第一話「引力の理由」①
「今の見ましたか先輩!」
引き締まった腕がルヴィケスの肩を揺さぶった。襲い来る睡魔に降伏しかけていたルヴィケスは小さく呻き声をあげつつ、目を見開いて声の主へ鬱陶しそうに顔を向けた。
そんなルヴィケスに屈託のない笑顔を向けてくるのは、小柄ながらも筋肉質な女性、トドイだ。トドイはルヴィケスの様子を気にせず、一見少女にすら見える童顔を輝かせ、何度も試合場を指さしている。
睡眠の邪魔をするな、と言おうとしてルヴィケスは冷静になった。現在の状況を思い出したのだ。
今、ルヴィケスたちの目の前で行われているのは、皇帝の観覧する御前試合の本大会一回戦第四試合。それを査定しなければいけない立場のルヴィケスがそんな言葉を口にしたらどうなるか。答えは簡単。左隣に座って笑顔を張り付けている上司が、その鐵より硬い拳をルヴィケスに向かって振るってくる。
ルヴィケスはトドイの腕を振り払いつつ、片肘を付いて顎を乗せた。
「……で? あなた好みの美丈夫でもいましたか?」
「そういうんじゃないっすけど! 今の攻防興奮しませんでした?」
「全然」
「またそんな風に強がって! 私たちは【鐵の篩】なんですよ! 良いものは良いと認める! 見定める! それが仕事なんです!」
目の前の結界の中では八人の男女が必死に戦っている。全員が一七歳で、成人したばかりとは思えないほどの激しい攻防。郡大会と州大会を超えてきているだけあり、そこらの軍人でも歯が立たないだけの戦闘力を見せている。ルヴィケスの見立てでは、全員が最低でも連隊長級の実力はある。
少女の杖から雷の槍が瞬いたかと思えば、少年が踏み鳴らして隆起させた土の壁がそれを遮り、その脇から飛び出した少年が繰り出す槍は、相手の少女の持つ円形の盾に受け流される。剣戟の音と魔術の弾ける波動が響き、会場からは悲鳴にも似た歓声が絶え間なく上がる。
前衛と前衛が打ち合い、後衛と後衛が撃ちあう、典型的ながっぷり四つの力比べ。その戦闘は始まったばかりだからか、かなり拮抗していた。
ただし、お互いまだまだ小手調べだというのはすぐに見て取れた。小技が多く、踏み込みも控えめ。人生を懸けて戦っているのだから、相手の実力を見切る前に隙を晒したくないというのが動きから丸わかりだ。勝者が必ず採用されるとも限らないという理由からも、とにかく実力を出し切りたいという欲が見え隠れしている。
そんなせせこましい戦いにルヴィケスが嘆息していると、不意に一人の少年が剣を構えた。
魔力が剣に流れ込み、発光を始める。同時に、遠目に見てわかるほどの熱量が剣を覆う。魔力吸収の陣が組み込んである、という分析を行う暇もなく、相手側の少年少女はそれを妨害するために走り出す。
だが、それは少しばかり遅く、魔力を籠め終わった少年の刃を受けた少女の盾はあっさりと溶断された。続く攻撃を躱しきることもできず、少女は胸の中心を貫かれた。
歓声と悲鳴。前者の方が圧倒的に多いのは、結界により生存が担保されているからか。後者を上げたのは、少女側を応援している人々か。ルヴィケスはそんなことをぼんやりと考えつつ、再び目を閉じようとした。
だが、それは隣のトドイが肩をがくがくと揺さぶってきたことにより再び中断される。
「ほら、あの子どうすっか! 圧倒的っすよ圧倒的! すぐに、ほら! 崩された! 一気呵成!」
ルヴィケスは振り払おうとするが敵わない。純粋な腕力差で負けている。トドイは抵抗されていることに気づいた様子もなく、目を輝かせてルヴィケスを見上げた。
「取りましょう! うちの隊、前衛を一人は取りたいって話でしたよね!」
「欲しいのは破壊者じゃなくて追跡者ですよ」
「でも! あの才能は欲しいっす! ね? 先輩もそう思うでしょう! どうです? 先輩はどう思います? ね? ね?」
ルヴィケスは曖昧な笑みを浮かべて無視しようとするが、トドイの圧力は一向に弱まらない。根負けしたルヴィケスはトドイが指さす少年をじっくりと観察し、言葉を選ぼうとした。
そして、嘆息する。
「あれは……悪くないですね」
「っすよね!? ほら! フォフォ隊長に一緒に直訴しましょう! どうせ先輩、まだ推薦する候補の一人もいないんでしょう? だから毎年ずる休みしてばっかの御前試合を今年はちゃんと見に来たんですよね!」
「人聞きの悪い。ずる休みなどしてはいません。来る必要がないから来てないだけです。ちゃんと毎年体調を崩すように調整してます」
「より悪いですよそれ。フォフォ隊長ー!」
首に大きな傷跡のある女性、フォフォはルヴィケスとトドイの方へ笑顔を向けた。その額に僅かに青筋が浮いていることに、トドイはまだ気づいていない。
「なんでしょうか? トドイ」
「あのですね、えへへ。先輩がなんか言いたいらしいっす」
「ほう。言ってみなさい、ルヴィケス」
トドイはルヴィケスに目配せする。きちんと先輩を立てる。なんてできた後輩なんだ。トドイの顔にそう書いてあるのを無視し、ルヴィケスは少年を指さして言った。
「あの少年……」
「がどうしましたか」
「の剣。逸品ですよね」
「剣?」
首を傾げるトドイ。
ルヴィケスは真剣な表情でフォフォに向かって言った。
「適当な理由でっちあげて接収できませんか?」
フォフォは素早くルヴィケスの喉に手刀を入れ、それ以上余計なことを言わないように黙らせた。フォフォたちの前三列は競争相手である他の三小隊が座っているし、フォフォたちの背後には帝枢統理院のお偉方と皇帝が座している。こんな危険発言、万一にでも聞かれたりしたら身の破滅だ。
フォフォは続けて手刀をルヴィケスの延髄に入れ、気絶させた。この場は寝ていてもらった方が隊の利益になる。そう判断しての合理的暴力だった。




