第48話
兵士たちの間に、不安は募る。土星宙域を出発してまだそんなに時間は経過していなかったが、必ず来るであろう戦闘に、特にNPCである兵士たちは不安を消すことは出来ていなかった。アレンとしても、自分が上官としてちゃんと気配りが出来ているだろうか、といった不安があった。サイクスに言われたこともあるが、上官として部下を見るのは、どこの組織でも必要なことだ。そういった過程で、兵士たちの不安を取り除けるような努力を彼はしたい、と考えていた。
今回の作戦には、新兵も当然ながら多数動員されている。共和国軍は地球圏こそ取り返したものの、依然として不安定な状況にあることに変わりはない。物資の生産は急ピッチで行われており、何とかなるという一面もあるが、人員の面に関してはすぐにどうこうなるものではない。貴重な人材を失う訳にはいかなかった。
「アレンが航空隊の指揮を執るのは構わないが、第一艦隊全体を見ても、一人ではカバーしきれないだろう?」
「ええ、もちろんです」
「素直だなあお前は」
軍事再編成計画の末、アレンは第一艦隊の旗艦に所属することが決定し、そして第一艦隊の航空隊の全指揮を任されることになった。彼は、本当は航空隊に対してあまり好感を持てていなかったが、どうしても現状彼の戦力は全体の戦力において重大な役割を果たしているので、そういった体制が取られた。
一方、彼のそばで彼と共にずっと活躍し続けてきたフューリーも、その努力が結果的に第三艦隊の航空隊を指揮する要因を生み出した。同じプレイヤーとして肩を並べられることに、彼は満足していた。アレンと共に飛べないのが少々残念ではあったが。
「んで、作戦の方だが…なんというか、奇策を入れ込むような隙がない」
「…なるほど」
「土星宙域は、ハッキリと分かる海だからね。デブリがある訳でもない。普段は静かすぎるけど、今回はそうもいかないようだろうね」
そこは、旗艦ダビーレの艦橋の片隅。広い艦橋の中で人の少ない位置で、彼ら三人は話していた。他のNPCたちはいつも通り作業を続けているが、何の道具も持たないまま、今後の作戦の話は進められていく。8月15日に進軍を開始した訳だが、幾度のワープを経て、8月17日頃、ようやく土星宙域の端に辿り着くことが出来た。もし現実的に2日で木星から土星まで移動することが出来るのなら、銀河系の旅も不可能ではなくなるだろう。土星を追われて逃げる時とは違い、ワープに万全の体制で挑んでいること、また、艦隊の統率がとれていることからも、少ない日程で進むことが出来ている。
「…何か策を見いだせるとしたら、やっぱり…」
「そう。たぶん予想通りだ」
「『環』ですね」
太陽系には、幾つかの惑星で、その表面を囲むようにして存在する、環というものがある。その代表にあげられるのが、土星の環であった。地球からはあまりに遠すぎて、肉眼で確認することは当然不可能である。が、人類が土星と言えばあの形状を思い出せるのは、昔の時代に望遠鏡で観察することが出来た人がいた、という歴史のおかげである。
SFGでは、広い環に用いられる物質を氷として設定し、小さいものから小惑星並の大きさを持つものまで、幅広く展開させている。外から見れば規則的に並んで見える環も、そのすぐそばまで来れば入り乱れた空間であり、共和国軍の首脳部はそこに何か奇策を用いることができないか、と考えていた。戦闘隊長としての経験があるアレンの勘は正しかった。しかし、問題なのは予測出来てもどのように事を運ぶか、であった。いまだにまともに真正面からの戦闘で勝てると思っていない共和国軍が、どのような作戦に出るのか。同じ共和国軍のプレイヤーとしても、期待されている点はあった。
…一方。
「知っておるか?ギニアス。このゲームでは、惑星は破壊できぬ」
「…はっ。存じております」
「我々の最終的な目標があの星にあるのは分かる。が、やはりそう上手くはいかなさそうだろう」
土星衛星、アイガイオン。かつては共和国軍が使用していた基地は現在、帝国カラーに染まり稼働を続けていた。が、今日の状況では、占領できていることが喜ばしいことではなかった。グラーバク、ギニアスの両名は基地の大会議室でスクリーンに映る太陽系の構図を見ながら話を続けていた。マーカーにて記された、地球。それを取り囲むいくつもの星々。太陽が中心であるはずのこの銀河系が、まるで地球を中心に回っているかのような、示し方であった。
「私は、一度本国へ戻る」
「閣下…!」
「長期化が予想されるとなれば、いつまでもここにいる訳にもいかないのが現状だ。ギニアス、お主もな」
「…分かりました。仰せのままに」
しかし、二人にはある構想があった。ギニアス本人が今後の太陽系での戦闘から一度手を引くことになっても、帝国軍全体が撤退する訳ではない。極度の後退は逆に敵の進撃を誘うことにもなる。状況が悪化しつつあるこの段階では、出来るだけ奪還作戦を阻止しなければならないのが急務であった。
「あの男…上層部からの評判は悪かろうが、それでも現場からの叩き上げだ。多少なりとも、力にはなるだろう」
「…そう、期待します。有能な部下を幾人か、残します」
