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鐵の篩  作者: 仁崎 真昼
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第七話「未知の知」④

「いやー、偶にならこういうお散歩もいいっすねー」

 呑気に呟くのはトドイだ。その背にはスンダッギを背負っている。

「しかし、ムーベフが来なかったのは意外じゃのう。どうした、おんしら仲直りでもしたのか?」

 ルヴィケスは鐵製の杖で枝を払いながら苦笑する。

「さてね。言葉通りなのではないです? ムーベフの今年の任命候補はもう確定したから他二枠は好きにしていい、という」

「そんなわけなかろ。まあよいわ。仲たがいを仲裁する手間も省ける」

「ほんとっすよ。いつも空気悪くされてたまらないんすから! 今日はのんびり歩いて、見学して、それで終わり! あとは森林浴でもしてましょう!」

「ええ。そうしましょう」

 そんな三人が進むのは背の高い木が鬱蒼と茂る森林だ。目指しているのは視界の先にあるひときわ高い台地。登れば森林を一望できるその場所に向けて、せっせと坂を上っている。

 目的はもちろん、今日ここで開拓をしようとしているザハたちの一団を観察すること。ザハのその能力を見せつけるため、ルヴィケスは二人を連れてきた。

 段々と急になる斜面をゆっくりと巻くように登り、三人はその上で遠眼鏡を構える。広大な森ではあるが、ザハたちが来る方向とザハたちが目的とするものの位置が分かれば探すのは難くない。その両方を把握しているルヴィケスは、早々にザハたちを発見した。

 ルヴィケスの示す先を遠眼鏡で見つつトドイが呟く。

「今日の獲物は芽吹茨の伐採でしたっけ?」

「はい。獣の血を何よりも好む獰猛な植物です。非常に機敏で本体の場所が分かりにくいので、二等級の開拓者であろうと油断すれば養分にされます。スンダッギ、どう思います?」

「どうも何もないわ。魔術師であればこの森ごと焼き払う」

「それができない戦士が、どう戦うのか。今日はそれを見てもらおうかと」

 スンダッギは遠眼鏡から目を離してルヴィケスをじろりと睨んだ。

「観測者として取るんじゃろ。本体の位置が見つけられるのであれば芽吹茨など大した敵ではない。つまらん開拓じゃ」

「簡単に終わるのがつまらないという意味であれば、今回は楽しめると思いますよ。ザハは近中距離戦しかできないのに、足手まといを三人も連れている」

「足手まといがいるのはやりにくいっすねぇ。前に出すわけにはいかないのに後ろに置いておくと動きが制限されるし。足手まとい付きで芽吹茨……うげぇ」

 トドイは嫌そうな顔で舌を出した。

 ルヴィケスたちがそんなのんびりとした空気を出す一方、ザハたちは全方位を警戒しながら少しずつ森を進んでいた。

 昼間だというのにやや薄暗い森。小さな蟲や小さな獣が多く、注意の仕方が普段とはやや異なる環境。ザハは勿論、他の三人も静かに歩を進める。

 不安そうに長斧を握りしめる小男が呟く。

「兄貴ぃ。なんかこの森不気味ですぜ。でかい奴等が少なすぎる」

「警戒を解くなよぉ。芽吹茨のせいで毒持ちが多い。必然、図体が必要がなくなってんだぁ」

 言いつつ、ザハは飛んできた羽虫に電魔術を流して焼いた。小さな閃光、焦げる臭い。細かい操作の得意でないザハでも、こうした小さな敵に対する防御には使いやすかった。

 弓に矢を番えたままの肥満男は背後を警戒する。

「そろそろ縄張りですかい兄貴。植生が変わってきやしたよ。若くて背の低い草ばっかりだ」

「そうだぁ。芽吹茨の近くじゃ背の高い植物は育てねぇし、草を食う奴等も中々近づいてこねぇ。気合入れろぉ」

 ザハは左手に握った細長い金属の棒――刃鞭をくるくると回す。すると、刃鞭は金属質な輝きからは想像もできないほどしなり、その長さを変えた。

 少しずつ魔力を練って貯蔵する禿男が口を開こうとし。

 直後、ザハは刃鞭をその鼻先に向かって振るった。

 刃鞭とは、簡単に言えば鋭い鐵の糸を編みこんだ鞭だ。剣の鋭さと鞭のしなやかさを兼ね揃え武器と言えば聞こえは良いが、剣のように切れ味が良いわけでもなく、鞭並に操ることの難しい癖の強い武器。使用者は少なく、熟練者はさらに少ない。

 しかし、ザハの一閃は手元から三歩ほど伸び、禿男の鼻先まで迫っていた茨を両断し、更には他の二人の足元から伸びてきていた茨も弧を描いて切り落とす。そして、その他は何も傷つけることなくザハの手元で剣の形状に戻り、再び敵を威嚇するかのように光沢を放つ。

「構えろぉ!」

 間延びしつつも喝の籠った一声に、他の三人も慌てて武器を構えなおした。

 切り飛ばされた茨はいずれも地面から伸びてきていた。しかし、四人がそう確認した直後にはぐずぐずに腐って土に還っていた。芽吹茨の特徴、【即命】だ。成長するのは早く、腐るのも早い。芽吹茨はその特徴を活かし、地下茎から一瞬で茨を伸ばし、獣を殺して自分事養分にする。

