第十話「星の輝きに目が眩み」①
碧雲隊隊舎の中庭に十数人の人がいた。
その輪の中央に立つのはファウーゼとクーピムーンズ。片方は片手剣を抜いて構え、片方は腰の短剣に手を置いている。
緊迫した空気。二人の表情は真剣で、殺気ともとれるほどの本気をみなぎらせている。周囲の人間も息を殺し、二人のやり取りを見守っている。
細かく体を揺らしながらにじり寄るファウーゼに対し、クーピムーンズはそれを凝視つつも微動だにしない。体のあらゆる部位で細かく牽制を放つが、それも無意味。まるで目を見開いたまま眠っているかのように、一切の反応を示さない。
であれば。ファウーゼは仕掛ける。風のように踏み込み、その剣を振るう。
刹那、クーピムーンズは腰の短剣を抜き放った。
交錯し、また距離が空く。それを見て周囲の人間はどよめきを上げた。
二人は無傷だった。しかし、ファウーゼは苦笑しながら剣を鞘に納める。
「こりゃあきまへんわ。もう四半歩踏みこんだら斬られとった。うちが正攻法でこの子しばくのは難しいかもしれまへん」
再び上がるどよめき。その場の全員がファウーゼの技量を良く知っているがゆえに、その降伏宣言にも近い言葉に驚きを隠せなかった。
一方、クーピムーンズも驚愕に目を見開いている。
「いやー……斬ったと思って斬れてなかったのは初めてでやす。ええ? 今何したんですかい? 俺っちに幻覚掛けました?」
「うちはそんな器用やあらへんよ」
「じゃあ純粋に足運びということですかい。こりゃおったまげた。世界は広いでございやすねえ」
そう言いながら腰の鞘に短剣を収めるクーピムーンズ。そして、和やかに握手する二人。互いの実力を認め合ったが故の素晴らしい光景だったが、そこに野次が飛ぶ。
「おいおいどうした第三分隊の追跡者が新人の後輩に白旗か?」
口に手を当てて叫ぶのはダウビンナだ。それにファウーゼは少しむっとした顔をして答える。
「ほんじゃ第二分隊の先輩の実力見せていただきましょか。まさか逃げるとは言いまへんよね?」
「おお見せてやろうじゃねえか。……盾は使っていいよな?」
「追跡者なら足で躱して見せてくださいよ、情けないこと言ってないで」
「馬鹿やろ。俺は盾込みでの追跡者なんだよ」
ダウビンナはそう言いながらがんがんと大盾を叩く。
そちらに目を遣ったクーピムーンズは、直後に抜剣して自身に向かって飛んできた矢を切り落とした。
「おぉー、この距離でこの不意打ちが通らないのか。じゃあ速さで責めるのは無理かもな。威力か、連射か。納剣の動作があるから後者かな」
そう悪びれもなく言うのは碧雲隊第四分隊の狙撃者、ヨクエナだった。短剣を納めるクーピムーンズ手で謝りつつ、握手を求める。クーピムーンズも気にせず握手で返した。
そこからは順番などなく、かわるがわるクーピムーンズとの手合わせが行われる。それを横目に見つつ、端の方に転がるザハはか細い声で呟く。
「……どういう体力してんだ、この人ら。トドイ教官のしごき、一緒に受けたはずだよなぁ」
同じく横に転がるオウカも呟く。
「……同じ人間じゃないんですよ。なんかおかしいんです。ファウーゼ先輩だって、私と同じ美女枠のはずなのに……」
横に座るプッダプーヤも汗を拭いながら頷く
「それは同感。でもそれはそれとしてオウカはもう少し体力付けような」
「私は観測者だから良いんですー。前衛張る野郎共と一緒にしないでくださーい」
「俺も観測者だから勘弁してくれねぇかなぁ」
「ザハさんは駄目じゃないですかね。オウカと違って完全に体を張る型の観測者ですし。それ故の、護衛としての第一分隊への抜擢でしょうし」
