第九話「技と心の相関」①
冬になった。
御前試合もいよいよ大詰めであり、残すは帝都での本試合のみ。それはつまり任命の選考も期限が近いことを示しており、各小隊の後方部隊は慌ただしく会議に明け暮れていた。
この戦士が良い。この戦士はあの隊が任命すると宣言していた。こちらは競合する。この戦士には欠点がある。専業調査員を主として殺気立つ。それは会議というよりは詰り合いに近い様相を呈す。例年であれば、碧雲隊の会議室も紛糾していた。
が、今年は違う。
規格外の出力を持つ魔術師、ラスティン゠ティフタン。
未来予知を行える実戦派の戦士、ザハ゠ユゥシュビィ。
これ以上ない有望株を既に二枠確保できている。それも、他の小隊がまず手を出すことのない戦士を。これは戦略上非常に大きく、残り一枠を丁寧に吟味する余裕があった。
ラスティンを第一任命することは必須としても、第二任命を四枚で指名でき、競合したら後出しで一枚出せば、残りの一枚でザハを獲れる。フォフォの苦手な心理戦も、出す手が固まっていれば悩む必要はない。
余裕は焦りを消し、穏やかさを生む。
いつも通りルヴィケスのいない碧雲隊会議室では、にこやかに戦士の調査報告が行われていた。
はずだった。
「嘘つき! フォフォ隊長は嘘つきです! 隊長のわからずやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ルヴィケスが一月振りに立ち寄った隊舎では、トドイが泣きながら廊下を疾走していた。
「トドイ、何か」
ルヴィケスはすれ違うトドイの袖を掴んで止めようとするが、トドイは勢いのまま袖を引きちぎって走り去った。その勢いに巻き込まれたルヴィケスは壁に叩きつけられ、元は袖だった布切れを握ったまま呻く。
すれ違う碧雲隊の隊員や事務員がそれを見て不思議そうな顔をするが、大丈夫かと声をかける人間はいない。ルヴィケスは人の世の冷たさを感じながら暫く蹲り、呼吸が整ったあたりで脂汗を拭いて立ち上がった。
会議室に向かう。すると、扉が半ばから折れて床に転がっていた。
「何があったんです?」
「……ルヴィケスですか」
「トドイが随分と取り乱していましたが」
「任命の会議です。揉めるのはいつものこと」
「の割には表情が優れませんよ」
言いつつ、ルヴィケスは自身の席に座った。会議室には、トドイ以外の四人が苦々しい表情で座っていた。
どこか重苦しい雰囲気の中、ムーベフが口を開く。
「最後の候補、第二任命する戦士に関して話し合いを進めていてな。トドイが強く推薦する戦士を任命することが半ば決まっていたんだ」
「へぇ。どんな子ですか?」
「来歴書とトドイが書いた人物評だ。まずそれを読め」
投げ渡された資料を手に取るルヴィケス。
それを見てルヴィケスは楽しそうに頬を歪めた。
名はクーピムーンズ。来歴に特筆すべき点はないが、ルヴィケスがまず気になったのは出身地だった。メウ飛び地。唯一にして最後の未開拓領域に隣接する難生存環境。そこの出身だという。
トドイと同郷だ。
「しかもこの道場名、トドイのとこじゃないですか。稀代の闘技蒐集家、ヴァロン゠ドゥーウォの闘技道場」
その名は帝国で戦士を志したことがあれば一度は耳にしたことのある名だ。その道場には世界中の闘技が集まり、求めて認められればヴァロンから好きな闘技を授けてもらえる。そうまことしやかに囁かれる幻の道場。朱顎隊隊長、ララルトゥーリもそこで闘技を授かったことがあるともっぱらの噂だ。
ムーベフが眼鏡を拭きながら補足する。
「しかも、そこで闘技体得の称号を得ているらしい。闘技の体得だぞ。正気の常人が宣っていいものではない」
「闘技の道に終わりはありませんからねぇ。体得したなんて言えば世界中の戦士から袋叩きですよ。戦士とは本当に難儀な生き物です」
「ああ。だが、ヴァロンもそうと名乗ることを許可している。あの偏屈爺がだ」
「証明は?」
「ヴァロン本人から言質を取った。伝信魔術越しだが、本人なのは間違いない」
「流派は?」
「ヴァロン流双抜剣術」
「……聞いたことないですね」
ルヴィケスは眉を顰めた。
闘技の世界において、世界四大流派と呼ばれるもの――即ち、山河流闘剣技、蒼刃流器術、雷流剣術、断代皇流以外の価値は著しく低い。仰々しく流派を名乗るだけならば誰でもできるからだ。帝国であれば帝国軍式斧槍術といったように、地域特有の流派であれば評価されるものもなくはないが、今聞いた名はそれですらない。
世界中の流儀をほぼ網羅するルヴィケスでさえ知らない木っ端流派など、それを体得したと宣言してもなんの意味もない。本来であれば、そう切って捨てても問題なかった。
