第31話
ある意味、これは大きな賭けだったかもしれない。俺たち一般の兵士のもとにも、その作戦案のある程度の姿が伝わってきた。とりあえず、まずはこの土星宙域から撤退するということ。元々この宙域には目星となる資源もないため、共和国軍側が初めから物資を輸出入出来る程度に、なんとかなるという。だからつまり、数ある補給基地の物資はすべて木星まで送ってしまおう、ということだ。
そうすれば、帝国は必要のない宙域に留まることはない。更に先へ進むか、あるいは自分たちも別の惑星から物資を持ってくるか、のどっちかになるだろう。そうなれば、しばらくは戦闘が起こらない。…少し、余裕が出来るかもな。
…あれ、なんかな。いつの間にか落ち着いて戦況を考えれるようになってるのも、おかしなものか。
アレンが考察するように、この共和国軍の作戦は大いに賭けの要素があっただろう。少なくとも、全ての結果が導き出された後で、そう考える人が全くいない、とは言い切れないものだろう。
共和国軍は上層部の会議で、土星宙域からの早期撤退を発表した。元々土星宙域には数多くのプレイヤーがいたという訳でもなく、衛星タイタンの人口が他より極端に多いというものであった。共和国軍第二艦隊が物資と民間人などの移送のために派遣されることになり、本格的な移住作業が開始されることとなった。
そして、帝国軍を打ち砕く作戦だが、土星宙域から撤退の後、一度木星宙域で補給を受けた後、第一、第二、第七、第八艦隊を持って布陣し、敵を包囲出来る形で攻撃をしようというものであった。帝国軍がどこまで侵攻を考えてるのかは、上層部にも分かっていない。しかし、もし自分たちに敵を圧倒するだけの力があるのなら、更に先へ進んでみたいと思うのが、本能ではないだろうか。そう予測しつつ、帝国軍が太陽系最大の惑星、木星に侵攻してくることを前提に、その宙域に達する前に撃破、撤退させようというものであった。この作戦案は、第一、第二艦隊の高級士官たちが打ち出したもので、反論を唱えるものは誰もいなかった。
しかし、この作戦により少なくともリアルの時間で一週間ほどは戦闘が起こらないであろうことが予測された。ワープ航法で土星から木星へ行くにしても、3日以上はかかるものと考えられ、さらに移住作業もあるので、戦闘兵士たちの出番はその間無くなる。
「NPCが操縦してくれるから、俺たちは船の中でログアウトすれば、勝手に移動してくれるって訳さ」
「なるほど…一週間程度なら、余裕があるのか」
船にいる間は、殆ど何も出来ないしな。2日くらい様子見るっていうのも、ありか…。
リアル時間、7月の中旬から下旬に向けているところ。ゲーム内では共和国軍が土星宙域から撤退作業を開始する。この空いた時間を利用して、アレンは零治に戻り、少しだけ様子を見てからゲームに戻ることにした。よく考えれば彼にとってこの二ヶ月余りの夜は、ほぼ常にゲームと向き合っていた訳である。これほどまでに入り込んだゲームも、彼にしてみればそう多くは無かった。
「テツ。夏休みいつからだった?」
「んーとな、7月21日ーからだったか?なあ、永倉さん?」
…ん?永倉さん、聞こえてないのかな?
「おーい、永倉さんー?」
「…えっ、あ、ごめんなさい!」
どうやら、聞こえてなかったらしいな。というより、ボーっとしてた?なんかちょっと珍しいな。普段見ない感じで。まぁそこも見てて面白いというか何と言うべきか。
「そうだね。21日からだよ!」
「だーってさー零治!普段夏休みお前さんどうしてるんだー?」
「いや、まぁそうだな…」
《俺たち、なんにもしてなかったら、良い奴なんだってさ》
実のところ、どう過ごせばいいのか俺にも分からない。中学時代はずっと部活動で朝から夕方まで練習してた。そのおかげで結果は残せてたけど、自由な時間は夜だけ。その夜も、飯食って風呂入って、後はゲームやってたりとか…そうだな、どこかに出掛けるってことが、殆ど無かった。
休みっていう時間を思いっきり部活動に使ってたから、暇はしなかった。だけど、高校入って最初の休み…何をする?やっぱりSFGか?そればかりという訳にもいかないだろうけど。
「まあ、特に目立ったことは何もしてない、かな。暑いしさ」
…テキトーに答えたけど、いかに。今までは、とにかく普通であれば良いなんて思ってたから、特別なことを考えるっていうのも、あまり無かった。考えてみれば、あのゲームに出会ってからちょっとは、そういう考えも変わったのかもしれないけど。
「そりゃ暑いけどよ!」
「相坂君ずっと家にいたらつまんないよ」
「い、いやもちろん外には出るけどさ!何かこう、目的が欲しいっていうか」
彼にとっての中学生は、教えられた通り「普通の生活をしていれば、それで良い」という休みの過ごし方で、特別何かをしようとはあまり思いつかなかった。しかし、SFGに出会って以降は、そのゲーム自体が自分にとっては普通ではない何か、という認識へと変わっていた。確かに、何をしようかという悩みや迷いはあっても、普通で良いという欲は消え、何かをしてみたいという欲に変わっていたのだ。
「目的かーどっか遠出してみるとか?」
「うん、悪くない」
「俺たちさー海とは無縁の場所にいるから、海に行ってみるとか!!」
「それ、要するにテツが行きたいんでしょ」
「ピンポーン!!」
ったく、いい気なもんだな。だけど、ここから海ってかなり遠いぞ…?だってこの地域、周りは山ばかりだから海なんて無いだろうし、プールさえないんだからな。どのくらい時間が掛かることか。
「良いね海!私もしばらく行ってないなー」
って、永倉さんも!?この流れじゃホントに海行くことになりそうだけど?
