第一話「引力の理由」②
ルヴィケスは自身の所属する小隊、碧雲隊の作戦会議室で床に座らさせられていた。
部屋にいるのはルヴィケスを入れて六人。小隊長のフォフォ。魔術指導員のスンダッギ。闘技指導員のトドイ。健康管理官のリン。そして、専業調査員のムーベフとルヴィケス。
分厚い丸眼鏡をかけた壮年の男性、ムーベフは冷ややかな目でルヴィケスを見降ろしながら口を開く。
「で、ルヴィケスはまた何をやらかしたのですか? 隊長」
「御前試合に参加している選手の剣を接収したいなどと言い出しました」
「理由は?」
「でっちあげたいと」
頷き合うフォフォとムーベフに対し、ルヴィケスは爽やかな笑みを浮かべて言う。
「あの名剣があの餓鬼に振るわれるのは国の損失です。宝の持ち腐れです。接収し、然るべき使い手に渡すべきです」
「反省の色なし。こういう態度を取るから、押収品が紛失したときに真っ先に疑われるのですよ」
「これに反省は最初から期待してません。まったく、毎年頑なに見に来ない御前試合をきちんと視察に来たかと思えばこれです。いい加減、馘にすべきですかね」
「すべきですね」
即答するムーベフ。フォフォは本心から悩ましそうに眉間を指で押した。
そんなやり取りを微笑ましそうに眺めるしわくちゃの老人がスンダッキ。気まずそうに顔を伏せている大柄な女性がリンだ。トドイは擁護したいがどうやればいいんだと頭を抱えている。
ルヴィケスは顏に張り付けた笑顔をそのままに話を逸らす。
「そんなことより、どうです、御前試合の一日目。盛り上がってたように聞こえましたが」
「目の前でやってたのだから聞くな。寝ずに見ろ」
「あまりに退屈でして、つい」
「本当にお前は何しに来たんだ」
「一応確認と言うか、念のためにです。そんなことよりほら、会議始めましょう。時間は有限です。六人分の時間を消費しているのですから、ちゃっちゃと話してちゃっちゃと解散。これ大事」
ムーベフの目付きが険しくなる。それを見てトドイは慌てて切り出した。
「そ、そうっすよね。御前試合本大会の参加選手の戦いぶりも一通り見れたということで、今年の任命に関する話を勧められますよね! とりあえず各自の推薦する人物の資料出しましょう!」
「……トドイ、各自から資料を回収してくれますか」
「へへぇ!」
トドイは妙な返事をしつつ、他の五人から紙束を集めていく。それは各自が推薦する人物の来歴書と人物評が一体になったものであり、任命のために非常に重要な資料だ。
手を出して催促するトドイに対し、ルヴィケスは肩を竦める。トドイがいくら待てども一向に資料を出す気配がない。
「先輩?」
「今年の私の推しは御前試合に出てますので、私の人物評は不要かと」
「不要なわけないっすよね!?」
「不要なわけありません。少なくとも、手続き上、来歴書は必須です。貴方、何年この仕事やってるんですか」
フォフォの言葉に、ルヴィケスは素知らぬ顔で答える。
「それは理解しています。ですが、御前試合なんていう華やかな舞台に出る以上誰からも目に留まらないということは有り得ないわけで、つまりは私が民務省の糞みたいに煩雑な手続きを行って来歴書を取らなくても誰かが取っているだろうと予想しました」
「しました。じゃなくてですね……」
額を抑えるフォフォを制し、ムーベフが口を開く。
「この阿呆は一回置いておきましょう。いくら阿呆とはいえ見る目は確か。これがここまで言うのであれば、我々の誰かが目をつけているというのも当然です」
「理解があって助かります」
「黙れ屑が。要するに、この阿呆がいなくても今年の話は進められるということです。前向きに考えれば、今年は話が揉めることもない」
「確かにそうですね。では、候補者の確認を順に行っていきましょう」
ほほほとフォフォが笑い、ふふふとムーベフが笑い、はははとルヴィケスが笑う。一見朗らかな空気の中、候補者選定の会議が始まった。
だが、問題は会議が始まった直後、候補者の名前の書き出しが終わったところで起こった。
すっと挙手をするルヴィケス。嫌そうな顏で発言を許可するフォフォ。
「隊長、私の推しがその一覧にありません」
「……そうですか。残念ですね」
「あなたたちの目は節穴ですか?」
「あ?」
急に凍り付く空気。怒りを見せているのはムーベフ。トドイとリンが思わず身を竦める圧力が部屋に充満するが、ルヴィケスは一向に気にすることなく笑顔のまま続ける。
「やっぱり念のため来ておいてよかった。御前試合にまで出ているというのに、こんな才能を見逃す輩ばかりとは。いえ、前向きに考えれば他の隊も目を付けている可能性が低いのでしょうかね。だとしたら確実に獲れますよ」
フォフォは声を荒らげることはしなかった。ただ冷静にルヴィケス以外の四人を見回し、目で問う。そんな逸材がいたのか、と。
リンは慌てて首を横に振る。健康管理官であり、そうしたことには門外漢。そう態度に表す。