 ついた別称は、不可視の狙撃。または森の罠。または、腐れ槍。

 無数に生まれ、即座に腐っていく槍が、四人に一斉に襲い掛かった。

「舐めんなよぉ」

 刹那、刃鞭が閃く。腕よりも短く太い刃が、糸のように細く長く伸び、四人の周囲を竜巻のように銀光を残して奔る。すると、地面から伸びてきていた茨は輪切りにされ、ぼとぼとと地面に落ちた。

 第二波、第三波も同様。四人の間の地面から湧き出た茨も、ザハの死角から伸びた茨も、木の幹から伸びた茨も、全て刃鞭が閃いては切り裂いていく。

 その絶技に見蕩れていた禿男は背中を蹴られて我に返る。今回の他の三人の仕事はザハが時間を稼いでいる間に地中の本体を見つけて伝えること。それをしなければ本当にただのお荷物になってしまう。

 魔力を地面に通し始めたのを感じつつ、ザハは刃鞭をひゅいんと鳴らした。

「どうした雑草! こんなんじゃ全然物足りねぇぞぉ!」

 ザハの怒声に反応したのか、地面からひと際太い茨がザハに向かった。太いだけでなく木のように硬く、棘も尖っている。刃鞭に切られないように、と対策をしたのだ。

 それに対するザハの対応は迅速だった。刃鞭に電魔術を巡らせ、腕を回すように振るう。そして、まっすぐに伸びてくる茨に巻き付けるようにして絡ませると、引き絞る様に引っ張りその熱で焼き切った。

 その戦闘の様子を遠眼鏡で見ていたトドイは興奮にルヴィケスの肩を揺さぶる。

「おっひょお! 私、刃鞭をあんなにうまく操る人初めて見ました! 先輩、ザハ君良いんじゃないですか? あれなら良い追跡者になれるんじゃないですか?」

「ザハは足が遅いので追跡者にはなれません。刃鞭だって、相手がきっちりとした防具を身にまとってたらあまり有効じゃないですし、電魔術は練度低いのに対策しやすい」

「まあ、あの魔術では刃鞭に流して痺れさせるのが関の山じゃな。じゃがどうする? やはりつまらん戦闘で終わりそうじゃぞ」

「まあ見ててくださいよ」

 そう告げるルヴィケスの方から魔力が膨れ上がったのを見て、トドイはぎょっとした。

「せ、先輩? 何するつもりっすか?」

「物足りないらしいので」

「いや、まっ――」

 ルヴィケスの伸ばす指先に風が圧縮され、放物線を描いて射出された。そして、それはザハたちのすぐ近くに落下すると、凄まじい音を立てて爆発した。

 怪我をする類の攻撃ではない。だが、凄まじい爆音により四人の耳から血が噴き出て、平衡感覚を奪い取る。

「――!」

「……、――、……!」

「……」

 口々に何かを叫んでいるが、ザハには聞き取れない。完全に鼓膜を潰された。そのことを理解しつつ、ザハは刃鞭を振るって茨を切り裂いた。

(なんだ今の攻撃! この森に音で攻撃してくるやつなんていたか!? いや、今のは純粋な魔力による魔術! まさか!)

 ザハが頭を回転させつつ目を上げると、そこにはもう一つ魔術が飛んできていた。

 それは光。太陽よりも明るい光。それがザハたちの真上に浮かび、強烈な光を放つ。

 思わず目を閉じる四人。その眩さは到底目を開けていられるものではない。瞼の上からなお真っ赤に視界を焼いてくる閃光は、痛みすら感じそうなほど暴力的だった。

 ザハは本能に従って刃鞭を振るいつつ、冷静に判断する。

 熱を感じない純粋な光なのは救い。浴びたところで肌が爛れるような攻撃ではない。

 しかし、いつまでも消える気配も落ちてくる気配もないのが最悪。目を閉じて茨の攻撃をやり過ごすにも限界がある。

 聴覚を潰され、視覚も奪われ、今にも茨に貫かれてもおかしくない状況で、ザハは心の中で絶叫した。

(ルヴィケっさん!! 絶対あんにゃろぉの仕業だこれぇ!!)

 そして、その理解はこの上なく正しかった。

 満足そうに遠眼鏡に黒い硝子を被せるルヴィケスと、その胸倉を掴んで目を剥くトドイと、愉快そうに髭を撫でるスンダッギ。そんな様子を知るわけもないのに、ルヴィケスがここに来ていることすら知らないのに、ザハはそう確信していた。

 ――ザハは即座に思考を切り替える。

 ルヴィケスのこの悪趣味な攻撃は、つまりは全力を見せろということ。理由はどうせ【独立命撰特務】関係だが考えても無意味。まずは生き残り、敵を倒すことが重要。そう理解し、ザハは魔力を練り上げた。

 属性は、電ではなく。

 生まれ持った時から感じていた、自身の最適性のそれ。

(こいつらと移動できれば目を開けられるけど聞こえないから伝えられない。それぞれ別方向に逃げられると守り切れないから今の足を止めた状況は最悪ではない。見えず、聞こえない状態で、芽吹茨をさっさと殺す)

 ザハは目を見開こうとするのを止め、それに染色した魔力を自身に宿した。

(まあ、できなくはない。できればやりたくなかったけど)

 直後、ザハの全身を茨を貫く痛みが襲った。

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