第32話
「自分でも、分からない」
確かに、人は自分自身の行動や抱いている感情に対し、自分自身が理解し得ぬ瞬間があるだろう。数多く蓄積されていくものであるかどうかは別として、恐らく多くの人がそういった場面に直面すると考えられる。テツが言っていたように、今まさにその瞬間なのかもしれない。それさえも、今の彼女、永倉には分かっていなかった。
家に戻ると彼女は、やらなくてはならないことを頭の中では理解しつつ、体がそれについていかないのを理解していた。日中も何かボーっとすることが多かった今日。特に体調が悪い訳でもない。でも、たまにはこんな一日もあるのか。そう割り切ろうとしていた。
それが出来無さそうだという予測があることも、理解しつつ。
「あー疲れた」
たまには、一日ログインしないで別のことするってのも、良いか。とはいっても、どうせパソコンはつけるんだろうけど。これが当たり前の生活というか、既に習慣になっちゃってるからな…。
そう、昼間にも考えたように…夏休み、ずっとゲームしてる訳にもいかないだろうからな。それが出来ない訳じゃないけど、そればかりというのも、ね。ホントにどこか行くかどうかは分からないけど、でも楽しめるならそれでもいいか。まぁ俺的には、テツが傍にいるだけで、もう楽しそうだが。
「考えることは、沢山あるな。けれど―」
けれど、そう。彼にとって、それを理解していながら、行動には移せないでいた。どうしても体が考えについていかず、実行の二文字を生み出すに至らないのであった。それは現実世界でも、仮想世界でも似たような点がある。現在の彼にとっては、普通とは言えない仮想と現実での事態を知り、そのことが何度も頭の中をよぎる。
もし彼が、保安組織からPK集団の討伐を行っていなければ、ここまであの件に関して思うことは無かっただろう。しかし、自分はPK集団にとっては憎まれているであろう存在である。二度も襲撃され、殺しにかかってきたのだから。しかし、あの時と今とでは状況も異なる。仮想での自由な体が現実の本人を支配するのであれば、仮想だから、ゲームだから、とは言っていられなくなる。つまり、彼にとってこの事の発端と位置付けられている。出来ることなら、解決出来る方法を実行していきたい。とはいっても、ゲームの中の自分はその役に今就くことが出来ない。
もし、あの時こうしていれば。過ぎ去った時間でそう考えるのは、愚かなものであったかもしれない。パラレルワールドを構成するだけの想像力はあっても、それを現実に投影するだけの時間は、既に言葉通り、過ぎ去っていたのだ。
「…やば。買い物いかんと駄目だ」
いやまぁ別にヤバイってことでもないけど、流石に残り3日持つか持たないかの食生活はちょっと心配になるな。という訳で、若干遠い小さなスーパーまで自転車で。暑いからあんま外出たくなかったけど…そう考えるとホントいいもんだ。家は。
…雲も厚いな。雨が来ないと良いが…夜から雨予報なんて、あっただろうか。
「…あ」
「あ、零治じゃん!やっほー」
「やっほーって、どうしてここにいるんだ」
「なーあにその冷たい言い方!」
皆からハルって呼ばれてる女子が、今俺の目の前にいる奴だ。本名は重倉陽菜っていう。なんか珍しい苗字だな…というのが、最初の印象だ。こんなの印象と言えるのかどうかは、まあ置いておこう。それより、確か重倉さん家はこの辺りに無いはずなのだが?
「んまあちょっと、寄りたい時もあるよ」
「…???」
たまに全く意味や目的の読めない発言をする、と周囲の生徒に言われることがある重倉。普段から積極的に話すような仲ではないお互いではあったが、重倉は永倉ととても仲が良いということもあり、重倉のキャラクターそのものは知っていた。だが、この発言にはどうやら自分の家のすぐ近くにあるスーパーよりも、このスーパーは商品の価格帯が若干低いことが関係している。
もっとも、これを彼が知り得たのは、この日よりもかなり後になるのだが。
「いいや、聞かないでおこう」
「最近どうなのさー?」
「突然だな…普通さ。…あ」
そこでほんのわずか、それも一瞬だけ苦い表情を浮かべる彼を、重倉は見逃してはいなかった。だが彼女から彼にその場で何か言うことはしなかった。彼自身、この時頭の中で、時々訪れる過去からの映像の波を、全身に浴びては、また波が引いていったのだから。
「そっかあーじゃぁいいや!」
「んー…?ま、まぁいい、か」
一体何を考えてるのか、ホントに分からない時があるから困るもんだ。大したことじゃないなら、それで良いんだけどね。その後で、俺たちはお互いに何を買うのか実際に見ながら、買い物かごに詰めて会計を済ませた。当然家がこの町にない重倉さんは、電車を使って移動しないといけない。俺は自転車で重倉さんの荷物を運んでいた。「零治分かってるよねーっ?」この一言、とても測れないほどの効力を持ってるぞ。
「なんか、雨降ってきそうね?」
「確かに。重倉さん、遠いんだったよな」
「いや、まーね、ある人の苦労に比べたら、全然だよ」
「…お、おう」
そうにこっ!と笑う重倉さんだが…どーにもよく分からんな。一体何の話だろうか。俺に関わることか…?まあいい、こちらが考えればそれだけ溝にはまってくような、そんな感じにも思える。
小さな駅だが、構内に辿り着いた。俺は改札まではいかず、重倉さんが自転車のかごから荷物を取り出して、またこっちを向いた。
「どうもありがとー!」
「いいえいいえ」
「あ、そうだ零治。たまーに?なんだけどさ」
―たまに、怖い顔してるから、気を付けてね?