これが後々、お互いにとって予期せぬ事へと繋がることになる。帝国軍でさえ予想もしなかった展開を引き起こすことになる。そしてそれが、共和国軍と帝国軍との間に、最大の戦闘を巻き起こすキッカケともなるのだ。
現実では、23時を過ぎた頃のこと。ようやくレーダーが陰を捉える。
「敵艦隊発見!有効射程距離まで残り15分と推定!」
「何とか、間に合いましたな」
「そうだね。意外と、危ないところだった。…全艦このまま外縁部を進行する。第一戦闘配置」
土星本星の周囲を綺麗に形作る環のすぐそばを、共和国軍艦隊は進軍し続ける。元々この宙域は偵察艦が多く布陣されていたこともあって、それをよく知る共和国軍は既に帝国軍が自分たちの姿を確認している、ということを前提に作戦を実行しようとしていた。敵の総数が知れた時、ユラは少しホッとした。ほぼ同数の艦艇数で戦うことになる。だがこれは、帝国軍にとって共和国軍が全軍にあたるものである、と予想しての数であった。
「レッドゾーン入ります!」
「砲撃開始」
戦艦クラスのブラスター砲が一斉に光を放ち、一本の線となって空間を描写する。黒い背景に映る星々の光にも勝る、至近のエネルギー流が交錯し、お互いの艦隊を刺激する。ほぼ同数での戦闘開始、はじめは何の特徴を見出すことができず、お互い様子を見ながら攻撃を続けた。平凡なはじまり方と言えるだろう。本来このようなところで戦闘など起きてはならない、というのが共和国軍の一部の意見ではあったが。
一本のエネルギー線が戦艦の後部を貫通すると、途端にその部分から立て続けに爆発が発生し、まるで戦艦全体に稲妻が走るような光が流れ、その直後に爆散する。激しく光を撒き散らしながら。たったその一撃でも致命傷となり、戦艦が爆発させられれば、一瞬で多くの人が死ぬ。その感覚を味わうことが出来ないのは、プレイヤーであり、本来それば幸福なことであっただろう。
「第二艦隊に攻撃が集中します。被害拡大」
「装甲の厚い戦艦を前面に出して対処させる」
戦闘の状況が動き出したのは、戦闘開始から1時間ほど経過した時であった。帝国軍の艦隊が相次いで共和国軍第二艦隊に砲火を集中させてきた。火力が集中し、爆散する戦艦が増え始めてきた頃、ユラは頭の中で次なる戦闘状況を予測していた。第二艦隊も同じようにして砲火を集中させるものの、相手の数が勝り始めることで、前へと進むことが難しくなった。しかしこれも、一つの作戦と考えるしかなかった。NPCたちの間に広がる不安も、戦闘中は前に集中することで何とか緩和される。だが、そうでない人たちがいるのも事実ではあった。
第二艦隊 旗艦アルムダート
「敵艦隊、さらに前進する模様!」
「艦長!!」
「…かかったな。よし全艦急速後退!敵を引き付ける!!」
第二艦隊の被害が拡大していた事実は、変えられない。艦長としてはかなり前から後退したいという気持ちがあったが、段階を踏み整えなければ、かえって味方を危機に陥れる可能性があったことで、その場で踏み止まっていた。もちろん第一艦隊にも多少なりとも損害は出ているが、気にするレベルではなかったのも、事実であった。第二艦隊は急速後退し始めると、敗走だと思い込んだ帝国軍の諸艦隊は、一気に突出してくる。これこそがユラの狙いであり、共和国軍が用いた奇策でもあった。
「う、右舷から攻撃が来ます!!」
「なんだと…!?どういうことだ!!」
「敵は土星の環に伏兵を敷いていた模様!!」
第二艦隊と共に第一艦隊も、規則正しく後退する。その様子を見て急速前進した帝国軍であったが、突然右からの攻撃を受け混乱した。レーダーにも映らない箇所から多数の砲火を受けるが、とにかく右から攻撃されていることは確かであった。目視による確認をすると、確かに右舷上部から火線が集中していると分かり、その先遠くない位置に艦隊が配置されていることも、ようやく気付いた。この氷の塊が混在する環の中はレーダーが上手く機能せず、機械に頼るしかない艦隊にとって、そこは死角となり得る場所であった。帝国軍の兵士の中では、もしかしたらこのスペースを警戒した人がいたかもしれないが、最初の接敵で共和国軍と帝国軍がほぼ同数の展開を行っている状況を見れば、奇策を用いるような余裕がないと判断するのも、無理はない。ユラはこの状況を完璧に作り出すことができた。
「艦隊を右舷に向けさせろ!」
「いけません艦長。それでは真正面からの集中砲火の的になります!」
「チッ…してやられたわ!!」
帝国軍は完全に行き場を失われた。真正面からの集中砲火に耐えながら、右舷からの攻撃にも対応しなくてはならない。完璧なまでの挟撃態勢が整うと、共和国軍はさらに攻勢を強める。一気に前進して距離を縮め、大きい的にブラスター砲を当て続けた。
第一艦隊 旗艦ダビーレ
「敵が崩れました!」
「よし、戦闘艇部隊、発信させる。アレン、頼んだ」
「了解です」
勝敗は喫した。
だが、その中で初めての戦闘を迎えた者もいる。逆の立場ではあったが、かつての彼のように…。
Space Fantasy Game
第48話 ―奇策の、入り口―




