第八話「理想は遠く」④
フダカの葬儀はしめやかに執り行われた。
雨が降っていたが、誰も傘を差したりはしなかった。曇天の中、喇叭の音を聞きながら、湿気を鼻腔に吸い込みつつ、大勢が葬送の言葉を聞いていた。
碧雲隊二十六名は全員が葬儀に出た。重傷のフォフォも、半年に満たない付き合いのファウーゼたちも、傍若無人なルヴィケスさえも、全員が出た。それは強制されたからではない。一重にフダカの人柄がそうさせたのだった。
棺の蓋が閉じられ、祭壇に載せられ、天神へと捧げる炎が焚べられる。すると瞬く間に炎は棺に燃え移り、死体を焼いていく。
雨などものともせずに上がる煙を見上げつつ、参列者たちは目を閉じてフダカの行く末を祈った。
葬儀が終わると、ファウーゼがそっとルヴィケスの脇に立った。
ルヴィケスはそちらに目を向けることもなく、黙ってファウーゼが話始めるのを待つ。ほんの少しの話し声があちらこちらで始まり、人々が列を崩して移動を始める中、雨に打たれながらじっと待つ。
ファウーゼの金の睫毛が雨を弾き、ぴんと震えた。同時に、ファウーゼは口を開いた。
「……フダカはん、どないな方だったんどすか?」
ルヴィケスは苦笑しつつ答える。
「あなたの知っての通りですよ、ファウーゼ。真面目で、優しく、正義感があり、賢く。そして、あまり強くない戦士だった」
「強く、なかったんやろか」
「詳しく聞きたいんでしたら、ムーベフの方が詳しいですよ。聞きに行きましょうか」
「あ、いや、そんな」
躊躇うファウーゼの手を引き、ルヴィケスはずんずんと進む。そして、葬儀場の隅で佇むムーベフに声を掛けようとして、動きを止めた。
その理由は、ムーベフがリンに頬を殴られていたから。丁度今まさに。声を掛けようとした瞬間に。
手を上げた姿勢で固まるルヴィケスに気付かず、リンは掠れた声で小さく叫んだ。
「……満足ですかっ」
「何がだ」
「あなたが、あんなことを言うからっ。広報官に、馬鹿な答えをするからっ。だからフダカさんは、退かなかったんですっ。何が、勝てない相手に勝て、ですか。なんで、そんな馬鹿なこと言ったんですか。ムーベフさんの言葉が、フダカさんを殺したんですよ!」
そう言って、ムーベフを睨みつけるリン。ムーベフはそれに怯んだように目を逸らし、何も言い返せない口を片手で覆う。
「私は、あんなにいつも、伝えていたのに。勝てなければ逃げてくださいって、何度も、何度も、死んだら終わりだって、言ってたのに! なのにっ、私の言葉なんて誰にも伝わらなくてっ! なんで、なんでずか。なんでなんですか。どうして、戦士はみんな、馬鹿ばっかりなんですか……!」
リンは背を丸め、ぽろぽろと涙を零した。そして、それ以上何も言えずに呻きながら、ただその場に立ちすくんだ。
言葉を失い、静まり返る周囲。みなかける言葉が見つからず、暗い顔をして視線を逸らした。
そんな中、ルヴィケスだけはリンの肩に優しくを手を置いて、いつも通りの口調で声をかけた。
「リン。あなたが現場に到着したとき、フダカはまだ息があったと聞いてます。でしたらフダカが死んだのはあなたの技量不足では?」
「っ……!?」
「八つ当たりは止めましょう。自分のことを棚に上げたい気持ちは分かりますが、人を責めたところであなたの責任は軽くなりません。それにそもそもフダカは退かなかったのではなく――」
優しく微笑むルヴィケスの頬に、ムーベフの拳が突き刺さった。
ルヴィケスは衝撃に数歩よろめきその口を閉じる。その隙にファウーゼはリンに駆け寄ってその背を撫でた。そして、優しく言葉を掛けながら屋根の下へと導いていく。
ムーベフは気まずそうな顔をして自身の拳を撫でる。怒るべきか謝るべきか、自身でも判断つかないようだった。
一方、ルヴィケスは殴られたことなどまったく気にせず、ムーベフの横に並んで立った。
「いてて。ムーベフ、拳で殴ると自身の手を痛める可能性があるので、ああいうときは平手の方が良いです。音が派手な割にこっちも痛くないですし」
「……わかった。善処する」
「お礼が聞こえませんが? 私わざわざ悪役やって場を収めてみせたんですが?」
「本気なのかどうか判断がつかん。お前なら心の底から言ってそうだ」
「心外です」
そう言ってルヴィケスはいつも通りの愛想笑いを浮かべた。
ムーベフも一つ深呼吸をすると、いつも通りの顰め面に戻った。
「それにしても、リンが人を殴ったのを見たのは初めてですねぇ」
「俺もだ」
「そしてムーベフが殴られたのは、二十年ぶり、と言ったところですか」
「馬鹿言え。そこまでじゃない。十年ぶりだ」
ムーベフは殴られた頬を指先でさすりつつ、自嘲するように笑った。
「まあ、ここまで痛いのは、三十年ぶりだが」
ルヴィケスも横でにやにやと笑う。
雨がまた少し強くなる。
「フダカは、弱かったですね」
「ああ。弱かった。俺が取った中で一番弱い戦士だった」
「ですが、勤勉でした」
「そうだ。俺が取った中で一番勤勉な戦士だった」
ムーベフはルヴィケスの言葉に怒るわけでもなく、ただ淡々と呟く。
