第九話「技と心の相関」③
金がないなら稼げばいい。
クーピムーンズのそんな思惑はまたしても透かされる。
「よ、四等級ですかい?」
「はい。クーピムーンズさんの開拓者証の発行は七日後になります。それまでにも依頼を受けることは可能ですが、受けられる依頼の種類は制限されます。その他、毎週末に基本的な講習会を行っておりますので、よろしければそこで開拓者の基本を学んでいってください。何か質問は?」
にこりとも笑わない受付の男性の言葉はクーピムーンズの脳まで届かなかった。
開拓者の等級に関しては聞いたことがあった。六等級は新人、五等級は毛が生えた新人、四等級でやっと半人前。
クーピムーンズは自身の腕が一等級相当だと疑っていなかったため、開拓者組合に来たのだ。加入してがっぽりと稼ぐために。だが、実際には自身の評価は四等級だという。
「何かの間違いでないですかい? 四等級?」
「皆さんそうした反応されますが、試験の結果を反映した結果です。点数制なので手を入れようもありません」
「ひ、筆記試験が足を引っ張ったとか?」
「クーピムーンズさんの筆記試験の結果はむしろ良い方です。さすがはメウ飛び地出身といった形でしょうか。危険な生命に対する知識は一通り入っていらっしゃいますね。なので足を引っ張ったのは実技です」
少しばかり心当たりのあったクーピムーンズは怯む。
「ぐぅ……! ぼ、木剣などでは実力は測れないのでは? やはり真剣でなければ」
「真剣で試験なんて危なくてできるわけないでしょう。木剣であろうと実力は見れます。試験中もおっしゃってましたが、なぜ真剣がよろしいので?」
「木剣だと思いっきり叩いたら怪我しちまうかもと、躊躇してしまいやす」
「でも真剣なら思いっきり斬ったら死ぬでしょう」
「あと、木剣だと今一意識が切り替わらないというか、やる気が出ないというか」
「いつでもやる気を出せないと開拓者としてやっていけませんよ」
「それに! 剣を振る動きで何がわかるんですかい! 確かに俺っちの素振りはへなちょこでしたよ! でもきちんとした構えからなら」
「基本の振り下ろしを見ればその人の剣の腕は大体わかるそうですよ。構えさせてくれる相手ばかりでもありません。ご自身でももうわかっておられるのでは? 四等級が相応だと」
クーピムーンズはそれ以上何も言えず、肩を落として開拓者組合を後にした。
夕方になり、少しだけ人の減った通りを歩きつつ、クーピムーンズは深いため息を吐く。
(なんてーか、帝都は想像とは全然違いやすねぇ。獣人に対する当たりが強いかと思っていやしたが、別にそんなことはなく。震えが出るような強者が闊歩しているかと思っていやしたが、別にそんなこともなく。とにかく人が多く、活気があり、そして、きちんとした規律に満ちている。良くも悪くも、規律が人を縛っている)
そしてその規律とは、法律だけではない。倫理、良識、常識、教訓。そして、昔から受け継がれる帝国の民としての雰囲気。それらがこの街を作っている。
「獣人を排除しようとしているわけじゃぁないのがまあ、なんとも性質の悪いこって。ただ、なんとなく受け入れがたいだけ。そんな感じなんですかねぃ」
クーピムーンズにとってはやりにくい話だった。獣人を嫌悪する理由があるのであれば、それを取り除けばいいだけ。だが、それもなく、また本人たちも積極的に扱いを平等にしようとしている。そのうえで、なんとなく積極的に親密になろうとしないだけ。ただそれだけ。
だからこそ、直しようがない。少なくとも、表面上は問題がないのだから。
物思いに受けりつつ、町を歩いていたクーピムーンズは、唐突に手の中に何かをねじ込まれるのを感じた。
荷物を奪われるのではなく、何かを持たされる。その異常事態にクーピムーンズが慌てて振り向くと、そこには笑顔を浮かべた若い女性がいた。
「おや! 興味がおありですか? ではこちらへ!」
「な、なにを」
有無を言わさず、女性はクーピムーンズの腕を掴んで引っ張る。クーピムーンズは驚きのあまり抵抗できず、そのまま裏路地へと引っ張られる。
混乱したクーピムーンズが手の中にねじ込まれたものを見てみると、それは丸められた紙束で、びっしりと文字が書かれている契約書のように見えた。
「何か用ですかい? 俺っちは何も持ってませんぜ! 人違いだと思いやす!」
「いえいえ、興味を持たれたのならば逃がすわけにはいきません! 商売人の名折れです! 見るだけなら無料ですので是非!」
「いやいや! 興味って姐さん。無理矢理人の手の中にねじ込んでおいてなにを」
「これはきっと運命です! 紙片があなたの手に吸い込まれたのです! 興味がおありなんでしょう? そうでしょう!」
