第33話
現実に何かあって、そのせいで気が沈んでいるのではないか、と予想する重倉だったが、彼…零治が何かを打ち明けるような男でないことを、同じようにして予想し、期待することはしなかった。自分に話してほしいとは思っていなくとも、何か気が晴れない事情があるのなら、早く解決してくれればいい、彼女はそう思いながら帰り道についた。
揺れる車内に人は殆どいない。見えても数名という程度であった。彼女は空きすぎている座席の窓側に座って、外を眺めた。厚い雲に覆われ、今にも雨粒が落ちてきそうな天気である。
「…そうだね。確かに、彼は難しいかもしれないね…」
7月21日。
この日で前期の授業が全て終了し、一ヶ月ほどの夏休み期間に突入する。毎日朝9時から16時まで拘束されるという期間が一時的に抜け、それを望む者は非常に多い。当然とも言うべきではあるが。
いたって普通の様子である零治に、テンションが極端に上がっているテツ、それを見て笑顔になる永倉や重倉ら。担任の先生が楽観的に「宿題なんか遊びに比べちゃ大したもんじゃない」と生徒たちに言うと、その場は笑いに包まれた。午前で授業と全体式を終えた生徒たちは、午後から自由な時間を送ることになる。それぞれの、夏休みだ。
「零治ー今日からまた復帰するんだろう?」
「あぁ。ある程度準備は整ってるだろうから」
…とりあえずここ三日間くらいは、帝国軍との激しい戦いになりそうだ。別にそれが嫌だって訳でもないし、むしろゲーム感覚で楽しみたいくらいだ。だけど、負けてばかりの俺たちにそんな余裕は、無いのかもしれない。まして、あの事件が表立たない今、どんな状況が発生するかも分からない。
でも、この木星宙域では負ける訳にはいかない。ここを突破されれば、もう共和国軍にまとまった戦力は無くなってしまう。
「んまぁ、期待してるぜ?勝っても負けてもな」
「出来るだけ応えられるように、頑張るよ」
「それじゃー私たち行くからねーまた!!」
「二人とも、またねっ」
重倉と永倉がそれぞれ手を振ると、零治とテツもそれに反応した。実際のところ、この四人で集まる機会が出来そうだという話があるので、そこまで長い間会わないという訳でもなさそうなのだ。それに零治にとっては、同じ地元に住んでいる永倉とは、遭遇率が他の人より高い。大して気にすることも無かった。
「そういやさ、零治よっ」
なんだいきなり。しかも小声で。そんなに周りに聞かれたくない事情でもあるんだろうか。
「正直なところ、あの二人のどっちが好みなんだ?どちらもタイプが違うが、結構周りからの評価は良いんだぜ?」
「なっ…!!」
「はははは!!」
…なんてこと言うんだったく。テツは俺にも手を振って、帰路についた。俺ももう学校にいる用事はない。そうだな…今日は家に帰ったら、すぐにログインするか。この数日間じゃ大したことないだろうし、ある程度準備もしなきゃならん。
俺はこのままだと、いつまでも空戦隊にいることになるんだろうか。そういえばってレベルで気になったけど。
…ログインしてからのこと。
「お、アレンか久々だ」
「いえ、こちらこそ」
ログインしてすぐにデッキにやってきたが、当然NPCたちが作業を続けていた。俺はその場でマルクスさんに会った。今回の戦いは間違いなく戦闘艇も出撃するから覚悟しておけ、というのが伝達事項だった。覚悟は毎回の出撃でするようにしてる。ペナルティは出来るだけ受けたくない。だけど、今度の戦いはヤバそうだ。何せあの第一、第二艦隊が参戦するっていうんだから、帝国軍だって数で負けるだろう。
…この情報を知り得てない限りは。
「どうだい新人から見たら、この戦い勝てそうかい?」
「分かりません。厳しい状況に変わりないと思います」
実際めっちゃあたりまえなことを言ってる、という自覚もある。今まで沢山の領地を奪われて、こっちの上の奴らだって黙っちゃいないだろう。俺だってそろそろ勝ちたいしな。でも個人的に敵を倒していけば、ちゃんと昇進は出来るらしいし、お金も入る。軍やってると使い道に困ってくるんだけど。そういう時は、他の惑星に家でも作るさ。
「敵が我々の包囲網を突破できる策があれば、厄介ですね」
「どうだろーな?あれだけの物量作戦を展開する敵さんなら、もう俺たちの意図が読まれてるかもしれないしな」
「数より、戦闘兵の動かし方が大事になってきますね」
「そうそのとーり!いつも優れた機械より人間の方がミスは多いって聞くからな。結局はプレイヤーやNPC次第ってことだろうよ」
これだけ不利な状況にあると言うのに、あまり深刻にしている人がいないような、なんだかそんな気もするな。そんなに深く考える必要がないってか?でもまぁ軍部の、しかも上の連中はこれ以上負けると進退問題に関わるんだろうな。いくらゲームでもNPCやプレイヤー間の評判はあるだろうし、悪い結果ばかりであれば更迭しなきゃならん時もある。
…兵士でも、同じだろうか?使い物にならない人を軍に残してたって無駄だろう。そうならないように気を付けるべきだが…なんかこう、すっかり型にはまっちまってるな。
