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鐵の篩  作者: 仁崎 真昼
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第二話「魔術とは殴り合いである」③

 帝国の魔術師にとって、【庵】とは、学び舎であり、研究所であり、職場であり、看板であり、名声の象徴である。【庵】に入り、論文を発表することは、それ即ち一流の証明。有名な【庵】に入り、魔術を極め、ゆくゆくは独立して己の【庵】を開く。そんな野望を多くの魔術師は胸に秘めていた。

 しかし、メディエ゠ナイチャンクは違った。数少ない例外のうちの一人だった。帝国で最強の魔術師になる、という夢が二年前に砕け散り、身の程を思い知った彼は、【混鋼の庵】の一員として、淡々と魔術の探求に従事していた。

 鐵と様々な金属を混ぜ合わせて、合金鋼を作る。その性質を調べ、また分離し、比率を変えて混ぜ、調べ、それを淡々と繰り返す。ある種無意味ともいえる作業を、日がな一日、来る日も来る日も繰り返す。

 その姿を見て、ある同僚は修行僧のようだという。別の同僚は暇人だという。上司は頗る真面目な奴だと評価し、後輩は偏執的だと評価する。メディエはそのいずれも気にすることはなく、淡々と己に割り振られた仕事に従事していた。

 深く干渉されるわけではなく、しかし、排斥されるわけでもない程よい距離感。メディエはそんな【庵】の雰囲気が気に入っていた。

 だが、最近は少しばかり勝手が違う。

「メディエ君って、理論の方だけじゃなくて実践もいける口だよねー。どうなの? 射撃競技会とかで目立って、【独立命撰特務】目指したりしないの?」

 昼食時、食堂での同僚の言葉に、メディエは食べ物を喉に詰まらせた。メディエが手慰みに空中で混ぜ合わせていた金属もぐにゃりと形を歪めて落下する。

「げほっ、ごほっ……んん、しねぇっすよ。実践ってなんの話っすか。別に得意でもねぇし。あんなの、俺には無理ですよ」

「えー、でもこの前も【鐵の篩】がうちの【庵】に来たらしいじゃん? 目当てになりそうなのはメディエ君くらいだし? みんな噂してるよー。ね?」

「うんうん。一番若い子は完全に理論派だし、御前試合の州大会まで出られたメディエ君が一番有力候補だよ!」

「やめてくださいよ。俺は州大会の一回戦で惨敗したんすよ。しかも、うちに勝った分隊も本大会に出れずに負けました。本大会に出たうちの極一部しか推薦されないってのに、こんな雑魚、無理ですよ。ないない」

 そう言ってメディエは落とした親指ほどの大きさの金属塊を魔力で拾い、また混ぜ合わせ始める。分離、そして、混合。それを繰り返すことで、メディエの精神は落ち着いていく。

「そもそもですね、現代魔術を使った戦闘なんて殴り合いみたいなんもんなんですよ。面白みのない、腕力の強い方が勝つだけの、魔力を使った殴り合いです。そんなの、何が楽しいんですか」

「でも、メディエ君はことあるごとに速さを気にしてるじゃん。混ぜ合わせるのが遅い、とか、成形が遅い、とか」

「それは研究の効率に直結するからですよ。戦闘を踏まえてのことじゃありません。俺たちの仕事は魔術の探求。魔術の鍛錬はそのための道具の整備です」

「達観してるねえ。まだ若いのに」

「もう十九す」

「若いよ。国によっちゃまだ未成年じゃん」

「ここは帝国なんでもう大人す」

 この話、止めてほしい。そう思いつつも、無駄な摩擦を作りたくないメディエは笑顔でごまかす。この話をするたび、メディエの脳内には嫌な笑顔を浮かべた男の姿が浮かぶのだ。

 その男が口を開く。

 それを思い出しただけでメディエの苛立ちが増す。

 思えば、その男がふらりと【混鋼の庵】に訪れてからだ。こうしてメディエの居心地が悪くなってきたのは。静かに研究だけしていた【庵】に、戦闘だの、実践だの、【独立命撰特務】だの、といった話題が紛れ込むようになったのは。

 そして、そんなことを考えてしまったのが失敗だったったのか。メディエの前に一人の男が立った。

 メディエは見ない振りをする。だが、その男はにこにこと話しかけてきた。

「どうも。どうです、メディエさん。今日こそ色よいお返事をいただけないかと」

 その男は、メディエに対してルヴィケスと名乗った男だった。

 ルヴィケスを見て、メディエは嫌そうな顔を隠しもしなかった。

「うわ、出た」

「奇遇ですね、メディエさん」

「その嘘丸出しの挨拶やめてください。いい加減にしないと警邏に突き出しますよ」

「突き出してもいいですが、無駄ですよ。職務中と言えば通るので」

「糞が。権力を笠に着やがってよぉ」

 メディエは小声で毒づき、慌てて口を抑える。幸運なことに、メディエの同僚の注意は【鐵の篩】であるルヴィケスに向かっているようで、メディエの悪態を聞いたものはいないようだった。

