第九話「技と心の相関」⑧
任命式の会場で、トドイとルヴィケスは並んで座っていた。
壇上には変わらず四人の小隊長。それを見守る【独立命撰特務】の隊員たち。それをさらに取り囲む帝都の大群衆。冬だというのに熱気に満ちた広場は、積もった雪を解かすほどの熱量を持っていた。
「失礼しますわ」
そう言って横に座ったのは耀華隊専属調査員のブックスレイだ。どこか既視感のある光景に、トドイは首を傾げる。
「こんにちは。今年もまた嫌味言いに来たんすか?」
「いやっ、みじゃありませんわよ。今年も勝利宣言をしに来ましたの」
「勝利宣言?」
本気で理解していなさそうなトドイに、ブックスレイは手を顎に当てて二人を見下ろした。
「リューメは今年存分に働いてくださいましたわ。新人とはとても思えないほどの働きをね。噂に聞けば、去年リューメを第三任命で取ろうとしていた隊があったご様子ですが、はて?」
トドイは少し悔しそうにルヴィケスの肩を揺する。ルヴィケスは面倒くさそうに無視しようとしたが、肩を破壊される可能性を思い出して仕方なしに口を開いた。。
「ブックスレイ調査員。リューメは確かに今年目一杯働いたことでしょう。ですが、我々が第三任命で取ったオウカもまた負けていませんよ。知ってます? オウカ゠スバッネ」
「……知らないわけないでしょう」
「リューメほどではないですがね、ええ。彼女の索敵能力は万事に効く。お陰で働かせすぎてしまって本人が倒れかけたくらいです。いや、リューメほどではないですがね。そういえば、リューメはどの程度貢献点を稼いだんです? うちのオウカは七百八十点ほど稼いでますが」
「ぐっ、ぐぎぎぎぎぎぎ」
ブックスレイは手に持つ扇子を悔しそうに齧る。何せ、オウカの稼いだ貢献点は碧雲隊の中で三指に入る。いくら優秀とはいえ、入って一年目のリューメが比べられる値ではない。
ルヴィケスは満面の笑みを浮かべると、そっと耳打ちをする。
「実は、リューメは囮でオウカを取るのが去年の狙いだった言ったら、信じます?」
「なっ……! 負け惜しみ、をっ」
「ええ。負け惜しみかもしれませんねぇ。何せ、我々は当初リューメを取る予定だったのですから。リューメを取られたときのフォフォ隊長の迫真の表情、あれが演技なわけありませんものねぇ」
「そうです、わよ! あれは絶対に」
「なので、オウカを取るしかありませんでした。いやー、耀華隊にしてやられましたよ。まあこれも結果論ですかね? あれ、そういえば今年の勝利宣言はまだ聞けていませんでした。誰を取るつもりなんです? 耀華隊は」
「……言えるわけないでしょう」
「そうですね。まだここからこっそり小隊長に伝える可能性がありますからね。手の内は明かせませんよね」
そして、ブックスレイを馬鹿にするようにため息を吐きながら、言う。
「なにより、また去年みたいなことになったら、来年も扇子を齧ることになりかねませんからねぇ」
ブックスレイはルヴィケスを何度も指さしながら、真っ赤な顔で口をぱくぱくと開閉させる。だが、悔しさのあまり言葉も出てこないようで、それ以上二人に突っかかってくることはなかった。
ルヴィケスは視線でトドイにこれで良いか尋ねる。トドイは笑顔で親指を立てて返した。トドイは満足したらしかった。
そうして少し待つと任命式が始まる。厳かな宣言と、粛々と進められる指名・任命。
今年は碧雲隊に取って大きな波乱はなく、フォフォは予定通りに任命を進めた。
だが、碧雲隊にとっての波乱がないのと、その他の人々にとって驚きがないのとはまた別問題。
「碧雲隊の指定。硬貨六枚を、ラスティン゠ティフタンに」
上がるどよめき。ざわめく群衆。
横紙破りの冥弓隊以外の大学の生徒の指定。戦士学科の主席でないため冥弓隊とは被っていないが、異常事態であることは間違いない。実際にやるとは思っていなかった他の三小隊長は眉を顰め、小さく笑い、驚愕に目を見開いた。
静粛に、という案内が三度響き、ラスティンは任命を受けるか意思を確認される。それにラスティンが頷いて肯定の意を示すと、再び爆発的な歓声が湧いた。