「あぁー、トドイ教官、優しくてくれよぉ」
わっと歓声が湧く。中央に目を向けると、短剣を取り落としたクーピムーンズと満足気に斧槍を構えるヒノスバが向かい合っていた。どうやら、ヒノスバが一本取ったらしかった。
大人気なく第一分隊の隊員まで斧槍を持ち始めたのを見て、冷や汗を掻き始めるクーピムーンズを救ったのは、あきれ顔のルヴィケスだった。
「皆さん、もう時間だというのに何してるんですか。フォフォ隊長ももう作戦室に来てますよ」
慌てて全員が身支度を整え、小走りに移動し始める。碧雲隊の隊員はほぼ全員がフォフォを慕っていることの証左だ。そうした感情のない新人も隊長を待たせるわけにはいかないと慌てている。
どやどやと戦士組が作戦室に入ると、メディエが鼻を抓んで呟く。
「汗臭っ。何してたんすか、水浴びして着替える時間くらいあったでしょ」
その生意気な口をヒノスバは頭を叩いて黙らせる。だが、同じことを考えていた口は一つではなかったようで、それは無意味だった。
「うわ、自分の分隊の隊員だからって暴力で黙らせるなんて野蛮ね。臭いのは事実なんだから文句の一つくらい黙って受け入れなさいよ」
半目で睨むのは第四分隊の観測者キューティ。
「男はこういうところ、いくつになっても駄目ねぇ。泥まみれで部屋に入ってくるところとか、うちの子と変わらないわよ」
そう言って笑うのは第一分隊の追跡者ヴシクス。
「というか、時間くらい守れないんですか? 年に一度の決起式ですよ? まずは謝罪からでは?」
言いながら頭が痛そうに眼帯を叩くのは第二分隊の観測者リクァロフ。
一言も返せずに粛々と座る戦士一同。一番悔しそうなのは臭いことを自覚し、なんとかしたいと思ってはいるのに、それをするだけの体力がなかったことを悔いているオウカだった。
ザハとクーピムーンズが隅の方に座っている同期のラスティンを見つけ、横に座る。すると、ラスティンはもの言いたげに二人の方を見上げた。
「ん? どうかしたかぁ?」
「率直に臭いですわ……」
「……申し訳ない。一席空けるからゆるしてくだせえ」
二人はラスティンとの間に一席分空間を作った。
「そっちの初回訓練はどうでございやした?」
「普通でしたわ。|思ったより軽めでしたし《か》、|先輩たちは優しいですし《や》」
「いいなぁ、魔術師組はよぉ。次からは俺もそっち参加するわぁ」
「ザハの兄貴はもう少し鍛えた方が良いと思いやすぜ。刃鞭の扱いは見事ですが、我流でしょう。そのままじゃ死にやすぜ」
「俺ぁ死なねぇよぉ。そのために色々痛ぇ思いしてんだからよぉ」
「過信は禁物ですわ。第一分隊の責務、しかと果たしてくださいまし」
「へいへい」
ザハが面倒くさそうにため息を吐いたところで、丁度全員が席に座った。
フォフォが碧雲隊の隊員を見回す。すると、全員が口を閉じて姿勢を改めた。
「皆さん、親睦は深まりましたか?」
苦笑いするザハ、満足そうに頷くクーピムーンズ、控えめにはにかむラスティン。それらを見てフォフォは微かに微笑んで頷く。
「であれば、良いです。私たちは同じ隊の仲間。互いを知り、互いを信じ、互いに互いの命を預けます。仲良くしろ、とまでは言いませんが、力は合わせる必要があります。最低限、背中を預けられるくらいにはなっておいてくださいね」
口を閉じてしっかりと見据える。その眼力は常人であれば目を逸らすほどだが、新人の三人は正面から見つめ返した。それを見てフォフォはまた小さく頷く。
「さて、例年の決起式では当たり障りのない挨拶をして、そのまま親睦会という流れですが、今年は一つ、言っておかなければならないことがあります」