 ルヴィケスはそのうさん臭い笑顔を同僚に振りまきつつ、メディエと話があると言って追い払った。同僚の期待の視線に対しては、

「申し訳ありませんが、守秘義務がありまして。ですが、そのうち皆さんの耳にも入るかもしれませんね。朗報、という形で」

 と思わせぶりなことを言ってごまかした。

 そうして人払いを済ませたルヴィケスは、メディエの向かいに勝手に座った。メディエは眉間の皺を露にルヴィケスを睨みつける。

「相席、許可してないんすけど?」

「お店の人の許可は取りました。御覧のとおり、同僚の皆さんも快く譲ってくれましたよ」

「俺が許可してないって言ってんすよ」

「そうわがまま言わないでください。混んでるんで仕方ないでしょう?」

「てめぇ……」

 確かに、見回せば完全に空いている卓はない。だが、他にも座れる席はある。屋外の席などはまだ肌寒いからか人も疎らだ。

 だが、そう言ったところでルヴィケスは動きはしないだろう。もう三月にもなる顔合わせでメディエは嫌と言うほどルヴィケスの身勝手さを思い知っていたため、諦めてさっさと食事を進める。

 安っぽいが分厚い肉にかぶりつくメディエをにこにこと眺めながらルヴィケスは語る。

「どうです? 気が変わったりはしました?」

 無視。

「仕事は順調でしょうが、少しばかり退屈でしょう。魂魄がうずうずとしているのが見て取れます。そろそろ暴れたくなりませんか?」

 無視。

「あ、そういえば先日の隣の郡での射撃競技会、見事一位相当の成績を取ったそうで。途中で棄権したため公式記録とはなっていませんが、最後までやってれば会場記録でしたでしょうね」

 むせるメディエ。

「……なんで知ってんすか」

「なんでとは」

「てめぇを避けるために隣の郡までわざわざ出向いて、変装までして出てんだよ俺は。なのになんで知ってんだてめぇ。つきまとってきてんじゃねぇぞ変態」

 ルヴィケスは高らかに笑った。

「ふはははは! 候補者の生活を監視するのは私の仕事です。あの程度の変装でごまかされるとは思わないでください」

「だーかーらぁー! 俺は候補者になんねっつってんだろぉが! なんのために【独立命撰特務】の任命規定あるとおもってんだ! 無理強いはできねぇんだろぉがよぉ!」

 任命は【独立命撰特務】側から行われ、それを受ける側が拒否することは実質できない。なぜなら、それは非常に名誉なことであり、断るのは皇帝を侮辱する行為と同じだから。そのため、望まぬ任命を防止する目的で、【独立命撰特務】には任命規定と呼ばれるものが設けられており、そのうちの一つに、現在何かしらの職についている人間は任命できない、というものがある。つまり、任命の候補に上がるためにはまずは現在の仕事を辞める必要があり、任命されたくない国民はそもそも仕事を辞めなければよいのだ。

 そして、メディエは今の【庵】の仕事を辞める気はない。

 ルヴィケスは少しだけ困った顔をした。

「ええ、なので気が変わらないかなー、とこうして足繫く通ってるわけです」

 メディエは水を一口飲み、吐き捨てた。

「なんで俺みたいなのを誘うんだよ。他にもっと有望そうなのいねぇのかよ」

「いないんですよねぇ、それが。帝国の人材不足も深刻です」

 嘆息するルヴィケスに、メディエの心は苛立った。ただ、その苛立ちは無遠慮なルヴィケスの態度に対する苛立ちともまた少し違う。メディエは本能的にその苛立ちの正体を追うことを止め、残りの肉を口に詰め込んだ。

 ルヴィケスは届いた肉巻きを前に笑顔を浮かべつつ、荷物を纏めるメディエに話しかける。

「何が気に入らないんです?」

「何がって、俺に利益がねぇ」

「【独立命撰特務】に入れば様々なものが手に入りますよ。家族を一生養えるだけの給料、様々な人から向けられる敬意の視線、そして、気に入らない人間を叩き潰すことができる権力!」

「おい、最後のは口にしちゃ駄目だろぉがよ。実際そうだとしても、建前上」

「でも、一番大きい要素だと思いますけどね。あなたもいませんか? 気に入らなくて人生潰してやりたいって相手」

「強いて言うならあんたかな」

「それは、少しばかり難しいかもしれません。何せ、私も一応【独立命撰特務】の一員。実動隊員ではないとはいえ、職権はほぼ同等ですから。あ、でもそれ以外の人間なら大体潰せますよ。まず、適当に証拠を捏造するでしょう? そしたらそれを根拠に無理矢理拘束します。あとは長時間の拷問まがいの尋問で自白を強要して完了です。精神の頑強な相手には陰属性魔術で魂魄を捻じ曲げるという手も……」

「やめろやめろ。そこの家族連れが聞いたらどう思うと思ってんだ。餓鬼の夢つぶすな」

「強ければ全部ちゃらです。それこそ【独立命撰特務】の証!」

「信じそうになるからやめてくれ」

「冗談です」

 冗談に聞こえねぇ。メディエは毒づこうとし、我慢した。こうして相手をしているからつけあがる。無視して去るのが一番効果的。そう考え直し、メディエは財布を取り出して席を立った。

 だが、立ち去ろうとするメディエにルヴィケスは背後から声を投げかけた。

「怖いですか?」

 無視しようとし、メディエは思わず立ち止まってしまった。その無神経な発言があまりに腹立たしいものだったから。

 そうだよ、怖ぇよ。メディエは自身の褶の裾から僅かに覗く鐵の義足を見つつ、歯を食いしばった。しかし、何も言い返すことはなく、代金を支払って食堂を出た。

 その後ろ姿をルヴィケスは楽しそうに見送った。

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