第7回
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この時の行動が、後々自分たちのもとへ帰ってくることなど、彼らは知りようがない。この時の記憶が、後々まで色あせることなく、鮮やかに残ることもなく、ただその姿のみはっきりと異彩を放たずに残り続けることなど、彼らは知りようもない。激しく後悔をする時か、酷く悲しむ時か。それでも、気持ちを受け取り、それを持ち続けた者は、最後にこの時を思い出す。
人は変わる。
現象一つで、どうにも変えられる。
外からの刺激によって、内なるものを変化させられる。
彼らが、そう望まなくても。
「ごめんなさい、急に呼び出して。しかもこんな時間に…」
「構わない。すること無かったんだ」
「あのゲームは?大丈夫…?」
「気にしなくていいよ。今は忙しくないから」
これが後一日ずれていたら、彼は彼女に連絡をすることさえしなかっただろう。SFGの世界観に、その本質の渦中にいる彼にとって、ゲームでさえ余裕を奪われる事ばかりであったのだから。
彼女の希望に応じ、彼は彼女の家までやってきた。ドアを開ける静かな音、緩やかな動作と共に出てきた彼女、永倉友莉は、顔が明らかにわかるほど荒れていた。外傷というような類ではない。その要因が彼にはすぐに分かった。どうぞ、という声と共に決して大きくはない家の中に入っていく。夜になると雲の切れ間から月明かりが見える。静かな空間だった。
「…私、前にたぶん零治君に聞いたことあるよね、たぶん、あると思うんだ。過去の話を思い出しちゃった時、零治君はどうするって」
「そうだな。そういう話もあった。あの時永倉さんは俺が言う前に、俺に詫びたんだよ」
「そういえば、そうだったね。焦っちゃって…」
確かに、俺も色々昔あった。親離れしたのも、昔に遭ったことが原因だろう。それを今も思い出す時がある。
「…うん。それで…?」
そうだな…昔のことを話せば長くなる。そこは省略しようかな、とは思うが、んー…。
「待って、零治君。…もし、零治君がいいなら、聞かせてほしい…」
「え?」
「零治君の話…駄目かな」
「…いいけど、長いぞ?」
「大丈夫…」
そうして、彼は口を開けて話し始めた。既にこの時から、彼女にとって彼の言葉はずっしりとした重みがあった。彼がそう表現している訳でもないだろうに、彼女にとってはそう思えた。それが、彼が今まで何らかの理由で背負ってきたもの。振り払ってきたもの。
彼女は、彼そのものを、知りたかった。
思い出したくない過去の一つや二つ、誰にでもある。だけど、俺からすれば過去は過去だ。起きてしまったものは、変えようがない。俺たちには過去をやり直すような力も技術も、無いからね。だからといって、過去を受け入れろ、と言ってる訳じゃないんだ。過去は過去のまま…あったこととして、留めておけば良い。それが正しいかどうかなんて誰が決める訳でもないし、誰に分かることでもない。
…だけど、俺はそうした。普通に戻るために。
「…普通に、戻るために…?」
…。
「よーし零治!今日は競馬ゲームだぜ!!」
「よし乗った!ガッツリコイン頂くぞ!」
「言ってろ、させるかってんだ!」
あれは中学の話になる。二年の時だ。その頃は野球部に入ってて、毎日毎日朝と夕方から、練習してた時期だ。うちの中学は近隣相手じゃ負けなしで、良いプレイヤーも集まってる。周りからすれば、俺もそのうちの一人と思われていたんだと、思う。思いたい。充実していればいい、とは思ったけど、そう上手くはいかないものだよね。
野球部の中には、今でいうヤンキーみたいなやつもいた。野球はかなり上手かったし、俺も最初は良い奴らだと思ってたんだが、そうではなかった。よく練習はサボる。それでも上手だっていう理由で、メンバーの主力だった訳だ。同じチームメイトとして、俺も関わってた。たぶん、今思えば放っておけばあんなことにはならなかったんだ、と俺は思う。そう思いたい。
「…」
その奴らは事情ありの、昔の族集団の一味だった。学校や部活ではその一面を隠してたが、俺の前では堂々としていた。俺に何を求めてたのかは、大体想像がつく。簡単なことだろうね。信頼させるために自らを主張し、受け入れてもらう。そうした後で次は、自分の本性を理解してもらう。そうしてようやく本当の友人関係というものが出来上がる…俺はそう思った。奴らが素性を俺に明かしていき、俺もそれを受け入れていった。
だけど、それは間違いだ。ある時、そう言われた。毎日俺が部活で疲れ切っている体に、そう訴えてきた友人がいる。
「…普通になれ。あれと手を切り、普通になるんだ。それが自分のためだろう。その手が汚れる前に…!」
「そんな簡単に、出来る…だろうか」
「やらなくては駄目なんだ。頼む、零治…!」
