第九話「技と心の相関」④
トドイが気まずそうな顔をして静かに会議室に入ると、先に席についていたルヴィケスが笑顔で手を振った。
「おや、遅刻寸前ですよ、トドイ。ほら早く座りなさい。会議が始まります」
「せ、先輩。珍しいっすね、会議に出てるなんて」
「そんなことはありません。今年はもう十回も出てます」
「たった十回しか出てないんすよ。今年ももう終わるってのに」
苦笑いするトドイを無視し、ルヴィケスは上機嫌に鼻歌を歌う。出席率が二割に満たないというのに、本人としては十分に出ているつもりのようだった。
トドイは更に口を開こうとするが、そこで丁度フォフォが入ってきたため、慌てて姿勢を正して正面を向く。フォフォはそんなトドイをちらりと一瞥したが、特に何か言及することもなく会議を始めた。
簡単な現状の確認、他小隊の動向の共有、一週間の視察の成果。それらを順々に発言し、取りまとめて情報を整理する。そして、任命する戦士の等級の見直しを行い、次週の行動の指針を決定する。週次の会議は滞りなく進み、特に荒れることもない。
「トドイ。あなたは何か報告がありますか?」
「い、いえ。とくに、ない、す」
「そうですか。では引き続き情報収集をお願いします。ただし、隊員への闘技指導は怠ることのないよう。頼みますね」
「わかり、ました」
トドイはフォフォの目をまともに見れなかった。理由はどうあれ、先週の会議でフォフォのことを罵倒しながら逃げ出したのは事実。叱責で済めば御の字という覚悟で今日の会議に臨んだからだ。
だが、フォフォの口調はいつも通り、終始穏やかで事務的であり、怒りや侮蔑の色は見せてこない。トドイはちらちらと横目で様子を窺うが、予期していたような場面は訪れなかった。
緊張に震えるトドイの横で、ルヴィケスが挙手する。
「フォフォ隊長、私からも一つ良いですか?」
「はい、なんでしょうか。面白い戦士でも見つけましたか?」
「いましたね。何とも極端な戦士です。ある意味ラスティンよりも極端です。ただし、現時点ではまだ評価しきれません。色々と世間慣れしていなさすぎます」
「名前は?」
「クーピムーンズ」
やはり、といった表情で呆れる面々。唯一驚いた顔をしたのはトドイだ。
「せ、先輩、クーピンのことを、どこで?」
「この前帝都で偶然会ったんですよ。どこでだと思います? これがまた面白くて、契約術を悪用する詐欺師に捕まって借金背負わされかけてるところに出くわしましてね」
「クーピンが……帝都に?」
その言葉に顔を顰めるのはムーベフだ。
「待て。実力があるだろうことはトドイの再三の報告により理解しているが、けちな詐欺師に嵌められるような輩は【独立命撰特務】には入れられないぞ。隊員が相手にするのはもっと狡猾で陰湿で非道な悪党どもだ。知識が足りないのは許容できるが、頭が回らないやつは駄目だ」
トドイは抗弁しようとするが、上手く言葉は出なかった。トドイはクーピムーンズの純真さと真面目さをよく知っているが、それはその長所ゆえに騙されたと言われたら納得できる種類の善性だ。
それでも尚、なんとか庇う言葉を搾り出そうとするトドイより先に、ルヴィケスが答える。
「まあまあ、そんなのは何回も騙されているうちに自然と身に付きますよ。幸いなことに【独立命撰特務】の権限は絶大。悪意持って接してくる輩は片っ端から牢屋にぶち込んだって罪には問われません」
「何度も騙される機会があればいいがな。一度の失敗で死ぬ可能性だってある。気楽に考えすぎるのもまずいだろう」
「そこが問題なんですよね。彼、切り替えの間が随分と独特みたいでして、人よりかなり遅めなんですよ。ちょっとばかし私も心配してしまいます」