女性はそう言って扉を開け、中にクーピムーンズを押し込む。クーピムーンズは非力そうな女性が相手がゆえに抵抗もできず、そのまま建物の中に入ってしまった。
その建物の中は、こじんまりとした画廊のようだった。無地の壁に数点の絵画が貼られ、小さな棚に壺や皿が飾ってある。窓はなく、照明は蝋燭で薄暗く、飾ってある絵画の美麗さも相まってどこか神秘的な雰囲気がある。
見回したクーピムーンズは思わず絵画に目を取られた。遠浅の浜辺を描いた月夜の絵画。月光がきらきらと輝く砂粒を照らし、黒い海に足をつけた女性が遠くに佇んでいる。
しかし、すぐに我に返る。
「その絵、お気に召しましたかぁ?」
「はっ、いやいや、失礼。俺っちは絵を見に帝都に来たわけじゃないんです。なのでこれはお返しして」
「まあまあそう逸らず、のんびりしていってくださいよ。見るだけならただですから。ね、折角入館されたんですから。ね?」
クーピムーンズは本当に言葉が通じているのか不安になった。思念伝達も同時に行っているため、意図が通じていない可能性は低いが、それにしては女性の態度は異常だった。まさに聞く耳を持たないと言った様子。
言うとおりに少し見れば落ち着くだろうか。クーピムーンズは根負けし、言われた通りに絵を見る。
「これはかの画伯、トラニクが晩年に描いた名作でして、マイヴァの夜宴に興じた翌日に一日で描き上げたと言われております。世界的な評価も高く保存状態も良いため今後も評価はどんどん上がっていくことでしょう。あ、そちらも気になりますか? そちらはポワンゾンが世界中を放浪している最中にクイヅで見かけた刈り取りの様子を絵にしたものでございます。ボワンゾンは一宿のお礼に水車小屋の持ち主に譲り渡しまして、それがどんなに価値があるか理解していなかった持ち主はそれを壁の穴を塞ぐために用いていたとか! お! そちらに目をつけるとはお目が高い! そちらはかの有名なヒソベが生涯にただ一度描き上げたと言われている幻の絵画であり――」
よくそんなに言葉が続くな、と呆れるクーピムーンズを尻目に、女性は永遠としゃべり続ける。その言葉の真偽のほどは定かではないが、そこに込められた熱意だけは本物に感じる。それだけの勢いが女性のしゃべりにはある。
だが、クーピムーンズは芸術に興味がない。金もない。なので、綺麗だな、と思いはしても心が購入へと動くことはない。
無駄に時間を取らせるのも相手に悪いか、と思ったクーピムーンズは女性の言葉を遮って出ることにした。
「しかも焼失した絵画は七百枚のうち六百九十八枚! 確率にしてなんと」
「あー、姐さん、ちょっとよろしいですかい?」
「なんでしょうか! どれかお気に召したものがございましたか!?」
「いや、そろそろ失礼させていただこうかと。悪いですが、持ち合わせがないんでね」
「そ、そうですか。でも、あと少しだけお待ちいただけませんか?」
「いえいえ、無駄にお時間を取らせるのも悪い。では、俺っちはこれにて失礼」
「あと少し! あと少しで良いんです!」
女性は必死になってクーピムーンズの腕を掴んできた。クーピムーンズにとってそれを引きはがすのは簡単だったが、そうも必死になられると良心が痛む。
「そうは言われやしてもね、今晩の宿をどうするかも決めなきゃならねぇわけですよ」
「あと少し! あと少しなんで! ほら!」
「聞いてやすか? 野宿の可能性すらあるんでさぁ」
「あと、少し! あと、一呼吸!」
瞬間、クーピムーンズの背筋に嫌な感覚が走った。
目が合った女性の目には、隠しきれない悪意が顔を見せていた。
クーピムーンズは慌てて女性を振り払い、扉に手を掛けるが、空かない。鍵がかかっているなどではない。叩いてもびくともしない。物理的なものというよりは、魔術的なもの。
腰の短剣に手を当てて振り向くクーピムーンズ。その視界の先には、女性の他にもう一人の人間がいた。厭らしい笑みを浮かべる、山高帽を被った中年の男が。
「おや、金を払わずに出ていくのは犯罪だよ、鳥の獣人さん」
「……見るだけなら無料と、聞いていたんですがねぇ」
「見るだけならそうさ。でも長居はまた別。君の持つ契約書にもそう書いてあるだろう?」
クーピムーンズは二人から目を離さないようにしつつ、片手で持ちっぱなしだった紙を持ち上げる。すると、その紙からは先ほどまでは感じなかった妙な魔力が感じられた。
「契約術、ですかい。しかも、相手に契約を強制する、呪縛式」
「ほう! 田舎から出てきた戦士かと思ったが、存外博識なようだ。その通り。その契約術に従わないという選択肢はない」
「ええ、俺っちは知っていやすよ。契約術は、契約媒体を壊せば破棄できるってね」
