第六話「風に乗り花開け」⑦
碧雲隊の会議室でフォフォが眉間を指で押さえている。
「ケウパ大学実技場全壊。主授校舎西棟全壊。時計塔半壊。皇祈記念樹林半壊。撒き散らされた瓦礫により付近の建物にも多数被害。被害者数、百二十八名。重傷者十六、死者はなし。奇跡ですね」
「良いものを見れました」
「ルヴィケス?」
非常に複雑な表情をしているムーベフを尻目に、ルヴィケスは満足そうに頷いた。
「流石は大学の選ばれし学生といったところでしょうか。突然の災害にも各自ができる限りの対応をし、死者を出さなかった。素晴らしい。帝国の未来は明るいですね」
ルヴィケスの言葉通り、ラスティンの一撃で無茶苦茶になった大学で死者が出なかったのは、学生たちが咄嗟に防御の姿勢を取ったためだ。救助活動も迅速だった。重傷者にも再起不能者はいない。
だが、フォフォが言いたいのはそこではなかった。
「それで、貴方は大学で何をしてたんです?」
「仕事ですよ仕事。決して何か悪さをしていたわけではありません。おかげで有望な人材を発掘できました」
「こんな被害が出るように仕組んでたわけではないのですね?」
「まさか! 大学にいたのも偶々です。上期末の考査があったのでね。それを見に行っていたわけですよ。ね、ムーベフ」
ムーベフは瞑目したまま反応しなかった。虚無の表情だ。
フォフォはそこからうっすらと事情を読み取りながらも、矛先を別方向へと向ける。死者が出なかった要因の一つであり、最大の要因である人物へと。
「なるほど。リン」
「は、はいっ」
「それでは何故貴女も大学の付近にいたのですか? 偶然通りかかっただけですか?」
「そ、それは……」
「正直に」
フォフォに睨まれ、ルヴィケスに笑顔で威圧され、リンは前者に屈した。
「ルヴィケスさんが、怪我人がたくさん出るかもしれないから待機しろと……」
「ルヴィケス!」
「念のためですよ。ほら、大学で唯一怪我人が出る時期が期末考査の時期じゃないですか? もしもの時に備えておいて万が一恩を売れたら碧雲隊の指名もやりやすくなるかと思ってたんですよ。そしたらまさかの大当たり。この世に奇跡ってあるんですねぇ」
圧をかけてもどこ吹く風。ルヴィケスはうさん臭い笑顔で流れるようにまくし立てる。トドイは横でがたがたと震えているというのに、これっぽっちも効果はない。
フォフォは渋々ムーベフの方に顔を向ける。
「ムーベフ」
ムーベフは長い沈黙の後、目を逸らしながら言った。
「まあ……ルヴィケスに全ての非があるかは……微妙なところです……」
「本当に?」
「そこを責めるべきと言うならスンダッギにも責があるかもしれません」
「ほあっ?」
予想外の流れ弾にきょとんとするスンダッギ。それを見てフォフォは悟った。これ以上掘ろうとすると碧雲隊の後方部隊が壊滅しかねないと。
フォフォの勢いが収まったのを見て好機とばかりにルヴィケスは口を開く。
「流れは聞いてますよね? 期末考査の実技試験で学生が優秀過ぎた結果ですよ。私たちには何の瑕疵もありません。強いて言わなくても責任を負うべきは大学ですし、大学だってその気です。証拠にほら、報道官が全然慌てている様子がない。もう軍務省と教導院の間で話はついていると思いますよ。ということでこの話は終わり!」
たんたん、と手の甲で机を叩くルヴィケス。フォフォも不安によって作られた眉間の皺を手で揉み解しながらため息を吐いた。
空気が緩んだことを感じ取り、黙っていたトドイが明るい声を出す。
「じゃ、早速本題に入りましょう! 任命候補の話! 来歴書は取ってきてます!」
トドイはささっと紙束を差し出す。フォフォはそれを受け取り、素早く目を通した。
「これが二人の推す超有望株。ラスティン゠ティフタンですか。……大学の学生? いや、待ちなさい。この娘、件の校舎を吹き飛ばした!」
「そうです。魔術射撃学の実技考査にて主席の生徒を半殺しにした魔術師です。有能でしょ?」
