第七話「未知の知」②
前時代に人類が滅びかけた後、人類が再び世界中に版図を広げるには多大な労力が掛けられた。外敵の討伐、交通網の整備、開拓と開墾。その先駆けとして世界中を駆け回ったのが、戦いを厭わず、危険と未知を好み、好奇心を原動力とした集団、冒険者だ。冒険者たちは国に囚われない互助組織として冒険者組合を作り、あらゆる土地を冒険して回った。
少し時が立つと、彼らは開拓者と名を変えた。冒険と呼べるほど未知の土地が減ってきたからだ。冒険し、未知の生命を記録し、新たな地図を作ることを生業としてきた彼らはその生き方を変えた。隊商を護衛し、危険な生命を狩り、希少な素材を集める開拓者へと。同時に組合も開拓者組合へと名を変えた。
そして、現在。彼らの生き方はまた少し変わっていた。開拓すべき土地がほぼなくなり、人類に害を成す生命は生存圏から追い出し、手に負えない物とはそれなりの共存を選べるようになった。だから彼らの生き方は、一部の数寄者を除けばほぼ傭兵と言ってもいい。金を貰い、依頼をこなす。主な対象が人間ではないというだけの、武力集団。
「酒だ酒! ありったけもってこぉい! 肉もだ! ほら、お祝い用の丸焼き頼む!」
「ぎゃははは! 今日も楽勝でしたね兄貴! もう少しで俺ら二等級ですよ二等級!」
「やっぱり兄貴に頼って正解だったぜ! 見てくださいよあのしけた干し肉噛んでる連中を! あれだけ俺たちを見下しててあのざまですぜ!」
頬のこけた目つきの妖しい小男。顎の三つ編みから悪臭を漂わせる肥満男。垢をぽろぽろと零しながら唾を飛ばす禿男。開拓者組合の集会場で騒ぎ立てる彼らを、他の開拓者たちは眉を顰めて眺める。
その中心で上機嫌に鼻歌を歌うのは、華やかな金髪を後ろに流した青年だ。動きやすそうな革製の鎧、籠手、臑当。腰には妙な輝きを放つ長剣と投擲用の小壺を下げている。
小男が青年に向かって手を捏ねる。
「兄貴、どうです? 来週には飛旋鳥の狩猟でも? そしたらあっしら昇級ですよ!」
「それもいいなぁ。そしたら契約成立、お前らのお守りも終わりってわけだぁ」
肥満男が青年の肩を叩く。
「ぎゃははははは! なんすかそりゃないっすよ兄貴! 俺ら一生あんたについていくつもりですよ!」
「勘弁してくれぇ。お前ら臭いしうるせぇんだよ。金貰ったら終わりだ終わりぃ」
禿男は大きい卓にぽつんと座っていた新人開拓者を威嚇して追い払う。
「そうだ無茶言うな! 兄貴みてーなお人が俺らのために時間を割いてくれただけでも御の字だ! それ以上困らすんじゃねぇ!」
「そういうことぉ。ついでに声量を少し下げてくれると助かるぅ」
四人で卓を囲み、恐る恐る酒を持ってきた給仕から杯を奪い取って乾杯する。そして、肉を抓みながら始まるのはばか騒ぎだ。
人目を気にしない高笑いに、飛び散る酒の飛沫、料理の破片。瞬く間に汚れていく机や床と、砕ける食器の数々。まるで盗賊の宴だ。苦々しい顔をする開拓者組合の職員がそう思っていることは誰の目にも明らかだった。
そんな中、一人の男が立ちあがって四人の元へ向かった。そして、卓を音を立てて叩く。
「下品だな、【灰電】」
静まり返る食堂。
荒事の気配に、他の開拓者たちは素早くそこから距離を取る。
一方、【灰電】と呼ばれた金髪の男――ザハ゠ユゥシュビィは、薄ら笑いを浮かべて見上げる。
「おぅ、愉快だろぉ? 俺たちみたいなはぐれ者が無理して上品にすることはないぜぇ? お前も一緒に飲むかぁ? なぁ、【陽槍】のモイチ」
お互いに呼び合うのは、開拓者組合から与えられた二つ名だ。それは互いが三等級以上の開拓者、一流の戦士であるということを示しているが、込められた意図はそれぞれ異なる。
モイチが込めたのは、二つ名持ちであればそれにふさわしい態度を取れ、という叱咤。
ザハが込めたのは、格好つけるなよだっせぇ二つ名だな、という侮蔑。
目つきが険しくなるモイチに対し、他の三人が絡んだ。
「俺たちのことは二つ名で呼んでくれねぇのか? 俺たちだってもう三級開拓者だぜ?」
