第47話
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静かだ。本当に、静かだ。何にも邪魔されない空間…いや、そう油断することも出来ないだろうけど、今自分たちが置かれている状況とは思えないくらい、静かだった。前にもこんなことがあった気がする。誰かの声が聞こえてきた時だっただろうか。結局あれの正体を掴めないまま、話は進んでいるのだが…何て言っていたんだろう。
…忘れた、のか。でも、今は気にしなくても良いのかもしれない。
8月15日。
共和国軍出兵計画の実行。目的は、帝国軍によって奪われた星々を、取り返すこと。軍事再編計画が完了し、ユラを全軍の総司令官として構成された計5つの艦隊が、木星宙域から出撃していく。決して新しいとは言えず、寧ろ再編計画の影響で老朽艦扱いされつつある旗艦ダビーレを中心に編成される第一艦隊が、全ての艦隊を先導する。木星宙域といえば、恐らくSFG史上に残るであろう、共和国軍第一、第二艦隊の大敗という苦い記憶がある。その時の戦闘の残光が形となって現れる、この周囲。5つの艦隊に勤務するプレイヤーやNPCの中には、この戦闘を経験した人も当然いて、その者たちにとって、この宙域を通過する際は複雑な気持ちになった。特にNPCたちにとっては、二度と還らない多くの友人を失ったのだから。
今の第一艦隊に所属する軍人たちは、この戦闘で生き残った者が多い。武勲をあげ、階級が上がった者も多い。そういった事情が折り重なると、彼らにとってはどうしても容易ならざる思いを生まれさせるものなのであった。
「ラヴェルのボレロ…」
アレンの自室に流れている、音楽の名前だ。オーディオプレーヤーの内臓データに入っている音楽を、音量小さめでシャッフル再生していたところ、その曲が流れてきた。小太鼓の本当に小さなリズムから始まる約15分の曲だが、なぜかそれが彼の耳に留まったのだ。外の景色と音楽が互いを協調し合っている。遠くから時間をかけて自分の目にやってくる星々の光。ただ美しく、優雅な光景。しかし、ここでは戦争が本質なので、それが終われば度々穢れてしまう。残光の形、スペースデブリの発生。
「もしこれが戦闘配備中なら、そんなにゆったりとはしていられなかっただろうな?」
「あっ…大佐」
まるで現実世界でサイコグラフィックスモニターを通じてこちらの世界に入る時の、自分の体勢と同じ格好で寝転がっていた、アレン。そこへ急に第一艦隊の参謀を勤めるサイクス大佐がやってきた。にやりと笑みを浮かべながら。
「お、ボレロか。中々趣味が良いじゃないか」
「シャッフル再生です」
「…言わなければ撤回しなかったのにな。そうだ、デルタアースのスペックアップのために、今回技術者と検査者が乗艦していること、知ってるな?」
先日の木星奪還作戦において、かつてないほどの戦果を挙げたアレン。試作型戦闘艇デルタアースが彼に渡されてから、その戦果は増大した。戦艦クラスの撃沈やドッグファイト状態での成績。全てを総評しても、機体性能と彼の技量とがマッチしている、と開発者は考えていた。
「話は聞きましたが…」
「お前に会いたがっているぞ。戦闘艇デッキだ」
「了解しました。すぐに行きます」
彼はその場に立ち上がる。テーブルの上に置いてあったリモコンを手に取り、操作をしたところで、サイクスが再び話し始める。
「それから、だが…出来るだけ、隊員たちの精神的な不安を取り除いてやってほしい。これは命令でも何でもない。ただのお願いだ」
別に忘れていた訳ではない。こうゆったりとはしているけど、これから何が起こるのかと考えると、あまり良い気持ちにはならない。戦う道具としか考えていない政府のお偉方よりは、まともに接することができる。でも確かにそうだな…大佐の言うように、自分の部隊の人たちとは、仲良くしていた方が良いだろう。
「…分かりました」
先日の奪還作戦において、彼は木星の衛星を奪還する攻撃部隊の隊長を務めた。彼としては大したことをしていないつもりだったが、必要だと思うところを指示し、状況を把握して次の段階へ早期移行させるその段取りは、兵士たちにとっては非常に高い評価を得ていた。それが上層部にも伝わり、彼は継続して空戦隊長を勤めることになった。彼が陸戦においても高い能力を示しているので、当初の情勢に変化が生じたことは確かである。
戦闘艇デッキ。たとえ戦闘が起こらなくても、この大きなフロアは24時間稼働し続けている。戦艦から出撃できる機体の数はさほど多くはないが、いつでも万全な状態で出撃できるよう、メンテナンスを行っている。
「どうも。お久しぶりですね」
「あぁ…どうも、こんにちは」
