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鐵の篩  作者: 仁崎 真昼
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第十話「星の輝きに目が眩み」②

 積もる一方だった雪が少しずつその嵩を減らすようになってきた季節。まだ風は冷たくも太陽が少しだけ輝きを増してきた季節。

 その陽光を浴びながら、ルヴィケスは喫茶フーデングーブの屋外席でのんびりと朝食を取っていた。

「もう少し暖かくなったら、様子を見に行きましょうかねえ」

 そう呟き、湯気を立てる茶を啜る。その足元では鳥たちが足元に零れた残飯をつついている。

 仕事はおおむね順調。厳しくはあるが、ルヴィケスの当初の予定を進められるだけの進捗はある。その先は色々と賭けなければならないが、それもいつものこと。万事抜かりなくうまくいく計画など、ルヴィケスは立てられたことはなかった。だから、いつものこと。そう思いながら、ルヴィケスはまた茶を啜る。

 しかし、食事が半分ほど進んだ頃、ルヴィケスの卓の前に誰かが立った。

「あれ? ルヴィケスはん、こんなところで何しとるんどす?」

「ファウーゼ。仕事ですよ仕事。そちらもですか?」

「そうどす。まだ寒いのにこんな北方まで来ているんですね。お疲れ様です」

「私の仕事はしゃべることだけなので楽なもんですよ。そちらと比べればね」

 ファウーゼは店員に許可を取り、ルヴィケスの対面に座った。そして、軽い食事を注文し、肘を卓についてルヴィケスの方をじっと見た。

「どうかしましたか?」

「……ちょっとお悩み相談、聞いてくれまへんか?」

「珍しいですね。別に良いですよ。私が食事を終えるまでならば」

 そう言って一口。その言葉は本当にそれ以上の意図はないようで、そう言うルヴィケスの食事の手が止まることはない。ファウーゼは慌てて口を開く。

「今年の碧雲隊の編成どう思います?」

「ああ、なるほど。第三分隊への昇格おめでとうございます」

「ありがとうございます。ってそうやなくてですね。褒めてほしいわけじゃないんどす」

 ルヴィケスは首を傾げた。

「でしたら別に特に言うことはありません。妥当だと思いますよ。まあいきなり第一分隊にザハを突っ込んだのは結構冒険したな、とは思いましたけど」

「それはまあ、うちも思いましたけど。せやかて恒常的な未来感知の能力を持つ戦士なんて希少も希少どす。そこは別に異論ないと思います。甲種任務にもぴったりですし」

「甲種任務向けの能力を持った実力と経験の第一分隊、実力と実績の第二分隊、後はまあ実力順でしょう。実力、という点だけで言えばあなたたちが第二分隊まで上がっても良かったと思いますよ? 流石に隊内の反発を鑑みて抑えはしたようですが。この調子で働き続ければ再来年あたりには第二まで上がるのは確実でしょう。腐らずに頑張ってください」

 ルヴィケスは淡々と告げる。そこに私情や世辞が入っている色はない。それはファウーゼにも理解できた。

 だが、ファウーゼの顔色は優れない。それを見て取ったルヴィケスは茶を啜りつつ次の言葉を待つことにした。

 ファウーゼは少しだけ迷っていたようだったが、店員が料理を持ってきたのを契機に、訥々と口を開き始めた。

「うちは、腐っている暇なんてありまへん。うちの分隊が評価されているのは、ヒノスバ隊長とオウカの力が大きいと思ってます。単純な実力でも、まだまだうちは力不足どす」

 そんなことはない、と口を挟みかけ、無理矢理その口を閉じるルヴィケス。今はまだ聞く時間との判断。

「でも、うち以外が、その」

「もしかしてプッダプーヤのことですか?」

「……はい。そうどす」

「彼、今年は第四から第六分隊まで落とされちゃいましたからねぇ。ああ、気落ちしていないか心配していると」

 ファウーゼは硬い表情で頷いた。

 現在実働隊員が二十二名の碧雲隊では、四人ずつ分隊を組んでいくと第六分隊が二人不足する。例年ではそこは休養者や怪我人が交代で入っていたが、幸いなことに今年はまだ全員が健康。要するに、隊員として使えないと判断された者が第六分隊に配備されている状態だ。

 一人はまだ操作に難ありと判断され、スンダッギの指導の下に訓練に重点を置いているラスティン。そして、もう一人が今年で二年目のプッダプーヤだった。

 ルヴィケスはため息を抑える。ある意味毎年恒例とも言える出来事だが、解決策はほぼない。村で一番、地域で一番、御前試合で一番。だとしてもそれは【独立命撰特務】で一番だということではなく、寧ろ下から数えた方が早い程度の実力者。その状況に心折れる天才もどきは多く、その事実を元に踏ん張れない戦士たちがぽろぽろと櫛の歯が抜けるように脱落していく。

 毎年三名取りその全員が大成した場合、小隊の実働隊員は十年で三十名になり、上限の二十四名を越えてしまう。だが、そんな贅沢な悩みをしている小隊はない。その事実が、【独立命撰特務】の脱落者の多さを示していた。

「あれ、でもなんでファウーゼが気にしてるんです? 同期はオウカとメディエでしょう」

「オウカはああですし、メディエは魔術師。戦士の先輩で歳も近いうちが結構相談に乗ってたんどす。そしたら最近気ぃ落としてはるみたいで、訓練にも身が入ってへんように見えて」

 どないしましょう、と見つめてくるファウーゼに、ルヴィケスは素っ気なく首を振った。

「諦めましょう。こんなのは本人の心持ち次第です。実力が足りないだけでなくやる気までなくしたようなら除名します。幸い、今年は二十二名。一名除名したところで三名取れば二十四に届きます」

