第八話「理想は遠く」①
それは退屈な任務だった。
定期的に【独立命撰特務】の隊員を各地に派遣し、住民に顔を見せて帰るだけの任務。目的は示威行動。こうした化け物が見て回るんだから、お前らは悪さをするんじゃないぞ、と笑顔で伝えるだけの簡単な任務。大抵は大きな問題は起きず、とんぼ返りするだけの遠足だ。
「毎度のことですけど、この手の任務って時間の無駄だと思うんですよね。目的を理解できなくはないですけど」
そうぼやくのは第三分隊の追跡者、ダウビンナだ。巨大な盾を背負い、長い鎖をちゃらちゃらと鳴らしながら走っている。
答えるのは、戦闘を走る第五分隊隊長のヒノスバ。
「結局は、州と郡で権限が断絶していることが原因だ。州までの統治は中央が行えているのに対して、郡以下の統治はある程度地方に委任されてしまっている。州兵は国軍に指揮権があるのに郡兵はないのが最も象徴的だな」
「別に、地方で自治するのは勝手にやってくれりゃいいんですけど、ならちゃんと治安維持しろって話ですよねー。はあ。こうして定期的に【独立命撰特務】が出張ったって何かできるわけでもないのにさぁ」
「仕方ない。貧富の差は生じる。どうしても隅から隅まで手が届くわでもない。だからこそ、俺たちが象徴として睨みを利かせるしかないんだ。精一杯な」
「じゃあヒノスバ頼むよ。強面だし」
「あ?」
「そういうとこ。そんな感じでお願い」
その会話に小さく笑いを漏らしたのは、第五分隊の追跡者、ファウーゼだ。
「随分仲がよろしおすなぁ。ヒノスバ隊長とダウビンナはんは」
「去年までは元同じ分隊だったしね。一期違いだから歳も近いし」
「別に仲は良くない。ただまあ、どっちもほら、同じ人間に目をつけられて引っ張ってこられたからな。共通の話題があると話が弾むこともある」
その言葉の意味を理解し、ファウーゼは興味津々と言った様子で目を輝かせた。
だが、その前に並走する最後の一人が口を開く。
「あ、そこの分かれ道、右です」
「おっと。ありがとうございます」
「あざーす、フダカさん」
「いえいえ。念のためです」
そう言って柔らかく微笑むのは、第四分隊の追跡者、フダカという男だった。
年齢は二十九。四人の中では一番の古株で、あと二年もすれば十年を勤め上げ、無事満期となる。軽装の皮鎧に、片手で扱える長さの剣と盾を担ぎ、投擲用の短剣を数本腰に差している。
ファウーゼはフダカにちらりと目を遣り、すぐに戻す。ファウーゼはフダカにあまり興味が湧かなかった。なぜなら、余り強そうではないからだ。身のこなしはそこそこ程度で、ヒノスバのような凄みもダウビンナのような機敏さもない。実際、足の速さも体力もこの四人の中で一番劣っており、走る速度はフダカに合わせられている。
何よりの証拠は、一番長く【独立命撰特務】に勤めているというのに、いまだに第四分隊の隊員であるということか。単純な数字で考えれば、追跡者としての能力は第三分隊のダウビンナに劣っている。
(まあまだうちがどうこう言えるものやないけども。でもすぐぶち抜いたる。うちは一番になるんやさかい)
そんなファウーゼの鋭い視線に気づいたフダカは苦笑した。
「ファウーゼさんは僕に何か聞きたいことがあるのかな?」
「はい。フダカはんはどう思います? 一般に【独立命撰特務】は第三分隊までが本体、第四分隊以下は補欠やと思われてることに関して」
「あはは、直球だね……」
ファウーゼの頭をヒノスバが叩く。
「流石に失礼だ。お前はまだ第五分隊のぺーぺー。大先輩のフダカさんに噛みつくには五年早い」
気にせずファウーゼは笑顔で尋ねる。
「フダカはんは何が得意なんどす? 具体的には、相手の足を止める手段として何をもってます?」
「こらっ」