その歓声に肯定的な響きが多く含まれていたのは、それだけ慣習を無意味だと思っていた人間が多くいたということだ。その中に大学の生徒が多く含まれていたというのも、多くのことを示している。それを浴びてフォフォは少しだけ気が楽になり、肩の力を緩めた。
そして、第二任命。
「碧雲隊の指定。硬貨四枚を、……クーピムーンズに」
始めは沈黙と困惑が広がる。特に軍事に詳しい者以外、クーピムーンズの名を知るもの自体が少なかったからだ。
だが、光魔術によりクーピムーンズの姿が広場の壁に映し出されると、それは叫び声に変わる。
「獣人!?」
「獣人だ! ついに獣人が【独立命撰特務】に!!」
「おいおいおいおいおいおいおい! そんなのありかよ碧雲隊! 歴史を破壊し過ぎだろ!!」
「誰か情報くれ! 誰これ! どんな子!?」
「今年もオウカ枠が来たぞ!! 素性を調べろ早く!! 他社に後れを取るな!!」
「こいつ知ってる! ヴァロン流の刺客だ!! メウ飛び地から怪物が来たぞ!!」
「ふわふわの羽毛! かわいいー!!」
「なんという……恐れを知らない女傑……業竜殺しのフォフォ゠ジノグルス……!!」
喜怒哀楽、すべての感情がクーピムーンズに向けられる。だが、当のクーピムーンズは少し驚きつつも、両手を腰の短剣に載せてどっしりと構えていた。
その堂々とした態度が好意的に受け取られたのか、誰かが叫んだそれが段々とうねりを上げる。
「クーピン! クーピン! クーピムーンズ!」
おそらく知り合いが叫んだ名前。それが伝染して広がっていく。獣人が、亜人間が、それらと関わる人々が。称えるようにその名を呼ぶ。
クーピムーンズはそれを目を細めて聞きつつ、トドイのいる方に向かって頭を下げた。
最後に、第三任命。
「碧雲隊の指定。硬貨二枚を、ザハ゠ユゥシュビィに」
ぱちぱちと拍手が湧く。小汚い野郎が兄貴と野太く叫ぶ声が飛ぶ。
どよめきが最も少ないのが開拓者組合から強奪したザハだということが、今年の碧雲隊の異常さを表していた。
三人の中でもっとも純粋な祝福の籠った拍手が降り注ぐ中、ザハはいつも通りの間延びした声で任命を受けた。
任命式が終わり、人々が段々と後始末へと動き始める中、ルヴィケスは横に座って放心するブックスレイに声をかける。
「どうです? 今年は被らなかったですが、狙い通りですか?」
それに対し、ブックスレイは意味の分からない物を見る目でルヴィケスを見上げた。
「あ、あなたたち、頭がおかしいんじゃありませんの……?」
「褒め言葉だと受け取っておきます。うちの隊長の度量の大きさは、ウェアジルン小隊長に勝ってるようですね」
「愚かしさの間違いですわ。ありえない。正気じゃありませんわ」
「全くです」
トドイが顔を上げると、横に立っていたのは冥弓隊専属調査員のンシバメ。苦々しい顔で額に青筋を立て、ルヴィケスを見下ろしている。
「今年の任命、大勢の貴族を敵に回しましたよ」
「はっ、貴族なんて名前だけのただの金持ちです。【独立命撰特務】には関係ありませんね」
「その吐いた唾、飲み込めると思わないことです」
「そういうの、うちのムーベフに言ってやってくれませんか? ラスティンを取りに行ったのは彼ですので。真面目なので会場にはいると思いますよ」
「糞餓鬼が……」
トドイが怯えた表情になる。それに勢いづいたンシバメは、しかし、次の瞬間言葉を失った。
「おう、隣良いか?」
「どけ」
そう言ってトドイとルヴィケスの両隣に立つのは、二人の男だった。
一人は、獰猛な笑みを浮かべた赤髪の大男。朱顎隊小隊長、ララルトゥーリ゠トーヴァ。
一人は、爽やかな顔立ちに冷たい無表情を張り付けた青年。冥弓隊小隊長、キュシレ゠キュオタウ゠キュルテ。
ブックスレイは悲鳴を上げながら飛び退り、ンシバメは窒息するかのような表情で直立不動の姿勢を取った。流石のトドイも大物二人に囲まれて表情を固くし、いつも通りなのは愛想笑いを張り付けたルヴィケスだけだった。
