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鐵の篩  作者: 仁崎 真昼
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第九話「技と心の相関」②

 クーピムーンズは周囲から奇異の視線を向けられることは慣れていた。

 人間の体に鳥の頭。肩甲骨から飛び出る未熟な翼。鳥の鉤爪のような腕。率直に言って不気味だと、自分自身ですら思っていた。だからこそ、そう思う普通の人間の気持ちはよく分かった。

 色彩感覚のぼやけた目も、味の濃いものが苦手な舌も、人よりほんの少しだけ優れた耳も、明らかに人間のものとは異なっている。滑らかに羽毛と人肌が切り替わる肩口など、出来の悪い縫いぐるみのよう。翼は動かせず服に引っ掛かるだけ。何故か手の先には脚についているはずの鉤爪。どうしてこういった造詣で生まれてきたのか、クーピムーンズは不思議でならなかった。

 そんなクーピムーンズが腐らずに生きてこられたのは、両親のお陰だった。普通の人間から生まれた異形の見た目のクーピムーンズを愛して育ててくれた両親のお陰。もしかしたら先祖に獣人がいたのかもね。そう笑いながらクーピムーンズの両親は他の兄弟たちと分け隔てなく育てた。それは幼き日のクーピムーンズにとって非常に恵まれた環境だった。

 また、そうした印象はひっくり返すことができると知っているのも大きい。身を守る術を学ぶためにヴァロン道場の戸を叩いた際、最初に向掛けられたのは強烈な嫌悪だった。だが、共に鍛錬を重ねるうちにそんなものはどこかへ消えていた。この足運びが、重心の捉え方が、間の潰し方が、力の伝達が。共通の話題を持ち、共通の経験を共にすれば、見た目の差異など誰もが忘れると、そう知っていた。

 だから、クーピムーンズは落胆しなかった。

「ご、ごめんねぇ。わた、わたしじゃ、だめだった。みんな、いい人なのに、ぜったい、クーピンのこと知れば、わかってくれるって、おもってたのに……! だめだったよぉ……! ごめん、ごめんねぇ……」

 そう水晶越しにトドイに泣きながら謝られたとて、気にしなかった。

「はー、帝都の奴等って本当あほだよな。なぁにが獣人は駄目だ、いけすかねぇ。差別はよくないなんて口では行っててこれかよ」

「クーピンが力貸してくれっつってんのに断わるとか脳みそねーんじゃねぇの? お前らが頭下げてお願いしに来る側だろうに」

「どうすんのクーピン。ここに残って道場開く? ヴァロン爺からもう許可出てんだろ? それとも道場破りの旅してからにする?」

 クーピムーンズは怒りと心配を浮かべながら声をかけてくる稽古仲間たちには答えず、水晶に向かって話しかけた。

「トドイの姐さん。気にすることはないですぜ。元より、この広い帝国から年に十二人しか入れない狭き門。俺っちがいくら強いと自負してようと選ばれないこともありまさぁ。他流試合をいくら重ねようと、実際、御前試合の本大会には出れてないんですから、その実力を疑う声があったって当然至極。そう泣かないでくださいよ、困っちまいますよ」

「ぐす……でも、私が、もっとうまくやってたら。絶対、入れたんだよぉ。ルヴィケス先輩みたいに、もっともっと、うまくやってたら」

「おっと、やめてくださいよ姐さん。そのルヴィケス何某ってお方、腕前は十分だがいくらか後ろ暗いやり方を好む御仁なんでしょう? 俺っちはお天道様に顔向けてできないようなことはしねぇって父母に誓ってるんですぜ。そんな方法で選ばれたって困っちまいやす」

「それは……そうかも。でも私がクーピンの御前試合に、余計なこと言ったから、本大会出られなくって」

「それだって最後は俺っち自身が判断したことですよ。そもそも、御前試合なんてのは俺っちの性分にはあいやせん。わけもなく互いを傷つけ合うなど流儀に反しやす。そんなのは強くなるための稽古で十分。どちらにせよ、俺っちは適当に流す予定だったんでさぁ」