「やっぱり、そうなりますか」

「なりますよ。そもそも、実力を客観視できているのであれば、プッダプーヤが去年第四分隊に入ったのはただの調整(、、)だということは理解できたはずです。その程度も理解できない頭であれば、やはり【独立命撰特務】は向かない。辞めさせた方が彼のためです」

「フォフォ隊長は、元々うちらをすぐに上げる予定だったって、ことでしょか?」

「ええ。次の主力としたいヒノスバに隊長という職務に慣れさせたい。特に有望な新人たちを積極的に使いたい。できれば役割を固めて連携も盤石にさせたい。その下詰みとしてあなたたちを第五分隊に置いただけなんです。誰からの反発も受けないように、実績を詰ませようとね。まあ、ここまで早く上げるのは予想外だったでしょうが、隊内の反発もなさそうなところを見ると、単純にあなたたちが優秀過ぎただけですね。何も気にしなくていいです。気にしては駄目です」

 ルヴィケスの視線は鋭かった。こんな些事で気持ちを緩ませるな、と強烈に語っていた。それを正確に受け取ったファウーゼは、深呼吸をして自身の頬を張った。

 それを微笑ましく思いつつ、ルヴィケスは思考を巡らせる。

(とはいえ、人が減るのはあまり好ましくないですね。プッダプーヤは実力はそこそこ、人格もまとも。薬にはならないが毒にもならない。順調に成長しさえすれば優秀な働き手にはなる。育ってほしいところではあるんですが)

 推薦したトドイとは毎日のように顔を合わせているはずであり、人間関係が上手くいっていないとも思えない。大きな問題があって実力を発揮できていないわけでもないため、特効薬足りえる手立ても思いつかない。

 と、そこでルヴィケスはふと疑問に思った。

「ファウーゼ、あなたの同期の破壊者、ウネイってどんな人間です?」

「ウネイ? 真面目で明るい戦士って感じどす。あ、彼は別にやる気なくしたりはしてまへんよ。第五分隊に落ちてしもたんどすけど、新しく第五に来はったクーピンに刺激されて滅茶苦茶発奮してはります」

「別に近寄りがたいって感じでもない?」

「はあ。普通だと思いますけど。強いて言うなら爽やか過ぎて眩しいかも、どす」

「そこは私の印象も同じです。となると」

 ルヴィケスは考える。なぜプッダプーヤは同性のウネイではなくファウーゼに相談したのか。そして簡単に答えにたどり着く。ファウーゼは非常に見た目が良い。気立ても良い。

 利用できる。年若い男の恋心ほど強い原動力はない。操縦しやすいものもない。ルヴィケスの頭は高速で回転し始めた。

 しかも、思わぬ方向から援護が飛ぶ。

「……なんや、気晴らしでもさせた方がええんやろか」

「そうかもしれませんね。気晴らし、何か派手な行事がいいですかね。直近だと……」

「あ、星霽祭がありますよ。あの日くらいやったら流石に働けとも言われへんでしょうし。警備してはる人には申し訳ないですけど」

「いえいえ【独立命撰特務】なので気にしなくていいです。普段もっと頑張ってるんですから。年に二回の祭くらい、楽しむ権利はありますよ。丁度良さそうですね。実にいい」

 ファウーゼの口から名前が出たのはルヴィケスにとって都合が良かった。自然な誘導のこつは、とにかく話の流れに違和感が出ないこと。そして、最終的な結論を相手に言わせること。その二つが簡単に解決し、ルヴィケスはほくそ笑む。

 あとは真面目なファウーゼをどう祭りに呼び込むか。

「どうです? いっそ壇上に上がって踊ってみてしまうのは。気分が晴れるかもしれませんよ?」

 鯨釣り論法。無茶な要求を最初に行い、本当に通したい要求をそれより簡単に見せる初歩的な詐術。それに話題に明らかな誤りを仕込むことで認知負荷を上げる赤竜論法を織り交ぜ、ルヴィケスはファウーゼを仕留めに掛かる。

 しかし、予想に反してファウーゼは少し頬を染めると、上目遣いでルヴィケスを見上げてきた。

「いやいや! うちの気晴らしやのうてプッダプーヤの気晴らしどす! いやもちろん、壇上で踊ったらうちかて気晴らしになるかもしれまへんけど、そない簡単に上がれるもんでもおへんし、それに、うちもう八年も踊ってへんし、片腕ものうなって前みたいに踊れるかわからへんし……」

 なぜだか、ファウーゼは踊ることに乗り気に見えた。

「急に外回りの仕事が入る可能性もありますし、相手の都合が合うかもわからへんし、衣装も持ってまへんし、体中傷だらけですし、そもそも二十歳って年齢も壇上に上がるにはぎりぎりいうか……」

 ルヴィケスは疑問に思いながらもとりあえず進めることにした。

「星霽祭中に自分から働きたがる人間なんていませんよ。ファウーゼが誘ったら喜んで来るんじゃないんですかね。男なら誰でも」

「ほ、本当どすか!?」

「ええ。それに何度も言ってますが、休養は大事です。それこそ鍛錬と同じくらいに。身体的な話だけでなく、精神的な面でもね」

「ル、ルヴィケスはんも星霽祭見ます?」

「毎年、帝都のを見てますよ」

「帝都」

 ファウーゼは完全にやる気になっているようだった。それを見てルヴィケスもほくそ笑む。

 ルヴィケスは立ち上がり、食べる手を止めて考え込んでいるファウーゼに声をかける。

「プッダプーヤには私から声をかけておきますね」

 そう言って、ファウーゼの分も会計を済ませると、その場を立ち去った。

 なお、最後の言葉はファウーゼの脳には全く入っていなかった。


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