第二話「魔術とは殴り合いである」②
「およ? 先輩が珍しく帝都にいる! なにしてんですか、先輩!」
ルヴィケスが碧雲隊の休憩室で悩んでいると、部屋に入ってきたトドイが嬉しそうに声をかけてきた。
ルヴィケスは机に並べた資料から目を離すこともなく答える。
「そんなに珍しくもないでしょう」
「珍しいっすよ。新人の入隊式が終わったと思ったらすっと消えてそこから一月音沙汰なしっすよ? どこかで野垂れ死んで鳥の糞になってるのかと心配してましたもん。リンさんが」
トドイは水甕から水を汲み、向かいに腰を下ろす。
「で、なにしてるんすか?」
「仕事です。スンダッギさんから面倒な案件を押し付けられましてね」
「スンダッギさん案件ってことは、魔術師の子っすか? あのおじいちゃん、【庵】しか視察しないですもんねえ」
「魔術指導員なのでそれは良いんです。ですが、まあ私に押し付けてきていることからも想像つくかもしれませんが、少々厄介な話になってきまして、悩んでいたところです」
「正規の方法じゃ推薦できない子ってことっすか。で、何見てるんですか? 手配書?」
トドイが覗き込むと、そこには様々な様式の手配書が並んでいた。いずれも名前を聞いたことのある凶悪犯ばかり。条件も生死問わず。報酬は一般帝国民が五年は遊んで暮らせる額。悪そうな笑みを浮かべる人相書きがじっと虚空を睨んでいる。
「小遣い稼ぎっすか?」
「違います」
首を傾げるトドイにルヴィケスは即答した。
「いいですか、ここに乗っている凶悪犯たちは、いずれも戦闘においても実力者ばかり。あなたであっても相性によっては苦戦する相手です。そうやって気軽に手を出す相手ではありません」
「そうなんですか。絵じゃ筋肉が見えないんでよくわかんないっすね」
「【殆角】【魔女ラマリ】【ヲトニレの声】【黒鎧のレオ】。この四人に至っては【独立命撰特務】でさえ最上位層でないと歯が立たないでしょう。見かけたら必ず援軍を呼んでください。間違っても独りで突っかけては駄目ですよ」
「はえー」
まったく響いてなさそうな間抜け面にルヴィケスは肩を落とした。トドイには戦士に必要な危機察知能力が完全に抜け落ちている。そこが明確な欠点だ、とルヴィケスはトドイの評価をさらに一段下げた。
一方、トドイはまだ興味津々と言った様子で手配書を覗き込んでいる。
「じゃあなんでこんなの見てるんすか?」
「……スンダッギさん案件の子の話に戻るんですが」
「ふむふむ」
「実績が少しばかり足りないんですよね。実戦経験も少ない。なので、現時点だと任命するのが難しいんです」
トドイは手を叩いた。
「ってことは、ここら辺の捕まえさせて、手柄上げさせたいってことっすか」
「それができれば最善なんですが、現実的には難しいですね」
なぜなら、手配されたうえで長期間逃れられているということは、隠れるのが上手いか、見つかっても逃げ切れるのか、またはその両方の場合が多いからだ。もし腕が立つというだけであれば、司法庁では難しくとも、【独立命撰特務】のどこかの小隊が動いて手柄にしている。
証拠に、手元にあるばつ印を付けた数枚は、三日前に手配されたが既に捕まった者。そのうちの一人はファウーゼが捕えている。ルヴィケスはその有能さが嬉しい反面、今だけは少しばかり恨めしかった。
トドイはルヴィケスの肩を揉みながら唸る。
「うーん、まあそんな簡単に見つからないっすよねえ。帝国、とくに帝都の治安は抜群ですしねえ。あ、良いこと思いついた」
「なんでしょうか」
「うちの小隊の人間と手合わせさせたらいいんじゃないっすか? はっきりと実力が計れて――ぎゃんっ」
ルヴィケスはトドイの顔に後頭部で頭突きした。トドイが小さく悲鳴を上げるのを無視し、苛立ちを隠さずに振り返る。
「あなたは、なんでうちの隊も他の隊もそれをしないと思ってるんですか?」
「ほ、他の隊に有力な候補者の情報が漏れるのを防ぐため……?」
「法律で禁じられているからです。【独立命撰特務】は民間人との私闘、訓練、その他職務に関わらない戦闘行為が禁じられています。なんで知らないんですか」
「ええ! 知らなかったです。なんで知らないかと言われたら、先輩に教えてもらってないからっすかね?」
「【独立命撰特務】に入った時点で教育は受けているでしょう。私のせいにしないでください。とにかく、私たちが許されるのは制圧のみです。戦闘は模擬も含めて許されません。決してしないように。いいですか?」
「気を付けまーす」
トドイは打ち付けて赤くなった鼻をこすった。
「でも、変な法律っすね。なんでそんなことになってるんですか?」
「腕自慢の馬鹿が喧嘩を売ってくることが増えて帝都の治安が悪くなったからです。あと、それに混じって他国の刺客も大量に送り込まれてきました。そんなのを見分けるのも大変ですし、将来有望だったかもしれない若者たちをひとまとめで潰すのも良くない。なので、この法律が出来ました。ここら辺は家塾でも習う内容だと思うんですがね」
「えへ」
笑ってごまかすトドイ。トドイの家塾に関する記憶は、丸めた紙をいかにばれないよう先生にぶつけるかに苦心したものしかなかった。
トドイは戸棚を漁って携帯食を取り出し、ルヴィケスの向かいに座る。