「【赤斧】【青弓】【黄杖】だ! 覚えやすくていいだろ?」
「ぎゃはははは! 無理だって元お貴族様には下々の者は見えねぇんだからよ!」
目の前で笑いながら唾を飛ばされ、モイチは自身の背に担ぐ槍に手を掛けた。それを見てザハ以外の三人は素早く距離を取る。
モイチは全く慌てる様子のないザハを見下ろしながら震える声で呟いた。
「俺はお前らを三級開拓者だとは認めていない」
「規則上は三等級だぜぇ? 何が気に食わねぇんだぁ?」
「ザハ! 貴様がっ! 引き上げ屋の貴様と共同体を組んだからそうなっただけだろう! 四級の開拓者が二等級の者と組んだからと言って、即座に実力が引き上げられるわけがない! 制度の穴を突いた欺瞞だ!」
ザハは肩を竦めた。
「だとして、それが規則だからなぁ」
そう言って笑う。
開拓者の等級は共同体ごとに定まる。そして、共同体と共同体が合体した場合、等級は高い方に合わせられる。ザハはその制度を利用し、低い等級の共同体を高い等級へと引き上げる引き上げ屋を営んでいる。それは組合内では周知の事実であり、それを快く思っていない組合員は多く、モイチはその筆頭だった。
しかし、周囲の冷たい視線を受けながらもザハが気にした様子はない。鼻で笑いながら滔々と語る。
「それに、制度にそんなでかい欠陥があるわけじゃねぇと思うぜぇ? なんたって共同体を分割した場合、人員比率が五割未満になった方は二等級の降格、五割以上でも一等級の降格だ。これから俺たちが頑張って二等級に上げたとして、俺とさよならしたらこいつらは三等級というわけ」
「だとしても元の等級よりは高い」
「噛みつくなよぉ。共同体の変更はきちんと組合に申請して許可を取ってんだ。この時点で合法以外の何物でもないだろぉ。それに本来は俺の等級に合わせて二等級の共同体が組めるはずなんだぜぇ? それを理由もなく三等級に下げられてんのに、文句も言わずに等級上げしてんだ。褒めてほしいなぁ」
ぶちっと肉を噛み千切るザハ。その言葉に、規則としての誤りはなかった。
だが、倫理として、納得できるものではない。ザハのように単独で高い等級を取った開拓者は理論上同じことが可能だ。共同体を組むには二等級以内でなければならないが、だとして簡単に一等級引き上げられる方法なんてのを見逃してしまえば、組合の等級制度が崩壊しかねない。
モイチはせめてもの抵抗として、ザハに向かって嫌味を吐く。
「そして二等級に上げ終わったら共同体を解散し、貴様は原等級保証条項を利用して二等級に留まり、また新たな獲物を探すというわけか?」
「ちっちっちっ。そんな未来のことは決まっちゃいねぇよぉ。まあ俺が人恋しくなったらまた誰かと共同体を組むかもしれねぇ。でもそんなのしかたねぇだろぉ? 孤独は辛いんだぜぇ? お前にはわからねぇかもしれないけどよぉ」
モイチの頭に血が上った。それは明確な揶揄だ。モイチとザハは二等級と言うところは同じとはいえ、ザハは一人で二等級を取り、モイチは四人の共同体で二等級を取っている。一人で二等級も取れない半端者。そう言われたのだとモイチは受け取った。
怒りのあまりに槍を構えるモイチ。
しかし、ザハは余裕の表情で酒を呷る。
そこに割って入ったのは、開拓者組合の職員――ではなく、愛想笑いを浮かべた男、ルヴィケスだった。
途端に、鼻から酒を吹き出すザハ。
「げ、げほっ! がはっ! ごほっ! ル、ルヴィケっさん……なんで……」
「話が終わったなら良いですか? 用事があるんでこれ持ってきますね」
「いや、ちょっと待ってください、これから打ち上げがですねぇ……」
「あなたには言ってません。拒否権もないです」
そう言ってルヴィケスはザハの襟首を掴むと、そのまま強引に食堂から引きずり出した。呆気に取られたモイチや男たちが反応する間もなかった。
ルヴィケスはザハを食堂から集会所へと引きずり出すと、依頼の張ってある掲示板前の椅子にザハを座らせる。そして、自分もその向かいに座って足を組む。
