第20話
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本当に、後戻りできるものだったら、そういう道も選んでみたかった。だが、この場合においては、後戻りできなかったんだ。
俺が悪い、そういえば仲間の気は晴れたのかもしれない。だけど、そんなことをしたって、もう、どうにもならない。
…一度、起こってしまったんだから。
「…!?」
「なんだなんだ!?」
突如ゼウ商会のオフィス全体に襲い掛かった、強烈な揺れ。まるで天変地異でも発生したのかと思うほどの、突然の強い揺れは、彼らの体のみならず、書類やパソコンなども一気に投げ出されてしまうほど、強烈なものであった。そして一瞬のまばゆい光が彼らの視界を遮る。とても目など開けていられないほどの視覚異常が発生し、状況把握ができなくなる。そして次に訪れた、甲高い音。耳の底、あるいは頭の中、脳まで浸透するかのような直線的で一方的な刺激は、外部の情報を遮断するのに十分すぎるほどの威力を持った。いったい何が起こったのか、そう考える瞬間には、その揺れと、まばゆい光と、強烈な聴覚刺激に襲われていた。何か動き出そうとしても、強烈な揺れがそれを阻止する。周りと声をかけあっても、誰がどこにいるのかもわからず、誰が何を話しているのかも、わからない。
この間、わずか10秒。まばゆい光の効果はそこまで長くなかったのだろう。アレンは、徐々に視界を取り戻す。まだ事が発生してからそう長い時間は経過していない。彼にとっては、この10秒が1分ほどの、長いものに感じていた。しかし、そこで彼が見た光景をほかの人が見れば、誰もが驚愕するだろう。
「…オフィスが…!!」
何が起きたんだ…地震か…!?
…いや、違う!だったらほかの建物だってそれなりの損害が出ていておかしくはない。なぜ俺たちのオフィスだけ、こんなにめちゃくちゃに…!?
天井が吹き飛び、外壁が飛び散り、物は散乱している。それだけではない。とても言葉では表せないほどの、酷い有様であった。こんなことがたった一瞬で、しかも自分たちのオフィスだけに起こることが、普通ありえるだろうか。彼がそう思った次の瞬間には、この「現象」が「故意」によるものである、ということを確信した。
「GoGo!!」
「行け行け行け!!」
彼の視界に映った、およそ10人ほどのキャラクター。ごつい体をした連中もいれば、そうでない、細身の人もいる。とにかく10人か、それ以上にもなる人間たちが、武装してこのオフィスに侵入をしている。
「なんだ、と…皆は…!?」
俺は、すぐに衝撃で吹き飛ばされた皆を起こしにかかろうとした。だけど、思うように体が前へ行かない。別になんでもない、何にも遮られてないのに、なぜこんなに体が重たい。
「ち、チェーン…起きろ…起きるんだ!ゼウさん、エナ、フェデル…はっ…!?」
…エコーズが、いない…!?
どこに行ったんだ!…いや、違う。この地面に出てる表示マーカーは…デスマーカーか…!?じ、じゃぁすでにエコーズは死亡して…まずい!
「あ、アレン…いったい、何が…」
重傷を負いながらも、意識のあるエナはその場で立ち上がって周りを見渡した。既にオフィス内にプレイヤーが入り始めている。そのことを知るまでに少しの時間を要した。エナも、この光景を見て驚愕した。夜の下町、ゼウ紹介オフィスのみが建物の崩壊に遭遇し、そして火災が発生し始めている。
「と、とにかくここにいるのはまずい!」
「アレン、あの人たちは…!」
このままだと、皆やられてしまう。エナはこの状況わかったようだが、ほかの三人は意識を失ってる。まだ死んではいないようだが…長くは持たない!早く何とかしなければ…でも、どうやって…。
そのとき。彼らの後ろの壁が軋む音と、下の階での爆音が同時に起きた。再び大きな揺れが室内を襲う。間違いなく、さっきの連中は上にあがってくる。そうなれば、命はない。階段をあがってこのオフィスまでは少しの通路と空間があるにしても、もうじき来るだろう。アレンの焦りは行動にも現れる。だが、それでも彼は正しい判断をしようと短時間で頭を悩ませた。
「エナ!三人を連れて外へ頼む!」
「で、でもどうやって…」
「皆が死ななければいい!落としてでも逃げ出すんだ!!」
エナとしては、ここまでアレンが大きな声を出して指示を飛ばす姿を初めて見た。同じプレイヤーではあるが、想像できていなかったのだ。いつもと違うアレンに戸惑いつつも、アレンは今ある力を出して三人を退避させるために動き出す。重い体を、腰を、手足を動かして、アレンは階段方面の通路で待ち伏せをした。
「この先だ!」
誰かもわからない、そんな声が彼の元にも届く。徐々に足音が近くなってきて、彼の心臓の鼓動もそれにあわせて早くなる。失敗すればどうにもならない。そもそも、この場合においては失敗も成功もない、そんな思いを感じてる間もなく、プレイヤーたちは侵入してきた。
「うおっ!?」
「ぐはぁっ!!」
これで、何とか動きを止めるしかない!ブラスターの予備弾薬をすべて使い切るだろうな…エナ、早くしてくれ…!
