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鐵の篩  作者: 仁崎 真昼
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第一話「引力の理由」⑤

 星霽祭の後、群司から呼び出しを受けた時点で、ファウーゼは嫌な予感がしていた。群司にはよからぬうわさが常にあったし、呼び出しの時間も、場所も、十二歳の少女を呼び出す場所ではなかったから。

 ただ、断ることはできなかった。それが権力と言うものだとファウーゼは理解していた。取り越し苦労の可能性もある。そんなことで有力者の機嫌を損ねるのもまた、良くない行為だと思ったからだ。

 だから、ファウーゼはしっかり(、、、、)と準備をして呼び出しに応じた。何かをされるとしても、ただではやられないと。絶対に目に物を見せてやると。年齢に似つかわしくないほど聡明で、強靭な意思を持った少女は、覚悟を持ってその場に臨んだ。

 その結果、ファウーゼは自身を強姦した郡司を失脚させることに成功したが、代わりに、自身の片腕と両親と親友を失った。ファウーゼの心が少しばかり晴れたことを除けば、圧倒的な失敗と言っても良かった。

 それから四年。父母の残した財産と自身の足の速さを活かし、細々と暮らしていた。

「ファウーゼ゠ルーサペックさん?」

「はあ? そうどすけど」

「ああ、よかった、見つかった。少々お話をさせていただけないでしょうか」

 ファウーゼは最初、うさん臭い男だと思った。愛想笑いだとばればれの嘘くさい笑顔。値踏みするような視線。田舎町にふさわしくない洒落た襯衣。

 だが、不思議と嫌悪感は感じなかった。ファウーゼの美貌に見蕩れる様子も、その豊満な肢体に欲情する気配もなかったから。ファウーゼを利用してやろうとか、ファウーゼから利益を得ようと言った下心が全く感じられなかったから。

 ファウーゼは馬に飛び乗る。片腕だが、愛馬はファウーゼを気づかうように体を傾け、ファウーゼの意図を読み取って踵を返した。

「怪しい男とは話すな言われてはりますので」

 ファウーゼがそのまま駆け出そうとすると、ルヴィケスは言った。

「御前試合は、参加しないのですか?」

 動揺が漏れてしまったらしく、愛馬が足を止めた。ファウーゼは内心舌打ちをしつつ、振り返ってルヴィケスを睨みつける。

「関係ないでしょう」

「関係あります。私、こう見えて碧雲隊の専業調査員やってます。通称」

「【鐵の篩】?」

「はい。そう呼ばれていたりもしますね」

 ファウーゼは鼻で笑った。似たような話は何度も聞いたことがあったし、ファウーゼ自身も声を掛けられたことは一回や二回ではない。

 自分は帝都に住んでいて、帝枢統理院に繋がりがある。軍部に伝手があって君の手伝いができる。どうだい、一緒に【独立命撰特務】を目指して見ないか? なに、見返りなんて要らないよ。君の将来の手助けをしたいんだ。

 そう口から臭い息を吐く男たちの目には、いつでもぎらぎらとした欲望が浮かんでいた。

 ファウーゼも愛想笑いを浮かべてルヴィケスの方を見る。

「何が目的どす? お金? 伝手? それともこの片端の体?」

 物好きやねぇ、と言おうとし、ファウーゼは口を噤んだ。ルヴィケスの鋭い視線がファウーゼの方を見つめてきていたからだ。

 ルヴィケスはファウーゼの愛馬の鼻をそっと撫でながら答える。

「そんなくだらないもの、興味はないです。仕事ですよ」

「……純粋に戦士を探しとる、ゆう話?」

「純粋にと言われるとまあ、いくらか不純かもしれませんがね。最強を探しています。仕事としても、個人的にも」

 ファウーゼは口を開かず、ルヴィケスを逆に観察し返した。多少は鍛えているように見えるが、どの程度動けるかはわからない。筋力も重要だが、近接戦闘においてより重要なのは、闘技の精度。筋力は理想の動きを実行するための必要素材に過ぎない。だから、油断はしない。魔術師の可能性もある。油断はしない。

 ファウーゼは自分に言い聞かせながら、左腕をそっと腰の片手棍へと伸ばす。

「そう、それです」

 ルヴィケスに腰の片手棍を指さされ、ファウーゼは思わず体をびくりと跳ねさせた。ファウーゼはじんわりと滲む汗に不快感を覚えつつ、愛馬がもの言いたげに見上げてくるのを視線で黙らせる。