やにわに騒がしくなる集会所。【鐵の篩】が開拓者組合に来ている。その事実だけで開拓者たちは色めき立ち、遠巻きにルヴィケスとザハを見守る。
ザハは口元を拭いつつ、嫌そうな表情でルヴィケスに向かって口を開いた。
「で、何の用事っすかぁ? まさか、【独立命撰特務】に入れとか言うんじゃないっすよねぇ」
「そのまさかです。今年ので任命します。第三任命です。他の隊から任命されても拒否すること。また、そう周囲に言いふらすように。以上」
「待ってくださいよぉ! ちょっと色々待ってください! 話が分からない!」
立ち上がるルヴィケスの腕をザハは掴んだが、次の瞬間、火に触れたかのように手を離した。そして、先ほどまでの不遜な表情が嘘のように、怯えた表情でルヴィケスを見上げる。
「わ、わかりましたぁ! とりあえず指示はわかりましたぁ! なのでせめて理由を教えてくださいよぉ! 何をさせたいのかわからないんですってぇ!」
ルヴィケスは面倒くさそうにため息を吐いたが、ザハの向かいに座り直した。
「何が知りたいんです?」
「目的は、囮っすかぁ? 他の小隊への目くらましっすかぁ?」
「いいえ。思ったより去年獲った新人の精神が限界そうだったので、早急に補充を入れようと思いました。あなたは戦力として数えてます。なので手を抜かないように」
「えぇ……俺は実力が足りないってあんだけ散々言ってたのに。英雄にはなれないって。なんなんすかその再評価」
「あなたごときでは英雄にはなれませんよ。そこは変わりません。少しは実力を伸ばしたようですが、まあ精々旅団長級ですね」
ザハは少し不満そうな顔をした。
六等級から始まり一等級が最高位の開拓者において、ザハは単独で二等級を取っている。三等級で一人前、二級等級で一流。そう言われる開拓者においてだ。しかも、開拓者は四人の共同体が基本。単独で二等級を取れる開拓者は、世界中を見ても数十人程度しかいない。
それなのに、ルヴィケスはまだザハを少しも評価しようとしない。出会ったころのザハであればまだしも、世間的には素晴らしい実力者であると認められた今のザハであっても。
それがザハにとっては不満だった。
「あなたの役割は分かってますね? 戦闘ではなくその才能を活かしてください。主な任務は甲種任務となるはずです。碧雲隊以外の拒否を言いふらせというのは単純に他の小隊への牽……」
ザハは少し悪戯しようと思った。昔の自分とは違うと。今ならばルヴィケスを脅かすことだってできるのだと。
その瞬間、ザハは死ぬほど後悔した。
「ザハ? 聞いてます?」
「はい、すみませんでしたぁ。二度としようとしません。なので殺さないでください」
「あなたが素直に従っているうちは殺しはしませんよ。ですが、分かってますね?」
そう言ってルヴィケスは自身の右手の甲をとんとんと叩く。ザハは手甲で隠している自身のそれを撫でられた気分になり、鳥肌を立てながら何度も頷いた。
他に質問は? と両手を広げるルヴィケスに、ザハは恐る恐る尋ねる。
「任命式って冬ですよねぇ。それまで何かしておけ、みたいな話あります?」
「単独で一等級取っていてくれれば話が楽なんですが」
「無理っす! そんなの【独立命撰特務】の小隊長級じゃないっすか! 二等級と一等級の間には分厚い壁があるんですぅ!」
「でしょうね。なのであなたには期待していません。犯罪を犯さないことと、国外に出ないこと。その他任命に邪魔になるようなことはすべて禁止です」
ザハは【独立命撰特務】の任命規定を勉強し直すことを誓った。しなければ自分の命に係わる。勉強は苦手だが四の五の言ってはいられない。
(並行して今の契約を満了して、金は適当でいいか。揉める方が面倒くさい。で、鍛錬も再開しよう。【独立命撰特務】の任務は激務と聞くし、なまった体で任務失敗でもした日には多分半殺しにされる。大丈夫だよな? よし、なんか多分大丈夫な感じがしてきた。他には何かないか? 大丈夫か?)
ルヴィケスが去るのを眺めながら、ザハは深々と溜息を吐く。その背にはじんわりと汗が滲んでいた。