「ルヴィケスがそう言うなら相当だな……」
「ははは。でもですよ? 彼は」
「待ってください」
ルヴィケスとムーベフの会話を止めたのはフォフォだ。フォフォは一呼吸を置いて卓上に置いた手を組みなおすと、トドイの方を向いてまっすぐに見つめた。
「まず、彼、クーピムーンズに関してですが、トドイ」
「はい」
「先週は軽はずみな発言をしてしまい申し訳ありませんでした。貴女の念押しには相当な理由があるはずだと想定すべきでした」
そう言って頭を下げるフォフォ。慌てるトドイ。
「待ってください! あの、私も先週は卑怯な言い方をしてしまいました。申し訳ありません。言質さえ取ってしまえば、クーピンを取ってくれるだろうだなんて、騙し討ちみたいなやり方、すべきではありませんでした。申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げ合う二人。その空気にリンは気まずそうな顔で明後日の方向を向き、スンダッギは楽しそうに髭を撫でる。
先に頭を上げたのはフォフォで、先に口を開いたのもフォフォだ。
「そして、改めて伝えておきます。碧雲隊はクーピムーンズを任命するつもりはありません」
「……それは、彼が獣人だからですか?」
「はい。彼を取るのはあまりにも碧雲隊の不利益になりえます。市民の間ではそこまで反感はなくとも、血と伝統を重んじる貴族の間では未だに獣人への嫌悪は強い。それは冥弓隊の縄張りからラスティンを取るのとはわけが違う。最悪の場合、皇帝の不興を買うのです。それはできなません」
「彼が、クーピンが、どんなに強くても?」
「ええ。利益が少なすぎます。強い戦士一人と、貴族の半数以上からの漠然とした嫌悪。あまりにもつり合いが取れない」
トドイは唇を嚙み締めた。それに対する反論をトドイは持ち合わせていなかった。
しかし、異論はトドイの真横から飛んだ。
「本当にそうなんです?」
「異論がありますか?」
「まあ、多少はあります。獣人を取る利益は、少なくともあと三つはあると思いますよ」
「述べてみなさい」
ルヴィケスは咳ばらいを一つすると、いつものうさん臭い笑みを浮かべて喋り始めた。
「まず一つ目。単純に耳目を集めることができます。何せ、【独立命撰特務】百年の歴史の中で、人間以外の隊員は一人もいません。なのでクーピンを任命した場合、史上初の獣人の隊員となります。史上初。この言葉の衝撃は大きいんですよ、一般人にとってはね。新聞だって書き立てるでしょうし、広報官も喜ぶ、かもしれません。碧雲隊の名が爆売れですよ」
「それがたとえ、悪評だとしても?」
「知られるのがまず第一。知名度は重要でしょう? 何をするにしてもね」
ムーベフが顰め面で頷く。ある意味人気商売であることを実感している【独立命撰特務】の隊員で、ルヴィケスの言葉を否定できるものはいなかった。
「二つ目。帝国は強大とは言え他国との繋がりは大事。そして、そのうえで清廉さというのもまた大事。獣人や亜人間を虐殺していた過去の歴史なんてのはとっとと記憶の彼方に消し去りたいわけです。最近流行りの人権派貴族なんてのが生まれたのもそれが理由。頭お花畑のような理由ではなく、これ以上なく現実的な理由で、一部の帝国貴族は獣人との融和を図りたがっていて、その成果を他国に示したがっている」
「……つまり、そうした人権派貴族からの支援が受けられる、と?」
「その通りでございます。後ろ盾の弱い碧雲隊としては、貴族と繋がりができるのは悪くないでしょう?」
「そう上手くいくとは思えませんが」
「それ抜きでも既に種は植えてます。夏にリン健康管理官が若い貴族を大量にたぶらかしたのでね」
「ふぇっ!?」