 そんなファウーゼを気にする様子もなく、ルヴィケスは淡々と告げる。

「まず、あなたに片手棍は似合わない。それは重量武器です。速さを主体とするあなたが持つべきではない。あなたは剣を持つべきだ。それも動きを阻害しない程度に軽い物を」

「そら持てたらそうやね。けどうちは持てないんよ。これ(、、)やから」

 そう言ってファウーゼはもうない右手を示した。その右手はファウーゼの失敗の象徴。自身の詰めの甘さから、群司の身の破滅と引き換えに失ったもの。

 次があればもっとうまくやる。証拠は確保し、証人は保護し、それを相手に悟らせず。どんな権力者であろうと逃れられない状況を整え、一方的に相手を蹂躙する。ないことを再認識するたびにそんな想いを再確認する、ファウーゼの誓いの象徴。

 しかし、ルヴィケスはそんなことはどうでもいいのか、自身の荷物から一本の剣を取り出した。

「分かってます。片手では刃物の整備が十分にできない。しかし、駄目になるたびに買い替えるだけの財力もない。だから鈍器を使っているのでしょう。だが、それでは駄目だ。それでは御前試合を勝ち抜くことはできない」

「分かってて言うなんて、いけずな人やね」

「なので、これをどうぞ。【防錆】【耐食】の付与された剣です。こちら差し上げますので、使ってください」

 ファウーゼは一気に警戒度を引き上げた。うまい餌には毒がある。そう相場が決まっている。ルヴィケスの目的はなんなのか、ファウーゼは内心を推しはかろうとじっと観察する。

 ルヴィケスは肩を竦めた。

「別に見返りなんて不要ですよ。これも本来なら倉庫に何十年も眠っているはずで、それが可哀そうだから持ってきただけです。要らないなら他の子にあげます」

「……こんな良いもんを? 正気?」

「使われない武器に価値なんてないのでね。そしてそれは人であってもの同じこと。あなたは【独立命撰特務】に来るべきです。こんな何もない原っぱで才能を腐らせるのは、帝国の損失です」

「随分言うてくれはりますね。うちの大事な大事な故郷だってのに」

「そうは見えませんけどね。友も、家族も、帰るべき家もないのでしょう」

 ファウーゼはかっとなってルヴィケスの胸倉を掴んだ。うちの何が分かる。そんな言葉が喉まで出かかった。

 だが、ルヴィケスは肩を竦めた。そうだ何も知らない。興味がないから。興味があるのは、お前が何者かだけだ。お前がどうなるのか。それだけだ。取り繕うこともせず、ルヴィケスの目は冷え冷えとしていた。

 ファウーゼは思わず泣きそうになった。だが、ルヴィケスの前で泣くのは悔しく、恥ずかしく、必死にこらえて顔を逸らした。

 手を離し、二呼吸して、ファウーゼは訊いた。

「うちは、御前試合を勝ち抜くことができると、本当に思うてはるんどす?」

「ええ。丁度、あなたに合う分隊があります。ほどほどに有能な後衛が二人に、無能な前衛が一人。その分隊は優秀な前衛を求めています。あなたであれば問題なく歓迎されるでしょう」

「群大会も、州大会も勝てると?」

「州大会は少しばかり厳しいかもしれませんが、あなたの努力と頑張り次第では十分に勝機があると考えています。あなたが追跡者として相手の注意を一手に引き受け、相手の攻撃を全て捌き続けることができるならば。そうであれば、どんなぼんくら後衛だろうと勝てるでしょう」

「……なんそれ。めっちゃ大変ですやん。無茶ぶりにもほどがあるわ」

「それくらいできないと、本大会に出ても任命してもらえませんよ。ですが、逆に言えば、そんな状況で本大会に出さえすれば、実績は十分。私がなんとしても捻じ込みます。うちの碧雲隊にね」

「碧雲隊……」

 ファウーゼはルヴィケスの方を見た。しかし、その内心は読めない。本心で言っているようにしか見えない。他の目的が、欲望が見えてこない。

 唐突に、ファウーゼは馬鹿らしくなった。

 剣をくれるというなら貰っておけばいい。御前試合だって形式上は新成人全員が参加するのだから、勧められたとこに入っても大差はない。とりあえず話に乗っておけばいいのだ。そして、もし裏があり、目の前の男が自身を利用しようとしているのならば、その思惑ごと叩き潰せばいい。過去、ファウーゼが群司に対してそうしたように。もっと上手く。もっと狡猾に。もっと徹底的に。完璧に。

 ファウーゼはルヴィケスの差し出した剣を奪い取るように受け取ると、勢いよく馬を走らせた。ルヴィケスが呼び止めてくることはなかった。あっという間に姿は見えなくなり、いつも通りの青空と草原だけが視界に広がった。

 数多の同年代と争い、勝ち抜き、国で一番の戦士になる。【独立命撰特務】に選ばれるということは、ほぼそれと同義だ。そんなことが上手くいくわけがない。

 だが、ファウーゼの胸中は不思議と、久々に晴れ晴れとしていた。

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