 トドイは無言になった。その直後、水晶に手を当てている少女が首を横に振った。伝信魔術の限界が来たようだった。

「ま、そういうわけで気にしないでください。俺っちにも色々やることはあるんですよ。それじゃ」

「クーピ――」

 トドイが呼ぶ名を最後に接続は切れた。

 気遣わし気な視線が集まる中、クーピムーンズは明るい声を出した。

「よし、そんじゃ稽古に戻りやしょう。こんな油売ってるとこヴァロンのおじきに見られたら尻をひっぱたかれちまいやすぜ」

 少し空気が緩み、集まっていた稽古仲間が散っていく。その背を見ながら、クーピムーンズは自身の目から涙が流れない構造であることに生まれて初めて感謝した。

 クーピムーンズはその日の夜、荷造りをした。そして、道場の主であるヴァロンに挨拶だけして道場を出た。他の稽古仲間に理由を告げることはしなかった。

 荷物は、着替えを一式と一週間分の水と食料、僅かな路銀と飛竜便の旅券が一枚。後は二本の短剣のみ。

 メウ飛び地を旅するにはあり得ないほどの軽装で、クーピムーンズは初めて故郷を出た。

 行き先は、帝都。

 クーピムーンズは許せなかった。実の姉のように慕い尊敬するトドイを泣かせてしまったことが。その原因が自身にあることが。信頼して任せて頼っていた、といえば聞こえはいいが、実際に行ったのは盲目的期に木偶のようにトドイの言葉に従っただけ。自分の頭を使うことをせず、ひな鳥のように口を開けて餌を待っていただけ。その結果、トドイの心を傷つけてしまったのであれば、それは自身の責だとクーピムーンズは思った。

 クーピムーンズは憤っていた。自身の技量を軽んじられたことを。獣人などという表面的なもので、自身の研鑽してきた闘技を蔑ろにされたことを。クーピムーンズには自負がある。零距離の接近戦ならばこの世の誰にも劣らぬという自負が。十二年と言う歳月で育てられたその自負がクーピムーンズの心で悔し涙を流させた。そして、足りぬならば見せつけてやると、その体を衝動的に動かした。

 ときに、帝都とメウ飛び地は、御前試合に置いて並べて語られることがある。帝国に州は六つ。しかし、州大会の区分けは八つ。六つの州と、帝都と、メウ飛び地。戦士の技量が高すぎるが故、州とは独立して二つの区分けを設けられるほど、この二つの地域は別格だと。

 それにクーピムーンズは異を唱える。メウ飛び地こそが最強だと。最も精強なる戦士の集まる地だと。帝都など、自身の二本の剣で蹂躙してみせると。

 そう誓い、クーピムーンズは帝都の地に降り立った。

 が、威勢が良かったのはぎゅうぎゅう詰めの飛竜便から降りるまで。

 クーピムーンズは羽毛を忙しなく掻きながら、喉がつっかえているような声を出した。

「ひ、人が多い。なんですかこれ、今日は祭りの日ですかい……?」

 二十人は横に並んで歩ける通りに、無数の人が行き交っており、歩く隙間がない。クーピムーンズの体格が良いのもあるが、歩こうにも人の壁にぶつかり、ろくに進むことができない。

「あ、失礼。おっと、すみません、足を踏んで、あ、鞄が引っかかってますぜ、ご老人!」

 揉まれ、流され、自身の意思ではなくどこかへ運ばれていく。なんとか人ごみから外れようとも、そこは狭い路地。道を進むにはまた人の波の中に踏み入らなければならない。

(こ、これが帝都の洗礼ってやつですかい。なるほど、人の隙間を縫う敏捷性、動きを読む先見性、押し負けない体幹に怪我をさせない程度の的確な力加減。こうして帝都の戦士は日常から鍛えてるってわけですね、姉御)