だが、その流派の頭に付く名がそれを躊躇わせる。
「名前からしてヴァロンが作った流派だからな。初代、または二代目といったところなのだろう」
「あの爺さん、時には個人向けに流派を開発しますからねぇ。トドイはなんて言ってました?」
「まさに、彼、クーピムーンズ向けに作られた流派だと」
「わーお」
フォフォの言葉に思わずルヴィケスは口笛を吹いてしまった。
非常に難しい評価だった。真実であれば知名度は十分。おそらくは実力も相応にある。だが、それが【独立命撰特務】に役立つものかと言われると怪しいものがある。過去にヴァロンはヴァロン流斬炎法といった流派を生み出したことがあるが、それは料理人向けの流派だった。ヴァロン流命穢術といった流派を生み出したこともあるが、それは掃除夫向けの流派だった。
だが、人物評へと目を移したルヴィケスはそこに記載された戦歴を見て目を丸くした。
「待ってください、なんですかこの戦歴」
「山河流走鋼断の剣士に勝利。蒼刃流五手三枚四本の槍士に勝利。雷流皆許範師の剣士に勝利。断代皇流三段の戦士に勝利。その他、有象無象を含めて全勝です。帝国軍式斧槍術教官も破っています」
「ほぼすべてがヴァロン道場での他流試合だが、まあ見事なものだ。新興流派の知名度稼ぎとしては十分なほどだな」
「ええ。真剣でのやり合いであれば、これ以上の実績を必要とする方が意地悪ですね」
ルヴィケスはその表を見ながら満足そうに頷く。そこにはルヴィケスが名前しか知らなかった流派も出てきており、その光景を想像するだけで頬が緩んだ。
蚊帳の外で一言も発さないスンダッギとリンのことは気にせず、ルヴィケスは目を輝かせて問う。
「因みに、どんな技術かは聞いてるんですよね?」
「トドイによると、しゅってやってずばっと斬る技術らしく……」
「あー……まあトドイに言葉での説明を求める方が駄目でしたね。名前からしてそのまま、二刀流の抜剣術でしょうか。であれば甲種任務に向いてそうですね」
にこにこと笑みを浮かべるルヴィケス。帝国軍式斧槍術の唯一の弱点が室内での取り回しであり、人材がそちらにやや偏った碧雲隊にとっては望外の戦士だった。
だが、ルヴィケスはそこではたと我に返る。
「で、なんでこの子が駄目になったんです? 精神面ですか?」
「そこもまあ、心配ではある。どうしても道場出の子は実戦に対する恐怖が出やすい」
「|前例もありますしね」
「戦場で命を賭して生き残ってきた者と言うのはそれだけである種の勘が育っています。そしてそれは、【独立命撰特務】において必須のもの。逆に言えば、それがないというのはそれだけで欠点となりえます」
それにはスンダッギも同意するように頷いた。
ルヴィケスは鼻で笑う。
「けどそんなのはいつものことでしょう。結局そんなのは実戦に突っ込んでみなきゃわからない。戦場で溜めに溜めた鬱屈とした感情が【独立命撰特務】で爆発することだってあり得るんですから、戦場育ちを取るのにだって懸念要素はあります。ほら、さっさと本音を出してください。何が不満なんです? この資料からじゃ分からない要素があるんでしょう?」
フォフォとムーベフは顔を見合わせた。そして、同時に深々と溜息を吐いた。
「ルヴィケス、名前を見て何か気づかないか?」
「……そういえば、姓がないですね?」
「この帝国において、姓がない人物というのは非常に限られる。身寄りの分からない捨て子、姓を名乗ることさえ許されなくなった非人奴隷、そして」
ルヴィケスはぽんと手を叩いた。そして、来歴書の似顔絵の部分を指で擦る。すると、その上に軽く糊付けしてあった似顔絵が剥がれ、その下から別の似顔絵が現れた。
その下にあったのは、一言で言うならば――鳥の顔。
つまりは、帝国において昔から迫害され続けてきた、人族にして人間に在らざる者、獣人だ。クーピムーンズは獣人である。現在は法の下に平等を保証されつつも、未だに根付いた差別意識は払拭されきれず、本人たちも気づかないうちに疎外され、排斥される、獣人。
そのどこか愛嬌のある似顔絵とルヴィケスはばっちりと目が合った。そして、思わず一瞬だけ目を逸らしてしまった。
それに唯一気づいたフォフォは落胆し、納得する。やはりそうなのだと。差別などくだらないと思っているルヴィケスでさえ避けられない、帝国の民の宿痾。幼少期から刷り込まれてきたそれは、やはり誰も逃れられぬものなのだと。
顔を上げて苦笑いで周囲を見回すルヴィケスに、他の四人は深々と溜息を吐いた。




