第一話「引力の理由」③
ルヴィケスが休憩室の長椅子で横になっていると、勢いよく扉が開き、トドイが部屋に飛び込んできた。
「取れましたよファウーゼちゃんの来歴書!」
聞き間違えたのかとルヴィケスは胡乱な目を向けるが、トドイの手には判子の押された来歴書が握られている。似顔絵もしっかりとファウーゼのもの。紙や墨の質の良さからも、偽造、という線はなさそうだった。
だが、昨日の会議からまだ一晩しか経っていない。情報収集は置いておくとしても、書類の用意に半日、実際に発行されるのは申請受領から一週間というのが標準的なものであるため、明らかに早すぎる。
ルヴィケスは長椅子から身を起こしながら首を傾げる。
「一体どうやったんですか?」
「何がですか?」
「入手までが早すぎる気がして。前もって申請していたとか?」
「してないですよ。いつもこんくらいじゃないですか?」
「そんなわけないんですが」
ありそうなのは、他の隊も申請していて既に書類の準備ができていた等か。ルヴィケスは内心舌打ちをし、トドイから書類を受け取った。
さらっと流し見た内容はルヴィケスの認識と違いはない。だが、横に座って覗き込むトドイはそうではないようで、があっと妙な悲鳴を上げた。
「待ってください、ファウーゼちゃん、星霽祭で壇上の踊り子やったことあるんすか!?」
星霽祭とは年末に行われる帝国の祭事であり、その壇上の踊り子はその地域で最も踊りの上手い娘が選ばれる。そこで踊るというのは、帝国に生まれた娘ならば一度は夢見ることだ。
だが、当然戦いとは関係がない。そのため、ルヴィケスの反応も淡泊なもの。
「あ、そっちですか」
「そっちってなんすか。星霽祭で壇上に上がれるなんて将来有望なんてもんじゃないすよ。恥ずかしながら私も何度か挑戦したことがありますが全敗でした。あれは筋肉があればなんとなるって話じゃなかったっすねー。音感とか体の柔らかさとか」
「いえ、あなたのことですから、犯罪履歴の方を気にされているのかと」
トドイは首を傾げる。
「ああ、それが片腕落とされた原因みたいっすね。でも冤罪だってんでしょう? 可哀そうではありますけど、別に今の戦力評価としてはあんまり関係ないと思いますけど」
「あなたみたいな人ばっかりなら楽なんですけどねぇ」
「それより! 言われた通り来歴書取ってきたんで教えてくださいよ! 先輩はファウーゼちゃんのどこが良いと思ったんですか?」
ルヴィケスは面倒くさそうに少しだけ眉を顰めた。絶対に間に合わないと思っていたので、適当な約束をしたのだ。頭の中にトドイを納得させられるほど明瞭な説明を纏められていない。仕方ないので、順番に説明をすることにした。
「分隊を構成する四人のそれぞれに課せられる役割、は流石に理解していますよね?」
「うっす。観測者による発見、狙撃者による先制、追跡者による調整、破壊者による打撃。帝国式の分隊の編成の仕方はいつもこうっすよね」
「そうです。さて、この中での追跡者の役割、調整とは何の調整ですか?」
「間合いの調整すよね? 破壊者が戦いやすい間合いに相手を足止めすること」
「きちんと勉強したようで素晴らしい。一年前とは見違えるようです」
「うへへ」
では、と去ろうとするルヴィケスの腕を掴むトドイ。その力は万力の如く。ごまかして逃げるのは許さないという意思が現れている。
ルヴィケスは仕方なく再び長椅子に腰を下ろす。
「そんな追跡者に求められる能力。それはどんなものが挙げられますか?」
再び腰を下ろしたルヴィケスの手を離し、トドイは苦笑いをする。
「えっとぉ。まず相手を捕まえる足の速さっすよね? で、相手に無視されないだけの攻撃力も必要だし。それに相手の近くで立ち続けるだけの回避力能力もなかったら終わりです。要するに、前衛に必要な能力全部っす」
「その通りです。そして、それだけでは足りません。追跡者にはもう一つ必要な能力があります。彼女はそれに抜群に優れている。だから私は彼女を推薦します。追跡者としてね」
「もう一つ? それに追跡者として、っすか?」
「まあこれは実際に見せるしかない部分ではあるのですが……なんで彼女は破壊者やってるんですかねぇ。私はちゃんと追跡者として参加しろと言ったんですがねぇ」
「直接接触もしてるんすね」
「当たり前です。じゃないと相手の人となりが分からないじゃないですか」
「でも助言したうえでこれってことは、先輩嫌われてんじゃないっすか?」
「……経歴的に、ないとも言いきれないのが嫌な感じですねぇ」
嘆息するルヴィケス。
二回戦は追跡者として戦ってくれれば、というルヴィケスの願いも虚しく、二回戦もファウーゼは破壊者として戦い、あまり目立ちはせず。しかし、狙撃者の圧倒的な火力により準決勝へと駒を進めた。
二回戦の後、同様に会議室に集まる六人。
ルヴィケスは面倒くさそうにぼやいた。
「こんなに毎日集まる必要ありますか?」
「貴方がいつまた姿を消すかわかりませんからね。任命式まで時間もないですし、いるうちに伝えておかないとと思いました」
フォフォはそう言って、ルヴィケスの方を鋭い目で睨んだ。
「最後の機会を与えます。あなたがファウーゼ゠ルーサペックを推薦する理由を、私たちが納得するだけの理由を説明しなさい」
ルヴィケスは小さく舌打ちをした。それを聞き逃さなかったムーベフの視線を無視してルヴィケスは立ち上がる。
「ウェイトベオ州の第二代表が二回戦も勝てた理由、何だと思います?」