「取った当初は、ぎりぎり旅団長級といったところ。戦力としては下の下だ。任命がかち合い続けて、負け続けて、仕方なしの第三任命。本人も認めるところの、大外れ枠というやつだった」
「九年前でしたっけ。話には聞いてましたが、荒れた任命式だったようですね」
「ああ。追跡者としてなら戦力として及第点。今にしてみれば、なんとも有り得ない言い訳だった。だが、仕方なかった。そういう年もあると、最悪、三年で除名してしまえば良いと、そう判断された」
「笑えますね」
「本当に笑えない」
言いつつ、ムーベフは苦笑いした。ルヴィケスに向けるにしてはあり得ないほど柔らかな表情だった。
「しかし、予想に反してフダカは粘った。時間があれば鍛え、目下の者からも学び、あらゆる方向に意識を配って、自分ができることをすべてやろうとした。一部の隙もなく、手に触れたもの全てを掬い取ろうと言わんばかりの集中力を、一年中発揮し続けた」
「その結果手にしたのが、あの判断力ですか。相手の方が一歩速く進めるのであれば、自分の方が一歩早く踏み出せばいい。そう言わんばかりの、反射にも近しい状況判断」
「それは素晴らしいものだった。だが、そうした涙ぐましい努力をしたうえで、結局は師団長級には届かなかった。フダカは、弱かったよ。どうしようもなく凡人だった」
「けど、その弱さが他の三人を救いました」
ムーベフは懐から葉巻を取り出した。そして、魔術で火をつけて吸い込み、紫煙を口から吐く。
「馬鹿が。他人の前にまずは自分を救おうとしろ。それからの他人だ。ずっとそう言っていたんだがな」
「フダカはムーベフを尊敬していましたからね。だからこそ、この前の記事に感銘を受けたのでしょう。どうです? 彼の勇敢な最後には満足しました?」
「これ以上虐めるのはやめてくれ。まだ痛いんだ。……痛い」
「それは失礼」
ルヴィケスはうさん臭い笑みを浮かべながらも、それ以上は何も言わなかった。
雨は更に強くなる。他の人はもう皆建物に入っていた。まだ濡れているのは、棺を燃やしている火葬官と、ルヴィケス、ムーベフの三人だけ。
ムーベフは葉巻を放り投げ呟いた。
「俺は間違っていない」
「強気ですね」
「俺の理想は、俺のものだ。誰に何と言われようと曲げる気はない。フダカは壁を越えられなかった。ただそれだけのこと」
「でも後悔してるんでしょう?」
「しているが、変えないさ。これは信念のようなものだ。俺が求めているのは、ずっと、そういう戦士だ。勝たなきゃいけない時に、勝つ戦士。お前だってそうだろう、ルヴィケス」
「何がです?」
「信念だ。お前も理想の戦士を探し求めているんだろう」
「信念なんてそんな立派なものじゃないですけどね。ただ、いてほしいとは思っています。この世界のどこかに」
「そういうことだ。じゃないと、こんな仕事やってられない」
「十八、九の子供を死地に赴かせるような仕事を?」
「ああ。お前には人殺しの才能があると褒め称えるような仕事を、だ」
繊細だなぁ、と言わんばかりにルヴィケスは肩を竦めた。ムーベフは口を一文字に結んで鼻息を吐いた。
そんな二人の前に、フォフォが立った。重傷の両腕は包帯を巻いてだらりと垂らした状態だが、背筋はぴんと伸び、表情はいつも通り凛々しい。
「感傷に浸るのは構いませんが、仕事はしっかりと頼みますよ。当初の予定から変更はありませんが、人が欠けた都合上、任命の緊急度はより増しました。可能ならば御前試合までに三人以上の有力者を埋めたく。二人とも、気を抜かずに捜索を続けてください」
「私たちは既に一人ずつ任命を確定させてるんですけどねぇ」
「それが専業調査員という役職です。励むように」
「はいはい、仰せのままに」
ルヴィケスは仰々しく一礼し、視線を建物の方へと投げる。
「ですが現行隊員への配慮は隊長のお仕事ですよね? リン健康管理官、病まないようにお願いしますよ」
その視線の先には、手拭いで目を抑えるリンがいた。
少しだけ苛立たしそうな表情をするフォフォ。
「言われなくても分かってます。それに、気に掛けるのはファウーゼが先です」
「ええ勿論、ファウーゼもです。よろしくお願いしますよ、隊長」
「人に投げないでください。その役目は貴方でしょう」
「ん?」
「ん? ではなく。ファウーゼには貴方から声をかけてあげてください。当然でしょう」
「……なぜ?」
フォフォは呆れるような顔でムーベフと顔を合わせた。ムーベフも同様に呆れかえった顔をしていた。
フォフォは大きくため息を吐くと、吐き捨てて踵を返す。
「隊長命令です。きちんとファウーゼの話を聞いてあげなさい。ただし手を出したら殺します」
「手なんて出しませんよ。相手はまだ十九の子供ですよ」
「その言葉を信じています。では」
そう言ってフォフォは去っていった。それに続いてムーベフも室内に入っていく。
ルヴィケスはどこか釈然としない思いを抱えながら、その後に続いた。
雨はまた強くなった。
しばらく、やみそうにはなかった。