少しだけ空気がひりつく。それは不意を突かれた既存の隊員によるもの。フォフォがこうした前置きをしたのは初めてだったため、警戒を呼び起こしたのだ。
それに向かい、フォフォは言った。
「来年の末、再来年の始め、軍務省長官が退役します」
ほぼ全員が思わずと言った様子で物音を立てた。状況を理解していないのはザハとクーピムーンズのみ。
「勿論これは予定です。ですが、ほぼ確定と考えてください。また、公式な発表は近々あると思いますが、それまで口外もしないように」
ヒノスバが挙手した。フォフォが発言を許可する。
「理由は加齢ですか?」
「ええ。加齢を由としています」
「であれば来年末というのは、準備期間ですか?」
「ええ。例に漏れず、再来年に選抜ということになります」
「……フォフォ隊長は」
「ええ。権利を得られれば立候補します」
ざわつく作戦室。その空気に乗れていないザハは隣で驚いているラスティンに小声で問いかけた。
「どういうことぉ? なに驚いてんだこれぇ」
「軍務省長官というのは、即ち帝国の武力の象徴、全軍の最終統括権を持ちます。フォフォ隊長はそれに立候補すると、ただいま宣言なされましたわ」
「んーとぉ、権力志向ってことかぁ?」
「それもあるんですけども、それだけではなくて。形式上、選抜は禁軍軍団長、国軍軍団長、【独立命撰特務】序列一位の小隊長の三名から行われますが、過去【独立命撰特務】から選ばれたのは数件、何より、女性で軍務省長官になった例は皆無ですわ」
「おぉ、ってことは、凄まじく困難な道のりってことですかい」
「一言で纏めればそうですわ。ですが、それ以上になった場合の利益が少ないことが問題ですの。権力は得られますが好きには振るえず、実務の場からは遠ざかり、様々なしがらみに雁字搦めにされ、得られるのは名誉のみ。正直な話、フォフォ隊長のような方が求めるものとはかけ離れていると思っていましたわ」
爪を噛むラスティンに対し、ザハとクーピムーンズは首を傾げた。まだ今一実感を感じれていない。
フォフォが手を上げる。すると全員が一斉に黙る。
「そのため、これは毎年言っていることですが、できれば胸に刻み込んでください。我々碧雲隊は【独立命撰特務】の序列一位を目指します。そのつもりで任務に励み、この帝国に奉仕してください。期限は、あと二年。あと二年の成果で、我々は朱顎隊と冥弓隊を上回ります」
毎年聞かされていることではあるが、その受け取り方は例年とは異なった。ほぼ意味のない【独立命撰特務】の序列に明確な意味が生まれた。それを何としても勝ち取るという意思が、はっきりと全員に共有された。
「私の野望のために力を貸してくださいとは言いません。なぜなら私は貴方たちが他のどの小隊の隊員よりも優秀であると信じています。貴方たちが入隊時に誓った通り、その存在を懸けて帝国を良くしようと努めたならば、それは自ずと序列に反映されると信じています。そしてそれは、二年もあれば十分でしょう。ですので、弛まず、驕らず、その力を帝国のために奮うように。以上を、第百十期碧雲隊の決起式とさせていただきます」
そうして、一礼するフォフォ。
全員が立ち上がり、深々と首を垂れた。
まだ気温が低いはずの室内に、不思議な熱が生まれる。それは興奮によるもの。長年フォフォのもとで働いている者ほど強く、フォフォを慕っている者ほど強く発するその熱は、理解の浅い新人にも伝わって広がっていく。
しかし、その中に一人、浮かない顔をしていた隊員がいたことに気付いていたのは、一足早く顔を上げたルヴィケスだけだった。