優二、と言った、友達がいた。俺に忠告してくれた友達だ。優二は奴らが族であることを知り、俺を止めにかかった。これ以上奴らと関われば、今度はお前が族の一員になるって、ね。とにかく俺は疲れ切ってた、と自分でも思える。何か揺さぶるものがあれば、それに縋り付くくらいね。だけど、毎日そうやって生活することが、俺にとっての普通だったから。だから、奴らと関わることで、俺は普通でない生活を送ることが出来る。
…強制された異質な生活を、優二は許さなかった。そんな優二の行動を、奴らは許さなかった。
「戻って来いよ、俺たちのところに。この間みたいに、またゲーセン行って飯食って夜も遊んで…のほうが、楽しいだろ?」
「…ん?」
「…ふぅ。まだ校内にいたか。零治、担任が呼んでたぞ。ペンを持って来いって」
そんなことがあったんだけど、実際は誰も呼んでなかった。俺と奴らを引き離すための、優二の策だった。それ自体が、奴らにとっては腹立たしいことだった。だから、あんな事件に発展したんだ。
「事件…?」
…そう。中学校じゃ、よくあるかもしれない。暴力沙汰だ。
「この野郎ぉおう!!」
「やめろ何してるんだ!!」
「お前が戻って来ないってんなら…みんな巻き込むぞ!!お前も他の奴らも、後悔すると思うぜ…俺たちを敵に回してな!!」
俺は、優二に言われた頃から、自然と奴らとの距離感を掴んでいた。最初は程よいくらいだと思ってたが、それさえ奴らには受け入れられなかった。奴らに事情があって族になったのだ、と分かってたとしても、変わらない関わり方は出来なかっただろう。優二も俺も奴らに襲撃されて…学校中が大騒ぎになった。あれが起きてようやく、俺は気付いた。
俺が今まで普通だと思って接してきた奴らは、俺にとっては特別だった。異質だった。異端だった。いつの間にか俺は普通とはかけ離れたところにいた。そして、優二に言われて、俺は普通に戻ろうとしてたんだ、と。いや違うな…戻ろうとしてたんじゃなく、普通になろうとしてた。
「…っ…」
「俺たち、なんにもしてなかったら、いい奴なんだってさ」
「ん?どういうこと?零治」
「俺たちに、特別なことは必要ないって。ただ毎日普通に過ごせばいい。特別を求めれば、必ず悪いものに触れるって」
暴力沙汰は何度も起こり、結果的には、奴らはあの中学からいなくなった。教育委員会が動き出して、強制的に他県へ転校させることが決定した。俺が納得できなかったのは、俺を庇って怪我を負った優二が、同じ処分を受けたことだ。俺だけが、残された。あの時俺は優二に守られた、と言える。だけど…結局、何もしてやれなかった。そのまま俺たちは別れ、今も会ってない。もう二年も前の話。あっという間だったような、あまりに長かったような、そんな気もする。
それから、俺が族の集団と関わりがあることが、中学校全体に知れ渡った。当然、そんな奴と関わろうと思う人なんて、いないだろう。家族でさえ、そうだった。
普通に戻るために、本来あるべきだった、普通を俺は失った。俺自身の行いのせいで。取り返しのつかないことを、経験した。
「…零治君…」
「そのおかげで、両親とは離別した。児童生徒相談支援所の保護観察対象となって、しばらくは全く知らない人を、親にした。違和感だらけだったよ。本当はこうなること、無かったはずだった。けど、結局は普通を取り戻したんだと思う。保護観察の期限が切れる直前、俺は田舎の学校に進学を決めた。もう、都会の狭苦しい生活には飽きた。普通を手に入れた俺を見直そうって、ここに来たんだ」
この話は、彼に対する態度を彼女が変えるキッカケとなった。悪い意味ではなく、もっと別の大きな意味に。彼がどのようなことを今まで経験してきたのか、それは彼女も知りたいと思っていた。そんな過去があると知った時、彼女にはある一つの思いが生まれた。気になるところは、沢山ある。でも、こんな暗い話を通じても、何か親近感に近いものを得てしまう。それは疑いようもなく、彼女も彼と似たような経験をしているからであった。
「…そういう点では、私も似てる、のかな…」
「ん…?」
「零治君も、知ってるんだね。親を失うって、こと」
「…あぁ、まぁな」
「零治君のその話を聞いて…私、思った。私だけじゃない、辛い思いをしてるのは、他にも大勢いるんだって」
「本当は、そんなこと思ってほしくないんだけどな。そういう状況になってほしくも、ない」
「…、そうだね。本当なら、それが良かった…」
下を向いていた彼が、次の瞬間ゆっくりと彼女の方を見る。何だろう、と彼女は暗い顔をしながら疑問をその表情に付け加えた。彼は一回、深呼吸をして、彼女を見て話す。
「…あの時、永倉さんは、役に立ったら、と言った。今かどうかは分からない。けど…少しでも、永倉さんは重荷を軽くすることが必要だと、俺は思う」
「…」
目に涙を浮かばせながら、彼女はその閉ざされた錘のような口を、自らの意思で開いた。
「…本当は、信じるのを、やめたかった」
Space Fantasy Game
番外章 「真実」 第7回