「というか、実績に困ってるってことは、十七歳じゃないんすね。十七だったら御前試合出ればいいですもんね。何歳の子っすか?」
「十九です。十七の時に参加した御前試合では州大会で敗退しています」
「おお。そっから再起してがっちり鍛えた感じっすか。根性ある子は好きっすよ」
「根性は、あるのかどうか」
奥歯に物が挟まったような言い方に、トドイは不思議そうな顔をした。ルヴィケスは話すか迷ったが、思考を整理するために話してみることにした。
「本人は、やる気がないと言ってるんです。自分なんかには無理だと。到底実力が足りないと」
「謙虚なんすね」
「そうだったらどれだけ良いことか。例えるなら、彼は自分を仔犬だと思い込んでる狼なんですよ。仔犬の気性のままに、怯えながらこちらに唸ってくる、鋭い牙と爪を持った狼。しかしその自覚はない。一度負けてずたずたになった矜持と自尊心を守るために、二度と痛い思いをしないように、賢い選択をしようとするあまり、自分は無力だと思い込んでしまった、狼」
トドイは携帯食を咀嚼しながら。眉を顰めた。ルヴィケスがそんな風に人を評価しているのを初めて聞いたからだ。
戦う意思と戦いの技量、どちらか欠けている相手に対して、ルヴィケスが高い評価をすることはほぼない。その両方が揃っていて初めて戦士として戦えると、ルヴィケスは常々言っている。どちらか片方が優れていても、【独立命選特務】は務まらない。そう言っているからだ。
そんなトドイの疑問が届いたのか、ルヴィケスは苦笑いする。
「彼の精神の本質は狼です。ですが、ここでいくら言葉で語っても無意味でしょう。あなたでも一発で納得するような実績を、さっさとお膳立てしてあげなければね」
「魔術師……なら射撃競技会っすかね?」
「それでは技量の証明にはなっても実戦への適性の証明にはなりません。彼にやる気があるなら、極北戦線か南部緩衝地帯に叩き込むんですが。【庵】の職員を勝手に連れ出すのも後々揉めそうですしねぇ」
「魔術局の管轄っすからね」
トドイはぐぃっと杯を呷り、長椅子に寝そべる。先輩の前で行儀よくする、という気力が尽きたらしかった。
「因みに、先輩が一番その子を推してる点はどこですか? っても、魔術なんてよくわからないんで、簡潔に! お願いしまっす!」
普段のルヴィケスであれば、こういった阿呆な質問は無視しただろう。だが、今日のルヴィケスは思考に行き詰っていた。そのため、空転する思考に少しでも刺激を与えるため、その会話を引き受けた。
ルヴィケスは両肘をついて上半身の力を抜くと、静かに語り出す。
「現代魔術というのは、簡潔に言うならば魔力という腕を用いた殴り合いです」
「んえ!?」
「火魔術であれば、生成した魔力で火の素を集めて、それを投げつける。電魔術であれば、電の素を集めて、それを投げつける。防御側は相手の魔力を自分の魔力で打ち払って狙いを逸らさせる。やってることを言語化すると、それだけなんです」
「え? そ、そうなんですか?」
予想外に簡潔で突拍子もない説明に、トドイは目を丸くする。だが、ルヴィケスは冗談を言っているわけではないようで、淡々と続ける。
「現代魔術は、戦士の戦闘速度についていけるよう、それまであったあらゆる無駄を省いていきました。詠唱、手印、歩法、杖、媒介具、儀式。結果、現代魔術師は八歩分の間合さえあれば、戦士と互角にやり合えるほどに高速化しました。いわゆる、八歩の間合いです」
最後の言葉はトドイも聞いたことがあったため、何度もこくこくと頷いた。と言っても、トドイが聞いたのは戦士側の視点での話であり、魔術師とは距離を詰めろ、という思想であったが。
「ですが、その反動として、引き起こせる事象も簡易化してしまった。さて、ここで問題です。単純な殴り合いをする場合、その優劣を決める要素は?」
「腕力、と反射神経、と、耐久力、くらいっすかね?」
「その通り。現代魔術もおおよそその三要素を求められます。瞬発火力、操作精度、継続力の三つです。逆に言えば、それらが欠けている場合、現代魔術師として優秀とは言い難い」
「おお……」
いくら戦士とはいえ知っていてほしい一般常識だ。だが、ルヴィケスは小言をいうのも面倒になり、口を噤んだ。
「ってことは、その子はその三要素の優れた子ってわけっすね!」
「いえ、違いますが」
「違うんですか! じゃあここまでの説明の意味は!」
「ただの前提知識ですよ。あなた相手には三歳の子を相手するように丁寧に説明しないと理解してもらえないのはこの短い付き合いでも理解していますから」
「なんか今私のこと馬鹿にしました?」
「してません」
「じゃあいいです! 説明の続きお願いします!」
しかし、ここでルヴィケスは気づいた。この調子で説明を続けていくと、夜が明けかねない。そこまで丁寧に説明してやる義理はない。
唐突に面倒になったルヴィケスは、はぐらかすことにした。
「とはいえ、ここで滔々と魔術の薫陶を続けても退屈でしょう。なので、簡潔にいきます。彼の強みを一言で言い表すなら、そうですね」
真剣な表情で見つめてくるトドイを尻目に、ルヴィケスは自身の顎を撫で、思いついた。
「なぜこの世界は銃が流行らなかったのか、です」
トドイは意味が全く分からないようで、首を傾げる。
その様子を見て、ルヴィケスは良い感じに煙に巻けたと自賛した。