「何…!?」
再び、彼の視界を一瞬のまばゆい光が奪う。そして次の瞬間、猛烈な爆風を体に受け、オフィス前の扉に激突する。あまりに強烈な刺激と痛覚が彼の全身を襲いかかり、一瞬にして吐血した。目の前の床に少量の血溜まりができ、彼の視界が微妙にぼやける。しかし、そんなことをしている場合ではない。止まってる場合ではない。
…こんなところで、しかし…!!
「いたぞ!やつだ!」
「今までの借りを返してやるぜ!倍返しでなあ!!」
…今までの借り…。
…まさか…!?
彼はオフィスの中まで退避する。そこには既にエナとゼウたちの姿はない。一番はゼウたちの意識が戻ることだが、おそらくそれには時間がかかる。それまでの時間稼ぎを、この状況でアレンはしなくてはならなかった。そのとき彼のゲーム画面には、標的マーカーがつけられ、そこに[×7]と表示されていた。おそらくこれは何人から狙われているのかを把握するものだろう、と彼は判断していた。その一瞬の数字を見て、彼はオフィスの障害物や瓦礫を使って、侵入してくる何者かにブラスターを浴びせ始めた。
「散れ!」
「相手は一人だ!囲め囲め!!」
「させるかっ…!!」
たまに目の前を飛んでくる一直線の光に少し驚きながらも、余裕のない彼は早く、かつ正確に相手プレイヤーの体にブラスターを命中させていく。しかし、ブラスターの直撃を食らっても、まだ体力が残り続けているプレイヤーもいる。先ほど階段で待ち伏せした時は、2発で2人を倒したというのに、今度は誰も倒れない。顔面を狙うしかないのか、と技量の問われる状況を彼は考え出し、さらに追い込まれる。
一瞬、その場が静かになる。周りの環境音以外の音が一切しなくなる。
「…なっ…」
手榴弾…!?
静かになったその空間に響き渡った、何かが転がってくる音。アレンはその物体を目の前で見て、一瞬でそれが何であるかを把握して、破壊された窓と壁の瓦礫の山を飛び越え、2階から1階へ降りる。その瞬間、オフィスの2階が手榴弾の炸裂により爆発を起こす。小規模ではあったかもしれない。だが、プレイヤー一人瀕死にさせるには、十分な威力であっただろう。外へ飛び込む瞬間に背を向けたアレンは、プレイヤーのブラスター攻撃の集中砲火を受けた。ほとんどが命中しなかったが、一発左腕を貫通していき、再び痛みが全身を襲う。それに加えて着地でのダメージが加算され、体力は削られていく。燃え盛る炎と大量の瓦礫。昨日までのゼウ商会とは、まったく違う様子になってしまった。
アレンは、降りてくるであろう相手プレイヤーの攻撃に備えるために、すぐに振り返った。だが、プレイヤーたちはアレンを攻撃するのではなく、少し遠くで逃げ始めているエナに向け集中的に発砲した。わずか3秒の一斉射であったが、そこでエナは力尽き、四散した。残されたのは、いまだに意識を取り戻さないゼウと、瀕死に追いやられたフェデルとチェーン、そして傷を負いながらもまだ立ち続けているアレンのみであった。
「…借り、とか言ったな。俺を知っているのか…」
「ああ。ネットじゃちょっと有名になってきたぜ、お前さん。警察気取りの保安組織の犬だってな」
「…!?」
なら、間違いない。こいつらは、PK集団だ。
「それに、俺たちの部下も結構、痛みつけられてるっぽいしな。お前に直接でなくても、敵は弾いとかなきゃな」
俺の存在が知られている。だからこいつらは、俺とその仲間を巻き込んで、殺そうとした。
「どうした?なんか言えよ」
俺が、[制裁者]と知って、殺しに来ている。俺への恨みから…仲間をも巻き込んで…。
「まぁ、もう諦めろ」
…いや、違う…俺が、巻き込んだのか…?