…確か、この機体を授かった時の技術者だったな。俺が傷付けながら戦闘している、という記録も向こうに送られているんだろうな。
「大尉から見て、何か物足りないと思うところはありますか?」
「今のところは」
戦闘を経験しているとは言っても、機体に関して詳しい訳ではなかった。その点は彼もほぼすべてを技術者に任せている。データは取り続けているようで、彼はとにかく撃墜されて機体を失わないように、というところは気を付けている。被弾すれば性能はガクッと落ちる。ダメージを負ってもいつも通りに動ける、とまでは望んでいなかった。
「今までの戦い方や、武器の使い方から見ると、あまり接近戦は好かないように見えます」
「ですね。飛んでいる間は、追われたくないものです」
「やはり、ブラスター砲の射程調整をする必要がありそうですね」
「出力調整出来る現状の機能は良いと思います」
「それはありがたい!」
恐らく今後はこういった形で、色々と微調整していくんだろうな。より使いやすくなるのはありがたいことだが…その分期待に応える必要がある。いつ俺が撃墜されるか分からないのに、この人たちはよくここまで働き続けるな。
当面の目標は…奴だな。あのギニアスという男が一体どういう人物なのか…俺には詳しいところは分からないが、要注意だ。奴が戦場に出てくれば、間違いなく味方に被害が拡大する。今後見つけたら、すぐに対処しなければ。
…黒い機体に、赤色のコックピット…。
技術者との話し合いは十数分ほどで終了し、機体の微調整がすぐに行われることになった。操作性の向上、武装強化、機体にかかる負担の軽減試案など。その後で、彼は戦闘艇のパイロットたちが使うラウンジなどを回り始めた。
「あ、大尉!お疲れ様です!!」
「お疲れ様」
軽食ラウンジには、いつも決まって人がいる。パイロットたちも同様で、彼はサンドイッチを食べながらポーカーを楽しむ3人に遭遇した。皆元気そうに敬礼をする。いずれも、第七艦隊時代の生き残ったパイロットである。
「どうです?大尉も一緒にやりますか?」
「やりましょやりましょ!!」
「どれ、1ゲームだけ…」
「おおおぉぉ!!」
何をそんなに喜ぶことがあるだろう…と思いながらも、1ゲーム。結果はフルハウスで俺の勝ちだった。勝ち逃げずるいっす!と言われても、勝ちは変わらないのさ。
こうして気を楽にしているNPCもいれば、そうでない人も当然いる。やはりこれからのことが心配なのだろう。
「君は、確か…」
「た、アレン大尉!お疲れ様です!新兵のジムです」
「そうか、新兵だったな」
そこは軽食ラウンジではなく、一般の兵士たちがよく通る詰所の通りであった。アレンは上官にあたるため、自室を持っている。しかし彼らはそのような贅沢をすることが出来ない。艦内でもやや薄暗いところで、空気も何となく重く感じられた。新兵である彼にとっては、ここに上官がいるだけでも驚きであった。
「大尉のご活躍は伺っております」
「なんだか恥ずかしいな、その言い様」
「い、いえ!大尉のように活躍したいと、思っております!」
「ありがとう。だが、俺を真似する必要は無いさ。ジム君のままで、いればいい」
どういうことだろう、と言葉に出さなくともそう言っているような表情をするジムに対し、彼は話し始める。アレンは、元々軍人志望ではなかった。PK集団に襲われ、商会を失い、治安部隊に身柄を拘束される危険性が生じなければ、ここにはいなかったのかもしれない。
「はじめの戦闘は、ゲームに似合わないほど慌てるし、怖いものだった。活躍しようと思う気持ちは大切だが、まずは生き残って欲しい。そうすることで…」
…この人にも、分かっているだろう。NPCは死亡すれば、二度と還って来られない。その事実に変わりようはない。だからこそ、無理してほしくはない。…と言おうと思ったが、俺は言わなかった。事実だとしても、プレイヤーとの区別は出来るだけしたくない。
それからも、二人は暫く話し続けた。恐らくここまで長く深く濃く話が出来る環境は中々整わないだろう、とジムは思い様々な話を持ちかけた。アレンも自然と話に入り込んでいき、自分の過去を懐かしく思いながら、振り返った。そう遠くはない過去のはずなのに、懐かしく思える。
「戦場では、出来るだけサポートする。何とかついてきて欲しい」
「努力します!」
そこで話は終わり、再びアレンは別の場所に向かって歩き始めた。見えなくなりつつある上官の背中を見て、ジムは安心感の詰まった、ホッとした一息をつく。一方、彼は歩きながら考えていた。
「俺、上官やれているだろうか?」
Space Fantasy Game
第47話 -静かなる、期待と不安-




