第42話
彼らに絶望感を与えるのには、その光景は十分すぎるものであった。戦艦の何倍にも相当する巨大な質量をもったそれが、今美しい背景にある青い水の惑星に向かって、突き進み始める。引っ張られるようにして、自らの制御を殺して。
小惑星を地球にぶつけるという、自由度の高すぎるゲームにして、最悪の作戦を決行した帝国軍。その巨体をワープアウトさせることに成功し、そして地球の引力に吸い込まれ始めた。さらに、その勢いを加速させるために、帝国軍は小惑星に核パルスエンジンを設置し、それを動力にして起動させることに成功したのだ。
「アレン少尉!小惑星に火が付きました!」
それは、小惑星ルーナ・ツヴァイの核パルスエンジンが起動したことを言い表す無線連絡であった。次々と帝国軍の猛攻に勢いを封じられる共和国軍。小惑星を内部から爆発するしか、地球への落着を防ぐ方法はない。戦闘艇部隊や艦隊から出撃した強襲揚陸部隊が、何とか内部からの爆破を試みようとルーナ・ツヴァイに接近するが、ことごとく撃墜されていく。帝国軍にとってもこの作戦は命がけのようなもので、成功すれば地球全体にその衝撃を伝えられると共に、自分たちの力を見せつけることができる。帝国軍の思惑が奇妙なものではあったが、最終的な目標は何なのか、ネット上ですらそれはまだ明らかとなっていない。
激戦、いや混戦の最中、ヒース大尉との戦闘の中で、アレンは小惑星の表面に辿り着いた。巨大な岩石を目の前に、そのリアリティにやや驚く。そしてそれが今地球に落ちようというのだから、さらにアレンにとっては信じたくもない光景であった。
…一方。
「ギニアス大佐、こちら本部です。既に勝敗は喫しましたが、いかがいたしましょうか」
「全軍に後退命令を出す。戦いすぎた、犠牲を増やさないうちに撤退を済ませる」
「了解しました。しかし、ヒースの第一波の戦闘が膠着状態にあります。何か強敵とあたったのではないでしょうか」
この時、ヒースと戦っていたのは、帝国軍旗艦にいる彼らが言う通り、強敵とされたアレンであった。ギニアスも戦場に出ているが、今回はまだ一度も遭遇していない。ギニアスにとっても、彼との戦闘が刺激的であったし、他の腕利きとは何か違うものを、感覚的に捉えていた。
「分かった。今向かう。区分は?」
「小惑星表面と思われます。Aフィールド付近」
ギニアスはその方向を本部から受けると、遠くにいた共和国軍の戦闘艇に対しブラスターを発砲し、すぐに転進する。さっと撃ち放ったその一発が、戦闘艇のコックピットに命中してしまうほど、ギニアスの腕は良い。まぐれとは言い難い戦果もあげ続けてきたのである。
核パルスエンジンが起動してから、さらに時間は経過する。近づくことさえ許されない共和国軍の戦闘はもはや限界点に達していた。艦隊司令官たちも後退を検討していた。しかし、そうなれば地球に間違いなく小惑星が落ちる。既に落下コースの計算に取り掛かっていた。
ギニアスが帝国軍の戦闘区分でいうところのAフィールドに到達したとき、既に戦闘は終盤を迎えていたが、その中で、小惑星表面の凹凸を回避しながら、ヒースとアレンが戦っているのを目撃した。ヒースのブラスター砲がアレン機の翼端に命中し、機動力を低下させる。不利な状況にありながらも、アレンは攻撃を避け続け、隙を見てはすぐに反撃する。
地球が、近い。
「このデカブツを…地球に落ちるのを阻止できなかったとは…」
小惑星表面の派手な凹凸に隠れながら、幾度もチャンスをうかがっていたアレン。コックピットから見える後ろの景色、つまり地球の美しい姿を見ても、その時は初めにログインした時のような感動は生まれなかった。あんなに綺麗なのに。こんな大きい物体が今、地球に落ちようとしている。大気圏があっても、この大きさでは消し去ることはできないだろう。地球から攻撃したところで、無駄なのは分かっている。先ほど艦隊が一斉にミサイルを浴びせても、大した影響にはならなかったのだから。
アレンは物陰から出て、瞬時に一発撃ち放つ。苛立ちに操縦桿を握る力も強くなる。そのブラスター砲の無慈悲な描画は空間に一線を描き、同じく物陰から出てきたばかりの標的に命中するかと思われた。そのはずであった。
「ん…?」
突如光の線が向かう先、相手の機体に届く前の空間で大きな爆発が発生した。その勢いはお互いの機体を押し戻した。アレンの機体は背中をやや強めに小惑星表面に衝突させたが、すぐに機体の底部からアンカーを出して小惑星表面にとりついた。大した傷ではないが、既に被弾しているということもあり、あまり無理はできない。
だが、その直後に感じ取った覚えのある感覚から、彼はすぐに視線を右に向けた。黒色に塗装され、赤色に塗装されたコックピットの機体。
「…奴か…!?」
そう、ギニアス。お互いまだ名前も知らない、他の人から見れば好敵手同士であった。アレンが撃ったブラスター砲は、それよりもやや早く撃ったギニアスの、最大出力による一発によって、爆発と共にかき消された。普通、そのような手段を考え付くだろうか。しかし、アレンには他に気を回すような余裕はない。既に被弾しているうえ、あの男がとても強いことは、前回の戦いでよくわかっている。その相手に油断する訳にはいかない。アレンはアンカーを外してすぐ浮き上がり、後退しながら攻撃を回避し続ける。ギニアスはすぐに、アレンが被弾していることに気づき、距離を詰めようとする。だが小惑星表面の凹凸がそれを邪魔する。アレンは表面すれすれを飛行しながら逃げ続ける。普通そのような危険な飛行を続ければ、小惑星の表面に激突しそうなものではあるが、アレンはそうではなかった。彼は、機動力不足の今の機体で、まともに戦えるとは思っていなかった。となれば、ヒースが与えた一撃は彼にとって致命傷といえるほど、状況を左右するものであったのだ。
