第七話「未知の知」③
ルヴィケスが帝都に戻り、竜を預け、碧雲隊の隊舎の扉を開けると、廊下を歩くメディエが目を見開いた。
「おっ、おっさん。丁度良いところに」
「どうかしましたか? メディエ。ああ、そうそう先日の土砂災害での救助任務お疲れさまでした。器用なあなたの魔術は場所を選ばないので非常に助かってますよ」
「そりゃどーも。けど俺のことよりあんたんことだろ。隊長が目を吊り上げて探してたぜ。またなんかやったんすか?」
「……今年のはまだ記憶にないですねぇ」
「なんだそりゃ。来年分をもう予約でもしてあんの?」
「ははは」
ルヴィケスは答えずに隊長室の方へ足を運ぶ。そして、重厚な木製の扉を叩いた。
「どうぞ」
「ルヴィケスです。失礼します」
中で執務机に向かっていたフォフォががばっと顔を上げる。そして、額をぴくぴくと痙攣させつつルヴィケスを睨みつけた。
ルヴィケスは特に動揺することもなく、端にある椅子を引っ張ってフォフォの正面に座る。フォフォはそれを見て自身の眉間を指で揉むと、深呼吸をしていつもの無表情に戻った。
「ルヴィケス。用件はお分かりですね?」
「すみません、今日は本当に分かりません」
「ザハ゠ユゥシュビィに関する件です」
「あー……?」
フォフォはルヴィケスに新聞を投げつけた。ルヴィケスはそれを受け止めると、順に目を通す。
「極北戦線停滞中……南部紛争地帯でついに停戦か……十独国の更新審査……指名手配の賞金増額」
「そこではなく、次の頁です」
「今年の任命式に早くも波乱か。碧雲隊、開拓者組合から強引な引き抜き。堂々とした宣戦布告」
「まずはいくつか。そこに書いてあるものはどれが事実でどれが虚偽ですか?」
ルヴィケスは黙って目を通す。
記事に書いてあったのは、ザハが碧雲隊から第三任命の打診を受けたということと、それに関する本人への質疑。簡単な生い立ち、秀でている戦闘技能、率直な感想がつらつらと会話形式で記載されている。ザハはルヴィケスの指示通り、碧雲隊に絶対入りたいから他の隊から任命が来ても断わると断言しているようだった。
「概ね事実です」
「では事実とは異なる点は?」
「ザハの生い立ちと、感想ですかね。ザハはおそらく【独立命撰特務】には入りたくないと思ってるので、こんな歯が浮くような台詞、絶対本心じゃない。記者が話を盛ったか、外面のために適当に答えたか」
「では、貴方が第三任命を確約した、というのは事実なんですね?」
「はい。と言っても口約束ですよ。もっと良いのが見つかったら他の選んでもらっていいので」
フォフォは眉間の皺を深くしつつ、努めて冷静な口調で告げる。
「いいですか? 貴方は口約束と考えていますが、そこには碧雲隊の信用が乗せられているのです。もしこれで他にもっと有望な戦士が見つかり、ザハを任命しなかった場合、世間はどう思うと思いますか? 碧雲隊は勧誘のために嘘を吐く。信用ならない。そう思うんです。そして、それが貴方単体の話で済めばいいのですが、それで済まなかったら? 私たちの活動に大きな支障が出ます。私たちが任命するには、相手に一度仕事を辞めさせなければならない。そしてそれはとても大きな決断です。その後押しに、信頼というのは必須となる要素なのです」
わかりますか? そう優しく微笑むフォフォに対し、ルヴィケスも穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「ご懸念は尤もです。ですがご安心を、隊長」
「安心できる根拠はありますか?」
「もしザハが不要になったら、ザハに適当な犯罪を犯させて任命資格を没収させますので」
「……ん?」
フォフォの笑顔が凍り付く。それに慌ててルヴィケスは付け加えた。
「ああいえ、来年また任命する可能性を考えると、開拓者を辞めさせないほうが良いか。そしたらこちらからは任命できませんからね。そのほうが良い! 理由はでっちあげましょう。ご安心ください。碧雲隊が嘘つき呼ばわりはさせないように取り計らいますので」
フォフォはルヴィケスの言葉を必死に理解しようとする。だが、今一理解できない。はなはだしい人権を無視した言葉が飛び出してきたように聞こえた。そうとしか聞こえなかった。
「ちょっと待ってください。ザハが、ザハは貴方のいうことをそんなに素直に聞くのですか? 罪を犯せと言われても? なぜ? 貴方たちは一体どういったご関係なのですか?」
それに対し、ルヴィケスは自慢げに頷く。
「ザハは私の従属奴隷ですので」
フォフォは机に顔面から突っ伏した。
従属奴隷とは、職業、伴侶、衣食住に関する権利を喪失した奴隷だ。所有権の持ち主からここで働けと言われれば逆らえず、こいつと結婚しろと言われても逆らえず、これを食べて、これを着て、ここを住めという指示に、すべて肯定で返さなければならない奴隷。余程の重罪を犯した者でなければならない、脇道に逸れた人生の終着点。