「何もしねえってんなら、少しは楽にやってやるからさ。ほら、手を上にあげな」
俺がしてきたことが間違いだったのか?
俺の制裁行為は、こいつらの恨みを買うだけじゃなく、ゼウ商会の仲間への恨みになったのか?
俺がいる商会だから、という理由で?
俺が邪魔だから、一緒に始末してしまおうと?
俺が…悪い…?
その瞬間、彼は正気とも思えないような行動に出た。その威圧感は一瞬にしてその相手に、その空間に広まる。傷を負った体など、この場合ではまったく関係なかった。
「往生際の悪いやつだ…殺れ!」
残ったプレイヤーたちは、一斉にアレンに向けて銃口を向ける。すべてがブラスター銃であった。彼は右腰に下げていた小さな物体を聞き手に取り、強い力でそれについているボタンを押し込んだ。そして一瞬だけ目を閉じ、大きくはっきりと見開いたそのときには、その小さな物体から光る一本の刃が生まれ出ていた。
「な、なんだあれ…!?」
「はじめてみるぞ!!」
「構わん!撃て!!」
アレンが一気にPK集団との距離を縮めると、集団はアレンめがけて一斉に発砲し始めた。いくつもの光の線が周りの空間を照らしながら、一直線に進んでいく。しかし、その線はまっすぐ空間を描いているはずなのに、何にも命中しない。まるで曲がっているかのように、ただ空間を通過していく。一部はまったく方向が別に向いてどこかへ飛んでいってしまっている。
すべての原因は、その彼が持っている「ルーナセーバー」にあった。
「何なんだやっ…ぐうはぁっ!!」
アレンの特攻とも言うべきその攻勢にブラスターを発砲しても、彼はそれを刃で弾いてしまう。そして彼が集団にたどり着いて、次々に斬り倒していく。たった一振りで熱源を持った刃は人の体を真っ二つにし、血と焼き焦がれたにおいが合わさって不快な気持ちを誘う。二人、三人と殺されたところで、ようやくほかの生きているメンバーは短距離用の近接戦闘武器に切り替えた。熱を持ったナイフや短刀レベルのものなど、さまざまな武器がそこで登場したが、ルーナセーバーの前には歯が立たない。中には真っ二つに折れてしまうものもある。
「こ、こいつは…いったい…!!」
声を上げる間もなく死ぬもの、逃げようとして体を真っ二つにされるもの。いずれにしても、彼の攻撃が命中したとき、人は四散する。このことに変わりはなく明白な事実であった。
最後に残ったおそらく集団の長たるものも、ほかの人より少し長く戦い抜いただけに過ぎず―
「こんなことがあって…んっ!?」
「お前らのようなやつがいるから…お前のような人間がいるから…俺たちは、俺たちは…」
《俺たち、なんにもしてなかったら、良い奴なんだってさ》
《俺たちに、特別なことは必要ないって》
『頑張って普通しなければならなかったんだ…!!』
その事件は、後にゲーム内でも、そしてネット上でも大きく取り上げられることになった。下町で活躍する運送業専門会社、ゼウ商会。そのメンバーの一人に、PK集団を制裁する者がいたという理由だけで、ゼウ商会にメンバー全員が襲われた。結果、エコーズとエナといわれるプレイヤーは死亡し、ペナルティを受け蘇生。三人のNPCは瀕死の重傷を負い、病院に運ばれた。
一方で、傷を負いながらも、たった一人で10名ほどの集団を全滅させてしまった、アレンの存在もよく取り上げられた。これ以降、PK集団にとってはある意味で脅威の存在として、ある意味で倒すべき敵として、共有されることになる。
あの道が生まれるきっかけは、思えばこの時だったのかもしれない。
Space Fantasy Game
-ゼウ商会の、危機-




