第49話
敵の立場からすれば、この間までの戦力差とはいったい何だったんだろうか、と思うくらい、一方的な状況になろうとしていた。確かに俺たちだっていつまでも負け続けている訳にはいかないし、今まで奪われた分を取り返さなきゃっていうのも、分かる。敵の視点になって考えれば…どうかな。やはり一方的でも沢山相手を倒すことができる環境を、望むんだろうか。
俺は、あまり理解出来なかった。軍人としては失格なんだろうけどな…。
「…落ち着け、落ち着け…」
「こちら空戦隊長のアレンだ。直属各機応答しろ」
アレンは第一艦隊の空戦隊長を務めている。戦闘艇を発進させるタイミングがやってきて、彼はすぐにコックピットに乗り込んだ。彼は空戦隊の全体を指揮するが、それ以外に自分と行動を共にする直属機という小部隊の実戦指揮も行うことになっている。無線も二通り存在し、空戦部隊全体で使用するものと、小部隊の中で使用するものと、彼は使い分けなくてはならない。戦況は刻一刻と変化していく中で、戦闘中も器用に使い分け指示を飛ばしながら、戦わなくてはならないという、難しい仕事であった。
「デルタ3、用意よし」
「デルタ5、発艦できます!」
「こ、こちらジ…あ、いやデルタ6、準備よし!」
「落ち着けよジム!まだ飛んじゃいないんだ!」
彼は、この土星宙域が初の戦いになる、ジム一等兵だった。彼はNPCとして今回配属となり、そして第一艦隊のアレンの直属に入った。正確には、アレンがそばに置くようサイクス大佐に取り計らった、ということでもある。初の戦闘ということで、気持ちが落ち着きを見せずつい言動や行動にも表れてしまう。味方の戦闘経験者からアドバイスを受けるが、最後にアレンが言った。
「緊張するのは分かる。俺も同じだ」
「え…?」
「死にたくは、ないからな。プレイヤーであっても…各隊へ告ぐ、準備完了次第発艦。敵の戦闘艦に攻撃を仕掛ける」
「ラジャー!!」
ジム一等兵の隣には同じデルタチームに所属する機体が多く並んでいるが、アレンの操縦するデルタアースから順に発艦用カタパルトへ移動していく。当然空戦隊を務めるのであれば、はじめはシュミレーションから慣れさせられる。だが、ゲームとはいえ実際に初めて行うことは、やや緊張するものでもあった。まるで本物の自分が操縦するようなものなので。
だが、NPCにはそのような感覚は基本的には起こらない。彼らはこの世界に生まれ、この世界にしか生きられない存在なのだから。
「エアロック封鎖…準備よし…どうぞ!!」
カタパルトから勢いよく前進し、宇宙空間へ放出される。巨体を支えていたものが急に失われ、自分だけでこれを支えなくてはならない状況になると、多少は冷静さを失っても当然と言うべきものであったかもしれない。支えが無くなった瞬間に、ジムはシュミレーション通り、推進装置を点火させる。が、速度の踏み込みがあまりに早く物凄い勢いで急発進してしまったため、別の戦艦から出撃する航空隊の進路コースに割り込んでしまった。慌ててレーダーに示される元のコースに戻るが、心身の動揺はもはや計り知れないものであった。
「…まだ、これからこれから…頑張らないと…!!」
―生きるために…!!
一方。完全に挟撃された帝国軍艦隊は、とにかく混乱を立て直そうと、短時間で指揮系統の確認を終了させた。この時既に土星宙域からギニアス大佐は撤退していたが、残された艦隊は最後まで戦わなくてはならない。混乱を短時間で立て直す技量は、今まで帝国が共和国を苦しめてきた技量を納得させるほどのものがあった。
「敵機接近!数算出不可!!」
「…後のため、データを取っておく」
「しかし、それでは我々が…!!」
帝国軍艦隊の艦長は、この状況において態勢を立て直したとはいえ、自分たちが不利な状況にあることを正確に捉えていた。そして、戦況を逆転させるほどの技量を発揮することが出来ないことも、既に把握していた。
軍人として、成すべきことがある。それは、後々帝国が危うくなる前に、強大な敵となり得る可能性のある共和国軍の情報を、多く本国へ送り届けること。
「NPCもプレイヤーも関係ない。全員速やかに退艦しろ!」
「ですが艦長だってNPCでは…!!」
「…NPCに、NPCと言われるのは、なんだか気持ちの良いものではないな」
艦長がそう指示を出すと、すぐに脱出準備に取り掛かる人が続出した。数分後には艦橋はほぼがら空きの状態となり、数名の情報士官などを残すだけとなった。NPCは、自分たちが一度死ねばもうこの世界には生きられないことを、知っている。だが、プレイヤーの中にはそれを知らない者もいる。艦長があのように話したことで、少なくとも勘付いたプレイヤーが何人もいただろう。
