第9回
…けれど、結局私は、甘えたんだ。
永倉の話す、自分の過去。その内容は彼にとってはあまりに衝撃的で、恐らく彼以外の誰かが聞いたとしても、驚愕の色を拭うことは出来ないだろう。人身売買を幾度も経験し、激しい虐待から極度の放置など、その両極端を経験した彼女にとって、もはや日常は無に等しかった。そのような酷いことが起こるのが当たり前で、それが彼女にとっての普通なのだと、彼女の精神はそう決めつけていた。彼女もそれを定着させようとした。
しかし、その一件で自分が怒りの感情を相手にぶつけていることを知ると、途端に惨めな気持ちにもなった。その一件が無ければ、先生と同級生に発見されることも、生活状態が思わしくないことが発覚することも、無かったのだから。学校は当然この件を外部機関に通報し、協力を依頼した。警察にも知られたが、マスコミ対策だけはしっかりしてきた、という。
体はもう、ボロボロ。骨も何本も折れてたし、お腹だって傷付いた。沢山血も流れた。それでも、私を助けてくれた人は、私を死なせないように、看病してくれた…。それから先、児童保護相談支援所の担当職員に引き取られた。当然、私は学校も変えた。私を選んだのは、都会じゃなくて田舎…ここよりは栄えてたかもしれないけどね?
「しかし、中学三年と言えば受験が…」
「うん…そうなの。私、本来目指してた受験校を変えた…気力も体力も、何もかも無かった私を、ずっと必死に育ててくれた、何人目かも分からない親がいる。あんな状態だから、当然転校しても中学校にはあまり顔出せなくて、保健室に登校する機会が多かった。…クラスに行ったら、またいじめられるって、思ったから…」
「…それで…?」
「そこで初めて会ったの。絢音っていう、友達に」
「…絢音さん?」
私の事情を知らないのに、私が普段教室に来られないことを知った絢音は、毎日保健室に顔を出していたみたいなんだ。私がいない時も…。
「…えっ…?」
「そう。貴方のためにね?」
「…私の、ため…?」
「毎日受験で忙しいのに、この件になると絶対譲らないの。良い人だと、私は思うわ。将来が楽しみになっちゃう」
「…なんで、私のために…?」
手元でペンを持って作業を続けていた保健室の先生が、回転椅子の方向を変えて、体の正面をベッドで横になる彼女に向けた。ふうっと一つ息を整えた先生は、彼女に言った。
「“友莉さんが心配…というよりも、友莉さんと、お友達になりたいんです”…それが、彼女の言葉よ」
…今でも覚えてる。それを聞いた時…いてもたってもいられなくなったんだ。たったその一言を、あの先生が伝えてくれて…小さい子みたいに、その場でいっぱい泣いた。おさえようとしても、ずっと泣いた。感情欠落って医者に言われた私が、信じられないほど泣き続けてた。そこから、だね。見方を変えたのは…私にも、こんな私でも、見てくれる人はいる…それに応えるのも、いつか私がしなくちゃいけないことなんだって。
「…優しいな、永倉さんの友人は」
「ありがと。今もね、絢音とは連絡取ってるんだ。電話とかでっ」
彼女の頬を流れる涙を見て、彼は思った。ここまで過酷な現実を見せられた彼女を救ってあげた絢音さんという人は、いったいどういう人なのだろうか、と。そして、もしこの時、永倉さんがSFGの存在を知って、味わったことのないもう一人を演じることが出来たら、彼女をどれほど楽しませることが出来るだろうか、と。
「永倉さんには大切な仲間がいる。彼らを信じると、良いよ」
「…うん。零治君も…含めて、ね」
「え、俺?」
「…うん」
別に、そうしろと頼まれた訳でもなく、誰かのささやきがあった訳でもない。俺たちはいつの間に、いや…自然に、お互いの手を握っていた。その意識が現実に強く見せつけられた時でも、俺たちは握っていたままだった。なんだろう、なんかこうしているのが良い、みたいな…そう思うんだ。直感だろうか。よくは分からないけど。
人のことを言える立場かどうかなんて、俺には分からない。俺もそれなりに辛いと思ったことはあるし、当然永倉さんもそうだろう。自分が自分でなくなることへの恐怖を忘れて、ただの器になった自分を無意識に演じ続ける…そんな状態が続いていいはずがない。学校にいる時のように、笑顔で、元気で話したり、遊んだりすることが出来るのは、間違いなく永倉さんの周りで助けてくれた人たちだ。その人たちがいたから、永倉さんは今ここにいる。高校生になっている。ダメージは大きくても、その人たちを後押しに、動き続けてる…。
…良いな。良い。
歯車にも、生まれるものかな…そういった、希望というものが。
「今日は…ありがとうね」
「いやいや。俺は何もしてない。こちらこそ、ありがとう」
「私も、何もしてないよっ。同じだね、なんだか」
そうして笑顔を見せあった二人。そして靴を履き終えた彼は、玄関から離れていく。歩き始め靴が地面を蹴る音が小さく鳴り始めた時、再び彼女の声がそれを通り抜けて傍に聞こえた。
「またねっ零治!」
「…あぁ。またな、友莉」
この日を境に、この二人は今までの学校生活では生まれなかった、新しい関係に包まれることになる。彼女を助けてくれた人がいたように、彼を助けてくれた人がいたように、お互いを支え合うことが出来る、そういった可能性を心の奥底に希望と共に秘め、それを持ち続けることにした。人の中から発する、温かな心。その温かな心を持つ者同士が、お互いを繋ぎ合うのだ。
「…今日は、よく眠れそうだ」
…明日からは、忙しくなる。SFGのほうで。
もし、彼女に呼ばれていなければ、今日は何をしていただろうか。そのようなことを考えても、架空の物語にしかならない。では、SFGで架空を生きる自分とは、何だろうか。もう一つの体という認識を持ち続け、もう一つの世界を行き来することが出来ると解釈する彼の魂は、何を求めていただろうか。
…この、荒んだゲームの中で。
…。
―状況は、変化する。
「過ちを気に病むことは無い」
「一度の負けは一度の勝利で補えば、良い」
―渦中の中で引き起こされる、新たな作戦。
「101、アレン機出ます!」
「ギニアス機発進!射出しろ!!」
―真実を知った者たちの、帯同。
「事実だとしても、構うな!」
「良いように利用してやればいいんだよ!機械なんてなぁ!!」
―露呈する、感情。
「…なめるなよ、プレイヤーどもが…!!」
「仕方ないじゃないですか…俺たちだって好きでやってる訳じゃないんです!」
…そして、時は新たな悲劇を描く。
『貴方を倒す。そうしなければ私が死ぬ…!!』
『…誰でも良い!!止めてくれ!!!』
Space Fantasy Game [Next]
第4章 「NPCたちの戦い」
…。