「任務は何があるかわかりまへん。なので味方の手の内を把握しておくのは大事どす。そういう意図どす。他意はありまへん」
「お前なぁ!」
ダウビンナまで声を上げるが、そこに割って入ったのは当のフダカだった。
「まあまあ。いいじゃないですか、新人はこのくらい熱意があった方が。実際、ファウーゼさんの方が既に僕より速くて強い。【独立命撰特務】は実力主義なんだから、先輩だ後輩だなんて気にし過ぎることはないですよ」
あまりにあっけらかんと言われ、ファウーゼは逆に言葉に詰まった。しかも、フダカの言葉に棘や毒は全く感じられず、素直な本音を話しているように聞こえる。あやされる赤ん坊のような気分になり、ファウーゼは気まずそうに眼を逸らす。
ため息を吐くヒノスバの背中を叩いて宥めつつ、フダカは口を開いた。
「僕はとくにこれといった特技はないから、とにかく相手の機先を制そうと頑張ってるよ。あんまりうまくいくことは多くないけど」
「機先を制す、どす?」
「そう。言葉にすると難しいけど、なんていうかな。相手が踏み出そうとした先に足を置いておくみたいな。それに近いことを立ち位置を調整してやる」
今一しっくりこなかったらしく首を傾げるファウーゼに、フダカは苦笑いして肩を竦めた。それ以上説明をできないようだった。
少し興味を持ったファウーゼが、実際にやってみてくれないかと腰の剣に手を伸ばすと、触れたのは固い柄ではなく、フダカの手だった。ファウーゼの手と剣の柄の間に、フダカの手刀が差し込まれていた。
「こんな感じ」
いつの間に手を伸ばしていたのか。そもそも、仕掛けるとは一言も言っていないファウーゼの動きにどうやって気づいたのか。
まじまじと見つめてくるファウーゼに、フダカはまた苦笑いをした。
「ファウーゼさんくらい速ければ、こんな小細工は必要ないんだけどね。持たざる者の工夫ってやつ」
「なる、ほど?」
「あまり気にしなくていいよ。あ、ここは左です」
前を見ることもなくそう告げるフダカに、ヒノスバは疑うこともなく左折した。ファウーゼもほんの少しだけフダカの評価を上げた。
そうしてしばらく走った先にあったのは、放棄された小さな砦だ。壁の一部は崩れ、苔むし、穴が開き、屋根はとっくに吹き飛ばされている。だが、石造りの囲いはまだ十分に人が風雨を凌げるだけの形は保っており、後ろ暗い連中が潜むには格好の建築物。
今回のファウーゼたちの任務は、辺境の街を巡ること。決して、廃墟の探索ではない。
つまるところ、これは寄り道。
「ここが陳情にあった盗賊のねぐらですかね?」
「地図上の位置はあってるし、そうだと思う。ほら、見張りいる」
指を差した直後、ダウビンナに飛んでくる火球。ダウビンナはそれを盾で弾き歯を剥いて威嚇する。
火球を放った魔術師はそれに何か罵倒のようなものを返してきた。逃げる気配はない。
「ヒノスバ、威嚇頼む。俺の美男子顔じゃ効果は薄いらしい」
「違うな。やり方を間違っている。脅しはこうやるんだ」
そう言ってヒノスバは自身の碧色の靴を見せつけた。
途端に腰を抜かし、中に逃げ込む魔術師。
碧雲隊の象徴である碧色の長靴を見て、相手はファウーゼたちが誰だか気づいたようだった。帝国において【独立命撰特務】を相手に戦うことを選ぶ人間は二種類。途方もない馬鹿か途方もない強者のみ。魔術師はそのどちらでもなかった。
目で問うファウーゼにヒノスバは宣言した。
「とりあえずは無傷での捕獲。一方の意見しか聞かずに処罰するのは問題になることも多い。無理そうなら逃がさないようにだけして足止め。俺が仕留める」
「了解」
「ヒノスバは真面目だよねー。先制攻撃してくるようなのは骨ぐらい折っちゃえばいいのにさ」
「駄目だよ、ダウビンナ。少しでもやり過ぎると【独立命撰特務】は横暴だなんて新聞が書き立てるんだから。お行儀よくしましょう」
