第1回
《やったぜ、もう帰れるや》
《だなー。はーめんどかった》
…声が、聞こえる。
どこからともなく、だがハッキリと、そうハッキリと…。
《よー零治!これからゲーセン行くんだけどよ?》
《そうだよ、おめぇも行こうぜ!ワンゲーム奢ってやるよ》
…聞き覚えがある?
俺の名前を知っている人?
そうだ、そうだろう。どこかで、聞いたことある。
《んだよーったく、つれねぇなぁ》
《また部活かぁ?休んじまえばいいんだよそんなもん》
…これは、俺に向かって話しかけている。
今の俺に?
この状況で考えられる、俺って、どういうことだ?
《おめぇな?そんな真面目になっちまって、もっと肩の力抜けよ?》
《そーのほうが、楽しいぜ。普通じゃなくってな!》
《戻って来いよ、俺たちのところに》
…寒い。何が起こってるんだ。何だっていうんだ。
そうだ、あの時だ。これは、あの時の…なぜ、今になって。
何でも、良いだろう。
なぜ奴らから必要とされなきゃならないんだ。
そんな奴らのために、俺は毎日を削った訳じゃない。
《…、…ぉおう!!》
《…覚…がれ、…ぁぁあああ!!》
《…んな、巻き…、やるっ……おま…、悔すると…》
…普通、だって…?
「っ…!!」
真っ暗闇な空間。真正面には勉強や作業に使うデスク、その下のスペースには高性能のパソコンが置いてある。電気の消えたテレビには、自分が横たわる姿がハッキリと反射していた。反対側を向けば、何もない白い壁ばかりが見えてくる。
「…」
…寒い。
この時期にはあり得ないと言っていい言葉が、思わず彼の口から吐き出された。誰かが、何かが抵抗した訳ではない。まるで喉の渇きを訴えた人間の体が、吸い込むように水分を吸収するような流れ、何にも干渉されず、邪魔されずに、それとは逆の動作を行った。そして、気付く。この冷えた空気の原因が、自分の体から発せられたものであることを。額も、脇も、背中も腰も、ハッキリと分かる冷たい感覚に嫌気よりも先に驚きが生まれた。何をしていたら、そんな状態になるのか、と。
「ひ、冷や汗…??」
とにかくも、彼はその場から立ち上がった。まだ周りは真っ暗。ただ、上を見れば何となく、彼には電灯の残り火のように、残光が見つめているように見えてしまった。それにさえどことなく不思議なものを感じる彼。とにかくも立ち上がった彼は、何かをする訳ではなく、ただ窓のそばに行って、また止める。
…夢、なのか。
ちょっと、その時は信じられなかった。あんな夢、久々に見たからだ。確かにあれは…あの時、そう中学校の時の話だ。でも、なぜ今頃?夢ってのはある時突然過去を遡るものなのだろうか。
俺にとっては、あまり…そうだな、あまり……。
8月9日。
ゲームの世界は、また落ち着きを見せた。それでも、彼らの戦争が終わった訳ではない。戦いは、まだ続く。これまでも、そしてこれからも。遠い空に飛行機雲を奏でるあの幾つもの編隊が、もし自分たちであったとしたら。この国の防衛任務を任されるという仕事を背負って、自分たちが今経験しているもう一人の自分と比較した時、どうなるのか。考えたところで、彼の中に結果は生まれない。彼は、現実と仮想とで、二人いるのだから。
「…なんて怠い一日だ」
彼の今の心情をまるで現実世界に投影したかのように、今日の町は雨模様だった。厚く黒いカーテンから休むことなく落ち続ける水滴を見つめれば、それが地面に落ちて無残に四散する様子を見て、彼は溜息をつく。今日は何もしたくない。本当は買い物に出かける予定だったが、その気力が彼にはあまりなかった。結局妙な夢を見てから彼は眠れず、現在9時に至る。
そんな時、突然彼の携帯が鳴り始める。全く特徴もない黒電話の音だったが、今の彼にはうるさいの一言だった。そして、携帯を見てその電話主を見るなり、何が起きたんだ、と思うばかりであった。
「よーう零治、おっはようさん」
「あー…おはよ」
当然テツには零治の事情など分かるはずもなかったが、この時声色を聞いてすぐに彼が疲れている、と判断することが出来た。そこから、またゲーム内で何かあったんだろうか、とテツは心の中で思っていた。聞くことはしなかったが。そんなことよりテツには絶対に伝えなくてはならないことがあった。
「零治明日のこと!悪いな急に!!」
「あっ」
おそらくテツが何も話してくれなければ、彼はこのまま忘れていただろう。前に永倉に会った時、彼は重倉の予定が空くのが8月の10日くらいだろうと聞いていたのを、この瞬間に思い出した。テツが明日のこと、と自信に満ち溢れた声で言うが、明日何かすることを、彼は今日聞いた。10日くらいだろう、という予測を立てていても、明日何かするとは思いもしなかったのだ。
「あ、明日か!」
「ハルのやつも今日には落ち着くらしいからな、明日行っちゃおうぜ!」
「あー、一様聞くけどどこに?」
「無論、海さ!!!」
…ということで、俺の明日の予定は決まった。朝早くに電車でここから何十キロも離れたところにある海に行くそうだ。海、か…なんだか、久々な気がするな。少なくともこの辺りに海はないし、プールって言ってもね。テツが時間を指定してきた、なんと朝の7時出発。これは疲れるなー…。
「分かったよ。必要なものは?」
「十分なお金とまぁ水着ってところだろうな。キメて来いよー?」
「いらんいらんっ」
彼の性分にはそういうのは無かっただろう。とにかく電話越しに楽しそうに話すテツの声を聴いて、少しホッとしている自分がいることに、彼自身がその場で気付いていた。先程まで感じていた嫌なくらいの感覚、気持ちは徐々に薄まりつつあった。それでも、体が怠いことに変わりはないのだが。
予定、時間、持ち物…必要な情報はすべて確認できたので、電話は終了した。四人で海、彼にとっては久々に「夏休みらしい」行事、と言えるのかもしれない。かつて自分が経験した夏休みとは、違った期間を過ごせるのかもしれない。SFGというタイトルに縛られない、休日の過ごし方。
彼は面倒にならないうちに、近くの店に出向き必要なものを購入した。雨が降り続く。今日はこれ以上家から出ることは無いだろう。そう落胆しながら、彼は再び家に戻った。
「…」
《分かってるだろ、零治…あれは危険なんだ》
《いや、だけど…》
《目を覚ませ!お前の一生はこんなとこで狂ってはいけないんだ…!》
《じ、じゃぁどうすればいい》
…普通になれ。あれと手を切り、普通になるんだ。それが自分のためだろう。その手が汚れる前に…!
「…駄目だな」
一人でいる時間が、なぜこんなにも締め付けられている、と感じるのだろう。今までそんなことは無かった。つい昨日までは、そんなに激しく圧力をかけられることも無かった。たまに、思い出すことはあっても、夢中になるものが目の前にあった時、それは忘れられようとしていた。いや、忘れることが出来ていた。
ソファーも兼ねるベッドの上に、アレンはパタッと倒れこんだ。買い物袋を片付けもせず、背中を冷たい白い壁にくっつけ、上を見た。何もない。何も見えない。
そうだよな、俺がここまで来た目的だって…あれは…。
Space Fantasy Game
番外章 「真実」




