第16話
「入りなさい。貴方がそれを携えてくるのを待っていた」
…これは、一体…。
突如、アレンの背後に現れた一人の男性。コロッセオから遠く離れた土地、森林や川に囲まれた大自然の中に、ひとつ存在する木造の建物。おそらく主であるその男は、年老いた風貌で、少し整ったひげを生やし、全身が黒を基調とした服装でいる。頭には帽子をかぶっていて、右手には杖を持っている。
「あなたが、ケスラーさん…?
「その通り。お話がしたい。さぁ、中へ」
俺がこの、ケスラーさんを捜しに来たというのに、なんだろう。俺が逆に招かれたみたいな。不思議と感じるこの違和感は、この男の前に出てからより強くなった、気がする。ただ、そんな気がする。
ケスラーさんは、俺を家の中へ入れてくれた。日本みたいに、靴を脱いであがるような習慣は、無さそうだな。ドア先にすぐリビングが広がって、一人で住むにはあまりに大きすぎるだろう、と俺は思った。いや、大きいよ本当に。
「私は、ゼウ商会のアレンと言います。実は先日勤務終わりに…」
俺が話してると、遮るようにケスラーさんが話は始めた。その話はもう知っている、必要ない、と言わんばかりに。
「その本は、故意に落としたもの。誰かが拾ってくれるだろう、そう思ってな」
…何を言っているんだ、この人は。
それは落し物と言わない。かといって、何かトラップがあった訳でもない。ちょっと変な本だとは思ったし…ケスラーさんも、何かおかしな人に見えるな。
…ん?
「アレン君。君は、光を見たか?」
「…光?」
「そうだ。自分の身を照らすものではない、心を示す、光だ」
何を言っているのかが、わからない。そんなものがあるんだったら、ぜひ俺が見てみたいところだ。自分の心を照らす光…?心理的なものか、精神論か?それとも実体として見えるものなのか?
何が何だか、わからない。だが、この違和感は消えない。なぜ?
…安心感、というべきなのか。何かに支えられている、守られている、包まれている、そんな気持ちがある。それを光というのか…?
「…正直、わかりません。ですが、何かこう、違和感はあります。その本を見た瞬間から」
「…やはり、間違ってはいなかったようだ。すまない、妙なことを聞いて。紅茶でも淹れよう。そのあとで、すべてを話す。少し待ってほしい」
「で、ですが私はただ本を返しに来ただけで…」
すると、ケスラーさんがこう言った。この人は、何かが違う。他のNPCにはない何かがある。何か…というのが分かれば、苦労はない。現実世界では味わえない、何か特別なものを感じる。
「アレン君は、そう思っていて当然だ。しかし私にとっては…君は、待ち望んでいた人だ」
…それからしばらくの間、ケスラーさんは俺の前から消えた。ソファーに座って待っていてほしいというから、俺は本を出して読みながらじっと待っていた。ケスラーさんが執筆したと思われる、この本。これをなぜ意図的に落とす必要があったんだ。
待ち望んでいた、人。何か関係あるんだろうか。十分ほど立ってから、ケスラーさんが戻ってきた。さっき言ってた通り、紅茶を持ってきたようだ。しかしまぁすごい立派なカップに持ってきたもんだ…こういうのには、きっと専門用語とか、あるんだろうな。正直お茶の味の区別って、あまり…というのは言わない。絶対。
「なぜ、私がその本を落としたか。アレン君は、どう思う?」
「何か、目的があってのことですよね」
「それはそうだ。その中身は何だ、と私は聞いている」
…中身か。
本を落とす理由…?リアルでは、そんな意図的に落として持ち主を探させるなんてこと、あるだろうか。学校で、わざと床に消しゴム落として好きな女性に拾ってもらう、とかそういうのはあるかもしれ…いや、これは漫画の世界か。リアルじゃこんなケースは中々ないだろう。
拾ってほしいという、理由があるために。
「…このクエストと、この本に触れた瞬間に感じた何かが、関連してるのではないでしょうか」
「何か、とは?」
「…この本に触れてから、何かこう…安心感のようなものを感じます。一体、何なのですか、この本は」
それを聞いたとき、ケスラーさんは少し俯いた。何かを考えるように、思いつめるように、だけどそこには笑顔もあった。少しの間のあと、ケスラーさんはその本を自分で手にとって、俺に話し始める。
「その本は、誰にでも見える。だが、私の言う…光を、誰でも感じ取ることはできない。特定の選ばれたものにしか、それを見ることも感じることも、そして使うこともできない」
「選ばれたもの…?」
「アレン君の感じる違和感…そう、その安心感こそが、すべてだ。礼を言おう、この本をここまで届けてくれた、お礼だ」
