第二話「魔術とは殴り合いである」①
竜に乗ろうと鞍を掛けていたルヴィケスはスンダッギに背後から声を掛けられた。
「ルヴィ坊。少し良いかの」
「……手短に願えますか。今日中にモッシン州まで飛ぶつもりなんですよ」
「そう長くはならんよ」
そう言ってスンダッギは紙束を差し出した。ルヴィケスはそれを受け取り目を遣る。
「来歴書ですか。メディエ゠ナイチャンク。ああ、二年前くらいに有望視されてた子でしたっけ。結局本大会まで上がっては来ませんでしたか」
「よう憶えておるのぉ。そうじゃ。今年で十九になる」
「で、この子がどうしたんですか?」
スンダッギは目をきらりと輝かせ、笑った。
「御前試合で負けて以来、名前をすっかり聞かなくての、まあ良くある心折れた感じかと思っとったら、先日、帝都の射撃競技会で見かけたんじゃ」
「はぁ。帝都の。お、【混鋼の庵】に就職、論文も共著ですが名前載ってるんですか。色々と頑張ってるみたいですね」
「そうなんじゃよ。での、この子を今年のに推薦したいと思っとる」
「へぇ……」
ルヴィケスは少しだけ興味が湧いた。魔術指導員であるスンダッギはほぼ【庵】の有望な人物しか見ない代りに、その中の情報網は帝国一だと言っても過言ではない。そんなスンダッギが推そうとしているということは、即ち【庵】に勤める若手魔術師の中で一番の有望株だと言っても過言ではないからだ。
興味を惹けたことを察し、スンダッギは自身の杖で額を掻く。
「じゃが、少しばかり問題があっての」
「実力、実績、精神、その他個人的事情。どれですか?」
「中二つ。特に、精神面が少し問題じゃ」
「それは、面倒ですね。一番面倒です」
「うむ。何せ、この子は二年前の敗北で完全に自信を喪失しておるようでな、これっぽっちも自分が第一線で戦えると思っとらんのよ。試しに少しばかり探りを入れてみたところ、戦闘と言う言葉を出しただけで拒否反応を示しているようじゃった」
それは、義足となっている両足の影響か。ルヴィケスは来歴書を眺めながら思索に耽る。きっちりとした結界が張ってある本大会とは違い、州大会や郡大会は敗者が重篤な後遺症を負うことも少なくない。もしその影響で戦闘に恐怖を憶えてしまったのであれば、それはまた更に厄介な問題だ。
無駄足は避けたいため、ルヴィケスはスンダッギの目をじっとみて問う。
「呪い、ですか?」
「そこまでは行っとらん」
しかし、スンダッギはしっかりと否定した。魂魄の病、即ち呪いに掛かっているわけではないらしい。であれば、まだ可能性はある。
ルヴィケスはため息を吐いた。ここからの話の流れは理解できる。
「で、私に無理矢理引きずり出せと言ってるんですか?」
「話が早くて助かるのう。こうした悪さはお前さんならお手の物じゃて」
「なんで既に悪さする前提なんでしょうか。普通に説得して引っ張り出すとは考えないんですか?」
「己の過去を振り返ってみんさい。そういうことじゃ」
「そういうことですか」
「うむ」
ルヴィケスもそれ以上は否定しなかった。まどろっこしい手段を選択肢から外すと、どうしても少しばかり乱暴な手段が残るのは仕方がないことだし、それを選んでしまうことが多いのもルヴィケスは自覚している。そして、それをとくに反省していないことも。
ルヴィケスは来歴書の内容に目を通し、暫し考える。もしこれに手を着けるならば、この後の予定は大幅に変更になるし、上手くいかない可能性も多い。しかし、上手くいけばスンダッギに一つ貸しができる。何より、スンダッギにここまで言わせる相手に少しばかり興味が湧いた。
一応、釘はさすルヴィケス。
「分かってると思いますが、ただ単に心が折れてるだけなら私には何もできませんよ。私は医者でも親でも教師でもないんですから」
「勿論じゃ。砕けた原石など儂も興味はない」
「もう一つ。やる気の方が何とかなったとして、実績はどうなんです? 射撃競技会の成績だけじゃ説得材料には弱いですよ。特に、御前試合で大敗しているので、競技は得意でも実戦に弱いと判断される可能性もある。実戦での実績が必要です」
「そこもルヴィ坊が上手くやってくれるとありがたいのぅ」
ルヴィケスの笑顔が少し固まった。丸投げだとかいう次元を超えている。
ルヴィケスは自身の眉間を指で揉み、ため息を吐いた。
「一応、推薦の会議では援護をもらえるんですよね?」
「事実に即した発言をしようぞ」
「……というか、私、今年も他に推したい子がいるんですよ。やっぱり、スンダッギさんが推薦してください。そっちの方が角が立たないので」
「ということは受けてくれるんじゃな。助かるのう」
失言。ルヴィケスは少しばかり不服そうにスンダッギを睨むが、スンダッギはからからと笑うだけだった。どうにも掴みどころのない老人だ、とルヴィケスは内心ため息を吐く。
ルヴィケスは竜の背中から鞍を降ろしながら言った。
「まあとりあえず見てみますよ。話はそれからです」