「惜しい。君の手にあるのは片割れだ。私が保管するもう一枚も同時に壊さねば、契約の破棄はできない」
姿勢を低くし、両手を腰の短剣に当てるクーピムーンズに、男はおどけて見せる。
「おっと、やめたまえ。暴力は良くない。帝都の警邏は有能だよ? 君が善良な一般市民を害したのであれば、確実に突き止めて牢に入れるだろう」
「そんな脅し、効くわけないでしょう。半日もいればわかりやす。こんな詐欺行為、規律に満ちた帝都で成立するわけがありやせん」
「ほ。どうやら君のことを本格的に見誤っていたらしい。ちゃんと人間の脳は詰まっているようだ。確かに、普通ならこんな手は通じない」
しかし、言葉とは裏腹に余裕に満ちた表情で男は椅子に座り、足を組む。そして、笑う。
「だが、君は獣人だ。果たして君と私、どちらの言うことを警邏は信じるかな?」
クーピムーンズは動揺に肩を揺らしてしまった。その男の言葉はまさに、クーピムーンズが懸念していたことだったからだ。
そんなクーピムーンズに男は畳みかける。
「君、見たところ、成人するかどうかといったところだろう。腕に覚えもある様子。であれば、目的は簡単にわかる。【独立命撰特務】だろう? 名を売って入ろうというのだろう。この時期はそんな愚かな若者がたくさん来るから一目でわかるよ」
「それが、どうかしやしたかい?」
「任命規定その十一。被任命者に犯罪歴はあってはならない。当然だ。【独立命撰特務】は裁く側。その経歴に傷があってはならない。たとえ、無銭飲食などと言ったちっぽけな犯罪であっても、だ。わかるかい? 賭けてみるかい? 二分の一の水掛け論、いや、獣人という不安要素を背負ったうえで、警邏に訴えかけてみるかい? ん? どうした? 鳥の表情はよくわからないが、どこか顔色が悪いように見える」
クーピムーンズの呼吸が少し浅くなる。それは焦燥が原因だ。こうした状況はクーピムーンズは苦手だった。どうすれば良いかわからなかった。
そのため、クーピムーンズは腰に差した二本の短剣に両手を添える。それは迷ったときの手順。一つの事を思い出し、心に余裕を持たせるための動作。
しかし、男はそうした威圧にも慣れているのか余裕綽々といった表情で煙管を手に取り、火をつける。
そして、息を吸いこみ、煙を吐き。
「まあ、安心しなさい。骨の髄までしゃぶろうってわけじゃない。持ち合わせがないなら金貸しを紹介しよう。それでぱっと払ってぱっと……」
もう一人、部屋の中に見知らぬ男が混ざっていることに気付いて動きを止めた。
その男は薄気味の悪い愛想笑いを浮かべて肩を竦める。
「うわぁ。こんなのまだ帝都にいたんですねぇ。見慣れた道こそ足元が疎かに、って奴ですかねぇ」
「……なんだてめぇ」
「こういう者です」
そう言って襟の徽章を見せる男。【独立命撰特務】碧雲隊の徽章。それに気づいた男は舌打ちをした。
詐欺罪は罰金刑。脅迫罪も載ったとして、三日分の売り上げが飛ぶ。【独立命撰特務】相手では賄賂も通じず、獣人という偏見を利用するのも難しい。そもそも、最初から話を聞かれていたなら言い逃れは無理筋だ。
男はそう素早く計算し、即座に諦め、素直に縄に付こうとし。
――そして、亡霊を相手にするような驚愕に満ちた表情で煙管を取り落とした。
「お、お前は、お前は……! 英雄の……っ!?」
乱入してきた男は笑みを深め、椅子に座る男に音もなく詰め寄ると、その顔を覗き込む。
「おや! おやおやおや。どこかでお会いしましたかね? いやー、お会いした記憶はありませんねえ! あなたもそうじゃないですか? 記憶違いではありませんか?」
「っ、そ、そうだ。いや、すまん。記憶違いだ。頼む。何も覚えてない。俺は知らない。頼む。命だけは……!」
「いやはや、何を物騒なことをおっしゃられるのか。命を取りなんてしませんよ。私は【独立命撰特務】ですから。ところで、私は彼に用事があるんですが、連れて行ってもよろしいですか?」
「すっ、好きにしてくれっ! あんたの連れとは知らなかったんだ! おい! 契約を破棄しろ! すぐにだ! 今すぐ! 早くっ!!」
「はっ、はいっ」
クーピムーンズが目を白黒させているうちに契約書は破り捨てられた。そして、男はがたがたと震えながら怯えた顔で背を丸めて動かなくなった。
手は短剣に添えたまま警戒を続けるクーピムーンズに、乱入者の男は笑顔で歩み寄ってきた。そして、ぺこりと軽く頭を下げて言った。
「どうも、クーピムーンズさんですね。私、トドイの同僚のルヴィケスと申します。どうぞ良しなに」
何もわからないクーピムーンズは、その動きにつられて頭を下げた。




