第6回
でも、何に無理をする必要があるんだ…?
何が永倉さんをそうさせているんだ。何が起きているんだろうか。考えても…考えただけでは、答えなんて見つからない。
妙だな…俺自身が知りたがっている。だけどこれは興味からなのか?もっと別な、そう別な…難しい話だ。
他の人が同じように彼女を見たとしても、彼女が作り笑いをしていると思ったかもしれない。彼としては、彼女がそのような表情を見せる人だとは、思っていなかった。しかし、ここ最近感じていた違和感のような感覚は、彼女に対しハッキリと向かっていた。彼女の中で何らかの軸がぶれ始めたのか。そんなことを考える彼であったが、自分から何かできるとは考えていなかった。だが、冷静に考えてみれば、色々と見えてくるものはあるかもしれない。それが、今彼が右手で持っている一枚のメモだったのかもしれない。
その後、彼女はその場を離れ、歩いて去っていく。最後に笑顔を見せ、背中を見せ、遠くまで行った。彼女の視野は届かず、音も伝わらない空間が互いに割り込んだ時、彼は静かにため息をついた。やや訪れていた心身の動揺が、そこで少しだけ収まる。自分でさえ何を考えているのかが分からない、そんな状況になりそうであった。SFGをプレイしていても、自分の目的を疑うことは無い訳ではない。それと似たように。
彼女は家に辿り着くと、静かに家の鍵を閉め、少しだけ散らかったものを整理して、ソファーに座りこんだ。そしてソファーの端に頭を寝かせるようにして横になり、携帯を机の上に置いた。
「…余計、だったかな」
目にあるものが溜まる感触を、彼女は思い出した。だが、あの時とは違う感触、環境であった。自分が受けてきたことに対してではなく、誰かを考えるうえで生まれた感触であった。しかし彼女は今も理解できていなかった。いや、別の表現では認めていなかった、と言うべきなのかもしれない。机に置いた携帯を、今度は自分の手で握り締め、そのまま暗闇が誘う空間の中へ、その身を赦していく。
…。
「…どうするつもりだ」
「どうって、あのままにしておく訳にもいかない…でしょう?」
「元はと言えば君があの子を…いや、それは言うべきではなかったな」
「…次こそは、と彼女に期待してもらうしか…ないわよ…」
「期待、か…とにかく、次の宛を探そう。荷造りはあの子が学校に行ってる間に、済ませれば良い」
「また、お金に変わるのね…」
また、私の傍から離れていくの?離れちゃうの?…今度こそ、今度こそって思って、今回は、私も期待したのに。また、私を捨てるの?
ねぇ、どうして?
どうして皆、私を見捨てるの?
「いえ、かえってそういった事情を経験済みでしたら、双方にとってあまり気に病むことでもないでしょう。確かに、突然親と袂を分かてば混乱は大きい。しかし彼女は既に経験済み。彼女の精神は、それを分かり切っているでしょう」
「…そう、ですね」
…そっか。そうなんだ。
私は、この人たちにとって、必要とされない人だった。
いつでも捨てられる駒だった。
信じた、私がバカだったのかな。
「…その額で、お願いします。無論、内密に…っ!?」
「…友莉!?聞いて、いたの…?」
「…」
…私、どんな顔してたかな。
「友莉、待っ…!」
「…いいのよあなた…!いいのっ、これで…私たちは救われる…」
それが彼女にとって、何回目だったか。もう彼女は考えることさえしなかった。自分が信じた人が、またこうして自分から離れていく。今度こそは、安定して豊かな生活を送れる。そう思ってたのに、いとも簡単に崩れ落ちた。儚い夢物語であった。
はじめは、悔しかった。どうして私だけこんな目に遭うんだろうって、思った。でも…もういいんだ。こんな生活、これが私なんだ。
「これが、本当の貴方。本当の私…」
鏡を見ても、何も帰ってこなかった。その視線の先に映し出される少女の顔は、何も表していなかった。
…私は、私でいられなかった。私を見つけられなかった。
「…私、は…っ」
無情にも時計の針が鳴り響く。いつもよりうるさく感じるその音は、周りの真っ暗な空間に一際目立つ存在として、彼女の脳内を刺激していた。室内の暗さに目が慣れ少しずつ視界が開けていくと、そこが自分の部屋であるという認識が蘇った。そしてこうなった原因も、数時間前の記憶として思い出していく。ソファーに横になり、決して楽とは言えない体勢の中、携帯をギュッと握りしめていた、その手の力を緩める。
携帯が、ソファーに寝転がる。
「…お願い」
明日から、また忙しくなる。明日はどうせ何もすることがない。昼からログインして、夜の遠征に備えるか。それにしても…いや、まぁ仕方ないか。
夜の20時を過ぎた頃。今日は一回もSFGにログインしていない彼だったが、既に頭の中は明日以降のことを考え始めている。お盆期間ではあるが、土星宙域への侵攻作戦が開始されるからだ。先日の立場からしても、また階級からしても、彼は間違いなくこの作戦の中心人物になる。それは彼としても理解していたが、正直動かすより動かされる方が、彼にとっては楽だった。
「あ、そうだ。連絡してみるか」
もし世間で、友人に連絡してみて、と言われ電話番号を渡された時、何人の人がそれに応えるだろうか。最近では電話などしなくとも、チャット機能が多く流入していて、電話番号を交換するといった、昔ならではの行為も意識されなくなった。昔、と言ってしまうあたりが、それを物語っていたであろう。デスクの上に置いてあった紙を手に取り、その電話番号を携帯に打ち込み始める。
…確かに、俺としても便利だと思う。俺らはそんなに家が遠い訳でもなく、お互いの生活や勉強を支えるにはそれなりに適してる環境だと、思う。
彼女が求めていたのは、彼が考えていた内容ではなかった。それを、彼は知ることになる。
「…もしもし?相坂、ですが…」
「れ、零治君!?こ、こんばんわ!」
「まるで自分が番号教えたのを忘れたかのような反応だね」
「いやあの、こんなに早く来るとは、思ってなかったから…びっくり」
正直、彼女はここまで真面目に電話をかけてくることなど、期待していなかった。それが今の彼女の反応に表れている。もし彼女が彼をある程度理解しているのなら、彼は彼が必要とした時に、私を呼び出す。今日はどうなのか、と頭の中で思考を巡らせる。
「貰ったものはな。さて、これが俺の番号だから、良ければ登録をね」
「うん、もちろん」
…電話越しにでも、分かる。どうして永倉はそう、悲しげに話す?
声だって学校にいる時とは違うだろうし、それに裏では緊張しているようにも思える。
…確かめよう、か。
「永倉さん。先日…というか昨日か。公園で会った時に思ったんだが…」
「何かな?」
「何か、困ったことでもあった?君の目や動きには、そういったものが見られた…ように、俺には思える。それに今のこの会話もそうだ。他の人も、そんな永倉さんを見たら何か気にするところがあるんじゃないだろうか」
…直後、静寂が二人を包んだ。彼は内心で何か不味いことを言った、と十数秒前の自分を振り返ったが、そうではなかった。少し時間が経つと、会話とは違う声が聞こえてきた。しかし、そのか細く弱々しい声は、普段彼が知っている彼女の声とは、全く違った。様子がおかしい、という話ではない。その声、状態こそが、電話越しに伝えられる彼女の主張だった。
「…相談、したい」
Space Fantasy Game
番外章 「真実」 第6回