好き勝手言いながら四人は自身の武器を構えると、風のような速度で砦に乗り込んだ。
盗賊の数は十二人。勿論、その程度で【独立命撰特務】の一個分隊に敵うはずもなく、一呼吸の間に全員が縄で縛られて転がされる。とくに腕の立つ戦士がいたわけでもなく、ダウビンナは退屈そうに欠伸をする。
盗品らしき大量の宝物を確認し、尋問を始めるヒノスバ。それに抵抗する気力は盗賊たちにはないようで、驚くほど順調に話は進む。
ファウーゼは盗品を検分しながら横で検分するフダカに話しかけた。
「フダカはんは、誰の推薦で?」
「ムーベフさん。と言っても僕は外れ枠だよ。任命が競合に競合して、仕方なしで取られた余り物」
「そうどすか。まあうちも第三任命なんで大して変わりまへん」
「そんなことないさ。ファウーゼさんが第三だったのは知名度がなかったから。追跡者として名を売ってれば第一任命で取ろうとしたところだってあったはず」
「……本当にそう思ってます?」
「勿論。謙遜しなくていいよ」
真意を探ろうとじっと睨むファウーゼ。それを見るフダカの視線は子の成長を喜ぶ親のようで、特に裏表はなさそうだ。その屈託のなさにファウーゼは意地を張るのも馬鹿らしくなり、調子を狂わされながらも肩の力を抜いた。
そこらの雑談は弾んだ。
「今日の任務、なんでわざわざ徒歩かわかります?」
「馬も竜も出払ってたみたいだよ。というか、だからこそこの人選なんだと思う」
「ああ、追跡者三人なんて極端な構成は、そういう理由で」
「無茶言いますよね。速く走れるのと速く走り続けられるのはまったく別だって言うのに」
「トドイはんのしごきがなかったら、確実に途中でへばってましたわ」
「トドイさんの鍛錬、厳しいよね……本当に。闘技指導員がトドイさんに変わってから何度吐いたか覚えてないよ」
「うちはまだ三回どす。吐きそうになって何べん飲み込んだかは覚えてまへんけど」
言いつつ、質素ながらも宝石のついた王冠を頭に載せてみたり。
「あー、じゃあまだファウーゼさんはフォフォ小隊長が本気で戦うところは見たことがないんだ」
「訓練ではほんまの本気は見れまへんでしょ。リンさんおるゆうても怪我も怖いし。むしろフダカさんは見たことあります?」
「一回だけね。決闘が行われたんだよ、決闘が」
「決闘!? それ、正規の? 非合法なやつではなく」
「そうそう。ちゃんとした手続きを踏んだ決闘。いやー、あのときはお祭り騒ぎでさ、帝都は夜も昼間のようだったよ」
「うわー、帝都育ちの人って、そういうところだけは羨ましいどす。そないな行事の華やかさだけは敵わんわぁ」
「物価の高い街に住む数少ない利点だね。いいでしょう」
言いつつ、謎の置物を一列に並べてみたり。
「フダカさんは八年目どす? 九年目?」
「九年目だよ。あと一年と半年で満期だね」
「満期になった後の予定とかあります? やっぱり退役どすか」
「呼び止められるなら喜んで残るけど、まあ僕の実力じゃ無理だろうね。毎年たくさん強い子が入ってくるし、碧雲隊はどんどん強くなってる。おじさんは潔く身を退く予定だよ」
「その後の予定とか、あります? したいこととか」
「あるある。とりあえずね、犬を飼うんだ。あと奥さん見つけなきゃ。出遅れもいいところだけど、【独立命撰特務】の名声と財力を駆使すればなんとか見つかるはず……!」
「よね! うちかて二十八ならまだなんとなるはず……!」
言いつつ、鍵の掛かった宝箱を開けて見たりして。
ファウーゼとフダカの手が止まった。
その宝箱の中には、巨大な卵が入っていた。
赤く、黒く、人の頭よりも巨大な卵。
直後――空から地鳴りのような咆哮が響き、砦は爆炎に包まれた。