ムーベフは言葉に詰まった。だが、すぐに落ち着いた声で話し始める。
「簡単だ。狙撃者、観測者の火力が凄まじかったからだ。相手との遠距離の攻防を完全に制していた」
「なるほど。ではなぜその二人は今回の推薦の候補に挙がってないんですか? 有望な狙撃者だというなら、うちは欲しいはずですが」
苦々しい顔をするムーベフに代わり、スンダッキが愉快そうに答える。
「簡単なことよ。あの二人の力量では足らん。いくら出力に優れようと、魔術の予兆は垂れ流し、操作は雑、練り上げるのも遅い。速さを至上とする現代魔術を使いつつあれでは、到底使い物にならんよ」
「フォフォ隊長、ムーベフ調査員も同意見ですか?」
「はい」
「おおよそ同じです」
ルヴィケスは不満そうに唇を突き出した。
「ほら、答えはもう出てるじゃないですか。不出来な後衛二人に、足手まといのもう一人の前衛。こんな欠陥編成でどうやって本大会まで上がって更に二勝も上げたのか。答えは一つです。それらを補って余りあるほど優秀な前衛がいたって話ですよ」
一理あると思ったのか、フォフォとムーベフは難しい顔をして黙り込んだ。だが、その理由がわからない、とも顔に書いてある。それに追い打ちをかけるようにしてルヴィケスはトドイに話を振った。
「トドイ。あなた、こっそりルーサペックに会いに行ったでしょう」
「ぎくぅっ」
トドイは慌てて自分の口を塞いでフォフォの様子をそっと伺った。フォフォの顔には静かな怒りが浮かんでいる。
「……他の隊に情報が洩れるから、こんな状況で直接会いに行くのは止めなさい。トドイ」
「ちっ、ちがっ、違うんですフォフォ隊長!」
「やってしまったことはいいです。次から気を付けてください。で。何か収穫は?」
トドイはフォフォとルヴィケスの顔を交互に見ながら愛想笑いを浮かべた。
「えへ、本人には会えませんでした。どうやら帝都観光をしてたっぽいっす」
「試合後に? それはまた豪胆な」
「でも鎧は見れました。あれ、骨董品っすね。装飾ごてごてきらきらって感じで、全然実用性ないっす。多分素材は燦銀製っすよ。何百年前の代物かって思いました」
その言葉に同時に反応したのは、フォフォとムーベフだ。
「待ってください。燦銀製の金属鎧?」
「そんな重い物、着ててまともに動けるわけないでしょう。見間違いじゃないですか?」
「でも私が持ち上げるのに結構腰に来ましたよ。柔らかかったし、素材は間違いないと思いますけどぉ」
「スンダッギ」
「鎧に付与術はかかっておらんよ。神器、呪具、それらに類する品というわけでもない」
「そんな馬鹿な」
ムーベフは眼鏡を何度も布で拭きながら言った。
「そんな重くて柔らかい物を着て、あれだけ軽やかに動き回り、更には鎧に傷一つ付けていないと? あり得ません」
トドイは手をぽんと叩いた。鎧がぴかぴかだと感じたのは、傷一つ付いていなかったから。なんとなく引っかかっていた違和感を解消でき、トドイは満足そうに頷く。
ルヴィケスが声を荒らげるムーベフに向かって言う。
「あり得るからここまで勝ち上がってきてるんですよ。あの子の回避能力は一級品です。重い鎧という不利を背負ったうえで、あれです。素の状態のあの子であれば、隊長の斧槍だって躱すでしょう」
フォフォの眉がぴくりと動いた。だが、ここでルヴィケスの言葉に怒るほど若くはない。冷静に言葉を吟味し、本当に有用なのか計るだけ。
来歴表に目を通したフォフォは、ややあって口を開いた。
「確認したいことがいくつかあります」
「なんなりと」
「まず、その口ぶりから、貴方はルーサペックを追跡者として取るつもりなんですね?」
「ええ。そのために必要な能力をすべて備えています」
なぜか一緒になってトドイも頷く。
「次に。なぜ彼女はあんな鎧を着ているんだと思いますか? そして、なぜ彼女は破壊者として参加しているんだと思いますか?」
「昨日ざっと調べた限り、追跡者として参加してるのがあの子の住んでる街の有力者の子供らしいので、それ関連では? 力不足の息子を無理やりねじ込みたい。あわよくばそのまま入隊させたい。だから強力な味方は欲しいが、目立たれ過ぎても困る。そんな思惑があったんじゃないですかね」
いつの間に調べたんだ、という顔をするトドイ。
「では最後に。彼女は幼い頃に郡司に性的暴行を受けたうえで姦通罪の冤罪を着させられています。そして、冤罪だと判明したときに契約術解除のために片腕を落とされている。きっと彼女は世の権力者が、男性が憎くてたまらないでしょう。そんな彼女に【独立命撰特務】という役職が勤まると思いますか? この圧倒的に独立した大きな権力を与えて良いと考えていていますか?」
その場にいる、ルヴィケス以外の全員が顔を顰めた。普通に考えれば、そんな境遇の人間が権力を振りかざせる側に立った時、理性を保てるわけがない。
だが、ルヴィケスは気にした様子もなく飄々と答えた。
「さて。話した限りでは普通の賢そうな子でしたよ。そして、圧倒的な戦闘能力を持っている。この仕事にそれ以上の能力は不要では?」
予想通りの答えにフォフォは眉間を指で揉み、頭が痛そうにため息を吐いた。
「……とりあえず、候補に入れるかは明日の準決勝を見てから決めます。確かに、私たちはまだルーサペックの実力の底を見れてはいません。異論がある方はいますか?」
トドイもスンダッギもリンも、ムーベフも反論はしなかった。




