えられたプログラムの一つであったとしたら、とサイクスは考える。考えてはいても、そうだとは思っていなかったが。
このゲームを長いこと経験することで、この世界がゲームでないと思う時がある。これは普通のことなのだろうか。
その日の昼間。いったんアレンはゲームからログアウトし、現実世界へと戻ってきた。空腹を満たすために、買っておいたパンを出し、イチゴジャムを少量つけて食べ始める。テレビもラジオも流していなく、外からの音も大して聞こえてこないため、本当に静かな空間の中で食べていた。こんな時ラヴェルの曲を聞いていれば、また少し違った感覚を味わえるのだろう。そう思ってはいたが、彼はラヴェルに詳しい訳でもなく、またCDなどを持っている訳でもない。
「…暇かな?」
そう思い、彼が突然に電話した相手は、わりと自分の家の近くに一人で暮らしている、永倉友莉であった。あの日以来メールなどで連絡は取り合っていた。突然での申し訳なさもあるが、そう考えると買い物中に会ったりすると、彼は突然にも関わらず、いつも彼女の手伝いをするなどしていた。別にそれを気にしていた訳ではないが。
「もしもしーっ、私だよ。どうしたの?」
「あ…い、いや特に何でもないんだけど、ね」
…しまった。何するかも考えてなかった。何となく電話かけただけだな、これ。
「そうだな…暇なら、会えないものかと」
「…!いいね、暇だから会おっか!」
ということで連絡して、どうやら暇だったということなので、今度は友莉が俺の家まで来てくれるという話になった。いつも私の家だから、今度はそっちに行ってみたいというのが、友莉の希望だった。あまり見せられるほど綺麗な部屋でもないし、広くもないが…まぁいいか。お互い知っておくのも悪くはない。
それから40分ほどが経過し、友莉はやってきた。
「随分整頓されているね!」
「そうかな?」
この時、友莉は部屋の周りを見渡して、パソコンとそれに接続されている何らかの物体に目が行った。彼女は瞬時に、恐らくあれが零治や原田君のやっているゲームの何かだろう、と考えた。彼女の印象は良かった。男部屋などは普通だらしないイメージがあるが、そればかりではないことを彼女は知った。
「前にも言ったけど、俺やテツがしているゲームは、これを接続して、後はヘルメットを被ればその世界へ行けるんだ」
「窮屈じゃない?」
「はじめはね、慣れなかったよ」
…ここに来て、零治は自分が友莉を何かしら意識していることに、自ら気が付いた。それがなんだ、と自分で言い聞かせようともしたが、それを拒むものがある。しかし、なんとなく、彼女の前にいると、自分が素直であるようにも思えた。不思議と、溶け込むようにして。
「友莉にも、見せてあげたかったな。あの世界」
後に、予想の斜め上をいく形でこれが実現することを、まだ二人は知らない。
Space Fantasy Game
第51話 ―ふたつの、平穏―