 クーピムーンズは浮き出た汗を拭う。静かな森の中からいつ出てくるかわからない獣を警戒しているのとはまた違う、別方向の観察力が必要だ。無数の獣の中から、自分に害を成しうるものだけを排除しなければならない。しかも相手には悪意がない。害意もない。ただ自身へと向いた力を察知し、それを受け流す。

 言わば、激流に沈む岩石の如く。

 不動の心身を手に入れなければ街を歩くことすらままならない。

「恐るべし、帝都……!」

 気合を入れ直し、クーピムーンズは人ごみに突っ込み、そしてまた流された。

 しばらく流されていると、不意に流れが止まる。どうやら気づかないうちに屋台の行列の最後尾に並んでいるようだった。クーピムーンズは冷やかしは良くないと列から離れようとし、その香ばしい匂いに心惹かれた。

 見ると、真っ赤な肉を串に刺して売っているようだった。滴る脂に弾ける匂い。独特なつんと来る刺激は鼻孔を刺激し、その辛さを鮮明に想像させる。香辛料をふんだんに使った肉料理。それにクーピムーンズは心を奪われた。

 クーピムーンズは辛いものに目がないのだ。

「旦那、これ三本ほどいただけやすかい?」

「あいよ! 三本できっちり千ルティね」

「せ、千!?」

 慌てて財布を探るクーピムーンズは、それが自身のほぼ全所持金であることを理解する。だが、足りないのであればともかく、足りてしまっている。であれば、吐いた唾は吞みにくく、愛想笑いに目を細めつつ代金を支払った。

 僅かな抵抗とばかりに横目でちらりと看板を見るが、とくにぼったくられているわけでもないらしい。クーピムーンズは都会の物価の高さを実感しつつ、その肉を嘴に放り込んだ。

 途端にあふれ出す肉汁。脳天を貫くような辛さ。信じられない物を見たように固まるクーピムーンズに、金の受け渡しをしていた女性が楽しそうに笑う。

「どうしたね、辛すぎたかね?」

「いえ、余りの美味に我を忘れちまいやした……」

「はっはっは、そりゃ嬉しいね。ほら、口の上手な獣人さんにもう一本おまけだ持ってきな」

 その言葉がクーピムーンズの脳を真に通ることはなく、クーピムーンズは呆然と肉串を受け取る。そして、一本一本丁寧に味わう。

「旨い……旨すぎますぜ……」

「そうかい。じゃあまた来ておくれよ」

 クーピムーンズはこくこくと頷きながらまた人ごみに流された。

 我に返ったときには、クーピムーンズは大きな建物の入り口わきに突っ立っていた。日の傾き具合からして、半刻ほど呆然としていたようだった。

 はっと自身の荷物を探るが、とくに何かを擦られていたりはしなかった。そして、きょろきょろと周囲の状況を再確認する。

 目に入るのは、大きな建物の入り口に掛けられた看板。そこには、山河流闘剣技、と大きく記されている。

 どうやら、クーピムーンズは本能的に当初の目的の場所へと向かい、辿りついていたようだった。

 クーピムーンズは油まみれの手を拭い、腰の左右に下げた短剣を確認し、気合を入れ直す。クーピムーンズはその武威を帝都に知らしめに来たのだから。肉串に現を抜かしている場合ではない。

 すぅ、と息を吸いこみ、扉を押し開けつつ叫ぶ。

「頼もう!」

 しかし、想像とは異なり、眼の前にいたのは眼鏡をかけたおしとやかな女性。クーピムーンズの声に驚いたように目を丸くしている。

 クーピムーンズは扉を押し開けた姿勢のまま固まり、目だけを左右に動かす。クーピムーンズの想像する道場とは異なり、旅館などの受付に近い見た目をした玄関口に、クーピムーンズは一歩下がって見上げ、看板を再確認した。