何のことだか理解できないアレンが少し戸惑いの表情を浮かべていると、またケスラーは少し笑みを浮かべ、そして本を持って立ち上がった。その本をリビングの端に置いてある棚の中に収納し、そして隣の引き出しから、何か一つの物を取り出した。何か棒のようなもの、リレーのバトンほどの大きさで、銀色と黒に塗装されたなにかを、ケスラーは取り出した。バトンのようなものを手にとって、アレンのほうに振り向く。
「これを、君に渡そう」
「これは、一体…」
『隠しクエストを完了しました!-報酬:[ルーナセーバーx1]』
「ルーナ、セーバー…」
…これの、どこが剣なんだろうか。セーバーは訳せば剣と言える。しかしどこにも刃は見えない。斬るための刃が無ければ、それは剣とは言えないだろう。棒がある訳でもない。
「どういう物なんですか?」
「そこにある、ボタンを押すのだ」
…押したが、何も起こらない。不良品…という訳でもなさそうだが、何か必要な動作があるんだろう。分からん。
「さぁ、試してみるのだ。全身の意識を集中して、見えない光を見るように、じっくりと…」
「…???」
全身の意識を集中させる…が、何も起こらない。いやきっと、この男が言ってるのは、そういうことじゃない。集中する以外に…そうだ、思い出せ。あの時、本を触れた時に感じた違和感を。今も感じてるじゃないか。妙な安心感を。それを意識するんだ。
「…えっ!?」
なんだこれ!?
ちょっと格好良い、なんかSFちっくな音と一緒に出てきた、光。途中で光が止まっていて、俺の腕の動きにちゃんと反応してる。それに、リーチが剣と同等だ。
「まさか、これが…セーバー…!?」
「…その通り。誰にでも扱えるものではない。たとえその武器を手に入れたとしても、“ルーナ”の力を持たぬ者には、扱えるものではない」
「ルーナの、力?」
そんな情報、どこにも無かった。掲示板とかで噂されていた不可解な出来事を、色々探してみたこともあったが、この手の話は少なかったはず。それに、SFGは基本スキルシステムが存在しない。自力で動けるようにしなきゃいけない。
「一部の人間は、既に噂していたようだ。この、スペースファンタジーゲームには、架空の世界観で宇宙を主体とした内容とは、かけ離れた力がある。それがルーナだ。あらゆる力の源と言われており、それを駆使することによって、他の誰にも得られない強力な力を持つことが出来る」
もし、それが本当なら、俺が選ばれたってことか?
なぜ、俺?別に大したこともしてない。皆の役に立ってるって訳でもない。ランダムなのか?このゲームが始まってからの。
「信じるかどうかは、アレン君次第だ。はじめは、その光を出すさえ難しいだろう。だが、慣れれば必ず助けとなる。そのセーバーも、ルーナもな」
「そ、そうですね、はじめは出すだけでも…疲れます」
俺はふっと気を抜いて、光を消し去った。これ、俺が間違って気でも起こしたら、バッグの中で勝手に光が出てくるとか…いやー、勘弁してほしいなそれは。ボタンが結構固いのは、そのせいか。自分の身体さしてもどうにもならんからな…。
「どうだ、アレン君。その力…自分の物にしたいと、思うか?」
…正直、このルーナの力がどの程度役に立つのか、よく分からない。パッとすぐ使える力でもないんだろう。だとすれば、色々と確かめる必要はあるな。ケスラーさんは、そこまで読んでいて俺にそう話しかけてきてるんだろうか。
「ちなみにこの力、他の人が手に入れる可能性は…?」
「十分に、考えられる。そのセーバーの元は自分で作ることが出来る。ある特殊な、ルーナの源の宿るクリスタルを使用してな。だが、誰にでもセーバーを作ることが出来ても、皆が扱える訳ではない」
「…興味はあります。自分は今、時々PK集団を制裁する立場にあります」
俺がそういうと、ケスラーさんは少し笑いながら俺に反論してきた。
「PKなど、好きにさせておけばいい。殺すか、殺されるか。それがゲームだ。守るもよし、攻めるもよし、すべて個人の自由だ。商会で防衛任務につくのも良いだろう。まぁ、止めはしない。だがルーナの力を手に入れ、それを使いこなすものは、制裁にはあまりに強すぎるものだと、私は考えている。違うのだ、もっと他に使うべきことがある。…それも、じきに分かるだろう」
他の理由。ルーナの力を使うべきところ、か。俺としては、PK集団にこそ使うべきだと思ったが、そうかあまりに強すぎるのか…なおさら、気になってくるな。
「どうすれば、この力をマスターすることが出来るのですか?」
「…条件がある」
「…?」
―私の、弟子になれ。
Space Fantasy Game
-ルーナという、力-