「こんなものを落として…地球の制圧が目的じゃないのか!?」
「無論、地球は頂く。しかし、それだけでは意味がない。我々が共和国には決してない力を、見せつけるまでは」
表面上、アレンが機体を制御し反転させて、ギニアスの方に一気に攻撃を仕掛ける。何本も飛んでくる光の線をギニアスは小刻みに回避しながら、オープン回線で飛んでくるその男の声に耳を傾けた。
「地球の中立都市には、絶対に攻撃できない。その他を潰したところで、お前たちが手に入れられるのは荒廃する土地だけだぞ」
「中立都市を攻撃できなくても、実質占領してしまえばいい。巨大な地球という星に小さな町がただ一つ。そこに自治政府を設けたところで、何も恐れることはない」
「…まるで、このゲームから共和国のプレイヤーを追い出そうとしている訳だな…!!」
アレンはほぼ停止した状態から、一気に加速をかけた。そしてギニアス機の真下から真後ろに出ようとする。当然ギニアスもそれに対応する訳だが、このときアレンは60㎜バルカンを通過した直後、真後ろに向けて発砲した。無数に浮き始める薬きょうとは別に、実弾がギニアス機の右翼に命中し始め、そこに取り付けてあったブラスター砲を一つ破壊させる。誘爆によって機体もろとも爆発させる、というのがアレンの目的だったが、そこまでうまくはいかなかった。ギニアスの一瞬の判断、ブラスター砲の接合部を取り外し、機体への誘爆を回避したのである。被弾したわりには、彼は冷静すぎた。それがかえってアレンの戦闘意識を高める元にもなったが、そこへヒースも参戦する。2対1、不利な状況である。しかしそこをアレンは、向かってきたヒース機に対して二発撃った。そこまで距離が近いという訳でもなかったが、一直線に貫いたその線は、ヒース機の左翼を完全に破壊した。半飛行不能状態にまで陥る。被弾した状況をギニアスも確認し、一度その場で停止したのち、ヒースの方へ向かった。それを見て、アレンはすぐにその場から離脱する。
「大佐…申し訳ありません」
「気にするな。ここでの役目は終わりだ、帰るぞ」
戦闘はすでに終盤を迎えているが、いまだに戦闘による光は収まるところを知らない。そんな中、被弾して塗装も複数個所はがれたデルタアースが、旗艦ダビーレに帰投する。今回も彼は生き残ることができたし、それなりの戦果を挙げた。システムにはスコアによる報酬が入るのだが、彼は一切喜ばなかった。戦闘艇デッキに戻ると、NPCのクルーから艦橋にいるサイクス大佐が呼んでいる、との報告を受けて、彼は艦橋に入った。
艦橋からも地球は見えるが、そこに一つ見たくないものがある。既に小惑星の表面は温度が上昇し、色を変え始めている。
「戻りました。ご用とお聞きしましたが…?」
「うん、ご苦労だったアレン。いや、本当によく頑張ってくれた…が、あれはどうやら北米大陸のど真ん中に落ちる計算が出た。小惑星が落ちたらどうなるか、なんて俺たちには想像もつかないが、おそらく中立都市であっても、全滅するだろう」
当然、小惑星が落下することによって、被害は甚大なものとなる。これほど大きなものが落着すれば地殻津波が発生し、その影響を受けた地域や都市、大陸ではしばらく太陽を見ることができないだろう。その後、現実であれば寒冷化が進む。ゲームがそこまで忠実に再現するかどうかは、ゲームをプレイしているプレイヤーにも、NPCにも分かっていない。アレンは、思わず拳を机に叩き付けた。もう少し自分たちに力があれば、あれを阻止できるほどの実力があれば、と思わずにはいられなかったのである。彼に責任がある訳ではない。しかし、阻止できなかったのは事実である。
「…言っても仕方ない。そう、呼び出したのはその件もそうだが、お前が空戦で戦った相手のことだ。オープン回線で、我々も確認している」
「…」
「ハッキリとした話ではない。だが戦っての通り、間違いなくエースパイロットだろう?」
「今まで、見たことがありません。自分が強いとは思ってませんが、あれは…」
「…ネットを参考にさせてもらった。帝国サイドの掲示板情報だが…幾多の戦いでとんでもないスコアを叩き出した、ギニアスという大佐がいるそうだ。黒い機体のな」
…ギニアス、大佐。
だとすれば、そいつで間違いないだろうな。黒の機体に、赤いコックピット。目立つとは思えないが、確かに奴の実力は本物だ。俺が追い付きたい、いや抜かしたいと思うレベルで。帝国ばかり有能な人材が集まってるっていうなら、俺たちは何に期待すべきなんだ?
…俺たち自身、しかないのか?
小惑星ルーナ・ツヴァイ、地球へ落下。システムから接続できるゲーム内でのニュースでは、大々的に報じられることになった。共和国、帝国関係なしに。作戦はギニアスの立案から始まり、実行され、そして完遂した。まだ終わらぬ両国との戦いに、新たな歴史を、血にまとった流血の宴を、開かせたのだった。
Space Fantasy Game
―最悪の、殺戮行為―