「ああ、最近ちょくちょく来るあの話はそういう理由ですか」
「何の話ですか!? どういう話ですか!?」
怯えた表情で食い下がるリンを無視し、ルヴィケスは指を一本立てる。
「そして三つ目。現在の帝国の人口のうち、獣人と亜人間の占める割合はどの程度か知ってます?」
「それは、知りません」
「約二厘と言われてます」
それに対し、ルヴィケスとリン以外の四人が同時に呟く。
「少ないですね」
「多いのぉ」
「多いな」
「すっくな」
顔を見合わせる四人に対し、ルヴィケスは楽しそうに笑いながら言った。
「割合としては少なく感じるかもしれませんね。でも、数にして十六万人。少なくともこれだけの人間はほぼ確実に碧雲隊を支持します。そして、その親類縁者、友人知人だって、碧雲隊には好印象を抱くでしょう。その人数は、決して少なくはない。少なくないんです」
ルヴィケスは思案に耽る五人に向かって断言した。
「今の三点だけでも、碧雲隊の序列に対する影響は、負のものより正のものが多いと私は思います。そう思いませんか?」
対する反応は、沈黙だった。
少しの間の後、フォフォがゆっくりと室内を見回す。
「仮に、ルヴィケスの言うことを真に受けたとしましょう」
「言い方に少し毒を感じますね?」
「だとして、前提として、【独立命撰特務】に引き入れるべきは圧倒的な強者です。それは戦う技術だけの話ではなく、知力、判断力、精神性といった、戦闘に向き合うための能力も含めてです。クーピムーンズの報告からは、まだ見合うだけのそれを感じ取れません」
「おやおやおやおや」
トドイは悔しそうにルヴィケスを睨む。フォフォのクーピムーンズに対する悪印象のうちの何割かは、冒頭のルヴィケスの雑談によるものだというのは明白だったからだ。
だが、その言葉と視線を受けてもルヴィケスは笑顔を崩さず、むしろ、待ってましたとばかりに手をひらひらと振る。
「逆に言えば、それがあると示せれば良いんですよね? あらゆる状況に対応し、自身の機転と技術により切り抜けられるだけの能力があると、そう示せれば」
「……ルヴィケス。何を企んでるんですか?」
「企むも何も。フォフォ隊長ならばその結論にたどり着くと信じて、既にクーピンを送り込んでいます。奇襲、闇討ち、絡め手、なんでもあり。謀略と欺瞞と悪意の坩堝――南部緩衝地帯に」
「なっ……!!」
一斉に立ち上がる隊員たち。
トドイは怒りの表情でルヴィケスの胸倉を掴んだ。
「先輩!! 何を、クーピンを殺す気ですか!!」
一方、ルヴィケスは酷く冷めた目でトドイを見下ろす。
「おや、あなたがクーピムーンズを信じられないのですか? トドイ」
「っ、そうじゃない、ですけどっ! でもっ、まだクーピンは十七なんですよ!」
「甘えないでくださいよ。【独立命撰特務】になろうなんて人間に歳が言い訳になるわけないでしょう」
「でもっ!」
「十七と言うならば、そうですね。ファウーゼ、オウカ、今年取る予定のラスティンでもいいです。彼女らは送り込んでもきっと平気な顔をして帰ってきますよ。同い年の少女にできるんです。できなきゃそれまでですよ」
トドイは泣きそうな顔をして目を逸らした。トドイの心配は正当であろうと、クーピムーンズの評価を落とすだけ。それを理解したがゆえに、歯を噛み締めて言葉を飲み込んだ。
ルヴィケスはフォフォに向かってほほ笑む。
「クーピンには一月でなんらか成果を出して来いと言ってます。成功したら、任命してもらえますよね?」
「成果、というのが目に見える形であり、相応のものであるならば……」
フォフォは深々と呼吸をし、確固たる意志を持ってルヴィケスを見つめ返した。
「クーピムーンズの任命もやぶさかではありません」