共和国軍内部でも、地球圏に帝国軍が到着した時、それを疑わせるシーンが何度かあった。NPCたちの不安の裏には何か理由がある。この世界で生まれたはずの機械が、自分たちと同じように意思を持ち、ゲームを楽しんでいる。その中で、自分たちには持っていないような、強い不安を感じる者がいた。
「ジム後ろに2機!」
「は、はい!!」
空戦が始まってから、デルタ部隊は隊列を整えながら前進し、先行する敵戦艦の各砲塔を潰しては、航行不能状態にまで攻撃をし続けていた。しかし新兵のジムはブラスター砲をきちんと撃っても、ほぼ命中していない。それに責任を感じることは無いだろうし、はじめは恐らく誰もがその壁にぶち当たるだろう、というのがこの時のアレンの心境だったが、それ以上にジムが新兵であることを敵に悟られ、集中的に狙われる状況を打開しなくてはならなかった。が、アレンも何機もの敵を相手にしている。同じデルタ部隊の人に今は任せるしかなかった。
「くそっ…当たらない…どうして!!」
「ジム、視野を広くしろ!」
その時。戦闘中のアレンの声が、ジムの考えを貫く。レーダーと計器が示してくれる情報を頼りに攻撃を続けていた彼に突き刺さった、たった一言。その瞬間、ジムは目視で後ろを確認し、自分と相手との距離を掴んだ。そのうえで機体を激しく旋回させ、後ろに喰いつかれないように、波打つように回避行動を取り続けた。規則正しい回避行動であったために、本来敵には予測しやすい動きではあったが、この時は敵がそれを把握しておらず、ある意味運が良かったと言えるのかもしれない。
ようやくジムが後ろを取る。
「…撃ちます!!」
もし、敵がNPCだったら?
自分と同じく、この世界にしか生きられない者だとしたら?
自分と敵の存在が、本当は同じでは?
「…うああああぁっ!!!」
一本の光が、一つの命を貫く時、一人の兵士は、一つの本質に触れる。
「…はぁ…はぁ」
「大丈夫かルーキー!?」
「…な、なんとか」
これが、ジムの初陣における初の戦果であった。周りの人たちの支援があってこそのスコアとはいうものの、疑いようもなく、彼が自分自身の手で操作した結果ということに変わりはなかった。相手がどのような人かも分からない。もしかしたら、ジムが気にするようにNPCであったかもしれない。親指が操縦桿のボタンを押す命令を出してから約3秒。見逃せば逆に殺されていたかもしれない場面で、彼は考えた末に相手を倒した。軍人としてはこれが正しい行為だが、果たして普通の人間であればどうだろうか。特に、この世界に生を受けた自分たちにとっては。
「被害が広まる前に、天王星宙域まで撤退したとのことです。閣下」
「敵にも有能な人物はおるだろうな。…その方が、楽しみ甲斐があるというものだが…」
「このままですと、太陽系外縁に差し掛かりますが…」
遠ざかる目標に、帝国の兵士たちの気持ちがどのように変化していくか。ギニアスはその点も気にしていたが、あくまでグラーバクの指示に従うことが、今できることであることを、彼は理解していた。そして、グラーバクの構想にある、とある人物の招集を迅速に行わなければならない。現状を打開するキーマンとして。
土星宙域は、周囲にある衛星を含めて、すべてを解放することに成功した。長い時間帝国に占領されていたという訳ではないが、衛星に住む人たちにとっては、待ち望んでいた瞬間でもあった。衛星の上空から共和国カラーの軍艦がゆっくりと見えてくると、市民が見たかった本来の光景が映し出され、歓声をあげる人たちが続出した。かつて、地球圏で戦闘をすることになった時、共和国の市民は軍に失望の色を塗っていた。ネット上の掲示板でも、帝国一強体制が整うだろうと思われていた。そういう意味では、こうした展開は見ている方としては面白いのかもしれない。
そしていつしか、勝ちを積み重ねている中心の存在として、全軍の司令官たるユラが、空戦隊を率いるアレンが、民衆の注目の的となっていた。当然現実世界の掲示板でも度々話題にされた。人気が高まり続けている。一方で、帝国民からは反感を買うだろう。
「おーあれがアレン大尉か!!」
「おめでとうーそしてありがとう!!」
「時事記者の者です何か一言を!!」
「ぜひ宣伝のためにTV出演をお願いします!!」
…戦わない者に、何が分かる…。
それは、この瞬間を待ち望んでいた民衆に向けられたものでないことを、彼は自分で理解していた。そして、彼らの喜びや嬉しさが形となって表れても、それに対し彼は無邪気な笑顔を返すことが出来なかった。
Space Fantasy Game
第49話 ー戦争の、翳りー