その時の彼女の表情は、あるいは真剣そのものであったかもしれない。先ほどまで何か冗談を言い合っていたような、そんな雰囲気を感じさせるものがない素顔のようなものであった。そこまで彼が考えた訳じゃないが、彼が気にしたのは重倉が発した言葉にあった。自覚がない訳ではない。だがそうやって言われることも殆ど無かった。気付かれていたのだろうか。だとすれば、他の人も?彼にはそうした疑問が浮かび上がり、それを媒介に考えが広がっていく。
気付けば改札の奥に、重倉はいた。いつも通りの表情をして、送り出した。彼が瞬間どんな表情をしていたか、見ていたのは重倉でそれを知るのも彼女自身である。
…まさか、ゲーム内でそんなことが起こってるだなんて、言えないしな。重倉さんはあのゲームをプレイしてる訳じゃない。他人を巻き込んで広めるのは、この状況ではよくない。まだ周りがあまり知らない状況だからな。
テツが、情報収集してくれる。だけど、それにも危険が伴う。そんな問題放っておけばいい。どっかでそうやって囁く奴もいるだろうが…けれど、俺もテツも討伐した身として、関係者である現実からは逃れられない。
「…この状況、インダストリアルヘブン社は、どうするつもりなんだろうな」
その後俺は家に戻り、必要なものを片付けて飯を食べ、ゲームにはログインしないでSFGに関する記事とかを見てた。人気タイトルにもなった訳だし、二日に一回ペースでゲーマーズニュースっていう、世に出るゲームの記事を更新をネット上でするところが、SFGの記事を出す。けど…あれの件はまだ出てない。流石にこいつらなら知ってるだろうが、やはり記事には出来ないか。
「ゲームの中でもインタビューか、ホントに変わったもんだな」
別に彼は例の事件に関する記事のみを探していた訳ではない。もちろんそれも探してはいたが、他にも記事は山ほどある。ゲーマーズニュースでなくとも、ユーザーが個人で運営してるサイトやある程度の信憑性のある掲示板を閲覧すれば、ゲームの中の状況はある程度分かる。無論中には憶測混じりのものもあるが、どう処理するか、あるいはどう判断するかは、もとよりユーザー次第であることに変わりはない。オンラインゲームなどに転がるあらゆる情報は、実際に確かめるか嘘と判断するか、全く気付かないか、などはあっても、結局は利用する人たちが決めることである。
だが、彼は掲示板でもあまり良い気のしない、たとえば特定のことに対する誹謗中傷を記載した場所にこそ、あまり人目に付かない情報があることを知っていた。それは彼が今までプレイしたオンラインゲームで、ある程度の確認が出来ている。
『帝国と共和国のバランスおかしすぎ。なんでみんな帝国なん?』
『雑魚に用はねえよ』
『帝国は早ければ来週にも土星制圧だとよ。見てるー?共和国のお偉いさん?』
『指示出しまくって、自分は後方待機って奴ね』
『共和国が帝国に勝つには、まずゲーム権利の高くて指揮が出来るやつが、軍じゃなくて政治を動かすことだな』
彼らは時に正論を叩きつけるが、それが争いの火種になったりもする。この掲示板の更新ページは既に三ケタを超えようとしているが、その中にキャラ名と現在の居場所を故意に教えて、プレイヤー同士決闘をする、だなんて喧嘩もある。
零治は、これらの情報を一週間に数回チェックしている。が、ここまで長く確認することはあまりない。いつもは見たらすぐにログインしているからだ。言い方はよろしくなかったとしても、こういったユーザーの意見が飛び交う掲示板などには、良くも悪くもヒントとなり得るものが多く流れているものなのだと、彼は前に学んでいた。真似をする必要が無かったとしても。
「…政治、をね」
…否定は出来ないだろうな。司令官が嘆いてたけど、結局俺たちの上にいる奴らも、上の指示に従って殆ど行動してるっていう。それが政治家だって言うんだから、どうしたもんか。別に政治が悪いって訳じゃないと思うが、もっと現場でやりくり出来ないものなのか、とは思うね。いや、上の人がそう思ってるだろう。俺は政治に詳しくないから何とも言えないけど…
「木星では、負けられん」
この先、彼やその周りにどのようなことが起こるか。この時点ではまだ、誰も予測しえなかった。そして、この時の彼の気持ちが、後に重大な結果をもたらすことになることを、彼はまだ知らない。
それは、彼にとってこのゲーム最大の衝撃とも呼べるものであった。
Space Fantasy Game
―変化の、現れ―