スンダッギ愉快そうに髭を撫でる。その穏やかな目の奥には少しだけ好戦的な光が灯っている。
ムーベフは苛立たしそうに眼鏡を拭く。出まかせだという自信と、ほんの少しの不安。指が僅かに震えている。
トドイは目を輝かせてルヴィケスに問いかけた。
「えっ、そんな凄い子いました? 名前は? どこの子ですか?」
「名前はファウーゼ゠ルーサペック。ウェイトベオ州の第二代表」
フォフォが視線をやると、ムーベフは素早く手帳を開いた。
「ファウーゼ゠ルーサペック。女性。役割は破壊者。郡大会はとくに問題なく全勝。州大会は一回負け、その後人員を一人入れ替えて全勝。結果、第二代表の座を手にして本大会に出場しています。先ほどの第一試合にも出ており、一人も打倒はしていませんが最後まで前線に立ち、勝利に貢献しています」
「ああ、あの分厚い鎧の子ですか」
「ええ」
ムーベフはルヴィケスを睨んだ。
「あの隻腕の子です」
「そうです。なんだ、ちゃんと見てるんじゃないですか」
しかし、ルヴィケスは意に介さない。ムーベフのことを鼻で笑う。
火花を散らす二人を仲裁するのはフォフォだ。若年ながら隊長の仕事を全うするだけあり、静かな声でトドイに話を振る。
「トドイ。この子は前衛です。闘技指導員からの意見は聞かせていただけますか?」
「へあっ。はいっ! えっとですね、全身鎧のせいで筋肉は見えなかったんですけどぉ……」
そう言いながら記憶を呼び起こすトドイ。しかし、あまり有用な情報は出てこなかった。何せ、第一試合は派手な魔術戦の様相を呈しており、前衛はあくまで後衛のために前線を支えているようにしか見えなかったからだ。
互いの後衛が火魔術が得意であり、津波のように押し寄せる炎は中央でぶつかり合い、複雑に絡み合う。その押し合いは前衛を考慮してか中空で行われてはいたが、弾け飛ぶ火花が戦場を染め、眩しく荒しい天幕のように前衛の戦士たちを覆っていた。
トドイは腕を組んで頷く。
「暑そう、でしたねー」
「トドイ」
「冗談です! えっと、足さばきは見事だったと思います。剣は軽くて片手で操れるようなもので受け太刀もできないはずなのに、間合いの調整だけできちんと相手の前衛を留めてました。そもそも片腕だと鍔迫り合いになったら終わりですしね。あと、味方からの誤射も結構ありましたけど全部避けてました。視野が広い。魔術への造詣もあるんすかね? でもやっぱり破壊力が足りてなさそうで厳しそうでした。きちんと急所に差し込めれば十分に倒せたとは思うんすけど、やっぱり相手も実力者でしたしねー。あ、あと味方の追跡者は足手まといだったと思います。ほとんど何もできてませんでした」
あと鎧がぴかぴかでかっこよかったです。そんなトドイの補足を無視し、フォフォはスンダッギの方に目を向ける。
「魔術指導員の立場からは?」
「魔術はつこうておらんよ。純粋な闘技型じゃ。ただ、剣にはおそらく付与術がかかっておる。【耐食】と【防錆】かの? 中々珍しい組み合わせじゃ。物自体もよさそうじゃった。ん? ルヴィ坊よ。あれは接収せんで良いのか?」
悪戯っぽい笑み。ルヴィケスは苦笑する。
「あれはそこまでの品じゃありません。不要です」
「とのことじゃ」
「ありがとうございます。では、最後にムーベフ」
ムーベフは一つ大きな溜息を吐くと、顔の前で手を組んだ。
「不要でしょう。分厚く軽量な鎧に質の良い剣。物に頼り過ぎです。敵を倒すのは味方任せ。こんなのは破壊者の役割じゃない。破壊者の役割は、相手を打倒することです。どう見ても力不足。第三任命の候補にすら入りません」
すかさずルヴィケスが反論する。
「武器に頼るのは良くないと? 戦士の理想は技量と武器が七対三というのが一般論だと思います。つまりは三は武器に頼ってもいいんですよ。違います?」
ムーベフはため息を吐いて睨む。
「若いうちから武器に頼るのは伸びしろを潰す。お前だってそう思っていたからこそ例の名剣を接収したがったんだろうが」
さらに口を開こうとするルヴィケスをフォフォは手で制した。口論を聞きたいのではなかった。そんな時間もない。
フォフォがまとめる。
「大体は私も同意見です。ルヴィケス。私たちが一年に任命できるのは三人まで、四小隊で十二人です。そして、御前試合から選ばれるのは毎年五名前後。この子が今年の御前試合で上位五名に入る実力者だと、本当にそう思っているのですか?」
「勿論です」
リンやトドイが息を呑むほどの圧力をそよ風程度にしか感じていないのか、ルヴィケスは即答する。
フォフォはしばらくの間じっとルヴィケスを見つめた後、肩の力を抜いてい言った。
「だとして、私たちが求めているのは、狙撃者と追跡者です。この子は合いません。少なくとも、私たちの小隊に不要です。念のために明日の戦いも見ますが、議論の俎上に上げたいのであればまずは来歴書を提出してください」
ルヴィケスはそれに対して不満そうに口元を歪め、黙り込んだ。