いくらサイクスさんに引っこ抜かれたとしても、それは一個人の評価であって全体の判断ではない。俺だってやられてばかりであれば、いずれは外されるだろうな…。
共和国軍の作戦…第一艦隊と第二艦隊、残存する第七艦隊と第八艦隊を糾合した三つの勢力で帝国軍艦隊を包囲し、撃滅させる。消耗を強いることと、数を撃ち減らすことによりダメージを蓄積させ、再び土星宙域や更に奥の惑星の奪還を目指す。この戦術が決まれば、まさにゲーム内部の戦闘でも歴史を残すほどのものとなるだろう。その期待は高まっていた。
あるいは、アレンが気にするような深い不安のようなものは、こういった大部隊で行動を続けることの心理的優位さから、打ち消されているのかもしれない。そういった状況である中、彼は周りの雰囲気とは反するものを持ち続け、それを晴らせずにいた。
太陽系最大の惑星、木星。
巨大な質量を持つこの惑星は、基本的な構造がガスで出来上がっている。この惑星に大陸というものが存在すれば、どれほど広大なものであっただろうか。想像の羽を広げると、人は新たな楽しみを見出し得るのかもしれない。しかし、このゲームでは土星同様、本星に居住区は存在せず、その周りにある衛星に多数のプレイヤーおよびNPCが住む。特に多いのが、比較的暑い気候設定にされている衛星イオと、それに比べ寒い設定にされている衛星エウロパである。地球ほど安全な場所とは言えなくとも、これまでは戦争など気にする必要もない場所であっただろう。
しかし、自然、人は世の中の出来事に関心を抱くものである。もちろんそうでない人もいただろうが、このゲームを始めた人に「好奇心の無い人間」など、基本的にはいない。いたとすれば、なぜこの時間のために8万円ものお金を費やしたのか、と疑いたくなる人がいて当然であろう。木星でログインを続けるプレイヤーたちは、大きく分けて二つに分かれた。一つは、接近する危機に立ち向かおうとする者。もう一つは、他の惑星へ逃げる者。プレイヤーにとって軍事はゲーム権利と報酬を同時に、しかも通常よりも高い割合でもらう機会であり、その点にもゲームの本質効果が見られる。それを売りに人材を集める人もいれば、自ら志願する者もいる。
これはゲームの運営側にしてもやや疑問が残るものであったが、木星宙域ではそうして軍務に協力したり、自衛を整えたりするという動きに富んでいた。NPCの気質がプレイヤーにも影響したのだろうか。詳しいことを公開しない以上、ネットユーザーは様々な憶測を基に意見を交わすのであった。
「第一、第二艦隊あわせても200隻。しかも戦闘空母やミサイル艦があるってんだから、相当な戦力だろうな」
「これだけあれば、苦戦してもらいたいものだ」
いよいよ、戦いの時は迫る。
夏休みに入ってから、三日目。夕方にかけてプレイヤーは大勢ログインし、帝国軍の攻勢を防ぐために配置を整えた。総数220隻にもなる共和国軍の艦隊は、ゲーム始まって以来最大規模の数が一度に集結することになった。が、それは総数で敵と対すのではなく、包囲してその力を如何なく発揮しようというものであった。
「なるほど、トライアングル作戦か…名前だけは、よくいったものだな」
「上手く、いくでしょうか…?」
「んー…」
今回第七艦隊の残存艦艇は、第八艦隊の指揮のもと動くことになる。『トライアングル作戦』とは、文字通り各艦隊が三角形に配置し敵を迎え撃つものである。三つに分散している以上、敵は一度にすべての艦隊を相手にすることが出来ない。そこで交戦が始まったところで、各艦隊は交戦宙域に集結。一気に包囲攻撃しようというものであった。第一、第二艦隊より圧倒的に少ない第七、第八艦隊は、ダミーと呼ばれるレーダー探知反応型偽艦隊を前面に展開し、自分たちが大兵力であるということを見せつけている。
「やれるだけのことは、やってみるさ」
ユラはそう答えたが、内心では既に別の答えが完成済みであった。この時それを彼は口にしなかったが、後に照らし合わせた際、ため息をつくのであった。
「第一艦隊から各艦隊へ。敵艦隊を発見した。総員ただちに戦闘配置へ」
トライアングル、三角形の頂点を担当するのが第七、第八艦隊で、帝国軍から一番遠い位置に配置されている。第一、第二艦隊は数においても非常に大規模な艦隊であるため、必然的に最前線での配置となる。
その最前線で間もなく戦いが起こる。さぁこれからだ、そう兵士たちが心構えをしていた、その時だった。
「ん…?何かがワープアウトしてきます。空間軸の歪みが発生」
「よく観察していろ」
目の前に迫ってきている艦隊の相手に備えようというところ、突然情報士官からの情報でワープアウトを察知した。だが、それからの展開は共和国軍にとってどれほど地獄で逆読みされていたものか、思い知ることになる。
「これは…て、敵です!敵が我が艦隊の左右両翼、有効射程圏内よりわずかに外にワープアウト!!」
「なんだと…!?」
「伏兵…なのか!?」
戦闘が始まる。
いくら敵であろうと、気の利いた良いプレイヤーが一人でもいれば、多少の戦況変化をもたらす可能性がある。
共和国軍のトライアングル作戦は、既に見抜かれていたのだ。
Space Fantasy Game
―不安は、現実へ―