まあ、悪いとは言ってないけど。でもまぁそうだな、ゲームばかりやるっていう夏休みもどうかと思うから、外出るのも悪くはないだろう。中学生の頃は、休みがあると家にいたもんだ…部活のせいでね。それも悪いって話じゃないけど、拘束時間は長かったから、練習無い時は嬉しかったものだな。
「おーこれは決まりかあーっ!?」
「ハルも誘おうねっ」
「殆ど決定したみたいだ」
その時間は彼らにとって昼休みであったので、弁当を平らげた後は自由な時間であった。ずっとチャイムがなるまで雑談していた訳だが、授業の教室へ移動をする。
時間は過ぎて、放課後。部活動へ行く生徒はそれぞれの場所へ、そうでない人たちは講習か、コンピュータ教室や図書館、あるいは帰るという選択肢が主となる。
「相坂君、今帰り?」
「あぁ。永倉さんは?」
そう大きくも無い古びた玄関のそばで、零治と永倉は会った。零治はもう何もすることがなく、ただ家に帰るだけだったが、零治が彼女にそう聞くと、永倉は先生に用事があって少し残ると彼に言った。
「そうか…中々、忙しいね」
「ううん、全然だよ」
「それじゃ、帰り気を付けてね。また」
「あ、うん、またねっ」
彼女の視線が少し下に向かった時、彼は靴を履き終えて玄関から離れていく。既に開いている扉を抜け、高校の前庭に通じる道から正門を抜け、やがてその姿は小さくなっていく。なぜだろう?自分でも分からないが、少し足が重たく感じられた彼女。そこへ、テツがやってきた。
「ん?見送りか?零治だよな?」
「違うよ。偶然会っただけ」
「あーそうか?まだ放課後始まって15分…か」
しかし、この時テツには彼女の視線、というよりは表情が何か浮かないものであるように見えた。それ以外の、当てはまる感情が彼には思い浮かばなかった、というのもある。昼間に話していた時よりも、何か暗さを感じさせるようなものの理由はなんだろうか。テツはストレートにそう聞いた訳ではないが、彼女に言った。
「なんでもない…と、思う。たぶん」
「珍しいこともあったもんだな。素直になれないなんかが、あるって感じだ」
「そうなの、かな?」
まるで彼女がいつも正直、素直に生きてるかのような物言いだが、テツはそこまで考えてそう言った訳ではない。逆に、彼女の捉え方としては、そう指摘するテツから見ると、今の自分は自分でさえ分からない何かを持ち続け、それについて考えてるような姿をしているんだろうか、という中身を受けていた。
彼女は遠くなる彼の背中を見るのをやめ、視線をテツに映した。その時テツも彼の方向を見ていたが、永倉が自分に向いたのに気づき、視線を変えた。
「まあ、誰にでも“自分でもよく分からないなー”なんてことはあるさ。不思議なことじゃあない。それじゃ、またな永倉さん!」
「…うんーありがと」
放課後が始まったのは16時。それから1時間が経過して、彼女も帰路につく。トントンと慣れた手足で靴を履き、前庭を抜けて正門から校舎を離れる。高校に残っているのは部活生徒たちばかりで、この時間に帰るという生徒は少ない。まだ暑く太陽も高い位置にいるが、時間的には夕方であった。しかし、高い位置にあるはずの太陽は、今日は顔を表さない。嫌になるくらいの湿気が包み込み、今日も寝苦しくなりそう、と心の中では溜息をつく。帰ったら、洗濯物を中に入れて、しまって、夕飯の支度して…と、彼女の頭は次の行動をスケジュールに描き始めていた。
「…夏、休み」
彼女は、ほんの少しだけ、自分の手を強く握る。
Space Fantasy Game
―俯きな、感情―