返事も聞かずにトドイの横に座るララルトゥーリと、ルヴィケスの横に座るキュシレ。他の周囲の人間はぎょっとした表情で散っていった。
「お前んところ、今年も面白そうなの取ったな」
そう言ってララルトゥーリはトドイ越しにルヴィケスの肩を叩く。ルヴィケスは苦笑しつつもそれに抵抗はしない。
「緑のの覚悟は決まっていそうだが、絵を描いたのは貴様だろう。ルヴィケスとやら」
腕を組んだままキュシレはルヴィケスを睨む。トドイは自身が睨まれたわけでもないのに涙目になって肩を縮めた。
そんな二人の威圧もどこ吹く風と言った様子で、ルヴィケスは笑う。
「いいでしょう。欲しいって言っても上げませんよ。もう碧雲隊の隊員ですから」
「ははっ、違いない。でもな、制度として欲しいな、小隊間の隊員交換は。小隊同士で隊員の交換ができりゃあ、もう少し柔軟な運用ができる」
「馬鹿らしい。不良品の押し付け合いに何の意味がある。使えないのはさっさと斬り捨てろ。自身の目が節穴だったと認めてな」
「それが難しいんだよ、この歳になると。なんだかんだ愛着が湧いちまう。馬鹿な子ほどかわいいってな」
「情に流されるようならさっさと小隊長を辞せ。使えない男だな」
険悪になりそうな空気の中、ルヴィケスが口を挟む。
「まあま、落ち着きましょうよ。喧嘩は私たちを挟まずにやってください。それよりなんです? 用事があるんでしょう?」
二人の目が一斉にルヴィケスに向く。そして、同時に口を開く。
「うちに来ないか、ルヴィケス」
「冥弓隊に来い、ルヴィケス」
思わず噴き出したのはトドイ。咳き込みつつ、二人の小隊長の顔を交互に見比べる。
嘘みたいな話だ。だが、二人の顔は大真面目。決して冗談を言っている顔ではない。
勢い込んで口を開こうとするトドイの頭をララルトゥーリがぽんぽんと叩いた。その手に入っていた力は決して強くはなかったが、トドイはその圧に押されて喋れなくなる。口を挟むな小娘。そんな強烈な意思がその手には込められていた。
対するルヴィケスはいつも通り笑う。
「おやおや、大人気ですね私。買い被ってもらえているようで何より」
「買い被りってことはない。お前さんが来て、何年か。忘れたが、碧雲隊の戦力は上がり続けている。下手したら、今年か来年にはうちも抜かれそうなぐらいだ」
「くだらない謙遜は不要だ。小細工の苦手な政治力のないあの女にここまで隊を強くすることはできない。躍進は一重に貴様の功績だ。俺の臣下となることを許す。光栄に思え」
「知らぬうちに私の評価が爆上がりしていたようですね。高く売れそうなら嬉しいことです」
ルヴィケスは頷き、しかし、首を横に振った。
「申し訳ありませんが、私、もう来年の契約もしちゃったんですよ。なので絶対にあと一年は碧雲隊で専属調査員やります。契約なのでね」
「ほう、なら再来年は?」
「条件次第では、考えなくもないですねぇ」
トドイは弾かれたようにルヴィケスを見上げた。その言葉が本心だとは信じたくなかった。
だが、ルヴィケスの表情はいつも通り。本心の全く見えない作り笑い。ただ目だけがじっと観察を続けている。
思わず手を伸ばし、袖を掴んでしまうトドイ。ルヴィケスはそれに苦笑しつつ、立ち上がった。
「この条件、吞めます?」
そう言って、ルヴィケスは二枚の紙きれを取り出すと、ララルトゥーリとキュシレの懐に差し込んだ。そして、トドイの肩も叩いて立たせると、返事も聞かずに一礼してその場を後にする。
ルヴィケスは非常に上機嫌に見えた。なぜかその姿がトドイには恐ろしかった。いつも通り、碧雲隊のために何か策を弄したのだと、来年の任命のための布石を打ったのだと、そう思いたいのに、何故か思えなかった。
鼻歌まで歌い始めたルヴィケスの袖を握ったまま、トドイは半歩後ろを歩く。
「先輩」
「なんですか?」
「先輩は」
ずっと碧雲隊にいてくれますよね?
なぜかトドイにはその言葉を発することができず、もやもやとしたまま、俯いた。