 クーピムーンズは軽く咳払いして、穏やかな声で女性に話しかける。

「そこの姐さん、申し訳ないが、ここは山河流道場であってやすかい?」

「はい。そうですが、入門希望者ですか?」

 自身の認識が間違っていなかったことを確認すると、クーピムーンズは自信を取り戻し胸を張って答えた。

「いえ、不躾ながら道場破りに来やした。ヴァロン流双抜剣術のクーピムーンズと申しやす。道場の主はここにおられやすか?」

「あー……でしたら、そこを上がって右に曲がってまっすぐ行けば稽古場がありますので、そちらで再度ご用件を伝えていただけますか。靴は脱いでおあがりください」

「感謝いたしやす。失礼」

 クーピムーンズは靴を脱いで板間に上がり、女性の指示通りに進んだ。

 そして、突き当りの扉を勢いよく押し開く。

「頼もう!」

 今度は、クーピムーンズの想像通りの光景が広がっていた。木剣を手に振るう屈強な男たち。汗と血の匂い。むわりとした独特の湿気。

 クーピムーンズから見て一番手練れと思われる壮年の男性が近づいてくる。

「見ない顔だな。何用か?」

「僭越ながら、道場破りをさせていただきに参りやした」

「ほう。どこの流派の人間だ」

「ヴァロン流双抜剣術でございやす」

「ふむ。少々お待ちいただきたい」

 その男性は近場の若者を呼び、何やら大振りな手帖を持ってこさせた。そして、その中に素早く目を通し、首を横に振る。

「登録にないな」

「新興流派にて。最低限の実力を見せる必要がおありであれば、いかようにでもお見せしやすぜ」

 にやりと笑うクーピムーンズ。その表情は読み取りづらくとも、それが挑発ということは誰からの目にも明らか。

 しかし、男性はため息を吐いた。

「いや、国に登録がないと他流試合が組めないんだ。申請が通らない。だから道場破りを受けてやるわけにもいかなくてな」

「……申請?」

「私闘は法で禁じられているだろう。決闘をするにも手続きが面倒であるし、こんなことで開業を禁止されても困る。仕方ないだろう」

「……?」

 クーピムーンズには理解ができなかった。あまりにもクーピムーンズの常識とかけ離れていた。辛うじて分かったのは、道場破りを断われたということだけ。

 おろおろと手を振るクーピムーンズに、男性はにかっと笑う。

「とはいえ、裏道がないわけではない」

「……!」

「とりあえずうちに入門してもらって、流派内の稽古だと言い張ればいい。お互い合意の上であればこの形式で問題がでることはない。負けたからと言って、合意はなかったとかいうのはやめてくれよ?」

「それは断じて! 負ければ腕前が足りなかっただけと言うことでございやす! あっ、でもそれであれば俺っちが勝っても名乗れないのではないですかい?」

「良い自信だ。だがそこは好きにしてくれていい。こちらも負けたなら潔く認めるさ。形だけの入門が自身の流派において問題にならないなら、それで進めよう。どうする?」

「お願いしやす」

 クーピムーンズは男と握手をした。

 そして、男は言った。

「それじゃ、入門料、六万ルティをまず頂こう」

「六……? 金を取るんですかい!?」

「君のとこは取らないのか? それじゃ生計が成り立たないだろう」

「いやっ、確かに入門者からは取りやすが、それは本当に入門するからであって……! 今回みたいな、形だけなら、ほら、不要だったりは?」

「帳簿と一致しないと徴税庁に言い訳が効かないだろう。脱税はいかん。労働福祉庁や非人移民局からも目を付けられる可能性もある。こればっかりはどうしようもない」

「そ、そうでございやすか……」

 クーピムーンズは自身の財布を開き、その中に入っている小銭を見て項垂れた。

「出直してきやす……」

「そうか。今月中なら販促期間だから割引が効いてこの入門料だ。来月になると正規の十万ルティに戻るから、気をつけてな」

 クーピムーンズはどこか残念そうな男の声を背に、すごすごと道場を後にした。

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