帝国では奴隷本人どころかそれを買った所有者すら冷たい目で見られる、不可触な存在だ。
呻くように呟くフォフォ。
「……今年は大人しくする予定だったのでは?」
「オウカに泣きつかれたので仕方なくです。いくら有能な観測者とはいえ酷使し過ぎですよ、フォフォ隊長」
「それは申し訳ないとは思っていますが、話は別です。そもそも、なぜ奴隷に? 犯罪ですか?」
フォフォはトドイに取らせたザハの来歴書を確認する。だが、そこには当然犯罪歴は載っていない。
可能性としては、帝国外で罪を犯したくらいしかフォフォには思い当たらないが、そうするとまた話が面倒になってくる。規則上問題ないのと、倫理上問題ないのとはまた異なるからだ。他の小隊から突っ込まれたときに言い訳がしにくい。
だが、ルヴィケスは脚を組みかえながら飄々と答える。
「いいえ。借金です。いわゆる破産奴隷。そこを私が買い取りました」
「いつ?」
「八年前くらいですね」
「彼、今二十歳ですよね。十二の時に? なぜ?」
「将来役に立ちそうだと思ったので」
「そういう趣味はありませんよね?」
「勿論。健全に美しい大人の女性が好みでございます」
嘘くさい笑み。嘘くさい言葉。だが、そもそもフォフォにはルヴィケスにそういった欲があるということが信じられなかったため、ルヴィケスの言葉を信じておくことにした。
「借金の原因は?」
「愚かな親の放漫の結果ですよ。賭博で身を持ち崩し、借金。借金を借金で返す。それの繰り返しの結果」
「愚かな」
「全くです。が、彼本人には罪がない」
その言葉に明確な嘘の気配を感じ取ったフォフォはルヴィケスをじっと見据えた。それにルヴィケスは笑みを浮かべると、自身の首をとんとんと叩いてみせる。
「ええ、嘘です。罪がないわけではありません」
「それは、聞かない方が良いのでしょうね?」
「言っても詮無きことなので」
「今後問題は発生しませんか?」
「しませんとも。私とあなたの関係のようなものですよ。ザハと私の関係は」
フォフォの目つきが一瞬鋭くなり、全身に緊張をみなぎらせた。そして、素早く全力で周囲を警戒するが、盗み聞きされていたりする気配はない。そのことだけ確認し、フォフォはふっと短く息を吐いた。
とりあえず、ザハ本人から問題が発生しなさそうなことは確認できた。フォフォはそう結論付け、ザハの戦士としての評価に入ろうとする。
「ザハ゠ユゥシュビィ。二つ名は【灰電】。単独二等級の開拓者。武器は刃鞭、電魔術も併用する近中距離の戦士。見立てとしては旅団長級の実力はあり。最低限の資格は備えているように見えますが」
「引き上げ屋」
「ええ、そこが気になります。貴方が取ってくるにしては小粒すぎます。その悪評に何か隠れた魅力でもあるのですか?」
「いえ、あれはただのザハの趣味兼小遣い稼ぎかと。規則の裏を突いたり小物にちやほやされるのが好きなんですよ、ザハは。まったく関係ないとは言いませんが……」
「なんですかそれ。それじゃ一体どこに長所が」
と、フォフォはそこで再び来歴書に目を落とした。そして、読み返して膨らんだ疑問をルヴィケスにぶつける。
「待ってください。さきほど貴方はオウカのためにザハを取ると言いましたね。ということは、ザハを観測者として取るつもりですか?」
「はい。ザハにはその適性があります。戦闘技量は可もなく不可もなく、って感じですけどね」
「目ですか? 耳ですか? 開拓者組合からも資料を取り寄せましたが、彼がそうしたことに秀でているような記載は見当たりませんでした」
「知られるとやりにくくなるので伏せてるのでしょう。伏せ札は多い方が良い。ザハはちゃんとそれを分かってます」
「説明できますか?」
「言葉では信用しにくい類です」
「であれば不要です」
ルヴィケスは意外そうな顔をした。それに対し、フォフォは冷たく言い放つ。
「実力的には最低限はあります。ということは、今回貴方が説得すべきは他の隊員です。どうせ観戦の場は用意しているのでしょう? ムーベフ、トドイ、スンダッギを連れて彼の能力を見せつけてきてください」
ルヴィケスはそれにやや間を開けてにっこりと笑うと、椅子から立ち上がって背伸びをした。
「話が早くて助かります」
「事前に話してくれればそうなる可能性は十分にあったのです。今までだってそうです」
「学びになります」
「貴方が本当に学んでくれていることを切に祈ります」
ルヴィケスは足取り軽く部屋を出ると、扉を閉める寸前に顔を見せて行った。
「彼の特筆すべき能力はですね、強いて言うなら――痛覚です」
そして、フォフォの反応も見ずにそのまま扉を閉じた。