思わず机に突っ伏しそうになるフォフォに、ムーベフは慌てて補足する。
「人柄に問題はありません。多少苛烈なところはありますが、素直で物分かりの良い娘です。商家の出なだけあって目端も効き利に敏い。座学の成績を見てもらっても分かる通り勉学もできます」
「……実力は? 強大な力も制御できなければ意味がありません」
「近距離戦闘は苦手ですが長距離での射撃成績は十分。それに、着弾誤差を魔力量に任せた大規模魔術でごまかせる能力があります。実戦では成績以上の成果を上げられるでしょう。戦場と状況を選ばない風魔術というのも良い。どこにいても万全の威力を発揮できます」
「校舎の件は?」
睨まれて言葉に詰まるムーベフ。それを引き継いだのルヴィケスだ。
「何も問題ありません。あれは彼女が初めて本気を出したからああなっただけです。一度感覚を掴んでしまえば制御はできるはずです。断言します。スンダッギのもとで半年も訓練すれば、あっという間に碧雲隊一番の長距離砲となりますよ」
ルヴィケスは尚も追求しようとするフォフォの機先を制すため、指を一本立てる。そして、にんまりと満面の笑みを浮かべて言う。
「問題は実力ではありませんよ。わかってるでしょう。フォフォ隊長に覚悟があるかという話です」
フォフォは開きかけていた口を閉じた。
ラスティンを取る最大の障害は実力ではない。今まで冥弓隊以外へ人を出さなかった慣習を打ち破れるのか。大学との関係、ひいては教導院との関係を悪化させて問題ないのか。縄張りを荒らしたのだから冥弓隊とだって関係は悪くなるだろう。死者は出ていないとはいえ負傷させられた貴族は多く、ラスティンのことを快く思わない貴族を敵に回すことにもなる。
要するに、そうした利害を考慮したうえで、ラスティンを取る覚悟があるのかと。フォフォの度量が試されている。
静まり返る会議室。皆が思い思いの考えを巡らせる中、ムーベフだけが思考の方向性が少し異なっていた。
ムーベフが思い出していたのは、先日のルヴィケスとの会話だ。
(尺度、というのは距離だけの話ではない。力加減だって同じことだ。人間にとって羽虫の羽を折らないように抓むのは難しいように、ラスティンにとっては人を壊さないように魔術を扱うのが難しかったというだけ。適正な尺度で魔術を扱おうとしたならば、彼女はきっと普通に扱える)
だからこそ、常人のやり方で型に押し込めようとしていたことは誤りだった。ムーベフは自身のやり方が間違っていたと自省していた。
唐突に、手を叩く音が響く。
五人の注目を一身に受けつつ、フォフォは力強く断言した。
「ラスティン゠ティフタンを任命しに行きます。他の隊と競合することはないでしょうが、教導院の面子を立てるために第一任命とします。皆、そのつもりで今後動いてください」
他の五人は頷いた。反論は出なかった。
ただ、ルヴィケスはムーベフの肩を叩いた。
「それじゃ、任命の諸々はムーベフにお任せしますね」
「は? お前がやらないのか?」
「だって最初に目を付けていたのはムーベフでしょう? 手柄の横取りをする気はありませんよ。それに言ったじゃないですか、私、今年は大人しくしているつもりなんです」
言うなり、ルヴィケスは立ち上がって会議室を出て行った。他の隊員も三々五々と散っていく。
ムーベフはしばらくの間呆気に取られていたが、苦笑いをしながら来歴書を回収し、呟いた。
「まあ、矢面に立ちたくないってことなんだろうな」
しかし、それも望むところだった。なぜなら、ラスティンに目をつけていたのはムーベフが先だったのだから。過程はどうあれ、それだけは事実なのだから。
なお、その年の任命式でラスティンは碧雲隊に指名され、規格外の魔術師としてめきめきと頭角を表していくことになる。そして、翠風の災害と呼ばれ他国から畏れられることになるが、それはまだ少し先の話。




